語彙
キリスト教に関係する用語を解説します。部立ては、テキストを分割するための便宜的なもので、専門的な分類ではありません。語彙は、おおまかに関連順なので、どこから読んでも構いません。
キリストと福音
聖書 新約 旧約 カノン アポクリファ 偽典 セプトゥアギンタ コイネー クリスチャン キリスト メシア 救世主 アルファ・オメガ(ΑΩ) 神の子 イエス 紀元前 紀元後 千年周期 ヨセフ 聖母マリア 受胎告知 処女懐胎 洗礼者ヨハネ ヘロデ大王 ピラト ベツレヘム ナザレ クリスマス サンタクロース ベツレヘムの星 天使(エンジェル) 大天使(アークエンジェル) 守護天使(ガーディアン・エンジェル) 熾天使(セラフ、複: セラフィム) 智天使(ケルブ、複: ケルビム) マギ(単: マゴス) ガリラヤ ヨルダン川 エルサレム エルサレム・クロス 最後の晩餐 磔刑 クロス(十字架) ゴルゴタ 復活 復活祭 過越し 昇天 再臨 刷新 福音 ゴスペル マタイ マルコ ルカ ヨハネ 黙示録 千年王国(ミレニアム) 最後の審判 終末預言と布教
アマルナ時代 ツタンカーメン アテン ラムセス二世 ヘブライ人 ヤコブ-イスラエル イスラエル十二部族 ヨセフ ユダヤ人 ヤーウェ テトラグラマトン モーセ シナイ山 十戒 神殿の丘 サドカイ派 パリサイ派 エッセネ派 熱心党 クムラン教団 修道士 ユダヤ戦争 ミノア文明 ミケーネ文明 海の民 ヘレニズム 処女神崇拝 冥界神崇拝 大地母神崇拝 両性具有神崇拝 自然神崇拝 牧歌主義 ピタゴラス主義 プラトニズム 形而上学 ローマの平和 世界帝国 使徒 ペテロ ローマ法王 アンデレ ヤコブ ピリポ バルトロマイ トマス 小ヤコブ タダイ シモン イスカリオテのユダ マッテヤ パウロ 使徒教父 教父 クリスチャン迫害 殉教 ディオクレティアヌス帝 ミラノ勅令 コンスタンティヌス大帝 ラバルム ユスティニアヌス大帝 修道院 修道会 十字軍 騎士 聖杯 アーサー王 ブリトン人 騎士団 テンプル騎士団 ホスピタル騎士団 ドイツ騎士団 宗教改革 対抗改革 原理主義 過激派 聖戦 キリシタン(切支丹) 殉教者バスチャン悪魔と異端
サタン(悪魔) ドラゴン ルシファー ゴグとマゴグ 精霊 悪霊 悪魔ばらい 666 (キー・クシー・エクシー) ゴグとマゴグ 異端 トリニテリアニズム 異教 プロセライト 破門 魔女狩り 異端審問 一元論 モナルキア派 動態論者 アポリナリウス派 アリウス派 ネオ-プラトニズム ユニテリアニズム ユニバース主義 エホバの証人 モルモン教 様態論者 天父受苦論者 サベリウス派 単性論 エウティケス派 ネストリウス派 イスラム教 ムハンマド コーラン アラー メシアニシズム タルムード派 シーア派 メシアニック・ジュー 統一教会 多元主義 汎神論 無神論 唯物論 二元論 ゾロアスター教 グノーシス派 マルキオン派 マニ教 小パウロ派 ボゴミル派 カタリ派 大乗仏教 密教 虚無主義 反キリスト主義 悪魔主義 サタニズム 三元論 アロギ派 ニコライ派 終末主義 モンタヌス派 男根崇拝 オカルト主義 カバラ主義 セフィロトの木 ゲマトリア 錬金術 魔術キリストと福音(The Christ and The Gospel)
聖書(Bible)
キリスト教の経典。 英語の「 Bible 」は、ギリシャ語(コイネー Koine )の「 biblos (書)」に由来する。 なぜ、書物を「 biblos 」と称したかというと、材料となるパピルスをビブロスという町から輸入していたからという。
新約(New Testament)
「新しい遺言」の意味。 神と人間との新しい啓約を記した書物。 キリスト教の経典の中核(コア)をなす。
旧約(Old Testament)
キリスト教では、ユダヤ人が神から授かった啓約( Covenant )の記されたテキストを古い啓約とし、一連の文書を旧約(古い遺言 Old Testament )という。 旧約は、主イエス・キリストの出現の予言としてのみ意味を持つ。
