| 交換小説 「題未定」 |
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| 第一回分 2007年12月15日 島田博樹 |
| ー真夏の、しかも昼過ぎているにもかかわらずカーテンも閉め切ったままの暗い部屋の中で、 |
| 彼は湿った毛布に下半身を突っ込んだまま、今見た夢を思い返していた。 |
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| ー不快な夢だった。しかも長い長い夢のようだった。 |
| 横向きに寝た姿勢からのものらしいその視線の先には、白衣のスカートが映っていた。 |
| しかし、それはなぜか少しも動くことはなかった。そして壁を覆う水色のタイル。 |
| 耳のすぐ近くで金属のぶつかるような音もしていた。 |
| 今思えば、病院の手術室で手術を受けていたらしいが、それにしては辺りは薄暗く、人の動く気配も全く |
| しなかった。 |
| けれども、終始彼の頭の中を占めていたのはそれらのことではなく、ただ一つの疑問だけ。 |
| 「自分はだれなのか…?」 |
| 自分の名前、家族、友人、恋人。それだけでなく、今日会った人や出来事、どのようにしてここに来たのか? |
| 彼が見ている光景…、それ以前の記憶は完全に失われていた。 |
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| ー「記憶喪失―、その治療のために私は手術を受けていたのだろうか。」 |
| 夢は夢だ。前後関係など関係ない。彼はそう思いたかったが、それを容易に許さないほど、 |
| その夢はリアルに彼を捕えていた。 |
| 寒々とした印象の手術室とは反対に蒸し暑いその部屋の中で、彼は動けずにいた。 |
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| 第三回分 2008年1月7日 島田博樹 |
| ー木ノ内耀子は駅前の雑踏から視線を戻し、アイスオーレを一口飲んだ。 |
| ー「誕生日に患者が亡くなるなんて、矢島さんもついてないな…」 |
| 気分を変えるために入った喫茶店だったが、これは無理だな、と溜息をつく。 |
| 矢島は耀子の同僚だが、仲が良いというほどではない。個人的な話はまずすることはなかった。 |
| けれどここ数日は神部という患者についてよく話すようになった。 |
| 神部は耀子がアナムネをとったが、そのあと矢島に担当替えされたのだ。 |
| その時、気になる話はしていたが、特に変わった患者という印象はなかった。 |
| 目つきの鋭い40を過ぎたその男は、肝硬変だった。 |
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| ー耀子は喫茶店を出て、暑さも峠を越えた街を家路についた。 |
| 矢島は誕生日だから、と誘いはしたものの、話題は患者のこと、それも神部のことがほとんどだった。 |
| 彼は愛想のない患者だったが、矢島は泣いていた。 |
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| ー重い脚を引きずって、アパートの階段を上がり、部屋の鍵を開ける。 |
| ふと、ポストが気になって中を覗いてみると、ダイレクトメールに混じって一通の手紙が出てきた。 |
| 差出人は書かれていない。 |
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| 第五回分 2008年2月9日 島田博樹 |
| ー「ラブレター…、じゃないよね…。」 |
| わざと声に出して言ってみた。 |
| 難解な文章ではあったが、その手紙を読み終えたとき、耀子は心の奥底に言いようのない恐怖のようなものを |
| 感じたのだ。 |
| 「神部…って、あの神部さん?なぜ私に手紙なんか…。」 |
| 耀子は今朝、霊安室で見た神部の顔を思い出さずにはいられなかった。 |
| 「もしかすると意識が混濁しているときに書いたのかも知れない。」 |
| 自分のベッドに腰掛けながらもう一度読み返してみる。 |
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| ー彼女が神部と話したのはアナムネの時だけで、あとは挨拶をする程度だった。 |
| 後半の妙に親しげな言い回しが気にはなったが、神部は耀子が「してはいけない事」をしたと言っているらしい。 |
| それを繰り返さないように、ということだろうか。 |
