24 July 2000 |
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シドニーオリンピック代表最終選考競技会。 代表候補選手達の昨年初頭から始まった約1年半の、長い長い旅の終着駅が、フランスはパリ南西250kmのトゥールで、7月16日から20日まで5日間かけてオリンピック日本代表の座をめぐって熾烈な戦いが行われます。 ドイツでの選考競技会がキャンセルになった為、ドイツでする予定だった2回走行分を17日にトゥール近郊の別の競技場でやり、再びもともとの予定だったフランスでの2回走行を20日にトゥールでする、と言うウォームアップ競技も入れると五日間で6回走行するという超ハードスケジュールで、僕の20歳のパートナー「ゴールド」が大丈夫かどうか気になります。 選考競技は林忠義選手、杉谷泰造選手、板倉裕子選手、そして僕の4人が2頭選考規定をクリアしており、2頭乗りで、白井岳選手、加藤麻理子選手の2人が1頭で選考会に望む、計6名10頭という日本障害馬術会始まって以来のゴージャスな人馬で選考会が行われますが、最終的に4名5頭に削られるという大変苛酷な戦いでもあります。 選考会に来ている全人馬は日馬連のオリンピック資格規定のCSIグランプリ5回以上-8もしくは-4以内で完走という過酷な規定をクリアしてきている人馬なので、だれが行っても、だれが落ちても不思議はありません。 林選手、杉谷選手、加藤選手、板倉選手、白井選手。各自おのおの全員に僕と同じくドラマ、物語があり、全員が必死になって辿り着いた最終予選会。 僕も今までの総てをぶつけて、悔いのない様にベストをつくだけだ!!・・・と固く心に誓うのでした。 ・・でも、僕がいくら気負っても、肝心のパートナーが順調でなければ上手く行きません。 ・・・予選会で20歳という最高年齢馬のゴールド。コンビを組んで7年という、どんな時も一緒になって頑張ってきた親友。 ・・・予選会で10歳という最年少馬のゼロ。コンビを組んでわずか2ヶ月で、グランプリの経験も少ないのにここまで頑張ってくれた友達。 「・・・ここまでこんなアホな俺を連れて来てくれて本当に有難う!!これで最後、一つの区切りだ!!たのむなゴールド!!ゼロ!!」 前の晩、マッサージをしながら語りかけ、僕をここまで連れて来てくれた、この両極端の2頭の仲間に僕は全てを託すのでした・・・。 そして迎えた6月17日。 第一回目の予選で、160cmというオリンピック級のコースを1日で2回走行すると言う苛酷な条件の元、ゴールドが先の前段に出て、30分おいてゼロが後半に出場します。 10日前、ドイツで歩様がおかしかったゴールド。毎日毎日マッサージと看病を続け、練習など全くせずに体を良い状態に持って行く事だけに専念し、体の状態は良くなりました。 しかし、最後の競技では今までにない調子の悪さで失権してしまったので、常識なら、160cmのグランプリコースを飛んで帰って来る事などできません。 準備運動馬場でも余り調子良くなく、その上僕が緊張と不安でガチガチになってしまっていたのでオクサーを一回突っ込んで壊してしまいました。 「・・・もっと体を起こせ!!しっかり乗れ!!」 トレーナーとして、わざわざ日本から来てくれている父、広田健司もそれを見て青い顔をしながら僕を激励してくれます。 ・・・でも、一回突っ込んでから、僕は、はっと我に返りました。 「・・・何を固くなってんだ!!もともと大した技術なんかないんだから上手く乗ろうなんて考えるな!! 俺達には、技術なんかを遥かに超越した、長い間培ってきた「心の絆」があるじゃないか!! どんなに調子悪くたって、きっと、ゴールドはやってくれる!!信じろ!!天馬マンオブゴールドを!! 信じろ!!自分たちが培ってきた心の絆を!!」 ・・・すると、すぅ〜っと僕から余計な力が抜け、僕はゴールドに全てを託したのでした。 「ごめんな。いっつもいっつも邪魔ばっかしちゃってな。お前を信じて邪魔しないようにつかまっとくから後は頼んだぜ!!相棒!!」 準備運動はあまり良くないながらも、元気に馬場に入場します。 停止して、敬礼し、いつもの様に「頼むな、ゴールド!!」 と囁くと、「解った!!任せとけ!!」といつもの様に振り返ってくれるのでした。 ・・・頭の中が真っ白になって先々週にゴールドで初めて失権した事も初めてゴールドから落馬した不安も全くありません。 あるのは、「ゴールドは、やってくれる」という信じる心・・・・・心の絆・・・・・・・・・だけ・・・・・・。 ・・・・・・どっか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!! ・・・・・・・・・・・ゴールドは飛びました。・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・飛んでくれました。 信じられない、翼の生えたようなジャンプをみせて・・・・・。 途中、何度も危ない所がありましたが、その度に「頼む!!ゴールド!!!!!!」と手綱を放し全てをゴールドに委ねると、その天才は力の限り障害を越え、クリアーして行ってくれるのでした・・・・。 そして160cmのとてつもなく難しいコースを1つの落下のみでゴール!!!!! 更に高さが上がった2回目も天馬の飛越を見せ1つの落下のみ、合計2落下マイナス8で第一回目の予選を終了!!!!!! 「ゴールド!!!ゴールド!!!おまえは最高だ!!! 本当に有難う!!!お前を信じてよかった!!!! 絶対、やってくれるって!!!!!!!!!」 