カノン(Canon)
聖書の正典。 新約は 27 書。 旧約は 39 書。 何をカノンとするかは、宗派によって差がある。
アポクリファ(Apocrypha)
聖書の外典。 カノンには採用されない文書。 捏造された文書とはかぎらない。 内容は必ずしも異端的ではない。 聖書の研究には必要不可欠である。
偽典(カトリックではApocrypha プロテスタントではEpicrypha)
カノンでも、アポクリファでもない文書。 グノーシス主義的なものが多いので、読むには注意が必要である。
セプトゥアギンタ (Septuaginta 七十人訳 Septuagint LXX)
旧約のギリシャ語訳。
成立したのは、エジプトのプトレマイオス朝のもと、前三、二世紀と言われる。
プトレマイオス 2 世の命令で、アレクサンドリアのムセイオン( Museion) に収納するために、 70 人 (72 人という説もある。 ) のユダヤ人が翻訳したという伝説から、こう名づけられた。
オリジナルとなったヘブライ語バージョン(プロト‐セプトゥアギンタ Proto-Septuagint )が現存しないため、イエス・キリスト前の旧約としては、唯一のものである。
したがって、カトリックやオーソドックスで「旧約」といえば、この「 LXX 」のことであり、それが正解である。
プロテスタントで旧約として使用しているのは、「マソラー( Massorah )」と呼ばれるテキストだが、これは、早くともユダヤ戦争後、すでにタルムード( Talmud )時代になってから成立したものであり、イエス・キリストの時代の「旧約」とは異なる。
したがって、旧約を福音の預言として解釈するときは、常にこのことに留意していなければならない。
現在までに確認されているセプトゥアギンタは、次の 3 つのコーデックス (Codex) だけである。
「ヴァチカン」( the Vatican Codex Vaticanus ):四世紀。 3 つの中では最古。
「アレクサンドリア」( the Alexandrian Codex Alexandrinus ):五世紀。ブリティッシュ・ミュージアムにある。
「シナイ」( the Sinai Codex Sinaiticus ):四世紀。ライプチヒとペテルスブルグにある。
コイネー (Koine)
古典ギリシャのうち、アテネを中心とするアッティカ地方で使用された。 ヘレニズム期に東地中海一帯で広く使用され、事実上の公用語となった。 新約の原典はコイネーで記述された。
クリスチャン(Christian)
イエス・キリストを主 (Lord) である神 (God) であり神の子( Son of God )と認め、福音 (Evangel) を信じ、洗礼(バプテスマ Baptism )を受けた者。 多くの宗派がある。
キリスト(Christ)
ギリシャ語では、「クリストス( Christos Χριστο ς)」。 ヘブライ語の「メシア( Messiah )」のギリシャ語訳。 ともに「油を注がれた」の意味。 イエス・キリストの意味では、固有名詞となる。 オリエントでは、王は、香油で身を清めるのが通例だった。
メシア(メサイア Messiah)
ヘブライ語で「油を注がれし者」の意味らしい。 ユダヤ教ではユダヤ民族を異民族の支配から救出し、ユダヤの王となる人間を意味する。 キリスト教では、神であり神の子である主イエスが、唯一無二のメシアである。
救世主、救い主 (Savior)
ギリシャ語では、「ソテル( Soter )」。
ラテン語では、「サルヴァトル( Salvator )」。
イエス・キリストの意味では、固有名詞である。
キリストの称号としては、「パントクラトル( Pantocrator 全支配者)」、「アルファ・オメガ( ΑΩ 最初にして最後の者)」、「全能( Almighty )」、「王の王( King of Kings )」、「主の主( Lord of Lords )」などもある。
