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ワールドカップファイナルへの道。
第五十三回全日本障害飛越選手権大会
シドニーオリンピック特集
Road to Sydney
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決戦!!
シドニーオリンピック最終選考会
那須トレ的日常
龍馬さんの競走馬調教風景
2000年秋冬
国内競技会レポート
果てしの無い夢と・・・・
ゴーカイ秘話、運命的な優勝


第34回JRA馬事公苑馬術大会(ホースショー) 2005.5.5

第5競技・中障害スピード&ハンディネス、第11競技・六段飛越で共に2位に入賞しました。
ポイントランキングでも第3位に入賞。第11競技では、お父上の広田健司さんも4位入賞。

成績詳細


170cmを楽々とクリアする広田龍馬・疾風(ハヤテ)号
六段飛越・動画
お父上の広田健司さんは、ジャンプオフ1回目の160cmで敗退

表彰式のプレゼンターは、NHK朝の連続テレビ小説「ファイト」に厩務員役で出演の瀬川亮さん。
龍馬さんは誕生したばかりのお子さんの写真を観客席に向けて掲げたりキスしたりのハシャギようでした。

アテネオリンピック代表選手決定 2004.6.15

  氏  名 馬 名 所  属
選 手 小畑 隆一 オリバー・キュー 号 ユーロ・ジャパンホーストレーディング
選 手 杉谷 泰造 ラマルーシ 号 杉谷乗馬クラブ
選 手 林  忠義 スワンキー 号 北総乗馬クラブ
選 手 渡辺 祐香 ナイキ 号 ヤマハつま恋乗馬倶楽部

残念ながら、広田龍馬さんは選ばれませんでした。

代表選考競技会成績一覧

15年度 障害飛越ランキング
大障害(選手ランキング)第6位 1260.272ポイント
詳細(日馬連サイト)

オリンピック代表選手選考対象競技会の出場選手決定!!

広田龍馬さんは、5月6日〜9日にデンマーク・コペンハーゲンでのCSIO****に出場することになりました。
詳細(日馬連サイト)

第55回全日本障害馬術大会 2003.12.14


12月12日〜14日に、東京・JRA馬事公苑で開催された第55回全日本障害に出場
第1競技中障害MB 標準ブギーマン9位減点 0タイム 76.52
第3競技大障害SB 標準ハヤテ13位減点20タイム 100.41
第4競技中障害MBS&Hブギーマン2反抗失権
第6競技大障害SBS&Hハヤテ5位減点 0タイム 91.90
第9競技全日本障害飛越選手権ハヤテ4位減点10

総合成績


龍馬さんいわく「本来は中障害に出たほうが・・・」というハヤテとのコンビで臨んだ、
選手権競技では、上位争いに食い込み単独4位。これでも「中途半端な成績です」という
龍馬さん、来年はアテネ出場の大目標が待っています。



JRA馬事公苑ホースショー 2003.5.5


2年ぶりに馬事公苑ホースショーに出場。ハヤテ・R号で初日の中障害M−A予選3位、
最終日のニュースーパーカップ(六段飛越)で見事に優勝。記録は185cmで、一昨年
サクラ号で樹立した日本記録187cmの更新チャレンジは行いませんでした。

成績詳細

CSIファイナル ラスベガス大会 2003.4.20



4月16日から20日までの5日間にわたり、アメリカ・ネバダ州ラスベガスで開催された
「ワールドカップ・ファイナル」に日本代表として広田龍馬さんゼロ号が出場しました。
「ワールドカップ・ファイナル」は、12の地区リーグを勝ち抜いて出場権を獲得した16ヶ国
42人のライダーが参加。うち、複数の選手を送り出したのはドイツ10名、オランダ3名、
カナダとチェコが2名、アメリカは東海岸・西海岸の12名枠のほか、中央ヨーロッパ枠で
1名、ワイルドカード1名の計14名の大選手団でした。
地区リーグの無いブラジルのロドリゴ・ペソアは西ヨーロッパリーグからの出場でした。

しかし、初日こそアメリカ人のマクライン・ワードが1位となったものの、最終成績では
シドニー五輪に出場したローラ・クラウトの5位が最高で、以下11位、12位、15〜17位。
優勝したのは、シドニー五輪でも活躍したドイツのマーカス・エーニング。2位は最終日
までエーニングと同点で並んでいたロドリゴ・ペソア。最終日ラウンド1での1落下が、
1位と2位を分けました。3位は2日目まで無減点だったスイスのマリーン・バーヤード。

総合成績
地区別出場枠
西ヨーロッパ 20名/アメリカ東海岸 8名/アメリカ西海岸 4名
カナダ     2名/中央ヨーロッパ 4名/オーストラリア 1名
ニュージーランド1名/日本      1名/ワイルドカード 1名

(大会公式サイトより)

デザートサーキット2戦目で準優勝 2003.3.9


2月に渡米した広田龍馬さんが、3月2日に行われたアメリカの国内競技会「デザートサーキット」グランプリ競技で堂々の2位。
成績詳細
アメリカの馬術競技サイト「HITS Horse Show in the Sun」の記事によると、龍馬さんとゼロは世界的に著名なコースデザイナー、
ベネズエラのレオポルド・パラシアス氏による14飛越の難コースを無過失で完走、3人馬によるジャンプオフに進出しました。
7飛越でのジャンプオフでは最初に走行し、減点4と善戦しました。2番目の人馬は減点8、優勝した人馬は同じ減点4でしたが、
2.07秒のタイム差が優勝と2位を分けました。

スカイパーフェクTVで全日本障害の様子が放映されます

放映の予定スカイパーフェクTV300ch「スポーツ・アイ ESPN」の、「Movin’you.Honda」にて、
全日本障害の様子と広田龍馬さんのインタビューが、左記のスケジュールで放映されます。

人々に感動を与えた、広田龍馬選手と愛馬、マン・オブ・ゴールド号のシドニー五輪出場から2年―。
番組では現在新しいパートナーを迎えて活躍する彼に密着取材。彼の想いとこれからの展望とは何か。
対談には競馬エッセイスト安西美穂子氏を迎え、広田選手の馬への、そして馬術への熱い想いを映し出します。

