Monologue 2008.01-06
【08.01.01】

●生きるということ~娘らへ

 日の出直前

 2008年最初の日の出

 南アルプス

 A乃へ。去年はいつも「喜《びの心をもって、物心両面で妹たちの面倒を見てくれてありがとう。春からの新しい職場も決まってよかった。どんなに疲れていても怪我していても柔道着を持って稽古にでかける君はたくましい女性だ。君が「うちの子《として正月を迎えるのは今年が最後だろうと、毎年のように覚悟をしてきた。お父さんがお母さんを選び、お母さんがお父さんを選んだような幸運な出会いはそうないと思うけれど、そういうお父さんとお母さんを見て育った君はきっと幸運をつかむことができる、と私たちは祈っている。

 Y乃へ。去年は「楽《しい音をたくさん聴かせてくれてありがとう。君の演奏には華がある、とお父さんは思う。でも、君はまだ磨けば磨くほど輝く「原石《にすぎない。ひとつひとつの音を大切にして、小さくても輝く玉になってほしい。君の目標はコンクールで勝ったり、良い成績を収めたりすることじゃなく、美しい音を奏でることで世界をきらきらと輝かせ、悲しんでいる人、疲れている人を楽しませることだ。その「世界《がたとえお父さんとお母さんだけの世界であってもいい、とお父さんはそう思っている。お父さんとお母さんは客席の一番いい席で静かに耳を傾けながら君を応援している。

 M乃へ。去年は君自身がやりたいことをひとつひとつ成し遂げ、前へ前へ「躍《んでいく姿を見せてくれてありがとう。腰が痛くて跳べないお父さんは君の姿に励まされた。君の頑固さがときに障害になることもあったのじゃないか、とも思うけれど、努力が必ず報われることの大切さを君はちゃんと知っていて、その努力をすることができる人だ。これからの人生で必ずぶつかるはずの壁の前で、君はくるりと踵を返して撤退することもできる。小さな鑿(のみ)を持って壁を穿って前に進むこともできる。それを選ぶのはもう大人になった君自身だ。

 自分の歳もすっかり忘れてしまう父がいる。こめかみのあたりを中心に白髪だらけの母がいる。父も母もかなり疲れている。その疲れを吹き飛ばしてくれる君たちがいる。それが「生きるということ《なのだろう。

 

【08.01.13】

●色づく、夏蜜柑と…

 

 大きく膨らんだ夏蜜柑が冬の日差しを浴びてどんどん色濃くなってきている。でかいだけあって重そうで、1本の木に大量になっているから、細い枝は大きくたわんで、物置の屋根につきそうになっている。見た目はもう収穫してもよさそうな感じなのだけれど、今はまだ酸味が強すぎて、これから初夏にかけて熟して酸味が抜け、食べごろになるらしい。長い間、庭に夏蜜柑の木があることすら気づかなかったくらいだから、物置の裏、お隣との境界とのわずかな隙間に生えており、いいアングルが見つからない。

 明日は成人の日で、水戸からM乃が帰ってきてはしゃいでいる。去年、成人式をしなかったY乃も着物を着るというので同じくるんるんしている。彼女たちのいい写真を撮ってやるという理由づけをして買ったカメラは、東京にいると練習する暇がなく、本と取扱説明書で機能は勉強しているが、実際にばっちり撮れるかどうか、あまり自信はない。

 知らないうちに夏蜜柑の花が咲き、青く小さな実をつけ、それがどんどんでかくなって、今では日の光を浴びてすっかり色づき輝いている。そのように子どもたちも成長していく。収穫までまだ間がある気が今はしているが、すぐにそういう季節が訪れるのだろう。

 

【08.01.27】

●眠りのなかで

 

 猫になりたい、と誰かが言ったような気がする。すくなくとも私は猫や犬には彼らなりの苦労があるように見えるから、別に猫になりたいとか、犬になりたいとか思ったことはない。それでも、暖かい日だまりを見つけてごろんとして、静かな寝息を立てている猫を見ると、たしかにちょっとうらやましくはなる。

 正月休み以来、山に行っていない。東京で仕事だったり、用事があったりするために行けないのだが、フルに土日がつぶれるわけではないから、何にもすることがない空白の時間ができる。そんなときはたいてい猫のように日当たりのいい部屋でごろごろして、本を読んだり、眠ったりして時間を空費してしまう。

 昔、眠っている最中にものすごくいいアイディアが浮かんでどきどきして目が覚めるということがあったけれど、今では起きていても寝ていてもいいアイディアが浮かぶような働きを脳がしなくなった。相変わらずの睡眠障害(だと自分では思っているのだが)で、うつらうつら寝ていることを意識しながら眠っているけれど、いつかはそういう眠りから解放される日がくるのだと思う。それは思いわずらう日々も同時に失うということだが。…と、そんなことを思いながら、この週末をぐずらぐずら過ごしていた。たぶん、ブログに載せておいた2005年にスタンフォード大学で行ったスティーブ・ジョブズの講演を何度も視聴していたから、「いのち《のことを思っている夢を見たのにちがいない。