創造主である神が救世主でもあるのは、論理的な帰結である。
つまり、全能なる神は、創造の点でも、救済の点でも、完全だからである。
神は、完全に創造しかつ救済する。
メシア主義者(ユダヤ教徒、イスラム教シーア派など)のように、被造物たる救世主を認めるなら、それが神といかなる関係にあるかが、問題となる。
被造物でありながら、神のごとく完全に救済するのであれば、それは、いったい何者なのか。
それは、被造物でありながら、限りなく創造主に近いことになる。
そのような存在を認めるなら、偶像崇拝ひいては二神論(グノーシス主義、ミトラ教など)に陥るだろう。
いかに神から権限を与えられていようと、神ではなく、被造物である以上、神と同様に救済することはありえまい。
だとすれば、所詮、それは、不完全な救済者にすぎない。
それは、改革者(reformer)ではあっても、救世主(Savior)にはなりようがないはずである。
そして、不完全な救済者は、不完全な救済しかなしえないから、この世では、不完全な「救済」が繰り返されることになり、したがって、結果として、世界は、救済されないことになる。
これが自己矛盾でなくて、何であろう。
不完全な救済者をいくら崇拝しても、真の救済がもたらされないのなら、そのような回りくどい信仰は、否定すべきである。
そのような回り道は、将棋で言えば、「王手飛車取り」のようなものである。
王を取りたいのか、飛車を取りたいのか、わからない。
王さえ取れば、詰むのに、どうして飛車を取る必要があろうか。
同様に、「神の代理人」も、否定すべきである。
そもそも、代理人とは、弁護士や代理店のように、本人の能力不足から選ばれる。
しかし、神は、全能であり、いかなる存在よりもはるかに優れているのだから、代理人など必要とするはずがない。
つまり、神の代理人という存在を認めるなら、神の能力を冒涜することになる。
神は、使用人を使うことはあるけれども、代理人は、使わない。
キリストがビザンツ教会を見放したのも、皇帝がキリストの代理人を称したからである。
神あるいはキリストのための代理人は、観念することができない。
アルファ・オメガ( ΑΩ )
世界の創造主であり、最後の審判者であること。 インドに伝わり、仏教に取り入れられて「阿吽(あうん)」となった。
…わたしは、アルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである」 (黙示 22:13)
神の子(Son of God)
主イエス・キリストは神であり、神の子である。 神の子が人の子すなわち人間であることは、疑うべくもない。 「子」と呼ばれる理由は、神がみずからそう呼んだからである。 父が子であり、子が父であるのは、両者が論理的に同値だからである。
イエス(Jesus)
約 2,000 年前に、ベツレヘムで生まれ、ナザレで生い立った。 父はヨセフ、母はマリヤ。 洗礼者ヨハネから受洗し、福音を述べ伝えた。 ユダヤ人に告発され、ローマ総督ピラトによって死刑にされた。 「イエス」という名は、大天使(アークエンジェル Archangel )のガブリエル( Gabriel )によって、そのように名づけるようヨセフが命じられた。 当時ユダヤ人には、イエスという名は珍しくなかったようだ。 なお、別称として、インマヌエル (Immanuel エマニュエル Emmanuel) がある。 「神はわれらとともに」の意味だという。
紀元前(B.C.)
「キリスト前( Before Christ )」の意味だが、現在ではイエスの生誕は、紀元前だったろうと推定されている。 「キリスト紀元前 B.C.E. ( Before Christian Era あるいは Before Common Era )」という表記法もある。
紀元後 (A.D.)