視聴方法:スカパー!(ch300)スカパー2!(ch256)&CATV
www.sports-i.co.jp


◆番組問い合わせ:スポーツ・アイ ESPN 03-5474-3344
◆加入問い合わせ:スカイパーフェクTV!カスタマーセンター
0570−039−888(10:00〜20:00)
もしくはお近くのCATV局へ
放映日開始時刻
3/6(木)16:30
3/7(金)21:30
3/8(土)11:30
3/8(土)21:30
3/9(日)9:30
3/9(日)17:00
3/10(月)8:30
3/10(月)25:30
3/11(火)13:30
3/12(水)21:30
3/13(木)13:30
3/13(木)16:30

全日本障害、選手権競技3位 2002.12.8

12月6日〜8日、大阪・杉谷馬事公苑で開催された第54回全日本障害
飛越馬術大会の大障害飛越競技にゼロ号で出場。

標準競技  11位
S&H競技 1位
選手権決勝 3位
(2走行)
選手権競技の1走行目では、出場16人馬中唯一減点ゼロでした。2走行目
では最終出番となりましたが、1走行目で減点4の増山誠倫さんとトップギ
アIが2走行目は減点ゼロ。広田龍馬さんとゼロは2走行目も減点ゼロなら
2年連続の優勝でしたが、スタート直後に早くも一落下。減点4ならジャン
プオフ成立でしたが、最後のダブルの一つ目が落ち、この結果減点5の二宮
誠治さんとサバイバルに次いで3位となりました。

2走行目のMPEGムービー(924KB)
第54回 全日本障害飛越馬術大会

CSI−W 2年連続優勝 2002.11.29


11月25日に静岡・つま恋乗馬倶楽部で開催された「ヤマハつま恋ホー
スショー・ファイナル」のメイン競技、Aグレード決勝兼CSI−W静岡
リーグファイナルでゼロ号と共に優勝、来年春にラスベガスで行われるフ
ィナル大会の日本代表として選出されました。3度目の代表は日本人初。

2003 WORLD CUP Final
April 16-20, 2003

やってきました!!2003年!!


2003.1.3
皆様、あけましておめでとうございます。
那須トレーニングファームの広田龍馬です。

早いものでもうあっという間に2002年が過ぎ行き、2003年になってしまいました。 何か僕の中では2002年の元旦が先月あったくらいの感覚です・・・・・。

今年、2003年は昨年のゼロの頑張りによって4月にアメリカは ラスベガスで行われるワールドカップファイナルに2年連続、 日本人としては初の3回目となる日本代表に決定して出場 できることになりました!!

アメリカ西海岸は僕が1992年の中学3年の時から、1996年の19歳で 日本で史上最年少のワールドカップ日本代表になり、スイスの ジュネーブで行われたワールドカップファイナルに出場する為に ヨーロッパに移るまでの5年間、常に短期、長期でトレーニング させて頂いて、今の僕の基礎である騎乗方法「アメリカンスタイ ル」を勉強させてもらった僕にとってある意味「第2の故郷」 みたいな感じの場所です。

その頃にずっと僕を教えていてくれたジョージ、ジェニファー・ マイヤーさん達もとても喜んでくれ、7年ぶりに訪れる アメリカ西海岸で、自分のこのシドニーオリンピック出場を 含む7年間での成長振りを、かつての恩師に見てもらえるように、 そしてその僕を生徒に持った事を誇りに思ってもらえる ように頑張ります!!

そして今年はアテネオリンピックの前年、オセアニア、 アジア、中近東での団体出場枠をかけた熾烈な予選も 行われます。
日本チームが団体でチームを組めるかどうかの瀬戸際の 戦いで、来年のオリンピックを占う重要な年でもあります。

国内では昨年当那須トレーニングファームで初めてのワールド カップ予選、CSI−W NASU を行い、今年も2回のCSI −W開催を予定しています。

昨年のクリスマス・イヴにスウェーデンより帰ってきた若武者、 奇しくも12月に走り始めたばかりの盛岡−八戸を結ぶ新幹線 と同じ名前の「ハヤテ」で今年の国内を戦い、ワールドカップ 日本リーグを制したゼロ、そして昨年のワールドカップで痛めた 足が良くなってきたサクラの2頭で世界に出ようと思います。

今年も、日本で、世界で、馬術で、競走馬で忙しい年に なりますが、「今にしかできない事を精一杯頑張り、 もう二度とこない「今」、「人生」を精一杯生きる。」 の精神で頑張りたいと思いますので、 みなさま、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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▲△広田龍馬 Ryuma Hirota ●◎
▽▼ zero2000@ff.iij4u.or.jp ○●
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CSI−W静岡リーグファイナル


2002.11.29
お久しぶりです。広田龍馬です。
僕も今年は国内でメチャクチャ忙しくてほとんどメールを開く時間もなく(泣)
久しぶりにコンビを組んだ「ゼロ」と息が合わなくて苦しい戦いが続いていました・・・・が!
先週のヤマハつま恋ホースショーファイナル大会のメイン競技、Aグレード決勝兼
CSI-W静岡リーグファイナルでやっと息が合って優勝することが出来て、来年の
ラスベガスのワールドカップ日本代表に選ばれました!!今年はこれに全てをかけて
いたのでとても嬉しかったです!!!これで日本人初のワールドカップに3回目出場ですが、
不思議な事に代表が決定するのは全部静岡のヤマハつま恋なんですよね。
そう言えばあんまり僕がヤマハで勝つんで、つま恋代表の桜井さんに「場所代払え!!」と
脅されました(笑)

僕にとっては160CMの高さで行われ、世界につながるCSI-Wがメインだったんで
今年の全日本はCSI-Wもないし、150CMまでしか高さもないのでオマケ・・・?いやいや!、
そんな事言ったらみんなに殺されてしまいますが、スカイパーフェクTVの
スポーツドキュメンタリー番組「Movin'you.Honda」が密着取材をして下さるそうですので、
少しでも多くの人に馬術の素晴らしさを知って頂けるように頑張ります!!

