ディレクターDより
オノフリ&ディヴィーノ・ソスピーロ レコーディングレポート
エンリコとは2006年のラ・フォル・ジュルネで出会った。
この時の演目は、ハイドンのヴァイオリン協奏曲(本人)、チェロ協奏曲(クリストフ・コワン)モーツァルトの交響曲第40番というもの。どの曲も聴き私にとっては馴染みのある曲で、普通に「古楽的」演奏であろうとタカをくくっていたのだが、実際は全く私の想像を絶するものだった。
今までの「古典派」の作品に対する僕の認識は全く覆され、「たしかにバロックから、時代と伝統は続いていたのだ」と改めて考えさせられた。また、ご存知の通り、ラ・フォル・ジュルネに来場するお客さんは、いわゆる「素人」さんが多いのだが、その人々の彼らに対する反応が、「異常」ともいえるくらい、熱狂的だったのだ。モーツァルトを聴いて「熱狂」する人々を初めて見た。(5回もスタンディング・オベーションがあったり、「ピーピー!!」とか指笛が鳴っちゃったり、すごかったのです!)同時に「売れっ子作曲家、モーツァルト」ってこうだったのかしらん、と夢想してしまったくらいだ。
という状況に生で接してしまった僕は、その場に居合わせて同じ体験をしてしまった(!?)上司にも促され、レコーディングを計画する事にした。丁度11月にリスボンで交響曲40番を演奏するという事をエンリコのホームページで発見したので彼らに打診してみたら、「やってみよう!!」と決まった。ただし予算は、無い。だから、エンジニアと機材は現地で調達し、ジャケット写真は自分で撮影し、山野楽器の大橋さんのアドヴァイスでDVDも添付する事にしたが、撮影、編集、テロップ入れ、オーサリングも自分で行う事にした。10月に一度、ミーティングとロケハンにリスボンに行った。第二次世界大戦の時に中立国だったポルトガルは、良くも悪くも「そのまま」という感じで、リスボンの中心街も悪く言えば「何もかもボロい」ひなびた街だった。(そこがまた風流で、いにしえからの街並の、戦争(第二次世界大戦)による「断絶」の無さが良かったりもする)しかし、今回のレコーディングを行った、「ベレン文化センター」(かの有名なジェロニモス修道院の目の前に建っている)は非常にモダンな複合文化施設で、スタッフもとても優秀だ。コンサートホール、小ホール、演劇ホール、美術館等を擁し、オシャレなカフェ、食堂なども施設の中にある。また、実際にレコーディングの為に改めて行った時に知ったが、リハーサル室も多数あり、大道具、小道具さん達のための工房もある。パリのシャトレ座から呼び戻した舞台監督もいる。(ルイというとても優秀で気さくなおじさんだ)
とにかくミーティングに行って、ベレンのプロデューサー、デッカで働いていたというジョアオ(今回のレコーディングディレクター)、ECMのレコーディングもしていたというエドゥアルド、ディヴィーノ・ソスピーロの代表である、マッシモという面子で ミーティングをし、テクニカルな面の確認をした。とても良い人たちで、上手くやれそうな予感がした。リスボン市街、ベレン間はタクシーで10分程度の距離なので、ミーティングが終わったら市街に戻り、DVD用にリスボンの風景を撮影した。
坂が多いので、結構しんどかったが、小さい街なのですぐに把握出来た。日本に来た時に仲良くなったファゴットのカロリーノにオペラ座の中も案内してもらった。とても古い歌劇場だ。ここのオーケストラと掛け持ちしているディヴィーノ・ソスピーロのメンバーが多い。
という事で、一度帰国し、11月に再びリスボンに来た。リハーサルの初日、リハーサル室に行ったら、パオロ(イル・ジャルディーノの首席チェロ奏者)とエンリコがみんなのために席を並べていた。久しぶりの再会を喜び、ひとしきり挨拶をしながら、席並べを手伝った。徐々にみんなが集まってきた。みんな日本で会ったメンバーなので、一人一人と挨拶をする。
さて、リハーサルが始まった。エンリコのリハーサルはそのとき初めて見たが、非常に緻密だ。スコアを覗くと、とても沢山の書き込みがしてある。主にダイナミクスに関する書き込みだ。後でエンリコのインタビューをして解った事だけど、昔はこのような書き込みが無くても、各々の演奏家が、「解って」演奏していたのだろう。多分モーツァルトも「全部」は書き込まなかったように思う(大体音楽を全て「記号」に出来る訳が無い)。エンリコが言うように、「滑らかに伝承された様式」を当たり前のように受け継いだ人々がそこにいたのだ。