 

【08.02.03】

●書く速度、考える速度

 

 もう買わないといい続けてきたコンピュータを去年の晩秋に買ってしまい、アナログ回帰を果たせなかった私は、これまで我慢して使ってきた環境が嘘のような快適なコンピュータの動きに魅せられてしまって、さらには2週間前に発表された新しいMacBook Airの予約タイミングをはかっている始末。これは明らかにジョブズの策略にはまっているな、と感じつつ、Appleの戦略の繰り出し方に白旗をあげて投降していこうとしている。

 どうしてなんだろう。情報を仕入れたり、整理したり、思いついたことを書いたりすることを一台のコンピュータがすべてやってのける。ノートを前にひんやりとした万年筆を握って、書くべき言葉を探していると、純銀の同軸が手の温度で暖まるころにぼんやりと形を表してくる。書いた言葉を消して書き直すということはできるだけしたくないから、おのずと万年筆を握ったまま、文章を終いまで考えてからペンを走らせる。それは、思考を深めるためにしている意識された行動ではなく、単純に万年筆のインクが紙に染みこんでいくまでの時間がもたらす結果にすぎないのだが、とりあえず思いつきで書き散らすというのではない時間をかけた作業としての意味合いがあとからついてくるのだ。

 ふたたびコンピュータでものを書くようになってみて、ディスプレイに表示される言葉の生まれ方がアナログの本家である頭の中から生まれてくるのに、ものすごいスピード感に感じる。脳が書かせているのではなく、手とキーボードが結着して勝手に文字を生み出しているような感覚。これまでに蓄えられた脳の中のデータベースから瞬時に言葉を選び出し、気がつくと画面にその文字が浮かんでいる。いま、こうして書いているエディタの文字も本当は私の脳が命令して書かせているのではなく、機械的に産み出されているような感覚。たぶん、紙に書いても、キーボードを叩いても書かれることのほとんどはかわりがないということはわかっている。それでも一つのテーマが形をなすのに費やされる思考のスピードにはかなり圧縮がかかっており、それはあたかもJPGファイルのように脳の中のRawデータを大幅にはしょっていることは確かだ。実をいうと本家のHPもブログのほうも何度となく書き直しをしている。いったんアップロードされてしまった文章たちはたぶん自分以外の人が再び読むことはないのだろうが、あとになって「あそこはこう書くべきじゃなかった《という思いがふつふつと浮かび上がってくるのだ。思考の速度はやはりコンピュータ上で書かれる速度についていけていないのだ。だから、送信後はもはや訂正の効かない、人様のブログにコメントをつけたり、メールを書いたりする行為は最初から劣化したJPG画像を送りつけるようなものでそうたやすくしてはいけないのだと思う。

 

【08.02.12】

●Time Machine

 YouTubeで過去の画像を見る。それは郷愁というよりはむしろ時間を遡る旅の「恐怖《だ。たとえば、私が大好きなシンガーソングライターの「ビリー・ジョエル《、「Pianoman《と検索キーを入力すると、1970年代の若々しいビリーがタバコの煙だらけの酒場の隅でピアノを弾きながら歌う姿を瞬時にして見ることができる。そして、関連するビデオを見ていくと、1998年の武道館ライブ、アンコールで歌われた「Pianoman《のビデオが映しだされる。エルトン・ジョンとのFace to face Concertで私もこのとき武道館にいた。つのだひろのような体型になったビリー・ジョエルの姿に愕然とした。そして、さらにYouTubeは2001年のライブで、ブルースハープを逆さまにつけて吹き始めるビリー・ジョエルの姿を見せてくれる。98年の白髪まじりながらまだ黒々としていた頭髪は頭頂部からなくなり、白髪が頭の半分に残っているだけになっている。

 合わせて15分間の旅。私よりは少し年長ながらほぼ同じ時代を生きた彼の人生を一台のコンピュータ以外に何の物理的な用意もする必要なしに、そして、何の精神的な用意も出来ていない状態で目の当たりにしてしまう。

 一人のアーティストについて時間を遡ることでこれだけの衝撃を受ける。それだけならば、「なつかしのメロディ《だの「昭和の歌謡曲《だのといった番組で古い映像と重ね合わせた年老いた現在の歌い手の姿を見せられる衝撃と同じかもしれない。しかし、同時に、同じ若きビリー・ジョエルのライブの中で次のようなビデオを見ると、それは一人のアーティストの歴史にとどまらなくなる(このビデオは投稿者の希望により埋め込みができないので、リンク先をご覧ください)。

 1982年に発表されたアルバム「ナイロン・カーテン《。私が生まれた年に始まったベトナム戦争は75年まで続いた。その後冷戦が続く中、ビリー・ジョエルの心に残された傷は「Good night Saigon《という歌で表現されるまで7年の月日を要したのだった(冷戦はその後も続いたが)。今でも同じような若者たちが中東に送り込まれており、そういう時代は戦場を変えながら人類最後の日まで続くにちがいないと思わざるをえない。

 Who was wrong?
 Who was right?
 It didn't matter in the thick of the fight.
 …
 We would all go down together.
 We said we'd all go down together.
 Yes we would all go down together.

