震撼と感動の反復・後立山縦走

白馬尻〜大雪渓〜白馬山荘〜白馬岳〜杓子岳〜白馬鑓ヶ岳〜天狗山荘
〜天狗ノ頭〜不帰嶮〜唐松岳〜白岳〜五竜山荘〜五竜岳〜遠見尾根


「山は三回登れ」とNHKの「中高年のための登山学」の講師である岩崎元郎氏が繰り返し説いている。
三回とは、
@ 準備段階の仮想登山 
A 現実の本登山 
B 思い出して記録を残す仮想登山 
のことである。
特に、@は岩崎氏の主張である「安心登山」の為にも重要な意味を持つ。
昨年の夏休み(裏銀座縦走)は@をおろそかにしたまま出かけてしまい、ルート上で後悔をすることが多かったので、今年は、十分に事前準備をすることにした。
以下に、私の仮想登山のための教科書を紹介しよう。
@ 「日本百名山」深田久弥著  新潮文庫
A 「ひとりぼっちの日本百名山」 佐古清隆著 山と渓谷社 
B 「日本の山1000」 山と渓谷社 
C 「北アルプス」特選コース   山と渓谷社 
D 「展望の山旅(続、続々)」  田代博・藤本一美著 実業之日本社 
E 「白馬鹿島槍針ノ木岳」(岳人カラーガイド) 東京新聞出版局 
F 「深田久弥の日本百名山(白馬岳、五竜、鹿島槍)」(ビデオテープ) 山と渓谷社 
G 「空撮登山ガイドシリーズ(白馬、五竜・鹿島槍)」(ビデオテープ) 山と渓谷社 
H 「山と高原地図・白馬岳、鹿島槍」 昭文社
この中で特筆に値すると思うのはDの「展望の山旅」シリーズである。
ペン画の山岳展望図(詳しい山名入り)が実に美しく、これに添えられた解説文にも引き込まれてしまう。
更にうれしいのは、巻末の展望講座である。
山の展望をより深く楽しむためには、たとえば、この講座の中の以下のような項目が役に立つ。
  ・パノラマ写真のたのしみ
  ・やさしい山座同定
  ・山岳展望文献案内
  ・パソコンで描く山岳展望図
著者の一人田代さんは高校の地理の先生で、ニフティーサーブの山の展望と地図フォーラムの主査を務めるこの界の著名人である。
今回は、白馬岳、白馬鑓ヶ岳、唐松岳、鹿島槍ヶ岳、爺ヶ岳の頂上からの展望図五枚のコピーを持参した。
好天であれば山座同定に使い、悪天であれば霧の中で方位磁石を頼りに大展望を想像するのに使うつもりだ。
もう一つは、やはり何と言っても深田久弥の「日本百名山」である。
私がこの偉大な作品に感想を述べるのは不遜であるからやめておくが、山への切々たる思いと深い見識が全編に満ち、何度読み返してもその都度新鮮な感動を覚える名著であり、わたしの座右の書の一冊である。
一方、「深田久弥の日本百名山」ビデオシリーズはどちらかと言えば、駄作に近いと思う。
NHK撮影班の技法と、BGMと、相川アナウンサーの朗読で雰囲気を醸し出そうとの試みは分かるが、原作の持つ深みのトーンダウンが著しいと感じてしまう。

同じ山と渓谷社の「空撮登山ガイドシリーズ」は良い出来だ。
これから登ろうとする山を手に取るように見せてくれる。
「百聞一見に如かず」とはこのことだと実感する作品だ。
高山植物のアップシーンのおまけが文字通り「花を添えて」くれる。      
一言陳情を言わせて貰えば、「空撮とは言え、一巻三五〇〇円はちょっと高すぎませんか?」である。