前回の調整試合の140cmで失権というズンドコ・・・もとい、どん底の状態から奇跡的に甦った天馬!!! これはきっと、みんなの祈りが天に通じたんだな・・・・ 予選の後、ゴールドの傍でぼんやりしながらそう思っていると、杉谷選手の父親で、同じくもとオリンピック選手の杉谷昌保さんが、 「いやーホンマ、天才馬やな!!普通の馬やったら7つや8つ落としても不思議やないで!! なんであんなにおっぱなして飛ぶのか解らん!!それで1落で帰ってくるんだから、ホンマあの馬神様やわ!!!!!」といってくれました。 それを聞いて僕も、本当に神がゴールドに宿ってるかもしれない、と思うと同時に技術ばかりを重んじる人達には、心の繋がりで飛ぶ、って言う事が解らないんだな、とも思いました。 ・・・しかし、好事魔多し。 絶好調と思われていたゼロが、経験の浅さが出てあまりの障害の大きさにビビッてしまい、1回目の走行でなんと4落下もしてしまいます。 この時点でゼロのオリンピック出場は絶望的になってしまいましたが、経験豊富で、昨年CSIOドラーメンのグランプリで3位になった板倉選手の一番馬「ネポス」でさえも4落下してしまったこの難しいコースを、グランプリにわずかな経験しかなく、しかもたった2ヶ月間組んだだけのパートナーと出場した事を冷静に考えると無理もありません。 むしろ、たった2ヶ月でこの予選会に辿り着いた事自体が奇跡に近かったでしょう。 「弱冠10歳。ゼロには、まだ将来がある・・・今無理にとんでもなく難しいオリンピック級の障害に向かわせて怖がらせるより、2年後、3年後を見据えた方がいい・・・ なぁに、2ヶ月でここまで来たんだ。急がなくてもいずれとんでもない馬になる。」 トレーナーの父、健司氏と意見が合致し、ゼロの残りの走行を棄権しました。 板倉選手も同じく、ネポスの第二回目の予選を棄権しました。 第一回目の予選通過順位は実力NO.1のベテラン選手林忠義選手が、2回走行ただ一人ノーミス満点、減点0で1位。 堅実な走行の杉谷選手が1落下減点4で2位、 僕と加藤選手が2落下減点8で3位タイ。 アトランタオリンピックで一番成績の良かった白井選手が減点8.25で5位と言う激戦で、板倉選手が不調だったグレンを立て直して減点12で6位、と、1つの落下で順位ががらりと変わる接戦で、4回の走行の総減点で順位を決する為、選手達にとっては一時も気が抜けず、しかもオリンピック出場の境目の3・4・5位の間には僅か0.25しか差がない超「ダンゴ3兄弟」(もう古い)状態で20日にある後半の2回走行に折り返します。 第一回目の予選で10頭のうち、2頭が脱落し残り8頭になりました。 この苛酷なサバイバルレースで、最後まで残る4頭は一体どの馬達になるのでしょうか・・・・・。 はたして20歳のゴールドの体は、後半も持つのでしょうか・・・ ・・故郷のオーストラリアに錦を飾れるのでしょうか・・・・・。 ・・・僕と、ゴールドの、行き着く先は・・・・・・・・。 ・・・・・・・続く・・・・・・。 ◇◆☆★☆★☆★☆★☆★☆★◇◆ ▲△ 広田龍馬 Ryuma Hirota●◎ ▽▼ zero2000@ff.iij4u.or.jp○● ◆◇★★☆☆☆★★☆☆☆★★◆◇ |
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「マンオブゴールドって、何か人をぐっと引きつけるものがありますよね。」
「私、障害競技の事は良く解らないんですけど、ゴールドが飛ぶ時にはいつもドキドキしちゃうんです。」 「龍馬さんにとってゴールドは馬というより宝物ですね。」 シドニーオリンピック最終選考会の模様を始めからずっと追っかけていたグリーンチャンネル・「アグリネット」のカメラマンを始め、スタッフの方達が僕たちの様子を撮りながら口々にゴールドを褒めてくれ、応援してくれます。 第一回目の予選を行った競技場のオーナーも、「何と言う美しい馬だ!!これで20歳とはとても信じられない!!飛ぶ姿も非常にエレガントだ!!是非とも記念に君達の写真を撮らせてくれ!!」といってゴールドだけ特別に写真を撮ってもらい、最終予選の行われる競技場のオーナーも、「君達がオリンピックに行けるように祈ってるよ。」と皆、僕達の事を励ましてくれました。 天候不良の為、運悪く(僕にとっては良く!?)予選会がキャンセルになったドイツの競技場のオーナーで、ドイツの歴史的障害馬術選手、オリンピックゴールドメダリストのハンス・ギュンター・ウィンクラーの弟子、クラフさん一家も、「うちの娘も君の馬が一番好きだといってる!(クラフさんの10歳の娘さんも、ポニーの競技に出ていて、ゴールドの体の白いぽつぽつ模様{班毛}が大好きで、いつもゴールドの馬房に遊びにきていたので、引き馬で散歩するのを手伝ってもらっていた。) オリンピックでもドイツ選手と同じぐらいテレビをみながら家族みんなでリュウマとゴールドを応援するよ!!」と心暖まる応援をしてくれるのでした。 上の事柄でも解るように、ゴールドには、見ただけで人を惹きつけるオーラの様なものがあるのだと思います。 4年前のワールドカップファイナルの時にも、この最高の相棒は出場馬の中で一番の人気を博していて、その時取材に来ていたスイスの新聞記者の人が、「カメラのファインダー越しからでも他とは違ったあなた達のコンビのパワーを感じる。」といい、また、元ドイツ障害チャンピオンという国際獣医の女性は、「あなた達は凄い!!他の人馬は皆、ロボットみたいにコントロールされてテクニックだけで飛んでいるけど、あなた達はハートで飛んでいる!!