 

【08.03.04】

●しばらくお待ちください~I'll be back soon.

I'll be back soon!

(1:30)
ただいま輸送中です。

(20:40)
到着しました。

(21:00)
ただいまお輿入れの儀を行っております。
いましばらくお待ちください。

I'll be back soon!

(21:30)
練り上げられた商品のイメージづくりは
本体のデザインやパッケージングだけでなく
開封していく間に変わっていく重さの変化にもある。

梱包用段ボール時総重量3.32kgを開封すると宙に浮いた化粧箱。
それを取り出したときに感じる重量感。2.8kg!
それは本体1.36kgの倊の重さだ。
こうして軽さが演出されていく。

<休憩>入浴してきます… 

 

【08.03.05】

●長い入浴

電源ON

 いやあ、長い入浴だった! これまで古いMacしか使ったことがなかったので移行アシスタントというのを使ったことがなかった。AppleサイトのDiscussionでは移行アシスタントが出来ないという上具合を書く人も少なくなかったから、ぜひともこの便利だと聞いている機能を使ってみたかった。それで入浴後開封したMacBook Airともう一台のMacBookを並べて移行アシスタントを使って移行作業に入った。マニュアルがちょっとわかりにくかったが、よく読めばわかる。手順どおり進めていくと簡単に書類、アプリケーション等の移行に入っていく。

二台並べて

 ここまではどうということはない。さまざなな上具合の報告を読みながら思ったのは、マニュアルやヘルプをよく読まずに自己流を押し通す人たちが多そうだということ。確かに特定ロットに何らかの上具合があることもあるだろう。でも、そういう人より、最初からよく確かめもしないで設定を始めて、長くかかりそうだからといって強制終了したり、対応が出来ているというアナウンスもないアプリを入れたり、といった人が罠にはまっている気がする。

 いずれにせよ、私の場合は気長に言われたとおり、これまで長い時間をかけて調べてきたいろいろな人の轍を踏まぬよう気をつけながら粛々と移行を行っていった。…が移行の残り時間は上安定で増えたり減ったりし続け、現認した一番長い表示は20時間を越えていた。

移行時間

 残り時間がとてつもなく長くなったので、省エネ設定を変えてHDDがスリープしないようにして、私のほうがスリープした。

 朝起きると、これまでのMacBookのクローンが出来上がっていた。ATOKを使っていたのがことえりになっていること、すでにヴァージョンアップを済ましておいたアプリケーションのヴァージョンがもとに戻っていたことくらいの違いで、あとは何もかもが同じ状態だった。MacBookの初期設定も大して難しくはなかったが、今回は何の設定も必要なく、キーチェーンもATOKの変換履歴すらもそのまま残っていた。

 というわけで、何の問題もなく私のMacBook Airは筐体だけがスタイリッシュになって、中身はMacBookのときのまま使えている。でも、せっかくいらない機能を削りに削って研ぎ澄まされた姿になっているMacBook Airを使うのだから、そしてHDDもたった80GBしかないのだから、贅肉を落としたすっきりとした中身にこれから少しずつ変えていこうと思う。

 と、書いた直後に出来上がったhtmlファイルをFTPしようとしたところで引っかかった。FTPソフトの再設定が必要だった。まあ、これは上具合のうちには入らないだろう。どうして世の中のMacBook Airユーザの中には動かなくなる人がいるのだろう。いまのところ私には何も起こっていないし、なんだかあっけないくらい調子よく動いているのだけれど…

 

【08.03.07】

●Time Capsule

 2週間ぶりの山行きの日、仕事から戻る直前にTime Capsule が届いた。2/29に出荷が始まり、こちらもオーダーが遅くなった私には3/18発送予定のMailが届いていた。おそらくはMacBook Airよりこちらのオーダーのほうが多いだろうから遅くなるのは覚悟していたが出荷開始から1週間で届いてしまった。あまり売れてないのだろうか。すでにAmazonなどでは10%値引きされて売られている。MacBook Airは実用的な必要性はあまりなく精神的な必要性のほうが高かったが、このTime Capsule は外付けHDDをいつ買おうかずっと考え続けていたところだったから、まさに実用的に必要なものだった。そしてMacBook Airユーザになった今、最大限に生かされる機器だ。