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▲△広田龍馬 Ryuma Hirota ●◎
▽▼ zero2000@ff.iij4u.or.jp ○●
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第10回那須グランドホースショー 2002.5.27


今年から日馬連公認競技会となり、また大障害はCSI−W指定となった
「第10回那須グランドホースショー」が、5月23〜26日の4日間に
渡って開催されました。

選手だけでなく、運営スタッフとしても忙しく働いていた龍馬さんですが、
ゼロ号で大障害のグランドカップ(兼CSI−W)を含め、日馬連のポイン
ト対象競技3つに優勝するなど大活躍でした。

第10回那須グランドホースショー 成績

CSIワールドカップファイナル 結果速報 2002.5.6

ドイツのライプチッヒで行われたCSIワールドカップファイナルに出場した
広田龍馬選手は、サクラと臨んだ3日の予選で減点16の29位でした。最終
日のCSIファイナル戦には出場できなかった模様です。
(以下、同競技会の公式サイトからの情報です。)

しかし、ハヤテで出場した5日のフィルマ・バードゥシュ賞では減点ゼロ、タ
イム差だけの9位となりました。また4日のスピード競技では29位でした。

フィルマ・バードゥシュ賞 成績

スピード競技 成績
また、ヤマハつま恋乗馬倶楽部の渡辺祐香さんは3日のゴールデン・トースト
賞にリベロズ・ルシールで出場、減点ゼロで4位でした。

ゴールデン・トースト賞 成績

CSIファイナルは地元ドイツのオットー・ベッカーとリュドガー・ビアバウム
が優勝と2位を分け合い、3位にブラジルのロドリゴ・ペソアでした。

CSIファイナル成績


全日本障害、大障害3競技ですべて優勝 2001.11.25

第53回全日本障害で、大障害3競技ですべて優勝という偉業を成し遂げ
ました。初日の大障害スピ&ハン、2日目のCSI−W、最終日の決勝
の大障害3種目すべて優勝。
初日の競技終了後、引き運動中に右足を蹴られるアクシデントに見舞わ
れ、2日目の朝はまともに歩けないような状況にも関わらず、気力と集
中力で勝ち取った優勝。中障害で出場したブラックピーク号は、決勝進
出も、2落下で入賞を逃しました。
過去5年の大障害・決勝での成績
年度会場騎乗馬減点順位
1996ヤマハつま恋マンオブゴールド-89位
1997杉谷馬事公苑マンオブゴールド-4
(JUMPOFF)
4位
1998ヤマハつま恋ファイナルピーク-16.258位
1999杉谷馬事公苑ファイナルピーク-2413位
2000三木ホースPファイナルピーク-43位
2001ヤマハつま恋サクラ0優勝


成績詳細

優勝記念フォトギャラリー

優勝決定の瞬間(MPEG動画/120kb)


CSI東京、グランプリ2位入賞 2001.10.28


2001年10月27〜28日にロイヤルホースライディングクラブで開催された
第18回東京国際馬術大会(CSI-TOKYO)に出場。ファイナルピークに騎乗し
た土曜日の標準競技では、残念ながら2反抗失権でしたが、日曜日のエ
ルメス杯グランプリ競技では、同じくファイナルピークで2回の走行で
無減点、ジャンプオフ末の2位に入賞しました。

1位とはわずか0秒34差でした。

また、那須トレーニングファームから貸与馬として出場したブラックピ
ーク号は、オーストラリアのヴィッキー・ロイクロフト選手の騎乗で標
準競技で2位に入賞しました。(グランプリでは13位)

第1競技二段階競技ロッカバイ17位
第2競技標準障害飛越競技ファイナルピーク2反E
第3競技アキュムレーター競技ロッカバイ17位
第4競技エルメス杯グランプリ競技ファイナルピーク2位
成績詳細


祝!!みちのくの名馬国体優勝!! 2001.10.16


先日行われた宮城国体の少年スピードアンドハンディネス競技で、
広田竜馬さんが高校生のときに調教したプルート号が優勝。


全日本ジュニアでも那須トレチーム大活躍!


7月27日〜29日に山梨県馬術競技場で行われた第25回全日本ジュニア障害飛越選手権大会の
チルドレンライダー選手権において、那須トレーニングファーム所属の長谷川菜美さんとピータ
ーパン号が見事優勝しました。全日本ジュニア成績

芦毛の超名馬、ジュニアの神様ピーターパン(7月1日那須グランドホースショーにて)
↑騎乗者は高橋峰子さん

第9回那須グランドホースショー


ここでもサクラ号大活躍、犬の競技「アジリティ」も必見」。

第30回JRA馬事公苑馬術大会(ホースショー)

 4年ぶり馬事公苑ホースショーにやってきた広田龍馬さん、並み居る強豪人馬を抑えて、
見事に最優秀選手賞を獲得しました。


第30回馬事公苑ホースショー・成績詳細


第2競技中障害(M-B)予選ファイナルピーク1位
ブギーマン29位
第4競技グランプリ大障害(S)予選サクラ10位
第6競技スピード&ハンディネスブギーマン3位
第9競技グランプリ大障害(S)決勝サクラ3位
第10競技中障害(M-B)決勝ファイナルピーク2反E
第13競技六段障害飛越競技サクラ1位

ミス世田谷から馬リボンを授与されるサクラ号

大障害決勝でのサクラ号と龍馬さん

六段障害を完飛


MPEGムービー
日本新記録達成の瞬間(120KB)
表彰式でのインタビュー(120KB)
広田龍馬とサクラ号、歓喜のウィニングラン(120KB)


「好事魔多し」


2002.5.10
絶好調でワールドカップ前の最後のインドアグランプリ満点も、 左前の後突が起こり、早速獣医のクリニックに連れて行くと、 「後脚でぶつけて腫れているから冷やして休養させた方が良いね。 休ませておけば元に戻るよ。」との事でほっとしたものの、 それから毎日看病の日々が続きました。
しかしなかなかぶつけた所の腫れが引かず、大事を取って休養と 治療を続け、ついにボラスグランプリ以来一度も乗らないまま ワールドカップファイナルを迎えることになってしまいました。

5月1日?5日 World Cup Final Leipzig (GER)

必死の看病の甲斐あって歩様も良くなり、万全とは言えずも なんとか決勝まで辿り着いた僕等。

4月29日の夜にサクラとハヤテを乗せたトレーラーは スウェーデンの南の端にあるフェリー乗り場から、 北ドイツのロストック行きのフェリーに乗り、30日の早朝に ロストックについてそこからベルリンを通過して丁度正午ピッタリ にライプチッヒに到着しました。

バッハが晩年を過した街ライプチッヒは旧東ドイツ領に位置し、 きれいなメッセやホテルが建ち並ぶ中、19年の東西ドイツ統一 から1年経っているとはいえ、まだまだ街のいたるところに 旧東側の名残の廃墟が残り、東西格差の凄まじさを 感じました。

馬術競技場は、普段は見本市が開かれる巨大なメッセ の中で、巨大なホールが5つもあり、厩舎から競技場への ホールの移動、往復だけでも大変な距離になり、 一日何キロ歩いたかわからないくらい脚が棒になるのでした。