私が、もし、アナタの馬に乗ったら何もできないと思うわ。だって、彼、何でも解っている様なんですもの!!!」と、言ってくれ、何時でも何処でもゴールドは出会った人々を感動させてきたのでした。 シドニーの行われるオーストラリアでも昨年、衛星放送で19歳のゴールドがCSIOラボールのネーションズカップを飛んでいる姿を見て、びっくりして日馬連あてに手紙を送ってくれた、ゴールドが7歳の時の元オーナーのアート・ウィテンダールさんがゴールドに再び会える日を心待ちにしている。 ・・・ゴールドは今まで、僕だけでなく、世界中の人々に夢と感動を与えてきたのだと思います。 こんなに素晴らしい馬との出会いは、僕の人生ではもう、二度とないと思います。 僕は、ゴールドと巡り逢えなかったらこんなオリンピックを目指して海外を飛び回って、沢山の人々に出逢って数々の感動の体験をするなんて事は考えられなかったですし、ゴールドとの出逢いが僕の人生を大きく、満ち満ちたものに変えてくれました。 ・・・・・・・・・「そのときの出逢いが」・・・・・・・・ 僕の大好きな相田みつを氏の言葉です。 ・・・・・・・・出逢い・・・・・・・・ その時の出逢いが その人の人生を 根底から変えることがある 出逢いが 人間を感動させ 感動が人間を動かす 人間を動かすものは むずかしい理論や 理屈じゃない 人間を根底から変えてゆくもの・・・ 人間を本当に動かしていくもの・・・ ・・・それは人と人との出逢い・・・・ ・・・・・・・その時の出逢い・・・・・・・・。 ・・・この言葉は、馬にも絶対当てはまると思います。 だって、僕とゴールドがそうなんですから・・・。 僕は、本当に幸せだと思います。馬の仕事をしているおかげで人と人との巡り逢いだけでなく、馬と人との巡り逢いでも感動できて、人生が倍以上豊かになっている気がします。 それに、僕にとっては人間と違って「言葉」という便利ながらもややこしいものがない馬の方がストレートでダイレクトに「心」が通じやすく、早く解りあえるものだ、と思っています。 ・・・・・前置きが長くなりましたが、今までの僕の人生にとって最高のパートナー、マンオブゴールドの引退の最後の花道として、何とか一緒にシドニーに行きたい!!最高の思い出を作りたい!!! という祈りが天に通じ、絶不調のどん底から、奇跡的に立ち上がり、3位タイで前半の2回走行を終え後半の最後の2回走行に折り返します。 2・3・4・5位が一落下以内に入っているというハイレベルの超接戦で、選手全員が緊張の連続です。 前半5位の、普段仲のいい白井選手がイライラしていたようなので、、「岳ちゃん、大丈夫だよ!!岳ちゃんが実力NO.1なんだからさ!!最後の2回走行で、絶対、絶対ぽぽ〜ん!!と上にあがって日本代表入りするよ!!僕は白井岳は絶対代表入りしなくちゃいけないと思っているからね!!」 と励まそうとすると、「ちょっと黙っててくれ!!頼むから試合の話は止めてくれ!!」と言われて、そのときやっと、僕は自分が今は岳ちゃんとも代表の座を争っているライバルなんだという事を思い出しました。 が、僕はどうしてもダメなんですよね。そう言う所が。 予選の本番前日、日本からわざわざスポーツ医学の先生が来て下さって、ドーピングの諸注意と、メンタル・マネジメント、トレーニングのお話をしてくれ、競技選手としての心理テストをしてくれたのですが、僕が特に低かった数値は、「集中力」と「闘争心」・・・(汗。) そのものズバリでちゃうんですね〜。こういうテストって。(笑) 僕はいつも、試合に行って観客がもの凄い声援を送ってくれると、「こんなに沢山の人が応援してくれてるなんて有難い!!うれし〜い!!!!」と、浮き足立って競技に対しての集中力を欠き易いし、競技者として一番大切な「闘争心」も他の人が辿って来た道のりや、苦労を考えると、「誰かを蹴落としてでものし上がりたい」とは、到底思えなくなるのでした。 「僕は競技選手としては向いていない性格ですね。他の人の事を考えるとすぐ、{できることなら譲ってあげたい}とか、心のすみで、すぐ思っちゃうし・・・・。」 と、苦笑して診断結果を眺めながらスポーツ医学の先生にいうと、「それは、{優しい}って事でしょう?例えその闘争心の数値が低くても、決して悪い事とは思わないで欲しい。それはあなたの個性であり、特徴なんだから・・・。あなたは他の人にはないその{優しさ}で闘争心の低さを補って余りある{馬との絆}がある。あなたの、その短所と思われている所は、実は長所でもあるのですよ・・・・。 大切なのは、自分に自信を持ってあなたのその個性、{優しさ}を大切にする事ですよ・・・・。」と、さすがその道のプロ。とても元気の出る事を言ってくれました。 決戦前夜の夜、関係者全員を招いたパーティーが終わり、林選手の運転で(車はじゃがー!!)ホテルまで乗せてもらった帰りにも、「あんなテストの結果なんて気にするな!!お前には今までずっと一緒にやって来たゴールドとの繋がりがあるだろうが!!それを信じろ!!あの馬なら絶対やってくれるって!しっかりせんかい!!」と激励してくれました。 そして迎えた運命の決戦日。7月20日。 今までシドニーを目指して同じ様に頑張ってきた人達も、ここで別々の運命の岐路に立たされる事になります。 シドニーに、行けるものと、そうでないもの。 全員にとって、この1年半の総決算です!!!! 18日は休みで一日中マッサージをしていたのですが、その甲斐あってか、本番の当日、ゴールドの体が20歳と思えないほど充実しています!!! 「ゴールド、泣いても笑っても今日が最後だ!!