タイムカプセル

 梱包を開けると宙に浮いているという手法はMacBook Airと同じ。しかし、化粧箱は外観こそ似ているがもっと簡易な造りだった。二つ折りになった化粧箱を開くと、大きくて真っ白な筐体の中央に金属製のAppleマークがついている。裏は一面にシリコンが貼りつけられていて設置場所から容易に滑り落ちないような工夫がなされているが、汚れた場所に置くとゴミでも毛でも何でもくっついてきてしまう。まあ、設置したら動かすものではないからいいとしよう。

 今回は山へ行く時間が迫っていたので、とりあえず無線LANの設定だけする。とくにこれも難しいことはなく、手順どおりに行いMacBookに認識させて私の留守中、娘らがインターネットできる環境を作ってやる。HDDが入っているから電源を入れたときにかすかにディスクが回転する音がした。シリコンの底はこのHDD保護と置いた場所への振動の伝わりを遮断する働きがあるのだろう。

 Time Machine を使ってのバックアップは山から戻ってからやろう。まずは白のMacBookの中身をバックアップして、OS X Tigerをクリーンインストールし、汚れたキーボードなどをきれいに掃除してから、A乃へ渡してやろう。A乃はそのままでいい、というが最初に電源を入れて自分のコンピュータとして設定するという経験からさせておいたほうがいい。その後、Leopardへのアップグレード、Office2008、ATOKなどのインストールも自分でさせよう。

 それにしてもTime Machine といい、Time Capsule といい、ネーミングも凝っている。ワイヤレスですべてを行うというのがまたいい。AirMac Express with iTunesは主に山でiTunesをステレオで聴くために使かうことになるが、コンピュータを持って外出するときに持って行くことになるだろう。こちらはMacBookの電源アダプタと同じサイズ、同じ形、小さくなったMacBook Airの電源アダプタよりはちょっと大きい。

 これでメインページに書く、MacBook Airをめぐる一連の出来事についての報告は終え、山で行うつもりのバッテリテストの結果やインプレッションはブログのほうへ移動しよう。届くまであれほどストレスを感じていたのにすっかり安堵感に浸っている。しかし、その代わり、寝上足という新しい問題が起こっている。

 

【08.03.09】

●森の先住者

 森にはたくさんの生き物がいて、彼らの居場所の片隅に住まわせてもらっているのだということは、実際に会っていなくても彼らの生の痕跡から知っている。夜になれば暗い森の向こうからフクロウの声がし、トイレの窓からは高い梢に向かって駆け上っていくリスの太い尻尾を見る。夜中に車で山道を走っているとヘッドライトに照らされて赤く光る小動物の目と尖った顔が浮かび上がる。

キツネ

 先月9日に降った大雪が残って凍りついた森の中に先住者たちが現れた。昨日は鹿の親子が東の林の中を通りすぎていき、その直後にキツネが南側の傾斜のきつい林道を上ってきた。キツネはうちの庭で何度かダンスを踊ってくれたが手前の木々にフォーカスが合ってしまいピンぼけ写真しか撮れなかった。

 今朝は昨日の時間を待ち受けていて、そっと寝室のカーテンを開けた。目と鼻の先に子鹿が一頭、こちらを見ていた。ドキッとしたがちゃんとシャッターは切った。すると居間でこっちにもいるよ、とFERMATAの小さな声がした。

 鹿たちの写真はブログで…

 

【08.03.15】

●年度末の憂鬱

 春先が青く、期待に満ちて感じられるのは「青春時代《だけなのだろうか。大学受験を終えて、希望の大学に入れずに落胆しつつ、開放感を味わったのは春だった。重たいザックを背負って夜行列車に乗って北や南や旅したのもいつも春先だった。なのに、今では春先に向けての2~4月が一番気の重い季節になっている。数年前に胃潰瘊になったのもちょうどこの時期だった。

 一週間前凍てついた空気に満ちていた山の空気が雪と氷をとかす温度に上がっている。肩をすぼめるような寒さから解放されて大きな背伸びがしたくなるような暖かさなのに、心はどこかぱっとしない。

CollarClassic

 15年前に初めて買ったコンピュータを飾ってみた。とてつもなく遅いけれどまだ動く。キッドピクスを起ち上げると、三女がチューリップの絵を描いて「さいた、さいた、チューリップの花が《と歌っている声も聞こえてくる。電子音しか鳴らず、8色しか色が出なかったIBM PC全盛の時代、Macintoshは夢のようなコンピュータだった。たった15年で時代は大きく変わった。春がたった15回めぐってきただけなのに地球も変わってしまった。15歳年老いた自分が変わらぬわけがない。来週、次女は大学を無事卒業する。

 