インスペクションを無事終え、ワールドカップ第一競技の ドローに行くと、ワールドカップファイナルオーガナイザーの マックス・E・アマンが出場人馬を読み上げ、そしてアメリカの レスリー・ハワードの所に行くと、「レスリーはなんと4頭もの ワールドカップ出場資格馬をもっています。これは彼女の 今までの旦那さんの数より多いので、出場馬を一頭に 絞るのは難しいでしょう!!」といって選手を爆笑させました。

出番のドローは、前回のワールドカップチャンピオンの マーカス・フックスが人の名前のプレートをとり、件の レスリーハワードが番号を引くという方式で、僕は出場 40人中31番という良い出番を戴き、マーカスが レスリーの出番を引いた時には「ライダー、レスリー・ バー・レネハン・ハワード・・・・」と歴代の苗字をずら ずらと並び立てていったのでレスリーが「ワタシは 2回しか結婚してないのにフェアーじゃないわ!!」 とプンプン怒ってしまいました。

ドローの帰りに僕が出場した6年前スイスのジュネーブで 行われたワールドカップファイナルのヴァイス・プレジデントで、 フランス語の乗馬雑誌「レプロン」の編集長で、馬術情報の 「ヨーロッパパノラマ情報」も書いているアルバン・プードレ がプレスから出てきて、「リュウマ?!!久しぶりだな?!!」 元気だったか??!!!」と声をかけてくれ、「ジュネーブの 時は人気が凄かったね、今年もリュウマが予選通過したって 聞いてジュネーブのみんなが喜んでたよ!CSI-W Geneveに 出たかったら何時でも声をかけてくれ、大歓迎だよ!」と歓迎 してくれました。

5月の2日に軽い調整で140cmの二段階に出場し、一落。 やはり本調子ではないのかと不安がよぎります。

そしていよいよ迎えた5月3日のワールドカップ第一競技、 六年前の舞い上がって頭が真っ白になった前回とは 違い、しっかりとコースを下見して、思いました。

「さすがに、難しい。でも、飛べないコースじゃない。」

ところが競技が始まってみると、失権が続出し、初めの 出場者ベルギーのマーク・ファン・ダイクやアメリカの マジー・ゴールドスティン、ドイツのヘレナ・ウェインバーグ等 4人中3人が障害に突っ込んで、クラッシュしたり失権したり する大波乱で、コースが見た目以上に難しい事を示していました。
でも、僕は絶対にサクラが止まったりする事がないのを 知っていましたし、それだけの心の絆があったので僕は 安心して馬場に入りました。

「頭が真っ白になった6年前とは本当に大きな違いだな・・・。 ここまで連れて来てくれて本当にありがとう!サクラ!!!」

心を静めてスタートを切り、一つ一つ落ち着いて下見で 計画したとおりに障害をクリアーしていったのですが、 サクラにいつものような跳ねるジャンプ力がありません。 なんと、不運にも走行途中で右前の蹄鉄が落鉄してしまい、 それでバランスが崩れて本当にちょっとの所で脚が 障害に触れてしまって普段では絶対しないような落下が たくさん出てしまい、5落下で35位という信じられない結果に なってしまいました。

「・・・くそっ!!落鉄しないで、本当のサクラの跳びだったら 2落下以内で絶対に帰ってこれたのに!!!」

2週前のスェーデンのグランプリでサクラと2頭だけ満点だった マーリン・バリヤードのバタフライ・フリップがここでもノーミス で5位になったのをみて、その思いを強くしました。

しかも悪い事はそれだけで終わりではありませんでした。 落鉄した後の装蹄ミスでサクラが破行してしまい、 あわてて蹄の裏にパッドを入れて何とか歩様が良くなり、 何とか翌日のワールドカップ第二走行標準競技出場 までこぎつけました。
万全の状態でないながらもサクラは力いっぱい飛越し、 僕も非常に落ち着いた走行で13障害中第9障害まで ノーミス!!!しかし、そこから万全でない状態が 影響して本当に障害にかするような落下が続いて 四落下29位という成績で、ワールドカップ第二走行 標準競技は終了。ヨーテボリの大きく、難しい グランプリでサクラと同じ二落だったリュドガー・ビアバウム とグラディスSが優勝、同じくヨーテボリグランプリ二落だった マーカス・フックスとティンカズ・ボーイが第2位に入り、 サクラも万全の状態で出させてあげられなかった悔しさが 胸にこみ上げて来ました。

「全日本で3日間、57障害をノーミスで飛んだ調子だったら、 絶対に最後の決勝には残れた・・・・。」

結果、一日目35位、2日目29位で総合34位、 6年前の35位から一つ順位を上げただけに終わって しまいました。

が、サクラが最悪の状態でもこの結果で 頑張ってくれ、しかも世界の頂点を競う競技会でも 決して飛べない高さではない、落ち着いてイメージ通り 走行する事ができた、という事は僕にとって大変大きな 収穫となり、この経験は続くアジア大会、世界選手権等 の世界の大舞台での走行に大きく生かされる事と思います。

又、若馬のハヤテが、競技前半は物見をしたり若さを 出しまくっていましたが、土曜、日曜は今まで飛んだ事の ない145cmの大きいコースで両方ともノーミスで帰って きてくれ、特に日曜は9位に入賞して表彰式と ウイニングランには一番大きな歓声を頂きました。 サクラとのコンビだけでなく、若馬のハヤテとも一緒に 成長できてきている事が、非常に嬉しく感じました。

今回の二ヶ月の欧州遠征は、僕にとって今までで 一番勉強になり、インドア競技の狭い中でのより高い レベルでの人馬のコミュニケーションとコントロール、 収縮、コース取り等本当に多くの事を学ばせて いただきました。
今回の遠征を通じて日本にインドア競技会が 殆んどないのが非常に残念に感じられました。 なぜかというと、インドアこそきちんとした人馬の コントロール、コミュニケーションが要求され、 乗り手がキチンと乗れないとどんなに良い馬に乗っていても 回転が間に合わず、障害の高さがどんなに低くても コースをまわりきれないという結果になってしまうからです。

現実に毎年僕のホームグラウンドである那須TFで 行われる「グランドホースショー」で、欧州のインドア 競技並みの何度を誇る「インドアグランプリ」は、 高さ僅か120cmでありながら、20m×40mの インドアで10障害13飛越位置くので、回転して すぐ飛ばなければならず、高さは120cmながら 外の140cmのコースを飛ぶ位のテクニックが 要求され、毎年多くのトップライダーが 「難しすぎるよ」と言って敬遠しています。

