裏銀座ルート鳥瞰図


 八月六、七日 秩父〜八王子〜(車中泊)〜信濃大町〜高瀬湖〜ブナ立尾根〜烏帽子岳〜烏帽子山荘(泊)


九六年八月六日二一時一〇分西武秩父駅集合。 小泉さんのザックがひときわ膨んでいて重そうだ。大沢さんと町田さんは私と
同じミレーのシャモニー40である。 私のが一番軽そうで申し訳ない感じがする。 さあ、いよいよ北アルプス裏銀座縦走への出
発だ。東飯能で八高線へ乗り換え、八王子へ向かう。 八王子駅の近く、銀行の大看板の下の屋台で缶ビールとワンカップで出
発を祝い、ラーメンで仕上げて、零時二九分の急行アルプスを待つ。

車内は満員、通路も人であふれている。 人をかき分けるようにして中に入り込み、やっとの事で通路に腰を下ろした。隣の若い女
性に聞いたら、始発の新宿からこの有様とのことである。小泉さんと町田さんはデッキに立ちんぼうを強いられていてかわいそうだ。
甲府につくと、やっと空きだして席を得ることができた。 小泉さんと町田さんは通路に銀マットを敷いて寝ている。 この方が賢明だ。

早朝五時、信濃大町駅下車。 寝不足で頭が重いが、期待感で気持ちは充実している。予定では、すぐにタクシーということだった
が、三〇分ほど待てと言う。七倉にある東京電力のゲートが開くのが六時半だからとのことだ。もったいぶらないで、早朝から登山
客をさっさと通してくれれば良いのにと思う。タクシーの運転手は元観光バスの運転手で話し好きだった。 雁坂峠越えの秩父の国
道一四〇号のことや、この大町で龍彦ちゃんの遺体が見つかった坂本弁護士事件談がひとしきりである。 七倉山荘の前で待つこ
と一〇分余、定刻ぴったりでゲートが開き、我々のタクシーは先頭を切って走り出した。程なくして高瀬ダムの堰堤に着く。 川底か
ら堰堤まで無数の巨岩が折り重なって積み上げられ、見事な建造物を形造っている。湖水は明るい黄緑色で、湖岸から直に幾多の
尾根が競り上っている。 山稜近くを見上げると、森林限界の上では、緑の山肌に土色の大亀裂がいくつも走っており、「俺たちは、
北アルプスの山々だ」と、その風格を誇示しているかのようである。

稜線はひときわ高く美しいが、そこまで今日登り詰めることを思うと、些かの動揺を禁じ得ない。標高差千二百米余の著名な鉄砲登り
「ブナ立尾根」を一気に登り詰めるのだから。 「朝飯にしよう。」とリーダーの小泉さんが言う。あの稜線まで登り詰めるのだから、しっ
かり食っておこうとの気持ちで、町田さんからおにぎりを三個も貰って腹ごしらえ完了だ。

登高開始。 いつものように、小泉、相澤、町田、大沢の順で歩き出す。トンネルをくぐり、不動沢を吊り橋で渡り、岩と砂の河原をザクザ
クと歩いて、ブナ立尾根の取っ付きに着く。急登が始まった。並の登りではない。喘登に次ぐ喘登である。息が弾みっぱなしだ。汗が滝
のようだ。東京の中野から来た気さくな夫婦と声をかけ合いながら一緒に登る。 取っ付きに「一二」番と案内表示があった。 これが
次第に減ってゼロになれば烏帽子小屋だ。外人の娘が二人加わった不思議なグループが登っている。 外国訛の日本語で励まされて
しまった。

五時間半に及ぶきついアルバイトの末、ヨレヨレの感じで稜線にたどり着いた。 感無量である。我が脚達は謀反を起こすこともなく協力
してくれたのである。 稜線付近は這松とお花畑の楽園だ。名は知らないが、様々な形、様々な色の可憐な高山植物が咲き競ってい
て一瞬疲れを忘れる思いがする。その中で、一つだけ知っているのが「こまくさ」だ。宮城の蔵王で初めて出会ったときの印象が強烈で、
目に焼き付いている高山植物である。青白いツブツブ状の葉と、鮮やかなピンクの花房の対比が個性的で、何とも可憐・美麗である。

烏帽子山荘で昼食を取る。 大沢さんのおにぎりを貰い、町田さんには冷え頃の缶ビールを貰った。 他にも、ごちそうがある。我が四名
の登山隊は、食い道楽と飲み道楽の同士であり、一番得をしているのが単身赴任を理由に、ひたすら飲み食いに専念できる私である。
感謝の極みである・・・。 有り難いことだ・・・。 「これからもよろしく・・・!」と心の中でつぶやき、無言で頭を下げる。

一時間の仮眠で寝不足を解消し、瑞々しい気持ちで烏帽子岳登頂へ向かう。周囲は乳白色の霧に包まれ展望が無いのが残念だ。途上、
尾根上のお花畑で雷鳥の親子連れに会った。 まるで絵に描いたような光景である。ミューミューと子猫のような鳴き声を親鳥があげると、
子供達は一斉に這松の中に飛び込んだ。「町田さんの顔を見たからだ・・・」と大沢さんが言う。 まじめな顔で言うからおかしさが募る。