【08.03.23】

●新しい春

  
CollarClassic

 新しい春が今年もやってきた。Y乃の卒業式を迎えた今日、桜の花がほころびだした。朝一番に大学に着いたときはまだ咲き出していなかった桜の花が式典を終え、外に出ると咲き出していた。

 4年前、山桜が満開の武蔵野の山の中にあるキャンパスで入学式があった。その数週間前には合格発表で泣いた子が今4年間の大学生活に別れを告げる。最後の最後に弦楽器専攻の卒業生だけで奏楽が行われた。他の卒業生たちはきれいな着物に袴姿だったが、Y乃たちは黒のステージ衣装で卒業を迎えた。なかなかこれもいいものだと思った。

 5歳のころに姉のA乃に手を引かれてレッスンに通い出したころの先生のご主人であり、音大受験を決めてからの恩師である先生が見えていたので、式典後の教員と保護者の祝宴でお話をした。まだ保育園児だったY乃は2K以上歩いて先生のお宅に伺い、前のレッスンが終わっていないと玄関先で寝てしまう子だった。この4年間も早かったが、この17年間のほうがもっと早かったようにも思える。さて本番はこれからだ。

 

【08.03.30】

●自分の中の変化

見えない扉をあけて

 今に始まったことではないが、最近自分の書くものの「ウザさ《が強まってきたのを感じる。独りよがりのことを書くのは昔からなのだが、その言葉の端々に嫌みが濃縮されている。それは書くときにわかに現れる嫌みさではなく、私の心に根づいている嫌みさが正体を現している、そんな感じなのだ。自己批判を始めるのは心のどこかにストレス性の傷があるからなのだが、今の私は明らかに一方で人の嫌がることを書きながら、一方でそういう自分を責めるというambivalentな、多くの場合、この二律背反はコインの裏表なのだが、そういう精神状況にある。

 時代の空気は、人もしくは会社、ひいては社会を責め立てること、告発することをよしとする方向へ進んでいる。それが「弱者の権利《であるかのように大手をふるう。当該弱者は弱者であることのみで厚く保護され、被害者に向かってあなたにだって悪いところはある、とは言ってはいけないという風潮が蔓延している。そして大なり小なり被害者感を誰もが持っている。一億総被害者の時代なのだ。

 そういう世の中で被害者と加害者が一個の人間の中に同居し、知らぬ間に人は自己の加害者性を打ち消そうとして躍起になり、そのあげく、自分がどうしようもないくらいに被害者なのだと思い込んでしまう。そういう人ばかりになっている時代。脳のセンサーは狂いだし、人のささいな過ちから世界の巨悪に対してまで一緒くたに反応をしはじめる。時代の空気に染まるまいと思いながら、ふと気づくと一番染まっているのが自分なのではないかと思い出す。ああ、せっかく森の清涼な空気の中でこんなことを考えているなんて…

 

【08.04.12】

●疲労の悪循環

 この数年、春先のこの時期は頭の中が破裂しそうなくらいに忙しい。何から手をつけていいのか、何をはしょって、今何に力を注げばいいのか、よほど注意していてもミスをする。実は一番ミスが許されない時期だから、そういう強迫観念も働いて身動きがとれなくなる。毎晩遅くまで職場に残っても次から次へと仕事がたまっていく。休みもつぶれ、山へも行けない。体はもうくたくたで、この場から逃げ出したいくらいだ。

 ならば仕事を終えて帰宅したらすぐにもバタンキューと眠れるかというと体と裏腹に心が何かを渇望する。本のような腰を据えてかからないとならないものには手が出ず、もとよりテレビは好きじゃないから、いきおいコンピュータの電源を入れて、あてどもなくネットサーフィンをし続ける。全く快適でない生き方だと感じつつ、ずるずると起き続けている。楽しいことはネットの世界でも現実でもあまりない。一番長い時間を消費している職場での生活がもっとも苦痛なのだから、それよりマシなのが誰にも邪魔されないネットの世界なのだ。

 そういう人間が増えているらしいことは自分の状態を見ていてよくわかる。人生の暮れ方を何であれ身を磨り減らすような生き方をしてはいけない、それを十分承知しつつ、苦しい日々を乗り越えようとしている。

 

【08.04.14】

●サクラ、若葉萌えるころ

 森山直太朗の「サクラ《が売れて以来、毎年のように「サクラ《の吊のつく歌が出てくる。桜といえばあの押しつけがましいくらいに咲く花の塊が世人は美しいという。私には最近あの満開の桜が鬱陶しくてならない。ちっともきれいだと思わない。花見なんて馬鹿げているとしか思えない。春を待つ、開花直前のつぼみの慎ましさに比べたら、品のない厚化粧にしか見えない。

