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出産
えりの出産は、七ヶ月と一日目突然の破水からはじまりました
前日から入院していた総合病院から救急車でNICUの設備がある病院へ運ばれ
急遽て帝王切開での出産となりました。
麻酔がききにくかったため長い間医師や看護士の話を時々参加しながらきいていた。
結局麻酔は表面しかきかず 表現のしようのない痛みをあじわった。後で聞くと手術室の外まで聞こえていた
らしい。えりを取り出す瞬間に全身麻酔に切り替えられその後の意識はなくなった。
全身麻酔はえりにも麻酔がかかるためぎりぎりまで使用することができなかった。
3月2日 午後10時50分 体重694グラム 身長31センチ 帝王切開にて 小さなえりが生まれました
産声もあげることなく すぐにNICUへと運ばれていきました。
私の意識が戻ったのは 手術が終わり病室へいくためにエレベーターに乗ったときでした。
病室に入って麻酔でもうろうとしている私に実母は一晩中 自分が流産した時の話や えりがだめでも仕方が
なかったことなのだから あきらめろっていうようなこと・・・・。NICUに運ばれる前にえりをみせてもらったらしく
 夫も実母もえりが助かるとは思えなかったようだ。次の朝受け取ったえりの写真は まるで火ぶくれしたよう
な姿だった。ただ 写真では大きさまでわからなかったので 命にかかわるという自覚はまだ私にはありま
せんでした。


生後一週間
えりにはじめて対面したのは 出産二日目でした。
手のひらに乗りそうなほど小さな身体に 無数の点滴の管や機械のコードがつながれていました。
自分の力では身体を動かすことも 呼吸をすることさえもできません。
身体の下に布団のように敷かれたものは生理用のナプキンでした。その上に 裸で仰向けに寝かされて
いました。主治医からは 生後3、4日が第一峠だといわれました。
そのころ 脳や肺からの出血がしやすく、それが命とりになるそうです。
幸い 大事になることなく 日々がながれ・・・・・
6日目 貧血のため輸血がはじまりました。


生後二週間
体重 620グラム
NICUのドクターやナースの皆さんから
「えりちゃんは小さいけれど とてもがんばっていますよ」・・・そう言われる。
一日中気になって 面会が出来る時間になると えりのところへ行く。そして えりの姿を見るたび 罪悪感で
涙が流れる。そんな毎日の繰り返し。 出生してしばらくぶりに測った体重はずいぶん減っていました。
余分な水分が抜けるそうです。もうすこし減るけれど 「あかちゃんはそのほうが身体に負担がかからなくて
楽になるのよ」と説明される。
12日目 やっと胎便が出ました。普通なら 生まれて24時間以内に出なければならないのですが 
どうしてもでなかったのです。一時期は それが一番の難関であると感じていました。胎便がでるまでの
えりのお腹は真っ黒でした。細い手足に 真っ黒で異様
に膨れたようなお腹・・・正直 可愛いと思える赤ちゃん姿ではありませんでした。


生後三週間目
体重 525グラム
自力で血圧のコントロールが出来るようになってきました。
そして えりのまぶたが開きました。まだ見えていないらしいですが じっとどこかを見ているように目を
開けている事があります。19日目に 初めて母乳を飲み始めました。鼻から胃まで通されたチューブから
です。たった0.5ccですが とてもうれしい。今の私が えりにしてやれること・・・母乳を搾ることだけです。
次の日には 母乳の量が1ccに増えました。
今週の半ば 一番体重が減って 518gにまでなりました。
ほとんど ミイラのようです。足のふとももが大人の人差し指の太さもありません。このままどんどん体重が
減り続けて そのうち消えてなくなってしまうのではないかという 変な恐怖を感じていました。
面会時間中ずっと 保育器の前にすわり時間が過ぎるのを待つだけの日々・・・親であるのになんて
無力・・・そう感じていました。


生後四週間目
体重 560グラム
ミルクは一日 1ccが8回から週末には4.3ccが12回にまで増えました。
私の入院中は毎日面会が出来たのですが この週に私は退院をし えりだけが病院に残されました。
ミルクの量が増えるにしたがって 点滴の本数もずいぶん減ってきました。
すこし 身軽になった手足をバタバタ動かしていることも多くなりました。
面会のたび 看護士さんに いっぱい話しかけて いっぱい触ってあげてね。 と言うけれど・・
・いったい何を話せばいいのか・・・言葉にできることは 「ごめんね」と「がんばって」・・・
それぐらいしか思いつかなかった。
私の 小指の太さもない えりの腕をそっとさすることさえとても怖くて・・・つらかった。