「馬術家のためのスポーツ科学」特別セミナー受講レポート

 1998年9月27日(日)、日本ウマ科学会・日本馬術連盟主催の「馬術家のためのスポーツ科学」特別セミナーが、 JRA馬事公苑にて行われました。あいにくの雨模様の中、ほぼ満員の80名くらいの来場者数でした。 2名の講師が各々2時間ずつ、写真や図表を交えての講演でした。講師本人は英語で、 センテンス毎に通訳の方が日本語訳で解説といった具合の進行でした。

1.「アトランタオリンピック馬術競技での運動生理学の勝利」
−酷暑のなかでなぜ3Day Eventは成功したのか−

講師:Prof. Catherine Kohn
College of Veterinary Medicine of Ohio University
米国馬術チームの獣医コンサルタント。
アトランタオリンピックの獣医委員会委員長を務め、酷暑のなかでの馬術競技を見事成功に導いた立役者。 その経験談を基に馬術家のためのスポーツ科学をわかりやすく解説。

講義ノート
馬の体温上昇は外気温と湿度の影響
 馬の血液温度が41.5度になるまでの運動時間
 HH 高温多湿(32-34度 56%) 16.5秒
 HD 高温低湿(32-34度 24%) 28秒
 CD 低温低湿(20度 44-45%) 37秒

 この結果、アトランタ五輪の総合馬術競技では、耐久審査の
C区間の距離短縮と強制休息時間を設けることとした。

馬の体温を下げるには、馬を9度程度の水で全身洗うこと=筋肉のクーリングダウン

 水で全身洗った場合、お湯で馬体各部を個別に洗った場合などを
調査したが、水で洗った場合最も冷却効果が高く、また筋肉の故障
も見られなかった。

 アトランタでは、大型扇風機に霧状の水が噴き出す装置を付けた
ものを多数設置し、効果を上げた。

アトランタ五輪の総合馬術競技・耐久審査競技条件
区間規定(m)アトランタ(m)比較
A6,0003,50030%減
B3,4502,76020%減
C10,0007,00030%減
D15,0005,76023%減

 気象上の理由によって条件を変更したのは初めてである。
 また、競技開始時間を繰り上げ、気温がさほど高くない午前中に競技が終了するように配慮した。
水分の摂取
 競技後の馬は、体重の3%が汗となって排出される。人間は体重の2%の汗が出たら呼吸できない。
 運動後の水の摂取量は、気温・湿度の影響を受ける。
 HD 5〜8リットル
 CD 9〜12リットル
 水を摂取することで馬の運動能力に好影響をもたらす
 同時にミネラル分の補給も効果がある。
発汗と体重変化
 競技後の体重の変化が少ない馬は、競技成績が良い=充分な水分補給
 高温多湿のアトランタへ競技馬を移動させる際、
 1)競技の3週間前までに到着すること
 2)みだりに馬を直射日光にさらさない
 3)最初の1週間は輸送疲れの回復程度の運動にとどめる
 の3点を参加各国に勧告した。

質疑応答
Q.馬に飲ませる水の温度は?
A.あまりに冷たい水は良くない、少々冷たい程度でよい。重要なのはどれだけ多く飲ませるかである。
Q.軟便の馬には飲水制限するべきか?
A.運動後の馬に飲水制限すべきでないし、軟便傾向の馬は通常より多く水分を排出しているので、なおさら制限すべきでない。
Q.運動後の馬を洗う際、スクレイパ(汗こき)で水を切るべきか、またはそのまま水を流すべきか?。
A.冷たい水で馬を洗っても、馬の体温で水が暖まる。効果的に冷やすためには水かけとスクレイプを何度か繰返すことである。
Q.直腸での体温測定と、肺動脈での血液温度測定との精度の違いは? A.肺動脈は研究室用、直腸は現場用といえるが、直腸は馬体内部に残留している熱を反映している。


2.「競技馬の能力を発揮させるためのスポーツ栄養学」
講師:Dr.Joe.D.Pagan
世界的なサラブレッド生産地である米国ケンタッキー州レキシントンの国際的第一人者を講師に招き、 激しい運動に耐える競技馬の体力を維持するために、知っておかなければならない馬の栄養学の基礎知識を学ぶ。

講義ノート
馬本来の食生活
 馬とは本来、一日中草原で草をはんでいるものである。
 その結果、馬を厩舎のように人工的な環境で飼育する場合、様々な問題が出てくる。
 馬の消化器官は、栄養価の低い草の消化に適した形となっている。

 馬は、最低限1日に体重の1%の飼料を必要とする。
 競技馬の飼料は、他の家畜のように卵や肉といった収穫を期待するためのものではない。
 競技馬の飼料は、運動能力向上=筋肉の収縮をもたらすことを期待するものである。
 500kgの馬なら、一日に最低16〜17mkalが必要である。競技馬ならその2倍は必要である。

穀物飼料について
 コーン・エン麦といった穀物飼料は、小腸ですべて吸収する必要がある。
 コーンは栄養価が高いが、馬にはエン麦のほうが適している。
 穀物飼料を与えすぎると、小腸ですべて吸収されるまま大腸へ流れてしまう。
 大腸では乳酸が発生し、大腸内のph値が低下して腸酸過多となる。
 乳酸や腸酸過多は、蹄葉炎(Laminitis)の原因となる。
 蹄葉炎の防止には、運動後水を与え馬体を冷やすこと。

穀物に代わる飼料
 1)脂肪
  高カロリー、コーンの2.5倍・エン麦の3倍
  消化効率が良い−95%
  大豆油・コーン油の含有率は6〜8%
  1日の飼料の量を減らせる

 2)タンパク質
  競技馬向きの飼料ではない
  タンパク質の取りすぎは体内でアンモニアが発生、空気中のアンモニアは毒素となる。

    3)食物繊維
  牧草・ミネラルファイバー
  自然に近い形で馬に与える方法を考える必要がある。

 4)電解質−イオン成分−
  飼料からの摂取は難しい。
  食塩を飼料に混ぜる

 5)クロム
  グルコース、アミノ酸が取りやすくなる。

穀物の量を減らし、代わりのものを使うようにするべきである
質疑応答
Q.電解質の摂取に人間用のスポーツドリンクを与える際の注意点は?
A.人間用スポーツドリンクを馬に与えるのは適切ではない。人間と馬とでは汗の成分に違いがあり、
人間用のものにはグルコースが多く馬に必要なナトリウム等が少ない。馬用に成分が調整されたものを使うべきである。
馬に与えるのに適した配分は、塩素イオン55%・ナトリウム24%・カリウム11〜12%ほどである。
市販されている製品の中には不純物の多いものもあるので、注意すること。

Q.土を食べる馬がいるが、原因は何か?
A.土を食べる馬は全世界に存在する。一般的にはミネラル、特にナトリウムを欲していると言われる。
対策としては放牧地に岩塩を置くこと。また個人的意見だが、牧草地の状態が悪く食物繊維を欲していることも考えられる。

Q.馬に良い牧草の種類は?
A.種類よりどのような成長状態で刈り取られた草かが問題である。日本ではアメリカ産のチモシー種の干草が多く使われているが、大変良い牧草である。
また、ワラと干草とを混同するケースが見受けられるが、ワラは成長し実を付けた後の草の状態なので馬に与えるのはよくない。
牧草にアルファルファ2kgを混ぜるのが効果的である。

Q.蹄の健康への飼料での対応方法は?
A.ビタミンHを20g、DLメチオニン3g、アエン(アエンメチオニン)200mgを毎日与える。ただし効果が出てくるのは半年後からである。

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