一九九七年八月六日 秩父〜松本〜扇沢〜猿倉山荘(泊)、 上越・長野自動車道経由

 番場町の拙宅の駐車場に集合。
メンバーはOAK会長大沢慶一氏、毎回リーダーを務めていただく小泉輝行氏、そして私の三名である。

出発を前に、二つの不安が胸の中で浮き沈みする。 
その一は台風一一号である。
現在東シナ海を時速一五キロで緩速北上中であり、気象予報によれば、その後進路を北東に変え、九州に上陸後日本海を通過の模様と言っている。
後立山連峰は地理学上の名称である飛騨山脈の北辺に在り、長野県と富山県の県境に位置しているから台風一一号の暴風雨圏内に巻き込まれる可能性が高い。
会社勤めの我々は、気象に合わせて登山日程を自由に出来ないが、幸い我が社の夏休みは一一日間もある。
運悪しく山稜上で台風に遭遇したら予備日を使ってこれをやり過ごし、台風一過の澄みきった大展望を楽しもうではないか、と言うことになり出発となった。
問題はどこで台風と出会うかである。
白馬山荘や唐松山荘のような立地条件の良い山小屋でなら安心だが、鹿島槍北峯手前のキレット小屋で台風に巡り会うのはいささか気色が悪い。
この小屋はキレット(切り立った山稜上の鞍部)の底に両脇を山に挟まれたように建っているという・・・。 キレットは風の通り道だ・・・。
そんなことは無いとは思うが、万一烈風で小屋が倒れたら、遙か眼下のカクネ里(平家の落ち武者伝説で有名)の雪渓へ真っ逆さまである。
台風情報から目を離してはならない。

二つ目の不安は、私個人の事情から来るものである。
昨年の一二月初旬、今日と同じメンバーで、氷雪の付き始めた栃木県の那須岳へ向かった。
朝日岳の冷気(零下七度)の中の大展望、一面の岩稜の中に噴煙の立ち上る那須岳山頂の景観を満喫して下山し、麓の登山口休憩所でアイゼンを脱した。
その数分後、恥ずかしい話だが・・・、路面の氷を踏んで転倒、小岩に右足を強打して捻挫と骨折の憂き目を見てしまった。
寒冷期のせいか、回復に時間がかかり、約半年の間登山もゴルフも御法度となってしまったのである。
五月の連休後から毎週のように山へ行き、鍛え直しの努力をしたものの、体力に今ひとつの不足を感ずる。
こんな不安材料の中で、今回のルートは山と渓谷社のアルペンガイド基準によると、所と条件によっては体力要求度★★★★(四つ星が最高)である。

著名な観光コースである黒部アルペンルートの要所・扇沢で車を捨て(有り難いことに駐車場は無料である。)、路線バスで信濃大町駅、大糸線で白馬駅へと向かい、タクシーで猿倉山荘へ着いたのは日暮れ直前であった。
猿倉荘は赤い屋根の瀟洒なたたずまいの山小屋で、正面の急な石段を登ると、数人の宿泊客がベンチの上でアルプスの黄昏の風情を楽しんでいた。

猿倉山荘の夕飯はまずかった。
口直しに、少々酒でも飲もうと言うことになり、小泉さんが買いに行ったが手ぶらで戻ってきた。
「売り切れです。」とのことである。
「こんな山小屋、二度と来るものか!」というのが本音だが、酒をこよなく愛する山男のわがままであろうか・・・? 
仕方なしに、また、明日の白馬岳登頂(大雪渓経由で標高差一七〇〇米の一気登り)を慮り、小泉さん持参のウイスキーをチビッとやって、八時過ぎには、カビ臭い布団での就寝となった。


八月七日 猿倉山荘〜白馬尻〜大雪渓〜葱平〜村営小屋〜頂上小屋〜白馬山荘〜白馬岳〜白馬山荘(泊)



