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Apr.27 2012

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【12.04.27】*

●早春賦

 
安曇野の春

画像はクリックすると拡大されます。

 今年の春は訪れは遅かった。4月に入ってからも雪が降った。それでも、ようやく私の住んでいる山間の地域にも春が来た。昨日、桜が8分咲になった。
 桜の花を見ると、心が落ち着かない。咲き出した途端に散り出すことを気にしてしまうから。新年度に入り、まだこの一年がどうなるのか、よくわからない。組織は変わらないのに体制が変わると、軋みが生じてくる。当たりがとれて馴染んでくる程度の軋みならまだいいのだが、体制の重さに耐えきれずに組織の方が歪んでしまうことが気がかりだ。新しい土地へ赴任したら、自分色に染める前にその土地の色を十分感じないとだめだ。実行力とか事務処理能力ではなく、感性の豊かさが必要だ、と現時点で感じている私は、ちょっと現状を危惧しているのだろう。
 春の野に咲く花のように生きて行けたらすばらしい。

碌山館の不死鳥

 

【12.03.18】

●曇り空の下の碌山館

 
碌山館

 古くからの友人が東京から安曇野を訪ねくれた。ちょうどFERMATAが卵巣の摘出手術を受けて間もなかったので、友人はスケジュールの変更を伝えてきたが、FERMATAはすこぶる普通で、彼女にとっても懐かしいその友人との再会を強く希望した。予報は土日とも雨から曇りで、安曇野に人を迎えるときの一番のおもてなしである山の美しさは望みようがない天気だった。
 食べて飲んで温泉に入って、とどこでも味わえそうなもてなししかできなかったのが残念だった。「富嶽百景」の茶屋のばあさんのように、このあたりに有明山、こっちに常念、と厚い雲を指さして説明したり、これまでに撮った山の写真をiMacのスライドショーで見てもらうしかなかった。
 日曜日の今日は雨こそ止んだが、どんよりとした雲は厚く安曇野平を覆っており、一般に蕎麦処と言われるけれど、私は大してうまいと思わない蕎麦屋しかないこの町で、素朴でしかも味のあるまともなお蕎麦を食べさせてくれる地元の普通のおばさんが作ってくれるお蕎麦を食べ、穂高の看板の一つである碌山館へ行った。何度か訪れている私は、「デスペア」と「女」、「文覚」を見れば十分と思っているので、お客さんをそっちのけで、碌山館の建物と庭の写真を撮っていた。建物の中の彫像は撮影禁止なので、外の「労働者」の写真を撮った。
労働者

 ツタの絡まる教会風の碌山館の三角の鐘楼の上に避雷針を兼ねた風見鶏がある。それは天に飛び立っていく鳩のようだが、Gooseberry Houseという素朴な休憩室の中の説明書きを読むと「不死鳥」だという。無意識に撮ってきたその鳥の部分の写真を家に帰ってきて拡大して見ていると、風見鶏の方位を示す矢印の北「N」の反対側である南に「live」という文字があるのに気づいた。フェニックスは天に向かって再び命を甦らせるのか。碌山館で今日初めてわかった収穫の一つ。
碌山館の不死鳥
いずれの画像もクリックすると拡大されます。

 

【12.02.12】

●寒さも一休み

 
晴れ

 立春を境に日中の身を切るような寒さは一息ついた。それまでなら雪になるはずの低気圧の通過時、雨が降り続く。さすがに朝夕はまだ氷点下になるが、寒さが少しずつ遠のいて春が近いのを感じるようになってきた。
 今日は地域のソフトバレーの試合が各地で行われた。私も線審で手伝ってきた。来週は市の図書館に付設されたホールで小さな音楽会がある。地域の人たちとほんのわずかでも触れあう生活を続けている。東京ではすでに町内会もなく、隣近所とのつきあいはほとんどなくなっているのにこの町ではお年寄りから小中学生までが一緒に合唱をしたり、地域の伝統行事を行ったりする。しかし、徐々にこの町でも世代交代に伴って少しずつ無関心が拡がっているような気がする。だからこそ、地元の子どもたちを大事にしていく必要がある。
「一人の子どもが育つには、村中の大人が必要」(『広報あづみの』2008年12月17日号) 

 

【12.01.23】

●気の重いシーズン

 
雪

 毎年、この季節は鬱っぽくなる。職場を何年かごとに異動する身にとって一番落ち着かない時期だからだ。自分の異動もともかく、同じ職場の仲間が異動していくのも寂しい。いわゆるご栄転などというようなお気楽な身分ではないし、毎年希望を伝えてはいるがそのとおりになるとは限らない。そういう時期を迎え、せいぜい2、3年のつもりで赴任してきた安曇野生活も4年目に入り、もう動きたくなくなっている。それくらい、この土地が気に入っている。東京にいる時分には全く無関心だった地域社会に対しても、深い愛情がわいている。地元の行事や村の人々とともに自分たちの生活を守るために協力することの意味を今は積極的に感じている。雪が降れば、自分のためだけでなく、村のために雪かきに出る。そうしなければ生きていけないから、みんなで雪をどける。
 もう来年の今頃は次の転任先への異動を覚悟している。おそらく、この安曇野で感じたような思い入れはなく、引っ越していくのだろう。山が美しく、空気が凛としているこの村で暮らした想い出をわずかな家財道具とともにしまって去るのだろう。これからの1年間がこの土地で暮らす最後の1年になりそうだ。ということは、今年の異動は免れたということ。辞令は最後の最後に出ることもあるからまだ油断できないが、おそらくはたぶん大丈夫だろう。
 しかし、同時に安曇野近隣を生涯の住み処としている仲間が意に反して異動していくのを見送らねばならない。単身赴任の苦労が待つよその土地へ行く友人たちの心の中を考えると、単純に鬱が晴れることはない。

 

【12.01.06】

●山への想い

 
富士

 仕事で、夜が明ける前の薄紅の安曇野を出発して、御殿場方面に向かった。北アルプスを背中にして、高速を走る。どこへ行っても山脈が続くこの景観に、仕事を忘れて見惚れている。仕事だからカメラなど持っていない。撮りたい写真はたくさんあったが、車から降りてシャッターを押している暇はない。運転をしてもらっているので、助手席からiPhoneで写真を撮るのが精一杯だが、この日は八ヶ岳も南アルプスも全部きれいに見えた。当然のことながら山塊は方向や距離でどんどん姿を変えていくが、富士だけはどこから見ても富士だった。
 河口湖を越えると、急に富士だけが車のフロントウィンドウいっぱいいっぱいになってくる。もう何年も前から言われているが、昨年末に富士山噴火の番組がNHKであった。噴火の可能性は決して少なくないそうだ。どこから見ても富士に見えるこの山が、「富士山」でなくなる日が来る可能性が高いと科学的に説明されてもなかなか信じられない。しかし、そのなかなか信じられないことを、去年の3月以来信じなければならないと頭ではわかっている。いつまでもこの美しい姿を保って欲しいと思う。

 

【12.01.01】

●明けましておめでとうございます

 
賀正
昨年はいろいろとありましたが、今年こそ良い年でありますように。
今年もよろしくお願いします。

 

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