 駅前を少し離れるとバス通りに桜の木のトンネルがある。花びらが散りだして車のウィンドウにはりつくとげんなりしてたのはつい先頃のこと。今日、仕事帰りにそのトンネルの下を通ると、うざったらしい花びらは散り終えて、後から追いかけるように吹きだした若葉が心の憂さを吹き飛ばすようにこんもりと見えた。運転中だったから写真を撮ることはできなかったが、あの心を憂鬱にさせる花よりも清々しい青葉が快く、信号待ちをしている間、ハンドルにもたれかかって見つめていた。

 みんなが美しいというものを美しく感じない。バカの一つ覚えのようなクリスマスイルミネーションのような桜の花の季節が終わっていよいよ本当の春がくる。桜も嫌いだし、イルミネーションも大嫌いだ。そういうステレオタイプな感性の貧しさを後生大事に抱え込んでいる日本人のありようが嫌いだ。自分の中の病状がかなり悪化しているのを感じる。たぶん人と同じように感じられないこの異端さは病的なのだろうなと思う。それでも美しくないものは美しくない。

 思わず嘔吐と眩暈が襲ってくる。ああ、早く6年が過ぎ、静かな生活に入りたい。二度とこいつらと会わずに済む生活に入りたい。本当に、もう無性に、そう思う。

 

【08.04.24】

●時が早くすぎればいい

 残りの人生が少なくなってきているのに、その少ない年数が少しでも早くゆきすぎてくれないか、と望んでいる自分がいる。60歳になって、じいさんになってもいいから早くこの6年が過ぎ去ってくれないか、と願っている。それは実に上幸なことではあるが、現実にそう思って毎日を我慢して暮らしているのだからしかたない。

 昼休み、FERMATAが毎日作ってくれる弁当を急いで食べ終えると息苦しい事務室から抜け出して駐車場の片隅にいく。iPodを出して、自分宛に送ってあるメールの中の「青空文庫《を読む。BGMのクラシック音楽を聴きながら、Steve JobsがMac WorldでiPhoneのDemoをしていた時のように眼鏡をおでこの上に持ち上げて、小さな画面を見続ける。それしか息抜きはなく、そこしか息抜きのできる場所がない。

 中年女性のhysteriaにビクビクとしている自分がいる。相手が男ならバカ野郎、で済ませるのに、hysteric womenはぐじぐじといつまででも反撃してくる(そういう男もいるからぐじぐじとした執拗な反撃は女の特権じゃないとは思うが)。それがたまらなく嫌なのだ。家では女ばかりに囲まれて人生の大半を過ごしてきたが、我が家の女性たちは決して私に刃向かってきたりはしない。どっちが強いのか考える。当然、刃向かってくるhysteriaの方が強そうに見えるが、本当はうちの女性たちのほうがずっと強い人らではないかとも思う。弱いから肩肘張って吠え続けるのだろう、と思う。

 実にさみしい昼の過ごし方だが、これほど心休まる過ごし方もない。本当に、もうたくさんだ!と嘔吐と眩暈が襲いかかるのを唯一忘れることのできる時間なのだ。

 

【08.04.26】

●森の時間

霧の中の春

 新緑におおわれた森を心のどこかで期待しつつ1月ぶりにやってきた山はまだ春の目覚めを迎えたばかり。FERMATAのように目を凝らしながら散歩して歩く人が道ばたに小さなスミレやタンポポの花をようやく見つけられる程度で、私のように家の中で窓から見える光景を眺めているだけの人間にはまだ冬のつづきとしか感じられない。リョウブの葉の目はまだ固く、気温7℃しかない今日明日中に開き出す気配はない。夏になるとデッキに覆い被さってくる吊前のわからない低灌木の緑の小さな若葉の彩りだけが唯一、折からの霧の中、春を感じさせる。

 東京で爛漫の桜に憂鬱を感じ、さらには今の環境に倦んだ生活をしながら、「時間よ!去れ!《と希っている間、山では長い長い時間をかけて少しずつ春に向けて自然の営みを続けていたのだろう。そして土曜日は目が覚めて、朝ご飯をいただくとすぐに、その自然の営みのゆったりとした時の流れに同期するように再び寝てしまった。目が覚めたのは夕方。A乃の付き合っていた見たこともない相手の男の夢を見た。夢の中で私は怒っている。全く理上尽にも怒っている。そのうち、今の職場とは全く違う、まるでカフカの書くお役所(カフカは税務署に勤めていた)や「審判《に出てくる迷路のようなアパートの中に隠れた法廷のような、目が覚めてみれば荒唐無稽で猥雑でしかない職場に、過去現在の上司同僚があれこれ入り交じっているその中で、人間のかくあらゆる種類の汗をかいて、自分のかいた汗の蒸気が充満するコクーンの中で窒息しそうになっている夢に変わっていた。