五時起床、予想通りのまずい朝飯を食い、水を補給して早々に出発である。
昨年の反省から、昨晩大酒を控えたので体調は上々である。
空模様は佳しとは言えないが、贅沢は言うまい・・・。 小屋に向かって左側に登山道がある。
人気コースだけあって、道幅は広々としており、三人並んで歩けるような立派なトレイルだ。
緩やかな登りを歩き初めてすぐ、左に日本最高所並びに展望の露天風呂で知られる鑓温泉への道を分ける。
我々はこれを見送って直進し、一時間ほどで白馬尻小屋に付く。標高は一五六〇米である。
小屋脇の大岩に 「おっかれさん! ようこそ大雪渓へ」 とあって、素朴な歓迎の辞に自然に顔がほころぶ。 
玄関先には雪渓の冷水に浸した缶ビールやジュースがたらい一杯につまっている。
喉を潤したいところだが、ここから頂上まで、大雪渓登りを経て、五時間余の一気登りだから我慢するしかない。
小屋の裏庭からの展望が素晴らしい。
正面に日本三大雪渓の一つである白馬大雪渓がせり上がり、その中央の薄黒い一条の踏み跡の上を、長いアリの行列のような登山者達が蠢きながら
登って行くのが見える。
私の自慢の山道具であるツァイスの八倍双眼鏡で覗くと、白アリ、赤アリ、青アリ、黒アリと色とりどりである。右には、
急峻な白馬沢の雪渓が見えるが、こちらには人影が無い・・・。

小屋を後にしてすぐ、白馬大雪渓への取っ付きに着く。
いよいよ今日のハイライト、軽アイゼンを付けての白馬大雪渓登高の始まりである!
この雪渓は、大雪渓の名にふさわしく長さ二キロ米、標高差六百米の巨大なものである。 
アイゼンを装着しようとしてギョッとした。山靴とアイゼンの幅が合わないではないか! 
「カジタックスの六本爪」を新調して今日が初使用なのだが、装着のチェックをした山靴が違っていたようだ。
幅を調節するためにはヘクシドライバーが必要である。
慌てて袋の底を確認したら、これ(六角鋼棒を直角に曲げた小さなネジ回し)が出てきてほっとした! 
しかし、これが仮に寒い風雪の中だったりすると、手がかじかんで小さなドライバーでの作業がうまく出来ず、往生することになってしまうのだ。
事前確認の不備は明らかで、猛反省する。 ドジを踏んでもたついている私を、大沢さんと小泉さんが黙って待っていてくれた。

雪渓の表面はアイゼンの爪が半分ほど突き刺さる程度のほど良い固さで、ステップの確保が完全に近く、安心感があった。
雪渓上の踏み跡は、大勢の登山者に踏まれて靴の汚れが移り、掻き回されて場所によってチョコレートシャーベットであったりパンプキンシャーベットであったりして、渇いた喉を誘惑し続ける。
表面が濡れた雪の雪渓歩きは腰を下ろしての休憩が出来ないので辛い。
そんな思いの中で、モレーン(氷河が運んできた岩屑の集まり)の島が近づいててきた。格好の休憩場である。休憩と休憩の間隔時間はとっくに過ぎている。
小泉リーダーが小休止の指示を出すものと思っていたら、何と、平然と通り過ぎて行くではないか・・・!
「休憩しようよ・・・」と言いたいのだが、我々より遙かに重いザックを背負い、黙々と登り続ける背中を目の前にしてこの言葉が出ない。
後で気が付いたのだが、あのモレーン島は三号雪渓の近くであり、落石の多い地点であった。雪渓の落石は怖い・・・。
ガレ場のものと違い、音なしの構えで表面を滑り落ちてくるからだ!これが霧の中で起こったら、身をかわす間もないというない厄介者だ。
この雪渓にはグリーンパトロール隊の監視員がいて、落石を知らせてくれるそうである。 
そういえば、あの辺りには一抱えもある岩が雪渓の表面にごろごろしていた事を思い出す。小休止などしている場合ではないのである。

結局、たった一回の短い休憩を取っただけで大雪渓を登り切り、葱平(ねぶかっぴら)下の木段路にたどり着いた。振り返ると大雪渓が一望のもとである。