| もちろんそれが何なのかはわからないが、彼女自身は待っていれば良い。ということらしい。 |
| 「何かは解らないけど、矢島さんが知ってるのね。明日にでも聞いてみよう。笑われるかなぁ。」 |
| 横山って誰だろう?と思っている時、携帯の呼び出し音が鳴った。 |
| 「もしもし、木ノ内ですが。」 |
| 相手は婦長だった。 |
| 「もしもし、木ノ内さん。あのね、3階の矢島さんのことなんだけど、あなた、知ってるわよね?」 |
| 「ええ。知ってますよ。矢島さんなら深夜勤明けでさっきまで…。」 |
| 「落ち着いて聞いてね。矢島さん、さっき交通事故でうちの病院に搬送されて来たんだけど…、 |
| 病院に着いた時には、もう、亡くなってたのよ。」 |
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| 第六回分 2008年3月14日 三日三民 |
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| ー耀子が病院に駆けつけたときには、もう日付が変わっていた。 |
| ICUに向かうか、それとも霊安室か・・・ |
| エレベーターの前まで来ると、扉が開き、中に婦長が立っていた。 |
| 「ああ、木ノ内さん。霊安室よ」 |
| 頭を下げたまま、婦長はエレベーターを降り、暗い廊下を歩いて消えていった。 |
| 耀子はエレベーターに乗り込んだ。 |
| 霊安室のあるB3のボタンはすでに押されている。 |
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| ー霊安室の前の長椅子に男が座っていた。 |
| 大きな体躯、俯いた姿、男がこちらを向くまで、耀子はそれが何かすら考えていなかった。 |
| 「矢島は死にましたよ、木ノ内耀子さん。今日あなたがここにくるとは思わなかったが」 |
| この人、私を知っている。 |
| 強張った耀子の顔を探りながら、男は言葉をつないだ。 |
| 「やはり、私のことは知らないのですね。私は矢島からあなたのことを聞いていたから。私は・・」 |
| 「あのっ、矢島さんは・・」 |
| 「そこにいます。でも見ないほうがいい。矢島もそう思っているでしょう。」 |
| 低く、覆いかぶさってくるような男の声に、耀子は支配されているように思った。 |
| でも矢島さんはどうして、そして |
| 「どなたなんですか、あなたは?何故私の顔を知ってるの?」 |
| 「何故?そうですね。確かにお会いするのは初めてです。でも私はすぐにあなただとわかりましたよ。 |
| 目ですかね?あなたの」 |
| 目。また私の目。この人たち・・神部さんとこの男は・・・ |
| 「私は横山修次というものです」 |
| 神部さんの手紙に書かれていた名前。私が会うといっていた人・・・ |
| 「それから・・」 |
| 「待って。あなたは矢島さんとどういう関係?神部さんからは何か言われているの?」 |
| 「矢島とは仕事上の付き合いですよ。私は葬儀屋ですからね。それと今かんべと言いましたか? |
| 私は神部という人は知りません」 |
| 「知らない?神部雅史ですよ」 |
| 「ええ、知りません。誰ですか?何故私がその人を知っていると・・」 |
| わからない。でも私が知らないこの人は私の事を知っている。 |
| 「それと、どうして矢島さんは私の事をあなたに・・」 |
| 質問をしながら耀子ははっとした。私はどうしてここに来たのだろう。矢島さんとはそれほど親しくない。 |
| それに婦長も何で私に電話なんて。あの手紙のせい?そう、手紙に書かれていたのは私が待っていれば |
| いいということだった。 |
| でも待っていたのは私じゃなくて、この人・・・ |
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| 困惑する理性の渦で、耀子の表情は乱れていくが、体が硬直して、背筋は反り返るように伸びていた。 |
| 「またどうして?ですか。私が神部という人を知らないことが、あなたを驚かせたことの方が気になり |
| ますが。いや、質問は何故矢島が木ノ内さんのことを話したかですよね。 |
| 三日前です。 |
| 私はその日もここに座っていたのですが、そのときに矢島が来て話していったんですよ、あなたの事を |
| ・・っどうしました?顔色が・・」 |
| 頭頂からつま先まで、一本の棒のように硬直した耀子の体は、すがるものなく倒れた。 |
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