冬 至 (杜甫)


年年至日長為客
忽忽窮愁泥殺人
江上形容吾独老
天涯風俗自相親
杖藜雪後臨丹壑
鳴玉朝来散紫宸
心折此時無一寸
路迷何処是三秦

「書き下し文」
年年至日(しじつ)長(つね)に客(かく)と為る
忽忽(こつこつ)たる窮愁(きゅうしゅう)人を泥殺(でいさつ)す
江上の形容、吾れ独り老い
天涯の風俗、自(みずか)ら相親しむ
藜(れい)を杖(つ)いて雪後(せつご)丹壑(たんがく)に臨む
玉を鳴らして朝来(ちょうらい)紫宸(ししん)を散ず
心折れて此の時一寸無し
路迷う何れの処か是れ三秦(さんしん)

「語釈」
至日・・・冬至の日、忽忽・・・失意のさま、窮愁・・・困窮の悲しみ、泥殺・・・なずむ、形容・・・容貌、藜・・・原野に自生する1メートルくらいの一年生植物で茎を乾燥させ杖に使う、丹壑…赤い谷、玉・・・腰に下げる玉、一寸・・・心臓の大きさ、三秦・・・関中地方、都長安を指す

「通解」
毎年、冬至の日はいつも旅人となっている。甚だしい愁いは私にまとわりついて離れない。長江のほとりにいる私の容貌は老いてしまい、異郷の風俗に自ら親しむようになった。藜(あかざ)の杖をついて雪の後の赤い色をした谷を見下ろしながら、佩玉を鳴らして朝臣たちが紫宸殿を退散している頃であろうと考えている。私の心は折れてしまい、一寸も無い。路に迷ってしまい、長安はどっちであるかさえわからなくなってしまった。

冬至は二十四節気の一つ。中国の暦法ではこの日を歳首とし、全てのものが蘇生するという意味で一陽来復の節日として式典が行われたりご馳走を作って祝ったりしました。杜甫が歌ったこの年は大暦二年(767年)で、長江沿岸のき州(四川省奉節県)に滞在していたといわれています。50代後半、この頃としては老残の身、老いを嘆き悲しんでいる様子ですね。杜甫は、この3年後に旅の途中、船中で亡くなっているようです。


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