ここまで連れて来てくれて本当に、本当に有難う!!ここまでこれた事が本当に奇跡だよ!!しんどいと思うけど、俺達の最後の総決算、頼むな天馬マンオブゴールド!!!!!!!」 後半の2回走行は前半の2回走行よりも更に障害のボリュームがあり、全馬ににとって非常に苛酷のもので、出場番号1番の板倉選手に18.25もの減点がでてしまいました。 出場番号2番の、20歳のゴールドは、一昨日160cmのコースを2回も飛んで体力は大丈夫なのか?果たして連続で行われている超ハードなこの最終予選会で、最後まで持つのか?と、周囲の人皆が懸念し心配します。 ・・・・しかし・・・・・ ・・・・・・ドッカーーーーーーーーーン!!!!!! ・・・20歳の年齢をものともせず、僕やみんなの祈りに応えるように、ゴールドは飛びました。 前半の2回走行よりも更に素晴らしい、翼の生えたような飛越を見せ、観客を驚かせます!!!!! 「あの馬には、限界と言うものがないのか・・・・・・。」 アメリカ西海岸在住の板倉さんのトレーナーギアルモ・オブリガード氏も絶句します。 「この細い体の、何処にそれだけのパワーが秘められているんだ・・・・」 とんでもなく大きいオリンピック級のコースを、イーグルの様に悠々と越えて行きます。 ノーミス、満点だー!!!と思われましたが、最後の2つ前の障害で、僕がタイム減点を気にして小さく回りすぎ、脚がさわってアンラッキーな1落下、しかし減点4のみでゴール!!!!! 「ほんとに、ほんとにお前はとんでもない馬だよ!!奇跡の馬だ!!有難う!!本当にお前は解ってるんだね!!宝物だよ!!天馬マンオブゴールド!!!」 3回目の走行終了時点で、各選手の成績は、 トップはダントツで林選手の減点0 2位が杉谷選手で減点8 3位が僕とゴールドで減点12 4位が白井選手減点12.25 5位が加藤選手で減点16 6位が板倉選手で減点30.25 となり、3回目の走行で加藤選手が2落下してしまい5位に落ち、白井選手が4位、僕とゴールドが単独3位に浮上し、最後のラウンドを迎えます。 何度も何度もピンチに陥って、「もうダメなのか・・・?」と何度もあきらめかけたゴールドとのオリンピック出場の夢が、みんなの祈りと奇跡によって、後、一歩のすぐ、手の届く所まで来たのでした・・・・・・。 ・・・・・・・・・しかし・・・・・・・・・ ・・・つづく・・・ |
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・・・しかし、相変わらず3位、4位、5位、の間には1落下の差しかない超接戦で、単独3位と言えど、油断は全くできません!! このハイレベルな最終選考会を見ていて加藤選手のトレーナーで、フランスの有名選手でもあるジョン・モーリス・ボヌー氏が呟きました。「もしシドニーでも選手全員がここと同じように走行できたら、日本チームがメダルを取ることも夢ではない」・・・・・と。 最後の第四ラウンドまで3時間ほど休憩があり、予選競技会場で昼食が出されましたが、選手達は皆、決着のつく運命のラウンドが控えているので、殆んど残しているのでした。いつもは飢えている僕も、流石にこの時ばかりは食事がのどを通らないのでした。 ほんのちょっとだけの昼食を無理やり胃袋に押し込んで、リラクゼーションの為に芝生にごろりと寝転んで空を見上げれば、真っ青な素晴らしい快晴が天一面に拡がっています。 ひんやりとした芝生の絨毯の感触と、やわらかい初夏の日差しが心地よく、これから僕たちを待ち受ける苛酷な運命などは、その時はまだ、僕には知る由もないのでした・・・・・・・。 「いや〜っ、本当にいい天気だな〜!! 先々週のドイツの天気が信じられないよ!!」 誰に言うとでもなく、一人でそらを仰ぎながら呟くと、青い空を行き交う雲のように今までの様々な出来事や想いが、頭の中を巡っていくのでした・・・。 {・・・しかし、よくもまあ、本当にここまで来たなあ。 本当に、ゴールドはよくここまで僕を連れて来てくれたなぁ・・・ 奇跡だ!!もし、ドイツの選考会が雨で流れなかったら、ゴールドでは出場すらできなかったし、こんなに馬鹿でかいコースは、経験の浅いゼロでは今の時点では絶対無理だったろう・・・・。 本当に僕は幸せだな・・・・。自分はとてつもないボンクラだけど、沢山の人や馬に、いっぱい、いっぱい助けてもらってここまで来れた・・・・。 ここまで来たら、自分の限界を超えて頑張ってくれたゴールドの為、また、僕たちを応援してくれて、祈ってくれている皆さんの為に、そして、ボンクラでいつもいつも失敗して何度も挫けそうになったけど、ここまで皆に支えられてやってきた、七転八倒、いっつも転んでばっかりで、アホで情けないけれど、ここまでなんとかやってこれた自分の為にもシドニーに絶対行きたい!!!!!!} 様々な想いが交差して、最後は「絶対ゴールドとシドニーに行きたい」と言う強い想いが(祈り、かもしれませんが)入道雲のようにもくもくと僕の頭の中で膨らんでゆくのでした・・・・・・。 西暦2000年7月20日午後3時5分。 フランスはトゥール近郊の競技場で運命の第四回走行目、最終ラウンドの火蓋が切って落とされました。 僕とゴールドの、運命の出番は5番目で、一番手は現時点ダントツでトップの林忠義選手。 ベテランの自信に満ちた、安定した素晴らしい走行で、今までの4回走行の中でも一番大きい、いくつかの障害は165cmもある化け物のようなコースを、とても不利と思われる一番初めに走行して、たった1つの落下のみでゴール!!!!!! この瞬間、4回走行総減点4のぶっちぎりで林選手のオリンピック日本代表決定!!!! 