 カフカの荒唐無稽が実にリアリティを持ったものであることは前にブログでも書いたけれど、私の見たこの夢もすべてあり得ないシナリオでありながら、私の中のリアリティはここにあると明瞭に思うことのできるものだった。

 夢を見つづける眠りはひどく疲れる眠りなのだが、その夢でさえ形がまとまらないままに目が覚めてしまう東京での眠りとは質が違うのを感じる。森の時間の中で私は異常から正常へ向けて心と体が恢復しはじめるのを実感としてつかむことができる。今日のリアリティのこもった「異常な夢《は恢復初期の痛みを伴う自然治癒の一過程なのだ、と思うことができる。

 

【08.05.04】

●人生の計画

庭の山桜

 計画どおりにものごとが進むなんて甘いことを考える歳ではない。誕生日を迎えたからといってあらためて今後の生活の指針を立てようなんて殊勝なことを考える人間でもない。暦どおりの短いGWを山で過ごしながら、いつもの週末よりは少しは時間があって、ふだん考えるゆとりもないことをちょっとだけのんびりと考えてみているだけのことだ。

 自分の死も含め、残り時間をどのように生きていきたいか、どのように生きていかないとならないか、希望と制約を整理してその折り合いを見つけていく。漫然と、嫌々ながら仕事をし、休みを待ちかねて山へ逃げ出してくる、という生活がいかにも人間らしい生き方とかけ離れたものか、しかもそれが多くの人々の送らざるをえない生活と共通しているか(すくなくとも私のいま置かれている周囲の人々の多くはお仕着せの仕事の合間に自分の時間を作るという生き方しかできていないように私には見える)感じつづけているのだが、そんな人生が実におもしろくないものだと焦りにも似た思いで過ごしてきた。自分の意志で人生をがらっと変えることなど魔法使いでもないただの人間にできることではない。だからといって自分の生を生活のために切り売りしていることの切なさに気づくことは別に悪いことじゃない。

 天気予報に反して連休初日の昨日から穏やかな晴れで、今朝も森を渡る風が木立のざわめきと鳥たちの声を伝えてきている。わずか一週間で、山栗の木以外の木々に「早緑《(「さみどり《、なんて言葉はないみたいだが、ずっと昔から春先の萌黄色を見ると心の中で「さみどり《が美しい!と感じてきたのだが、今、初めてパソコンで打ってみて変換しないことに気づいた)の若芽が吹きだした。むかしからこの季節に旅がしたくなったのは日常から遠く離れた「時間《を旅したかったのだと今気づく。今の私が自分の人生の計画を考えようとしているのもきっと日常から離れた「時間《の中にいるからだ。

 こっそりと自分の中で自分の進むべき方向のコンセプトを決めてみる。いやコンセプトはずっと変わっていないので、そのコンセプトに沿うような方向を創り出そうと考えている。見た目上何にもかわらなくても、意識を変える。時代の波の影響をなるべく受けずに自分の生き方をする。来年の誕生日に私は誕生日から2日後に書いている、このMonologueを覚えているだろうか。

 

【08.05.06】

●人生わるいことばかりじゃない

バースデーカード

 昨日の「子どもの日《は一日中雨が降り続き寒い一日だった。一昨日の夕方、A乃は満員の小海線に乗って、これまた満員のあずさに乗り換えて東京に帰っていった。振り子がついている列車なのかどうか、とにかくあずさは揺れに揺れ、大月で気持ちが悪くなって下車、そのあと鈊行で途中下車しながらようやく東京に着いたらしい。一方同じ頃にY乃が新宿からあずさに乗って小淵沢に向かっていた。やはり指定席は取れなかったがこちらはなんとか自由席に座る席を確保できたらしい。小淵沢までM乃と二人で迎えに行ったが何度行っても甲斐小泉の辺りで道を間違える。

 というわけで、今年のGW、私のバースデイウィークは家族が全員揃わなかった。今年はみんなそれぞれが忙しく仕方がない、とわかっていつつもちょっと寂しかった。いつもならみんなからもらえるお決まりのプレゼントも今年は買いに行く暇がなかったのかもらえなかった…

 と思っていたら、Y乃が用意してきてくれていた。全員が揃う時間はなかったはずなのに、みんなで寄せ書きをしたBirthday cardももらった。人間関係や仕事の重圧でペシャンコになりかけていた気持ちが柔軟性を取りもどし、再び膨らみ出すのを感じる。

 いつまでこの気分がもつかわからないけれど、何度だってペシャンコになりかければ、また誰かが新しい空気を注いでくれる。人生、降り続く雨はない。連休最後の日、山は朝から穏やかに晴れている。

 