ラテン語の紀元年( Anno Domini )の略。
当初は、ユリウス暦元年が、キリストの誕生年と考えられた。
「キリスト紀元後 A.C.E. ( After Christian Era あるいは After Common Era )」という表記法もある。
キリスト教的には、人間の歴史は、キリストを原点に、「キリスト以前(Before the Christ)」と「キリスト以後(After the Christ)」に分かれる。
「キリスト以前」は、「福音以前(Before the Evangel)」、「啓示以前(Before the Revelation)」、「降臨以前(Before the Advent)」であり、その本質は、預言である。
つまり、すべての歴史的事象は、キリストの預言であり、福音の準備段階として、統一的かつ体系的に解釈される。
そして、「キリスト以後」は、「福音以後(After the Evangel)」、「啓示以後(After the Revelation)」、「降臨以後(After the Advent)」であり、その本質は、顕現である。
つまり、すべての歴史的事象は、キリストの顕現であり、福音の実行段階として、統一的かつ体系的に解釈される。
そして、終末は、福音の完成である。
千年周期 ( Millennary Cycle )
ミレニアムは、ラテン語で、「1,000年」。
1,000年は、聖書では、神にとっての1日とされる。
したがって、クリスチャンの歴史は、キリストの帰天から、1,000年で朝、昼、晩、夜を繰り返す。
朝は、希望の時代であって、弾圧があるが、教義が確立する。
昼は、繁栄の時代であって、教会が建てられ、信仰が盛んになる。
晩は、動揺の時代であって、教義が揺らぎ、宗派が分裂し、異端が出現し、異教徒による迫害も起こる。
夜は、忍耐の時代であって、異端や異教がはびこり、反福音的な思想やサタニズムが蔓延し、クリスチャンの内部にも深刻な不和や断絶が生じる。
ちなみに、第一および第二ミレニアムにおける朝昼晩夜と主な事象は、次のとおり。
第一M:朝(33年キリストの復活-312年コンスタンティヌス大帝の勝利):使徒、使徒教父、教父の活躍
昼(313年-622年ムハンマドのヒジュラ):ハギア・ソフィアの建立
晩(623年-843年東西教会の分裂深刻化):イスラム勢力のヨーロッパ侵略
夜(843年-1032年):アル-ハキムによる聖墳墓教会の破壊
第二M:朝(1033年-1187年エルサレム王国の滅亡):十字軍と騎士への熱狂
昼(1188年-1453年コンスタンティノープルの陥落):神学の発展と巡礼熱の高まり
晩(1454年-1789年フランス革命):教会の世俗化と堕落、宗教改革と宗派対立の激化
夜(1790年-2032年):マルキシズム(唯物論、無神論)やニヒリズムの流行
現代は、第二ミレニアムの夜の末で、もうすぐ夜が明け、第三ミレニアムの朝になる。
ヨセフ(Joseph)
イエスの父。 ダヴィデ( David )およびアブラハム( Abraham )の末裔。 イエスには、ヨセフの血が受け継がれていない。 そのためか、形式上、戸籍上の父親というイメージが強い。 ダヴィデの末裔だが、マリアもダヴィデの一族なので、救世主がダヴィデの末裔から出るという預言の点でも、重要ではなくなってしまった。 しかし、ガブリエルのアドバイスを聞いてエジプトに逃避行するなど、幼子キリストと妻マリアを守るために全力を尽くしており、家族思いの立派な父親として、尊敬に値する。
聖母マリア (マリヤ Maria)
セム語では、ミリヤム( Miriam )あるいはマリヤム( Mariam )。 イエスの母。 ダヴィデおよびアブラハムの末裔。 おそらくは死後、神聖化が進んだ。 カノンでは、言及があまりないが、マリアは、最期に、キリストが天に引き上げたとされる。 これを聖母の被昇天( Assumption )という。 ちなみに、カトリックやオーソドックスでは、マリアは、「死んだ」とは表現しない。 「眠った」と表現しなければならない。 また、マリアは、天国においては、あらゆるエンジェルや聖人を凌駕する高位にあるとされる。 ギリシャ語で「メーテル・テオイ( Meter Theoi )」、「神の母( Mother of God )」という敬称を捧げられる。 ギリシャ語で「テオトコス( Theotokos ) 神を生む者、生神女(しょうしんにょ)」という呼称もある。 五世紀に、ネストリウス( Nestorius )は、「テオトコス」という呼び名を使用することに反対したため、異端とされた。 カトリックでは、一六世紀に、原罪のあらゆる罪を免れている(無原罪)とされた。