超一流の競技者ながら、北総乗馬クラブの経営者の顔をもつ林選手にとって、日本をほとんど空けたこの1年半は、親がオーナーで、日本でクラブの経営もちゃんとくれている僕達と違って、どんなに大変な事だったでしょう!! そして、その日本に生まれた稀代の天才選手をバックアップし、世界に出るチャンスを与え、自分の愛馬と共に、つねに林選手を見守りつづけていた宮本オーナーの嬉しそうな顔といったら、とても文章で書き表す事はできません!! 僕は丁度、宮本オーナーの隣で見ていたので、一番に、「代表決定、おめでとうございます!!!いやぁ!!本当に素晴らしい走行ですね!!」 と祝辞を告げると、「どうもありがとう!!でも、どうせだったら最後も、満点でキメて欲しいと想うのは、オーナーの欲目というものでしょうか・・・・。」・・・!!!なんてすごい事を言うんだ!!!・・・・ 流石!!このオーナーにしてこの選手あり、と言う事なんだな・・・でも本当によかった!!!と思って喜んでいると、「さぁ、次は龍馬クンの番よ!!頑張ってね!!」と言われて、「しまった!!人の事より自分の心配をしなければいけないんだった!!」と思い出し、ホンッと、俺ってアホだなぁ〜。って、一人、苦笑するのでした。 運命の最終ラウンド。 二番手の出場者は板倉裕子さん。先月絶不調だったヘルシンキから、グレン93を見事立て直し、ここまで来た板倉さん。 はるばるアメリカのカリフォルニアから、トレーナーのギアルモ・オブリガード氏までずっと一緒についてここまでやってきていて、昨年の日本障害チームがニュージーランドを破ってオリンピック出場を獲得したCSIOファルスターボでも日本代表メンバーの一人として活躍して、日本チームにオリンピック出場権をもたらしたメンバーの一人でもあったのですが、今年に入ってから馬の調子が思わしくなく、この最後のラウンドでも-27という大量の減点をしょってしまい、合計-57.25でシドニー行きは絶望的になってしまいました。 ・・・昨年まであんなに調子良かったのに・・・馬にも調子の波、ピークというものがあるから・・・・僕だって2週前までゴールドの調子が最悪で、こうなってもおかしくなかったんだ・・・・。 ただ、あの馬が・・・、アイツが、僕達の、みんなの想いに応えて、自分の限界を超えて頑張ってくれたから、ここまで来れたんだ・・・・・。 その事を思うと、胸が熱くなり、「早く相棒に会わ(乗ら)なきゃ!!」という思いが強くなって、僕は競技場を後にしたのでした。 準備運動馬場に行くと、ゴールドのオーナーで、僕のトレーナーで、父で社長でもある沢山の顔をもつ健司氏が、ゴールドのフラットワークの最後の調整を終えた所でした。 午前中の大ジャンプが、体に応えていないか、この、超ハードスケジュールで最後まで20歳の体はもつのか、大丈夫なのか? ・・・・もしもゴールドに何かあったら・・・・。 数々の不安が、僕を襲います。 ところが・・・・・。 「信じられん!!4回の走行の中で一番良い状態だ!!これならば満点でいける!!有終の美だ!!!!」 緊張しながらも嬉しそうに健司氏はこういって、僕にゴールドの手綱を、バトンタッチしてくれるのでした。僕はこのトレーナーである父が、僕の為に一生懸命調整してくれて、バトンタッチしてくれる瞬間がとても好きです。 「ああ、親と一緒に同じ夢をもって力を合わせて頑張れるって、すばらしいな・・・・・。」 しみじみ、必死になって、自分の事を想ってくれる家族のありがたさを噛みしめる一瞬だからです。 話はそれますが、(いつもそれてばっかりですが。)いつも、僕の父、健司氏は、ゴールドにとてもよく似ているな〜と、思うんです。 とても能力とプライドが高くて、自分がこう、と思い込んだらてこでも動かない頑固者で、とてつもなく強い意志もち、常に自分が第一線で働いていないと気が済まず、人を寄せ付けぬ威厳を持っていて、一見近寄り難いのですが、本当はとてもやさしくて、実は寂しがりや、という典型的な「たたきあげ団塊の世代型」(笑)の性格で、それに対して、僕が、「相手の気持ちを尊重して気持ち良く走らせ、人間が邪魔しないようについてゆく」という、那須トレーニングファームの、「アメリカンスタイル」そのもののような性格なので、(大うそ、爆笑)丁度凹凸みたいにバランスが取れていて、なんだかんだ言いながら、時にはけんかしながらでも、この親と子、人と馬とのコンビは、ここまでやってこれたのだと思います。 ・・その、父の夢が、僕と最高の相棒ゴールドとの夢、馬バカ親子2代の夢が、今、結実しようとしています。 ・・・・どっか〜〜〜〜ん!!!!! 父の言う通り、信じられない事にゴールドは4回の走行の練習馬場の飛越のなかで、最後が一番充実していて、素晴らしい翼の生えたような飛越をしてくれたのでした。 「本当にお前は最高だ!!ゴールド!!!この状態なら満点で帰れる!!最後の最後だ!!たのむぜ!!大将!!!!」 そうして準備運動を終え、出番を待っていると、僕の前の出番の人が、白井岳選手でした。 ムッシュ白井こと岳ちゃんは、2年前、僕がゴールドと世界選手権を目指していて、トラックが横転すると言う大事故にあって結局行けなくなって落ち込んでる時に、「今回は、俺が龍馬くんの分まで障害飛びまくってがんばるよ!!今度(オリンピック)は一緒に行こう!!」と励ましてくれ、その言葉の通り日本チームで一番良い成績で帰ってきてくれた時には、とても感動しました。 その2年越しの約束を果たすためにも、僕は頑張らねばいけません。 