【08.05.07】

●祝福

 神は祝福する。

 私は神ではないから祝福できないものはできない。

 そう思ってあらためて自分の人生を眺めてみると私は他人を本気で祝福したことがない。親戚縁者であっても。友人であっても。そして家族であっても…

 天使の笑い、悪魔の笑い、という概念を書いたのはミラン・クンデラだった。私は、天使の笑いを経験したことがないのじゃないかと思う。つねに悪魔の笑いを笑っている。いけないのは私自身だ。目敏い人は私がこの1,2ヶ月の間、隠し頁にリンクした、私の死を題材にした「小説めいたもの《の最初の数小節を読まれたかもしれない。おそらく大半の人は読まずに通りすぎたと思うけれど。今、そのリンクを全て外した。なぜなら私は私の死を祝福する自分自身を書こうとしていたからだ。自分の死までも私は自分で管理し、哀愁のこもった演出をしたかったからだ。そういう目線がひとを祝福する人格に私をさせないできたことに気づいたからだ。

 みなさんは垢の他人だから私が死のうと老いさらばえて生き延びようとそんなことはどうでもいいのだ。わたしの頁はどこまでいっても「開かれない門《だ。たぶん、私がここを閉じない限り開かれることはない。逆説的な言葉遊びではない。もうとことん疲れ切って、ぶっ倒れるまで疲れ切って、ほんとに生きるすべを失ったときこそ、私は正気に戻るかもしれない。それまではきちがいの相手をここを読んでいるごくごく一部の人はしてくれているのだ。高校以来あれほど嫌いになっていた太宰の「葉《を読んで涙が出そうになった。その後で、芥川の「蜜柑《の最後の一節にあった「疲れと倦怠《という言葉を読んで反吐が出そうになった。いずれもつまらないことを書いて作家面していたものだ、と思いつつ、心は大きく揺さぶられている。だらしない男たちよ。

 

【08.05.13】

●鬼の霊乱

 肉体的疲労と精神的疲労とが重なって体調を崩している。喉が痛く、微熱がある。子どものころ扁桃腺とアデノイドの手術をしたことがあるので、以来高熱は出にくく、いつも風邪をひくと微熱でおさまっている。ところがこの微熱がくせ者で、節々が痛くなってどうにも我慢ならない状態になる。今、ちょうどそんな感じなのだ。

 今いちばん忙しくて休んでられないときなのに、昨日の午前中から悪寒がし始めて、午後から仕事を休んだ。薬を飲んで布団に潜り込むまでがしんどかったが布団に入っても体の芯が寒さで震えていて、何度もトイレに立って、なかなか寝つけなかった。落ちついて眠り込んだのは夕方になってからで、それから一晩一度もトイレにも起きなかった。

 朝起きると昨日ほど悪寒はひどくないが、体の芯がゾクゾクとし、喉が痛くなっていていた。あと一日薬を飲み続けないとこの状態は脱しない、と長年の経験が知らせてくる。無理して行けないことはなさそうだったが、仕事は十全にこなせそうになかったので今日も一日休みの連絡を入れた。だから、Computerなんかいじっている場合じゃないのだけれど、全然寝つけない。肩を布団と毛布で巻き込むようにして寝ていても頭の中には「to do《リストがめぐってきて落ち着かない。トイレも近く、体が温まってくると小便がしたくなる。小便をすると、体の芯がまたゾクゾクしてきて節々の痛みがぶり返してくる。

 こういうのを鬼の霊乱というのだったろうか。ふだんからきわめて健康というわけではないから、鬼ほど強くはないだろう。

 ときどき鬼のように強くなれたら、と思うことがある。体もだけれど心が。鬼に悩み事はないはずだという前提のもとにである。でもそれは心をなくすということでもある。心がないということは強いとか弱いとかいう範疇の問題じゃなくなる。やっぱり人間は「鬼のように《無慈悲になっても、心は捨てられない。でも、鬼の目にも涙、という言葉もあるくらいだから、鬼だって泣くときは泣くんだろうな。風邪をひくみたいに。

 一日半薬を飲み続けていたらずいぶん楽になった。でも寝てばかりいたら逆に腰が痛くなった。明日は仕事に出て、遅れを取りもどさないと!

 

【08.05.21】

●環境の変更

 来週から2ヶ月間、職場の研修で研修所に缶詰になる。よいのか、悪いのか、いずれにしても心を悩ます環境から離れることはできる。ただし、これからの2ヶ月が良い環境であるかどうか、何の保証もない。

 缶詰といっても休みはカレンダーどおりで、家には帰ってくるから、山へもきちんと行けるだろう。それだけはちょっとうれしい。研修が終わったら、そう遠くないうちにガラッと生活が変わるはずだ。それも紊得済みのこと。

 自分で希望しておいて、こういうのも何だが、そのように精神的に追い詰められた感じがしなくもない。とにかく今の環境を抜け出すためには仕方なかった。

 とういうわけで、インターネットどころじゃない生活になるかもしれない。今、インターネットを自由にできる方策を練っているところだが。

 

 

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