ただでさえ馬術後進国の日本が、12月位までの アウトドア競技シーズンを終え、翌年3月くらいから始まる 競技シーズンまでヌクヌクとしている間に、欧州の 人馬はインドアでのより高い技術を要求される 競技で鍛え上げられる。このような環境では日本は ずっと追いつけないのでは?という疑念が浮かび上がりました。

ともかく、今回のワールドカップ遠征でとても大きな勉強を させて頂き、これから来るアウトドアシーズンに生かせるように 頑張りたいと思います。サクラもアウトドアの方が得意ですし、 何より今まで一度も水濠で減点を受けた事がないので 外の競技と水濠を心待ちにしています(笑)

とりあえず僕は帰国して新たな来年のワールドカップ予選 のCSI-W NASU がホームグラウンドで行われ、 アジア大会予選も行われるので、日本で一年ぶりに コンビを復活させる2000年のオリンピック予選で大活躍した 「ゼロ」と共に頑張ろうと思います。

今回の結果には満足していませんが、今回の ワールドカップファイナルの経験をバネにして僕は 常に前を見て進んでいきたいと思います。

「・・・一つの物事の終わりは、また新たなる物事の 始まりでもある・・・。」


・・・・僕とサクラ、ゼロ、ハヤテ、ブラックピーク達の物語は まだまだ、始まったばかりですから・・・・。


これからも応援よろしくお願い致します!!
ご声援、ありがとうございました!!!



ワールドカップへの道・ ・・完・・・・



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▲△広田龍馬 Ryuma Hirota ●◎
▽▼ zero2000@ff.iij4u.or.jp ○●
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2002年の幕開け!!!


2002.1.1
皆様、あけましておめでとうございます!!那須TFの広田龍馬です。
昨年は大変お世話になり、誠に有り難うございました。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

いよいよ2002年、今年はサッカーのワールドカップが日本で行
われる非常に大きな年で、それに便乗して(!?)僕も、ドイツは
偉大なる音楽家バッハが生涯を過したという街「ライプチッヒ」で
行われる障害馬術のワールドカップでも、サッカーの日本代表に
負けない様に気合を入れて頑張ろうと思います!!

そして今年は世界選手権やアジア大会などワールドカップだけでな
く世界の大舞台がめじろ押しで、昨年は今年、世界へジャンプする
為の国内での大切なステップの年だったと思います。

今年は正に「馬」の年、再び僕を世界の舞台に立たせてくれる
肝っ玉母さん、「サクラ」と共に、勇気をもって全力で世界に
ぶつかりたいと思います!!!!

皆様、今年もよろしくお願い申し上げます!!!!

◇◆☆★☆★☆★☆★☆★☆★◇◆
▲△広田龍馬 Ryuma Hirota ●◎
▽▼ zero2000@ff.iij4u.or.jp ○●
◆◇★★☆☆☆★★☆☆☆★★◆◇

P.S.僕を最初に世界へ導いてくれたパートナー、
「マンオブゴールド」が、グリーンチャンネルの新春午年特別番
組、「この馬が一番!!」に出演します!!
放映時間は、1月2日18:00〜と、1月3日、12:00〜。
1月4日10:00〜となっています。よろしかったら是非!見て
ください!!20歳という高齢ながら、僕をオリンピックまで
導いてくれた「天馬」マンオブゴールドを!!!!

☆→→★→→◇→→◆→→□→→■
↑〜〜りゅうのうまのやうなひと。〜〜↓  
↑ ♪♪zero2000@ff.iij4u.or.jp♪♪ ↓
▲←←△←←●←←◎←←◆←←◇

新世紀の幕開けの年に思う事。


2001.12.31
皆さんご無沙汰しております。広田龍馬です。 新世紀最初の年の2001年もあと5時間ほどで 幕を閉じようとしています・・・・。

今年は世界的に米国の同時多発テロや不況の中、相次ぐ金融機関の破綻による連鎖倒産等で国内外共にズタズタになる、波乱に満ちた新世紀の幕開けとなる年でした。

その様な暗い社会情勢の中でしたが、僕にとっての今年一年は、正に新世紀に躍進する為の、飛躍の為のような一年でした。

今年始めの中山グランドジャンプ(J・GI)でゴーカイが2連勝してくれたのを皮切りに、五月のJRAホースショーのニュースーパーカップでサクラが日本新記録を達成し、メンバーの船橋慶 喜さんがニュージーランドで行われた国際ポニー連盟のネーションズカップで26年ぶりの優勝、長谷川菜美さんが全日本ジュニア選手権で優勝し、連戦連勝のサクラが遂には全日本 大障害選手権も三日間パーフェクトの優勝を果たして、2002年ワールドカップ日本代表権と世界選手権の権利を獲得してくれ、最高の形で今年一年を締めくくる事が出来ました。これもひとえに皆様の御協力の賜物と存じます。 誠に有り難うございました。

オリンピックも終わり、今年はここ10年で初めて一年まるまる日 本にいた年でしたが、次の世界へ向けての修行期間として最高の年 を送ることが出来、いよいよ世界へ打って出る 2002年、正に「馬」の年を迎えます。

新世紀の扉を切り開いてくれた「天馬」マンオブゴールドから、偉 大なる母の愛、「サクラ」に替わって来年は二度目の ワールドカップファイナル。先の見えない薄暗い世の中だからこ そ、希望の光を胸に、悔いの残らないように全力で世界にぶつかっ てこようと思います!!

皆様、今年一年有り難うございました!!
来年も宜しくお願い致します!!
よいお年を・・・!!!!


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少年マガジン・ジャンプマン


2001.11.15
少年マガジンの漫画家井上正治さんと、副編集長林田さんが 「障害競馬のマンガが書きたい!!」と言う事でJRAの渡辺弘調査 役(元シドニーオリンピック対策副本部長)に相談した所、「それで は那須に行きなさい」と言われ、取材にきたのが先月初め、今週号の 「少年マガジン」に60ページの特別読みきりで障害競馬漫画 「JUMP MAN〜二人の大障害〜」というのが載っています。

取材の成果か、そのマンガの中では、栃木県那須にある 「広森トレーニングファーム」の広森社長は夜はいつも酔っ払って いるけどいい人ですって(笑)ビジュアルもまるで某トレーニング ファームの社長そのまま(笑)
施設も全く同じで、副編集長の林田さん曰く、「龍馬さんの、どう せ自分なんか・・・・。なんて思っている馬は一頭もいない。常に毎日を 一生懸命生きているんだ、というフレーズが私達的にズギューンときたので 使わせていただきました」との事です。

内容も障害競走馬や馬の世界について解りやすく書いてあるので立ち読みでも良いので(笑)皆様是非読んで見て下さい。

又、この「ジャンプマン」は来年3月より週刊連載になるとの事です。ご期待ください!!!!!!!!!