自分の出番を待ちながら、岳ちゃんの走行をみて、僕は必死に心の中で声を張り上げます!! {がんばれー!!がんばれー!!がんばれー!!} すると白井選手は素晴らしい走行で、0.75のタイム減点のみでゴール!!!{やったー!!!(僕の心の声。)}4回走行減点13で、この瞬間、3回走行減点16、現在5位で、後半に出番を控えている加藤選手がノーミス満点でも白井選手を越せなくなり、白井選手の日本代表決定!!!!!!! 次は僕の出番なので、試合に集中する為に声をかけまい、かけまい、と思っていたのですが、入退場門で、代表が決まってほっとした白井選手の顔をみたらうれしくなっておもわず、「たけちゃん、さいこー!!」と言ってしまいました。 岳ちゃんは、「さんきゅ。」と短く応え、俺はやったぞ!お前も頑張れ!という視線をすばやく送り返してくれたのでした。 そして、いよいよ僕とゴールドの出番。 ・・・・・・・ドクン・・・・・ドクン・・・・・ 運命の最終ラウンド。 ・・・・・ドクン・・・・・ドクン・・・・・ 僕たちの長い、長い旅の一つの区切り。 運命の分かれ道。 ・・・・・ドクン・・・・・ドクン・・・・・ドクン・・・・・ 運命の、命の鼓動が高まる・・・・・・。 「ゴルード・・・ここまで本当によく頑張ってくれたね・・・・。 これが、今回の最後だって事、お前は解ってるよね・・・。 しんどかったろう?でも、これで終わりだからな!! 行こう!!頼むな!!相棒!!!!!!!!」 スタート前、ゴールドに囁きかけると、いつもの通り、ゴールドはふりむいて僕の言う事にじっと耳を傾けてくれていたのでした・・・・・・・・。 僕とゴールドは現在3回走行減点12で、減点4以内なら、後半の現在5位の加藤選手の出場をまたずに代表決定です。 「今のゴールドなら満点で行ける!!!!」 そう思い、自信を持ってスタートを切ったのでした・・・。 ・・・・・過酷な運命が待ち受けるとも知らずに・・・・・・。 ・・・・続く・・・・ |
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いよいよ最後の大一番!! シドニーオリンピック最終選考競技会の僕とゴールドの最後の出番が回ってきました。 減点4以内なら代表決定というこの場面で、この最終選考会、ゴールドは完調でない状態ながらも4回走行の中では一番の状態で、それは十分に可能な成績と思われ、僕も自信を持って元気良く第一障害を飛越しました・・・・ ・・・・しかし・・・・・・ ・・・・続く第2障害垂直と、第3障害オクサーの間隔が狭い超ショートの5間歩のラインで、第2障害の飛びが良すぎて、大きく跳びすぎて、第3障害のとんでもなく大きいオクサーに近くなりすぎました!! ・・・「ヤバイーーーーーー!!!!!!突っ込んで(クラッシュして)しまう!!!!!!!!!」 ・・・・・・ドッカ〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!!!!!! ・・・・ゴールドは飛びました。おおよそ不可能と思える位置から、普通の馬なら引っくり返ってもおかしくないような位置から、天馬の翼で必死になってクリアーしてくれました。 その神業的なゴールドの飛越を見て、大勢の観客のフランス人は言葉を失い、暫くして、こう呟きました。 ・・・・・・・KAMIKAZE・・・・・と・・・・・・・・。 ・・・ところが、そのとんでもない飛越をした為に着地後のリズムを崩し、間髪を入れず襲いかかって来る第四障害の大オクサーを落下してしてしまいました。 最後の運命のコース序盤で大きな失敗をしてしまった僕の頭の中は真っ白になって、開始前の自信が一挙に吹っ飛び、もうミスは一つも許されないというプレッシャーから、自信は一転して不安や焦り、自分への苛立ちに変わっていくのでした・・・・・・。 「ヤバイ!!こんな所で落下してしまうなんて!!ゴールドがこんなに必死になって飛んでくれているのに、俺はなんてヘボな乗り方をしているんだ!!もうミスは許されない!!!!!!!!!この下手くその、大アホが〜〜〜〜〜!!!!!!」 自分への怒りと苛立ちで、焦りながらも第五障害160cmの垂直、第六障害の4mの水濠をクリアーしました。・・・が、間髪を入れず、水濠の後で勢いのついている所に165cmの大プランクが襲いかかってきました!!!! 焦りの為、水濠で必要以上に脚を使ってしまい、馬に勢いがつきすぎて態勢が十分に立て直せていません!!!!! 焦りが焦りを呼んで踏み切りが全く解らなくなってしまい、大・大・大ピンチ!!!勢いだけで165cmの大プランクに向かいます!!! 「ヤバイ!!!踏み切りが遠すぎる!!!!!ここまでミスしてたら行くしかない!!!」 焦りと緊張で頭は殆んど真っ白です!!!!! 神風特攻隊のような勢いで障害に突撃します!!!! 「突き抜けろーーーーーーーー!!!!!!」 ・・・・・「ガッチャーーーーーーン!!!!!!!!!」 ・・・・・ああ無情、焦りと緊張で力を入れすぎて、大プランクに神風特攻隊のように突っ込んで玉砕してしまいました・・・・・・。 ・・・・・・運命とはいつも苛酷です・・・・・・・。 紆余曲折して、やっとここまで辿り着いたのに、最後の最後でゴールドでもカバーしきれない大失敗をやってしまいました・・・・・・・。 ・・・でも、その後ゴールドは、普通の馬だったら一回突っ込んだら怖がって向えもできそうにない化け物みたいな障害に、果敢に最後まで素晴らしい飛越を見せてゴールしてくれたのでした・・・・・・・。 