受胎告知(Annunciation)
アークエンジェルのガブリエルが処女だったマリアにイエスを身ごもったことを告げ知らせたこと。
処女懐胎(Virgin Birth)
処女だったマリアが聖霊によって身ごもり、出産したこと。
イエスが生まれた年月としては、いくつか説がある。
ダヴィデ (David) が、 40 年( 40 年 6 ヶ月間)、イスラエルを統治したということから、イエスも、受肉から処刑・復活まで 40 年( 40 年 6 ヶ月)と考えるのが、バイブルの解釈としては、合理的である。
キリストは、処刑・復活が三三年四月一ないし三日なので、懐妊期間を 10 ヶ月とすれば、前八年四月一ないし三日(九年一〇月一ないし三日)前後に受胎され、前七年二月一ないし三日(八年八月一ないし三日)前後に誕生したと、考えられる。
6 ヶ月を考慮しないと( 40 年説)、キリストの誕生は、二月の真冬になる。
ただ、イスラエルでも、冬の夜は、冷える。
身重のマリアにとっては、つらかったはずである。
もっとも、神の計らいで、特別に暖かかったかもしれない。
一方、 6 ヶ月を考慮すると( 40 年 6 ヶ月説)、八月の真夏になる。
夏だったので、ヨセフ夫妻は、馬小屋に滞在することができたと、合理的に説明することができる。
また、前八年は、アウグストゥスがセンサスを実施した年であるが、前八年のいつ、どういう内容(登録期限とか)で勅令が発せられたのか、わからない。
ただ、センサスを冬に実施するのは、実効的ではない。
夏に実施したと考えるほうが、現実的である。
したがって、現時点では、個人的には、 40 年 6 ヶ月(八月生誕)説をとりたい。
さらに、復活後の 40 日を加算するかどうかが、悩ましい。
復活後は、キリストは、神であることを顕示しているので、可算しないほうがよさそうである。
結論は、保留しておく。
なお、ヘロデ大王による幼児抹殺のために、戸籍が混乱し、このときのセンサスは、無効になってしまった。
自分の子を殺されたくない人々が戸籍を破棄したり、外国籍にしてしまったからである。
そのため、イエスの戸籍登録は、 7 年( 7 年 6 ヶ月)後に、ベツレヘムではなく、ナザレ(居住地)で行われた。
よって、イエスは、戸籍上は、ナザレ人となった。
7 年( 7 年 6 ヶ月)は、ダヴィデがヘブロン( Hebron )で統治した期間に相当し、イエスは、戸籍上は、 7 年( 7 年 6 ヶ月)分若くなっていた。
これらは、すべて預言のとおりになるよう、キリストがみずから計らったのである。
洗礼者ヨハネ(John the Baptist)
ユダヤ教の祭司ザカリア( Zacharias )と妻エリザベツ( Elisabeth )の子。
預言者エリヤ( Elijah )の再来。
エリザベツはイエスの母マリアの親戚だったので、イエスとヨハネも親戚である。
エリザベツは、不妊で、ザカリア夫妻には、子がなかったが、年をとってから、ヨハネを生んだ。
これは、ヨハネがイエスに授洗するために、神が計らったからである。
そのため、ヨハネは、「先駆け( The Forerunner )」の称号で呼ばれる。
ヨハネは、都市での虚飾に満ちた生活を嫌い、荒野で粗末な生活をした。
悔い改めを説き、人々にヨルダン川で洗礼を施していたが、「荒野に叫ぶ者」と旧約で預言されていた。
ヘロデ・アンティパス( Herod Antipas ヘロデ大王の子の一人で、ガリラヤ地方を治めた。)によって捕らえられ、義理の娘のサロメの要望に応じて首をはねられた。
ヘロデ大王 (Herod the Great)
イエスが生まれた当時のユダヤの統治者。 「ユダヤの王」が誕生したとマギから聞き知って、生後 2 年以内の男子をすべて殺すよう命じた。 イエスと洗礼者ヨハネは、エジプトに脱出して難を逃れた。 ローマ皇帝アウグストゥス( Augustus )にこびへつらい、王の体裁を保った。 死後、ユダヤは、完全にローマの属国とされた。
ピラト(Pontius Pilate)
ユダヤ総督。 ユダヤ人の反乱を恐れ、イエスの処刑を命じた。 後にガリアに左遷され、自殺したという。
ベツレヘム(Bethlehem)
キリストが生まれた町。 エルサレムの隣町。 ダヴィデはベツレヘム人エッサイの息子で、ヒツジ飼いだった。 旧約では、メシアは、ダヴィデの子孫であって、この町から出ると預言されていた。 もっとも、ナザレに住んでいたヨセフがマリアを連れてベツレヘムに行ったのは、イエスがメシアだと思ったからではなく、住民登録をするためだった。 ローマ皇帝アウグストゥス(オクタウィアヌス Octavianus )が課税のためにセンサス(国勢調査)を命じたからだった。 ユダヤでは、自分の故郷で登録をするのが慣わしだった。 ヨセフは、ダヴィデの一族なので、ベツレヘムに行ったのである。