このマンガによって一人でも多くの方に障害競馬や、障害馬術に興味を持って頂いて、馬事振興に貢献できる事を祈りつつ・・・

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祝!!みちのくの名馬国体優勝!!


2001.10.16
ご無沙汰しております。広田龍馬です。
僕が高校一年の時に一番初めに自分で調教した競走馬上がりの 内国産サラブレッド、競走名「マイネルシュタール」、 現乗馬名「プルート」が、宮城国体少年スピード&ハンディネス競 技で見事に優勝してくれました!!!!
プルートは那須トレで引き馬用の練習馬だったのですが、 めきめき出世して、僕とのコンビでデビュー戦の全国都道府県乗馬 大会のジュニア競技で優勝して、その後同じ都道府県大会の アバロンラッド記念大障害に出るまでになった後、 僕の義兄の高橋秀行さんが騎乗して全日本内国産決勝5位、 東北の秋田県馬連に移ってからも、那須で社長の地獄のしごき のようなトレーニングを受けながら(笑)水平忠昭さんが二十数年 ぶりに出場したこれまた奇しくも「全国都道府県乗馬大会」で 準優勝、その年の全日本内国産決勝、国体成年標準ともに7位、 少年二段階で6位、少年トップスコアで3位と大活躍を見せ、 馬術情報編集長の白井民平氏曰く、「みちのくの名馬、東北の タッチオブクラスだ!!!」(※注タッチオブクラスはロサンゼル スオリンピックでアメリカのジョー・ファージスが騎乗して個人・団 体共に金メダルを取った名馬) と賞賛されるまでに成長してくれて僕もとても嬉しく思っていました。
ただ、どんな乗り手が乗っても必ず上位につける代わりに、ビック タイトル間であと一歩の所で届かずに涙をのんでいました。
しかし、今回やっと、やっと念願の優勝のタイトルを勝ち取ってく れたのでもの凄く嬉しいです!! それに那須で一昨年から那須で強化合宿にきていた秋田角館高校の 加賀屋思乃選手が騎乗して強豪宮城の鈴木智明選手、大阪の 藤野選手等を抑えての優勝はとても価値があるものと思われます。
僕はこれからも一生懸命調教して第二、第三のプルートの様な 馬を送り出して沢山の人に素晴らしい体験をしてもらいたいと 思い、又、それが僕の喜びに繋がっているんだなとつくづく 感じるのでした。

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残暑お見舞い申し上げます。


2001.8.16
残暑お見舞い申し上げます。

那須トレーニングファームの広田龍馬です。

今年は、七月末の酷暑の後、八月初旬は比較的涼しく、過しやすい日々が続いていましたが、八月も中旬を過ぎ、再び暑さが戻る変な気候ですが皆様如何お過ごしでしょうか?

毎年私はこの時期は海外でオリンピックや世界選手権のやれ予選だ何だで過しているのですが、今年は久々に日本で一年で一番忙しい那須の夏を満喫させて頂いてます(笑)

2001年、遂に新世紀を迎え、今年は五月に4年ぶりに出場させて頂いたJRAホースショーでサクラと一緒に六段障害飛越競技の日本新記録を達成する事が出来て、最優秀選手賞を頂き、続く関東大会では大障害競技を標準、S&H、決勝と三種目共優勝させてもらい、続くCSI-W栃木ロイヤルホースショーでもCSI-W・TOCHIGIグランプリを優勝させて頂き、新世紀を非常に良い形でスタートする事が出来ました。

又、今年も夏休みを家(那須TF)で過していますが、ゴーカイが二年連続で中山グランドジャンプを制してくれたり、最近調教をつけたカネトシガバナーも東京ハイジャンプ(J・GII)を勝ってくれ、ナイティナインの矢部っちを一日で障害のコースを飛ばせる事ができたり、先月末に行われた全日本ジュニア障害飛越選手権大会でもいつも練習を見させてもらっている当クラブメンバーの長谷川菜美さんが一番頭数が多く、123頭もいたチルドレン選手権で優勝してくれて、今年は自分が選手として出るだけではなく、コーチをして人や馬を育てる難しさ、調教した馬やコーチさせてもらった選手が上手く行った時のたとえ様のない、自分の時よりも嬉しいというような喜びを勉強させて頂き、非常に良い経験と成績を得る事が出来ました。

これもひとえに普段から温かく見守って頂いている皆様の御協力、御声援の賜物と思います。

この成績に慢心せず、今年はより一層日本国内でコーチ、調教などを勉強させて頂くつもりですので、これからもよろしくお願い申し上げます。

那須にお見えになられた際には是非遊びにいらしてください。
かわいい馬一同、お待ち申し上げております。

時節柄、皆様のご自愛のほどお祈り申し上げます。

           2001年平成十三年八月十六日

          

JRAホースショーその参


2001.5.30
四年ぶりに訪れた「JRAホースショー。」
一日3万人を超す相変わらず沢山の観客と、美しいオリンピック芝馬場。
ジュニア時代に胸をときめかせて出場したあの頃と少しの変りもない、晴れやかな、馬術選手にとっての夢の檜舞台。

ただ、あの頃と違うのは、自分が様々な経験をさせてもらって、ゴールドにオリンピックにまで行かせてもらって、とても落ち着いて、冷静にいろんな事が見えるようになってきたと言う事で、総監督である社長がアクシデントでこれなくなった不安はあったものの、不思議と落ち着いて自信に満ちている自分に驚きました。

「・・・・これが、経験と言うものか・・・・。」

馬術は経験のスポーツと言われますが、昨年のオリンピックまでの一連の死闘を経験して、多少の事には動じなくなっている自分を感じてはいましたが、大舞台を数多く経験するとその舞台を楽しむほどのゆとりが生まれてくるのだな・・・・・・。
と言う事が今回のホースショーで改めて感じられました。

ただ、いつも社長に教わっているメンバーの宮崎さんがとても不安そうで、いつも大船に乗ったようなアドバイスをしてくれる社長と違って、僕はまだ精神的に幼いので(笑)
宮崎さんの不安をなくす程の存在ではなく、でもなんとかいい成績をとって貰いたいと一生懸命下乗りと、コーチをさせて頂いたら、その想いが天に通じたのか、ターフカップの予選で非常にいい走行を見せてくれて、アマチュアで女性の宮崎さんが、並み居る強豪に混じって10位で決勝に残ってくれたので自分が良かった時よりももっと嬉しく、宮崎さんもとても喜んでくれたので本当によかったです!!