しかし、僕の大きなミスが響いてタイム減点が大量にかかり、減点18.25という大きな減点で、あと少しで手が届きそうだったゴールドとのシドニー出場の夢は、遠く離れていったのでした・・・・・・・。 「・・・・・ここまで、ここまだ来たのに・・・・・・・。 ・・・・あと、一歩だったのに・・・・・・。」 「終わった・・・・・・・・・・・・。」 ・・・茫然とする僕に、心臓の止まる思いで見てくれていたトレーナーである父が、いつの間にか傍に来ていて、僕の肩をポンと叩いて、こう言いました。 「・・・今まで良く我慢していたけど、最後の最後で自分を信じきれずにやってしまったな・・・・・。 ここまで来たら{必ず自分ならできる!!}と最後まで自分を信じなくてはいけない。 ・・・・・・。せっかくここまで来て残念だったが、おまえはまだ若い。チャンスは又来る!!くよくよするな!!」 ・・・そう言ってくれた父にも、状態がベストでないながらも自分の限界を超えて飛んでくれたゴールドにも、すまなくて、申し訳なくて、自分の情けなさに、怒りを越えて、ただただ、茫然とするのでした。 僕とゴールドの走行で前半の走行が終わり、僕の4回走行トータルは、減点30.75で、前半がおわった時点で第四位。 第六位が板倉選手で、板倉選手の代表は、なくなりました。後半に走行を控えている、現在3回トータルで減点16の加藤選手選手が最後の走行を減点14.75以下で帰ってくれば僕を抜いて代表決定です。 最終予選のオーガナイズをしたフランスの名コーチ、ジョン・モーリス・ボヌー氏のトレーニングの下、最近絶好調の加藤選手とガラボラのコンビは到底そんな減点をだすとは思われず、僕達の日本代表の夢は、儚く揺らいでいたのでした。 ・・余りの出来事にしばらく茫然としていた僕は、はっと精一杯闘ってくれた最高のパートナーの事を思いだし、ゴールドの手入れを終えたグルームのドミニクからゴールドを渡してもらい、後半の残りの選手の走行も見ずに、ゴールドのクーリングダウンの為に森の中へ入っていったのでした・・・・・・・。 ゴールドと一緒にしばらく森を散歩して、ゴールドの息が収まった様なので、途中でとまって草を食べさせながら僕はゴールドに語りかけました。 「ごめんな、ゴールド。お前は本当によく頑張ってくれたね。決していい状態じゃなかったのに、自分の限界を超えて無理してまで飛んでくれたね・・・・。僕の為に、みんなの為に・・・・・。お前は本当に優しいね・・・・・・・。 ・・・ありがとう、ありがとう・・・・。」 草をはむゴールドを見つめていると、今までゴールドとずっと一緒にやってきた様々な想いが、ぐっと胸にこみ上げてきて、抑えていた感情が、どっと堰を切ったように溢れ出てきました。 「・・・本当に・・・本当に・・・・ずっと一緒にやって来た、お前と一緒に、おまえの生まれ故郷のシドニーに行きたかったよ・・・・・・。」 抑えきれない想いが、瞳からとめどなく溢れ出て、それを見て、僕がどんな気持ちか解っているゴールドは、草を食べるのをやめて、「気にするな、元気出せよ!!」と言うように、ペロペロペロペロ僕の顔をなめてくれるのでした。 「しょっぱいんだからダメだよ、ゴールド。こんなダメな俺に、やさしくしないでくれよ・・・。なんでおまえはそんなにやさしいんだよ・・・・・。」 僕にはゴールドのその優しさが、うれしくて、そして又、痛くて、胸を締め付けられるのでした・・・。 ・・・・どれくらいたったでしょう?しばらくして、帰ろうとすると、森の入り口までグルームのドミニクが来ていて僕達の姿を見つけて大声で叫びました。 「Ryuma〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!You are in the olympic tea〜〜〜〜〜〜m!!!!」 「・・・・・え!?」 僕は一瞬、自分の耳を疑いました。 「You and Gord can go to Sydne〜〜〜y!!!!!!」 「・・・Really!?」・・・・僕がこう聞き返すと、その人のいいベルギー人のグルームは抱きついてきて、 「YES!!YES!!YES!!You are Olympic rider now!!I'm really proud of you and Gold !!!!」 と僕をもみくちゃにしました。 「い・・・行けるのか?・・・・・・行けるんだ!!!!!ゴールドと一緒に、シドニーに行けるんだ!!!!!!」 突然の事で、俄かには信じられませんでしたが、後半の加藤選手に僕以上の減点が出てしまい、ゴールドと僕が最後のオリンピック日本代表の最後のいすを獲得し、林、白井、杉谷、広田の4選手が、日本代表に決まった、との事でした。 ・・・後で分った事ですが、最終選考会の第4走行目は、とてつもなく難しく、今年ラスベガスで行われたワールドカップファイナルで、日本人で初めてファイナルラウンドまで進出して15位に入賞した杉谷選手とマニアジョリーのコンビでさえも、減点18.25という大きな減点をだしてしまい、加藤選手も又、32.50という大きな減点をだしてしまったのでした。 「・・・やった!!一緒に行ける!!ゴールド!!お前の故郷に一緒に帰れるんだね!!!最後の花道のシドニーへの切符を最後まであきらめずにおまえが頑張ってくれたから掴めたんだ・・・。本当に有難う!!最高のパートナー!!天馬マンオブゴールド!!!! ・・・・・夢をありがとう!!!!!!!! ・・・・・感動をありがとう!!!!!!!! ・・・・お前に巡り逢えて僕は本当に幸せだよ!!!!!」 