た ら ち ね の 母
- たらちねは母にかかる枕詞です。「垂乳根」あるいは「足乳根」つまり乳を垂らす女、乳が足りている女という意味でしょうか。以下東歌を中心に見ていきましょう。
- たらちねの 母が手放れかくばかり すべなきことはいまだせなくに(巻十一、二三六八)
お母さんの手から離れて、こんなにどうしていいかわからないことははじめてです。
これまで母の保護のもとにあった娘が初恋にどうしていいかわからないという気持を歌ったものです。思春期の少女の歌でしょう
たらちねの 母に障(さは)らば いたづらに 汝(いまし)も吾も 事のなるべき(巻十一、二五一七)
お母さんに邪魔されたら、あなたも私もいっしょになれないでしょう。
誰(た)れぞこの わが宿来呼ぶ たらちねの 母に嘖(ころ)はえ 物思ふ吾(あ)を(巻十一、二五二七)
だれ、私の家に来て呼ぶのは。母に叱られて(恋がみつかって)しょげている私なのに。
たらちねの 母に知らえず我が持てる 心はよしゑ 君がまにまに(巻十一、二五三七)
母にも知らせてないけど、 私の気持は決まったわ、あなたの心のままにしてちょうだい。
以上は東歌です。純朴な少女の恋、それにしても昔の母は強かった。
次の歌は、ちょっと変わって防人(さきもり)の歌です。
たらちねの 母を別れて まこと我れ 旅の仮廬(かりほ)に安く寝むかも(巻二十、四三四八)
右の一首は国造丁日下部使主三中(くにのみやっこのちゃうくさかべのおみみなか)
お母さんと離れて本当に旅の間仮の庵なんかで眠れるだろうか。
なお、この歌の前に彼の父親の歌があります。
家にして 恋ひつつあらずは 汝(な)が佩ける 大刀(たち)になりても 斎(いは)ひてしかも(巻二十、四三四七)
家で心配しているくらいなら、お前が身につけている太刀になってでもお前の身を守りたいものだ。
防人の歌の中で父親の歌はこの一首のみです。遠い筑紫に旅立つ息子とそれを見送る両親、第2次大戦のときの「聞け わだつみの声」を思い出しました。なお、母親の歌もあったのを「拙劣歌」として削られたのではないかという説もあるようです。
外にも「たらちねの母」を歌った歌はいくつかあります。また追加していきます。
- 万葉集に戻る
HOMEに戻る