あと、社長が出れなくなったので、急遽代打でチーム戦に出場する事になったジュニアのメンバーの長谷川さんも、いきなり点乗りのブギーマンで感覚が掴めずに準備運動馬場で苦戦していたのですが、中に入って「思い切って行け!!」
とアドバイスしたら準備運動とはまるで別人のような素晴らしい走行で130CMの大きなコースをノーミスで回って来てくれたので、それもまた自分のこと以上に嬉しく感じられました。

これで俄然勢いがついた僕は、個性豊かなパートナーとのびのびと競技する事になるのです・・・・・。

続く・・・。


JRAホースショーその四


2001.5.30

・・・・後は、自分だけだ!!!!!

他のメンバーの方々が、この晴れ舞台でいい走行をしてくれ、勢いがついた僕は、エントリー数が最も多い中障害M-Bの予選で、出場番号が最後のファイナルピークで、全員を差し切って優勝する事ができ、若馬ブギーマンもスピード&ハンディネスで、優勝しかけたのですが、最終の手前で落としてしまいましたが、ホースショーデビューで3位入賞、と活躍してくれました。

そして、今大会が本邦初デビューとなるサクラですが、初日は大観衆と芝馬場に気を取られたのか、第一障害で少し躊躇したので、強く乗ってしまったら、その後、折り合いを欠いて2落下してしまい、「こんな乗り方じゃだめだ!!馬をもっと信頼して、気持ち良く飛べるようにしてあげなくては・・・・。」と、深く反省するのでした。

すると、次の日のグランプリ決勝で、サクラをもっと信じた乗り方をすると、サクラが見違えるようなジャンプを見せてくれ、このままノーミス満点でいける!!!!!と思って最終障害に飛び込んだ瞬間、「ガッコーン」・・・・
嗚呼無情、僕が最終障害を飛び急いだせいで,サクラの後脚が上がりきらずに引っ掛けてしまい、減点4。結局満点は出ずに、減点4の4人によるジャンプオフになりました。
ジャンプオフではサクラは更にいい飛越を見せてくれましたが、3箇所ほどスリップしてしまい、サクラは今回が日本初デビューで無理をさせたくなかったので、満点策で、減点ゼロ。
結局3位に落ち着きましたが、前日とは雲泥の差で、サクラの底力、素晴らしさに、確かな手ごたえを感じました。
それと同時に、「自分が最後飛び急がなかったら、満点で優勝できてたのに・・・。」と悔やみました。
競技と言うものは、いつになっても後悔と反省の毎日ですね、ハイ。(笑)

そしていよいよ迎えた大一番、サクラと初めてする事になるニュースーパーカップ六段飛越競技。

体の長いサクラには不利と言われていましたがサクラはとにかく真っ直ぐで強い意思をもっているので、直線で、巨大な障害が並ぶ六段障害飛越でも、必ずやってくれると僕は信じていました。

前日のグランプリ決勝で、サクラとの呼吸も合ってきたので、余計な事はせず、僕はただひたすらサクラを信じて、任せて、力をあわせて目の前の連続した障害をクリアーしていくのでした。

・・・一回目・・・・150CM・・・・。
・・・二回目・・・・165CM・・・・・・・・・・。
・・・・・・三回目・・・・175CM・・・・・・・・。


・・・すると、いつのまにか、気が付けば日本新記録となる187CMにチャレンジする事になっていたのでした・・・。

ふと見ると、壁のように立ちはだかる187CMの障害・・・・・。

入場して、その一番高い障害の前でサクラを止め、「僕達これを飛ぶんだ!!頼むね。」とお願いして、耳をなでると、観客から和やかな笑いと歓声が聞こえました。

「・・・・・日本新記録が出るかもしれない・・・・・。」
観客の言葉にならない期待と想いが会場に張りつめ、3万人以上いるとは思えない静けさが辺りを包み、ピーンと張り詰めた空気がJRAのオリンピック馬場を覆いました。

僕はその観客の期待と想いを一身に浴びているように感じられましたが、心は驚くほど静かで、正に「明鏡止水」と言った心境で、おもむろにゆっくりと障害に向かいました。

「龍馬!!いけ〜〜〜〜!!!!!」

突然、馬場の中に使役としていた、JRA職員で、一緒にオリンピックに行った布施勝さんや、指導課長の尾辻勝さんが、エールを送ってくれ、僕も嬉しくなってそのエールに叫んで応えました。

「・・・・イクよ〜〜〜〜〜!!!!!
          イクヨ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」



・・・・僕の掛け声と共にサクラにエンジンがかかり、今まで飛んだ事のない、未知の領域の障害へ・・・・・。


・・・第一140CM、・・・第二150CM、・・・第三165CM、第四175CMと越えて最後の障害187CM!!!!!

「サクラ!!!たのむ!!!!!!!!!!!」

サクラにすべてを任せ、未知の高さの障害を踏み切ったその瞬間・・・・・・!!!!!!!

一瞬目の前が光に包まれたような感じがして、気が付くと、サクラは今まで日本のどの人馬も越えられなかった障害を乗り越えてくれていたのでした・・・・・・・。

「やった!!!絶対やってくれると思っていた!!!!!
みんな見てくれましたか?これが最高の肝っ玉母さん、サクラなんだ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

思わずガッツポーズが飛び出し、応援してくださった皆さんに挨拶をして周り、ゲートに着くと、「龍馬、よかったな。」と、同郷で栃木県出身の僕の一つ年上の現JRA職員、で、サクラに次ぐ2位だった川俣亮介さんが握手をしてくれ、コースデザインをした渡辺弘さん(元)オリンピック対策本部長も「お父さんに電話してやれ!!」と携帯電話を貸してくれて、「ああ、本当にこの日本記録を出した瞬間を社長(父)に見てもらいたかったな・・・・。と想いました。
更にその後の表彰でJRAホースショーの最優秀選手賞まで頂いて、サクラや、ファイナル、ブギー、僕を乗せてくれた馬達と応援して下さった方々に感謝の念が絶えないのでした・・・・・。



187CMなんて、自分一人じゃ絶対飛べないですし、サクラがいてくれても、沢山の観客の皆さんが応援してくれなければ、絶対に向かう勇気も湧きませんでした。
本当に僕は沢山の馬に乗せて頂いて、沢山の方に応援して頂いて支えられてここまでこれたのだと思います。

今回のこの記録は、サクラと皆さんの「想い」によって成し遂げられたものだと僕は想います。そして、素晴らしいサクラと、応援してくださる皆様の「想い」に恥じないように僕はこれからも頑張って行こうと強く心に想うのでした。

応援してくださった皆様、本当に有り難うございました!!!!