ナザレ(Nazareth)
キリストが育った町。 ガリラヤ地方の丘にある。 キリストは、単に「ナザレ人( The Nazarene )」と呼ばれたことから、初期のクリスチャンもナザレ派と呼ばれた。 イエスの磔の罪名票には、「イエス・ナザレ人・ユダヤの王( Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum)」と書かれた。
クリスマス(Christmas)
キリストの降臨( Advent )を記念する祝日。 誕生日ではない。 ましてやサンタクロースの日でもない。 「 Χ’mas, Xmas 」と約されるが、「 Χ 」はギリシャ語のキリストにあたる「 Christos 」の「 Ch ( Χ キー)」である。 「 mas 」は、儀式である「ミサ( Mass )」から来ている。 古くは二〇〇年ごろにアレクサンドリアで祝われたというが、大っぴらになったのは、コンスタンティヌス時代からである。 カトリックや多くのプロテスタントでは、一二月二五日に祝うが、オーソドックスでは、一月七日である。 クリスマスを祝わない宗派も、まれにあるようだ。 他の一神教信者や異教徒がクリスマスを祝うことを肯定すべきである。 キリストは、だれよりも寛容である。 天国への道は、険しいが、すべての者に開かれている。 祝いたい者すべてに、祝う資格がある。
サンタクロース(Santa Claus)
クリスマスにやって来ていい子にプレゼントを配るとされる聖ニクラウス(ニコラス Nicholas )。 赤または青の厚手(たぶんウール 100 %)の服とズボンに、白いあごひげの太った老人のイメージで描かれる。 プレゼントの詰まった大きな白い袋を背負い、トナカイの引くソリで空を飛ぶ。 フィンランドに居住しているという。 アメリカで発達した風習で、世界中に広まった。 アメリカでは、一二月二四日の午後六時から二五日の午前六時までを「サンタアワー( Santa's Hour )」といい、サンタの活動の邪魔にならないように、旅客機の飛行制限などが行われる。
ベツレヘムの星 (Bethlehem Star)
マタイによれば、キリストが生まれたとき、賢者たちをベツレヘムまで星が導いたという。
この「星」は、天文現象ではないかと、多くの者が推測しているが、正体は、アークエンジェル・ガブリエルである。
ルカによれば、ベツレヘムの馬小屋で、マリアがイエスを生んだとき、輝くエンジェルが夜空に現れたという。
二つは、同じ現象である。
そもそも、創造主であるキリストの誕生が、被造物である天体の運行によって決定されるはずがない。
これに対して、聖書学者は、次のように反論する。
羊飼いたちがキリストを見た時と賢者たちがキリストを見た時は、異なる。
羊飼いたちは、まだ飼い葉桶にいる生まれて間もないキリストを知った。
一方、賢者たちは、すでにキリストが生まれて最大で3年くらい経ってキリストに謁見した。
なぜなら、マタイ伝では、キリストは、「幼な子」と書かれるが、ルカ伝では、「みどりご」と書かれている。
また、賢者たちがヘロデ王を避けて帰国した後に、ヘロデ王がベツレヘムと沿岸一帯の2歳以下の子供を皆殺しにしようとしたからだ。
しかし、マタイによる、賢者たちの前を進んでベツレヘムの上で止まったという記述から、通常の天文現象とは考えにくい。
そして、そもそも、一般的な天文現象なら、賢者たち以外にも見えるはずだ。
仮に賢者だから見えたとしても、なぜそれが「ユダヤ人の王」の知らせだと分かったのか。
何らかのお告げがあったはずで、それは、天使によるものだろう。
つまり、キリストが生まれた晩に、一団の天使が輝いたが、東方の博士たちがそれを目撃し、キリストの誕生を啓示された。
なお、これを、球電 (Ball lightning) あるいは未確認飛行物体 (UFO)だと主張する者があるが、ナンセンスである。
球電現象は、ごく短期的なプラズマ現象であるし、人類のための救い主の誕生を、無関係な宇宙人が知るべき立場にない。
ちなみに、ガブリエルは、明けの明星( Phosphorus Lucifer )の称号を持つ。
聖書において、神またはキリストが人間に直接に啓示しているかのように見える記述(黙示など)があるが、その多くは、ガブリエルによる。
天使(エンジェル Angel)
被造物の一つ。
被造物には、意思を持つことを許されたものと、そうでないものがある。
天使は、人間と同様に、意思を持ち、精霊や霊魂と交流することができる。