そして多分、彼らは子どもの頃から音楽を代々習い、ひょっとしたら今よりももっと時間をかけて、より高度な「音楽」を教育されていたのだろう。ところで、リハーサルの中でエンリコは実に良く「歌う」。彼はテノール歌手としてエウロパ・ガランテ等で歌った事もあるようで(何とカーネギーホールでも「歌手」で出演している)、非常に上手い。お世辞にも指揮は現代的な洗練されたものではないが、大体、現代の指揮法でこの膨大なアーティキュレーションとダイナミクスのスコアを伝える事はむしろ難しいのではないか、とも思ってしまう。という事で、皆が非常な集中力をもって、また、エンリコの音楽を演奏する事が楽しくてたまらない、というような雰囲気でリハーサルは進んでいった。2日目のリハーサルからコンサートマスターのステファノが参加した。メンバーの半数程度はポルトガル以外からやってくる。イル・ジャルディーノからはステファノ(コンサートマスター)、フランチェスコ(1st vl.)、クリスティーナ(ヴィオラ)、パオロ(首席チェロ)、アルベルト(首席ファゴット)、エウロパ・ガランテからは、ラファエロ(2nd vl.トップ)、コンチェルト・イタリアーノからは、フランチェスカ(1st vl.)、ラウラ(トラヴェルソ)といった錚々たるメンバーだ。そんな彼らが、朝11時から夜10時まで、エンリコと一緒にものすごく楽しそうに音楽をしている。まるで、「他では得難いものを得に来ている」ようだった。5日間のリハーサルは毎日こんな感じだった。レコーディングは基本的にライヴレコーディングだったが、エンジニアのエドゥアルドの提案で、出来る限りマイクの本数を少なくして録音する事になった。(彼曰く、その方が「演奏家のエモーション」が見えてくるとのこと)結局4本しか使わなかった。メインマイクはオーディオテクニカ(彼はオーディオテクニカフリークだそうで)の双指向とアースワークスの無指向を使ってMS方式で。
そして残りの2本のオーディオテクニカをアンビエンスマイクとして、サイドに置いた。そしてapiの簡単なコンソール(とてもシンプルだけれど、音が良い!)からPCに録音した。MS方式での録音は僕は初めてだったが、たしかにミュージシャンの動きが良く解り、とても気に入った。表面的な「美しい音色」よりも、何をやっているのかがリアルに解った方が、エンリコの音楽に合っているし、聴く人々にもそこを聴いてもらいたいと感じたからだ。ところで、今回の公演には実はCDに収録されていない曲があった。それはモーツァルトの2台のピアノのための協奏曲だった。演奏はラベック姉妹。諸般の理由で、彼女達のレコーディングはNGだったけれども、実は最初は正直、彼女達の演奏には僕はあまり興味が無かった。しかし、いざ生で聴いた彼女達の演奏は本当にすごかった。非常に繊細にモーツァルトの音楽を紡ぎ出し、そしてテクニック的にもあまりにも完璧だった。それによって今まで彼女達に僕が抱いていた「エンターテイメント」なイメージをほんの数音で払拭してしまった(人間的にも知性的で、エレガントで素敵な方々でした)。モダンピアノでのモーツァルトがガサツで鈍重に思えて来たくらいだ。
リハの合間にエンリコのインタビューも録った。カメラは僕で...前日に気がついたのだが、インタビューは僕が社内のスタッフに手伝ってもらいながら用意した英文の質問を、エンリコがイタリア語訳していたのだが、ぼくはイタリア語が話せないので、インタビューアーがいない!。急遽エンリコの奥さんのクリスティーナにお願いした次第。だからとても彼もリラックスして、沢山話してもらった。(相手が身内だからなのか、とても早口で字幕が間に合わないところがあったかもしれませんが、ご容赦下さい!!)さて、レコーディングではホールのスタッフにとても助けられた。前述のルイをはじめ、とても若い、優秀で気さくなホールのスタッフともとても仲良くなった。本番前は階下のスタッフ用の食堂で、エドゥアルドにMS方式の講義をしてもらって、あまりにも本番ぎりぎりまで熱弁してくれるので、「時間大丈夫!?」って思わず聞いたら、「これがラテンのタイミングなんだよ!」と切り返された。とはいえ日本人の僕は心配で堪らないので、「そこを何とか」と急かして持ち場についてもらった。
本番は、誤解を恐れず言うと、ある意味リハーサル通り、いつも通りの演奏+αといった非常に緻密な演奏だった。彼らの演奏は、一聴すると「ラテンの情熱!」と言ったフレーズが出そうだが(勿論、ラテン的なフレージングと情熱は日常的に彼らは持ち合わせているのだが)、これは全て、エンリコが演奏家皆に「伝授」した音楽だと思った。(さすがにコンマスのステファノはいつもエンリコの隣で弾いているだけあって、半ば自動的に演奏していたけれど)つまり、僕が言いたいのは、「情熱」だけではここまで緻密なフレージングとダイナミクスの音楽は出来ないということだ。だから僕はCDのオビに「これがモーツァルトの情熱」と書きたくなったのだった。インタビューでエンリコが言っていたように、これはエンリコの全く「個人的な音楽」でもない。彼はモーツァルトの音楽を「推論」した結果、この音楽、この演奏に行き着いたのだと思う。
という事で、今度はヘンデル・フェスティバル(2008年1月18日(金)浜離宮朝日ホール)でエンリコがヘンデルの水上の音楽と戴冠式アンセムの指揮をする。僕が興味を持ち、そして期待をしているのは、日本人の演奏家に彼が「伝授」するとどうなるか、という事だ。皆さんも楽しみに、是非、聴きに来て下さい!!
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