この経験を糧にこれからも更に一層
素晴らしいパートナー達と頑張ります!!!!!

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ナイナイホームページ。


2001.5.22
19日にオン・エアーになったナイナイサイズ!!ですが、 野球中継延長に番組が押されて多くの人がダビング失敗の憂き目に(泣)

でも、一日かかった撮影が、サクサクっと流れて、一日で障害を飛 ぶのが、いかにも簡単そうに写ってくれたので(本当は大変でしたが)、 「これなら、私にもできるかもしれない!!」と全く馬に触った事 のない人でも興味を持ってくれ、矢部っちの苦労とは反比例して 馬事普及と言う事ではとてもよかったと思います。

そんな方達の数々の声が、ナイナイサイズ!!のホームページに 載っていて、岡村さんの上手い「グランドピークの絵」等、とても 楽しいつくりになっているので、暇があったら行って見て下さい。

アドレスはhttp://www.ntv.co.jp/99size/です。

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JRAホースショー


2001.5.7

5月の連休に日本最大の競技会「JRA馬事公苑馬術大会」

(JRAホースショー)が行われ、僕はここ3年、毎年同時期に行わ れるフランス最大の国際馬術大会「CSIOラボール」に出場して出られな かったのですが、今年は国内で競走馬のトレーニングに明け暮れながらも 出場できる事になり、今年のJRAホースショーに本当に久し振り、 実に四年ぶりに出場することが出来ることになりました・・・・・・・

が、なんとホースショーに出発する寸前に、現役最年長選手で、 五輪最年長馬の「マンオブゴールド」に乗って出場して 「最年長老いて益々盛ん」コンビで、僕とチーム対抗のチームを組 む予定だった社長、といっても僕の父親である広田健司氏が 酔っ払って階段から転げ落ちて、肋を痛めてしまいリタイア!!

せっかく親子で大観衆のいる晴れ舞台に、しかもオリンピックホー スで出場できると思ったのに・・・・・・。
しかも、ゴールドも、少し腰に疲れが出たみたいなので大事を取っ て今回は無理をさせずにお留守番をしてもらう事にしました・・・・。

ベテラン人馬がスタート前にリタイアという憂き目にあってしまい 四年ぶりのホースショーは嵐の予感がしました・・・・・。

つづく・・・・。

JRAホースショー其の弐


2001.5.7

社長とゴールドのベテランコンビのリタイアにより僕達の 四年ぶりのJRAホースショーは暗雲漂うかと思われましたが、 そのムードを、昨年のクリスマスにゴールドと一緒にヨーロッパか ら帰って来たばかりのパートナー「サクラ」が一挙に吹き飛ばしてく れました。

サクラは4年来の付き合いになる体の大きな牝馬で、既に2頭の子 供がいて、正に「肝っ玉母さん」というのがピッタリのお馬さんで、 父親が世界的名馬の「ラティナZ」と同じ「ラミーロZ」という 良血で、とにかく強い意思を持った信頼できるパートナーです。

日本での大きい大会は今回が初めてなので不安だったのですが、 サクラはその強い精神力で3日間で10万人を超える観衆の前でも 全く怯む事のない素晴らしいパフォーマンスを見せてくれ、大きな 感動を僕達にくれる事になるのです・・・・・・。

続く・・・・・。

ゴーカイに二連覇!!中山G・J


2001.4.16

やった〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!
ぐぅおぅくぅあぁいぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
よくやった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!

・・・・すいません・・・、あまりの嬉しさに再び取り乱してしまいました。

昨年4月、世界で初めての国際招待障害レース「中山グランドジャンプJ・GI」が行われ、そこで平場で頭打ちになって障害レースに転向しに那須トレーニングファームの土を踏んだ競走馬の一頭で、たまたま日本に帰っていた僕が障害調教を施した「ゴーカイ」が、フランスのボカボカ、イギリスのジアウトバックウェイ等世界の強豪を差し切って優勝してくれた事は、日本の障害競走界に大きな希望を与えると共に、オリンピック最終予選を控えていた僕にとって非常に大きな勇気を与えてくれました。
そして僕は様々な人や馬達の協力があって後押しを受けて オリンピックに行く事ができ、シドニー五輪では団体戦で はじめて決勝に行く事までできました。

その大きな原動力の一つとなってくれたゴーカイが、 又、再び頂点に立ってくれるなんて!!!!!!!

しかも、またまた不思議な縁で、中山グランドジャンプで ゴーカイをゲートインしたJRAの係員は、なんと昨年と同じく 僕のお義兄さんだったのです!!!!!!!!!!

度重なる不利とアクシデントを強い運と高い能力で克服して 見せてくれたゴーカイ。

再び大きな勇気と希望を僕に与えてくれ、僕も 新たな目標に向かって再び、全力突き進んでいこうと思います。

そう、ターフの上を全力疾走し、常に一生懸命生きている、 「ゴーカイな奴等」に、負けない様に・・・・・・・・・・。

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ナイナイサイズ!!の過激な撮影!!其の弐


2001.4.13

トピックス



那須T・Fで、ナイナイの「矢部っち」障害にチャレンジ!!
去る3月23日に有名お笑い芸人「ナインティナイン」の 「矢部っち」こと矢部浩之さんが、乗馬経験が全くない ながらも「障害が飛びたい!!」と言う事で、 「乗馬初日にして障害を飛ぶ」という無謀な計画に 乗って那須にやってきました。
シドニーオリンピック代表、広田龍馬の一日がかりによる 必死のレッスンの甲斐あって、なんと今回で乗馬経験一鞍ながら、 最後には60cmくらいの簡単な障害のコースと トリプルコンビネーションをクリアー!!
最後に、「矢部浩之32歳、乗馬にハマっちゃいました〜!!」 とカメラに向かって絶叫するくらい喜んでいました。

この模様は日本テレビ5月19日(土)夜11:30からの放映 「ナイナイサイズ!!」にてオン・エアーされますので皆様お楽し みに!!!


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