「あしたまちこの年月」に寄せて
明 日 待 子(須 具 と し 子)
一月三十一日付「にじ」欄で、私のその後の消息をお尋ねの宮崎のKikueさま。
ムーラン・ルージュの「あしたまちこ」は、現在札幌で元気に暮らしております。
南北戦争をあつかった「風と共に去りぬ」の主役、スカーレットがラスト・シーンで訴えた「明日は明日の陽が昇る」――明日を待って力強く生きようとする心意気の言葉、それを私はいまも忘れることができません。
私どもは、四十年近く前、婦人雑誌を通してのお知り合いとはいえ、ただそれのみとはいえぬ深いつながりを感じるのです。年齢的にも、灰色の同時代を同じような心境で過ごし、大切な青春を暗い戦時下で送った私たち。少しでも明るく生きる希望を持とうといったせっぱつまった時代であればこそ、父がつけてくれた〃あしたまちこ〃が当時の人々に愛され、生かされ、未だに忘れずにいて下さる方もあると、感無量です。命をかけて踊ったあの当時が、私のもっとも充実した時代でした。
「雀百まで踊り忘れず」とでも申しますか、現在、五条珠淑の名で舞踊師範をしております。ムーラン・ルージュの、父がつけてくれた「あしたまちこ」―その名を精神的に高め、いつくしみ、大切にしていて下さった、もうひとりの「あしたまちこ」に、私は心からお礼を申し上げます。
|