こう言ってゴールドの首に抱きつく僕を、「さっきまで泣いていた烏の子がもう笑った」、とでも言いたげに、ゴールドは優しい瞳で「よかったね」と、ぐいぐい首で僕の胸を押してくれるのでした・・・・・。 余りに出来事が劇的に二転、三転するので、茫然として、暫し我を忘れていましたが、板倉さんとトレーナーのギアルモが、「さっきまでダメだと思って地獄にいたと思ったらいまはもう、天国にいる。これが、人生というものだ!!君達は、やったんだ!! 私たちも、もっともっと練習して、又、次のオリンピックのアテネで頑張るよ!!本当におめでとう!!リューマ&ヤングボーイ「ゴールド」!!!!!」と言ってくれたので、はっと我に返りました。 そうだ・・・僕とゴールドが、こうやってシドニーへ行けるのも、僕と同じ様に約二年の間、オリンピックを目指してずっと頑張ってきた板倉さんと、加藤さんが僕達の礎になってくれたからなんだ・・・・・・・。 ・・・僕もさっきまでその心境だったから、その人達の気持ちが良く解る・・・・。 その事を思うと、ただ単にうれしい、うれしいとは言っておられず、「礎になってくれた二人の為にも頑張らなくてはいけない!龍馬が代表で行ってくれてよかった、と思われるほどの走行を必ずしなければ!!!!!」・・・と、オリンピック日本代表の座の重みを深く心に感じ、そう決意するのでした・・・・・・・・・・。 厩舎に戻ると、父が待っていてくれて、「やったな!!」とだけ言って固く、固く握手してくれました。・・・・・・親子2代の夢の結実の瞬間・・・・・・・。 父とは最後の一ヶ月を共にして、多くを語らなくとも目を見るだけでその数々の苦労や想いが解り、しかも、僕のコーチは外国のトレーナーではなく、純日本産の、親子での力を合わせての夢の達成に、思わず目頭が熱くなるのでした・・・・・・・・・。 「やったじゃん!!!」岳ちゃんが駆けつけてくれ、「これで、やっと二年前の約束が果たせる!!!」と僕も飛びつきながらいいました。 「本当によかったな!!自分!!!」・・と潤む目で強く、強く、握手してくれるのは日馬連オリンピック対策本部長のヒゲの怪人・・・もとい、高宮輝千代さん。高宮さんは父の先輩で、遥か昔にドイツのウインクラー厩舎で修行している時に、ヨーロッパの先進馬術界を見聞する為に渡欧した父が、高宮さんの所に転がり込んで大変お世話になって以来の長い付き合いで、僕の事も自分の子供の事ように喜んでくれるのでした。 「おめでとう。オリンピックではちゃんと集中して、私たちの分まで頑張ってね!!」と、加藤さんと、トレーナーのジャン・モーリス・ボヌーが言ってくれました。 「君達が行けるようになって本当によかった!! マンオブゴールドに乾杯だ!!!!」と、多くのフランス人の観客が、偉大なる20歳のゴールドの素晴らしさに感動し、僕たちを祝福してくれて、その時、会場は優しい光に包まれているのでした・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・「祈り」・・・・・・・・・・・・ ・・・正直言って、今回のオリンピック予選までの道のりで、楽観主義者の僕でも流石に、何度も、何度も「もうダメかもしれない。」と挫けそうになりました。でも、その度に、ゴールドやゼロを初め、一生懸命頑張ってくれているパートナーの馬達や、いつもヘボばっかりする僕を、あたたかく見守り、励ましてくれる周りのみなさんの多大なる応援や協力が、僕の力となって、僕は頑張りぬく事ができました。 だから、今回のこのオリンピック代表の座は、僕たちだけでなく、応援してくださったすべてのみなさんの力で取らせて頂いたものだと思ってます。 本当に有難うございました。 アホでドジで、間抜けな僕ですが、なぜか、みなさんに応援して頂いて、自分でも、僕ほどみんなの「祈り」を集めている選手はいないと思います。 みんなの「祈り」・・・・スペイン語で「オラシオン」・・・・ 今回、みんなの祈りが天に通じ、ドイツの予選が雨で 流れ、絶対絶命だった天馬、オラシオン(ゴールド)は、 再び、空を翔けました・・・・・・・。 ・・・・・・・「祈り」・・・・・・ 人を想う、心の力の強さ、大切さを、今回の旅を通じて、僕は皆さんに教えてもらいました。 そして、それは必ず天に通じていて、そのおかげで僕とゴールドは素晴らしい運命のレールに導かれていったのだと想います。 みなさまの応援を、「祈り」を糧にして、僕はこれからも頑張っていこうと想います。 ・・・・・すべてを包み込む、優しい瞳を持った、最高のパートナーと共に、運命に導かれるままに・・・・・・・・・。 ◇◆☆★☆★☆★☆★☆★☆★◇◆ ▲△ 広田龍馬 Ryuma Hirota ●◎ ▽▼ zero2000@ff.iij4u.or.jp ○● ◆◇★★☆☆☆★★☆☆☆★★◆◇ P.S .僕の長いあほなメールに最後までお付き合い頂き誠に有難うございます。 とりあえず僕の「オリンピックへの道」のメールは、これで一段落させて頂きます。 シドニーオリンピックでも、皆様のご声援に応えられるように、ゴールドの足を引っ張らない様に精一杯頑張りますので、あほな事をこれからもやらかすとは想いますが、どうか皆様、僕たちをあたたかい目で見守っていて下さい。 ・・・・・・・・本当にありがとうございました。・・・・・・・・・ ☆→→★→→◇→→◆→→□→→■ ↑〜〜りゅうのうまのやうなひと。〜〜↓ ↑ ♪♪zero2000@ff.iij4u.or.jp♪♪ ↓ ▲←←△←←●←←◎←←◆←←◇ |
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