よって、天使も、神の命令に背いて、罰として、パラダイスを追放されることもある。
古代では、天使や精霊が神と勘違いされたので、信仰は、多神教であった。
もっとも、天使と人間は、あくまで別の被造物である。
人間は、神に愛されるために創られたが、天使は、神に仕えるために創られた。
天使は、有翼の人間の形に描かれるが、本来は、形がなく、いかなる姿にも変身することができる。
天使には、本来は感覚や感情がなく、ロボットのようである。
人が死んで天使になるというのは、キリスト教の考えではない。
天使は、堕落しなければ、不死である。
なぜなら、神に仕える者は、神が存在するかぎり、仕えなければならないからである。
したがって、天使には、繁殖する必要がないので、性別、雌雄もない。
神に仕えることをやめ、天を追放された天使(堕天使)は、悪魔あるいはアンチキリストとなる。
天使は、人間よりも古い。
天使が創られたのは、被造物の世界に、神の意向を実現するためである。
天使の実態やヒエラルキーについて、学者や聖職者が語っていることの多くは、空想の域を出ていない。
天使の序列は、無限にあって、天使も無限に存在するが、その働きのすべてを書き記すには、全宇宙の労力をつぎ込んでもとうてい足りない。
人間は、天使のことを気にかけるより、キリストのことを気にすべきである。
天使が救済してくれるわけではないからである。
天使と人間のどちらが偉いかを気にする者がいるが、天使と人間に優劣をつけることは、難しい。
なぜなら、キリストへの忠誠という点では、人間も天使も、異ならないからである。
現実に、天なるキリストに最も近寄ることができるのは、主に、人間の男女、アダム(形作られし者 Adam the Formed 意思を持つ被造物として姿形を与えられたことから。)、イブ(存続者 Eve the Laster 世の終わりまで血統が続くことから。)、アブラハム(統率者 Abraham the Leader 人民を統率することから。)、エノク-メタトロン(指示されし者 Enoch the Instructed 神からの指令を伝えられることから。)、ヤコブ-イスラエル(祝福されし者 Jacob the Celebrated 神に祝福されたことから。)、モーセ(立法者 Moses the Legislator 神の法を地上に打ち立てたことから。)、ダヴィデ(君臨者 David the Reigner 神に王国の統治者に任命されたことから。)、エリヤ-ヨハネ(予言者または先駆者 Elijah-John the Prophet or Forerunner 神の意向を人間に予言したことから。)、マリヤ(出産者 Mary the Generator 選ばれて神の子を生んだことから。)、ヨセフ(守護者 Joseph the Guadian キリストとマリヤを守ったことから。)、使徒(追随者 Apostles the Followers キリストに付き従ったことから。)などである。
これは、堕落した罪深い被造物である人間が、神に仕えることで、より高く評価され、引き立てられるからである。
キリストも言うとおり、後の者が先になることもある。
逆に、天使は、通常は、堕落しないはずなので、もし堕落すれば、より厳しい罰を受け、例外なく地獄に行く。
神は、ひとたび創造した世界の些末な事象に直接には関与しないが、天使を通じて意思を及ぼそうとする。
しかし、主が天使に直接に命令することは、めったにない。
というより、命令は、すべて事前に出されており、天使は、これを忠実に実行することが求められる。
つまり、この世界は、神のプログラムの一つであって、すでに完全に事前記述されている。
ただ、天使が神のプログラムを解釈し、実行するにあたり、どうしても誤解や失敗がある。
それは、いかに優秀な被造物であっても、完全に神の意思を把握し、実現するのは、不可能だからである。
もっとも、神にとって、そのような落ち度は、計算済みであるから、大勢に影響はない。
神のコマンドコードは、天使を指定することによって、メタトロンによって伝達される。
ほとんどの天使は、名前がないので、座標で指定される。
座標は、4つの拡張された自然数によって、決定される。
拡張された自然数とは、キリスト数Nχ(エヌ・キー)を含んだ自然数であって、いかなる濃度の空間も、数えることができる。
神に数えられないものなどない。
ちなみに、神の座標は、いかなる位置を基準としても、(Nχ, Nχ, Nχ, Nχ)である。
この位置が唯一かつ不動なのは、自明である。
大天使(アークエンジェル Archangel )
天使の中でも、特に重要な役割を与えられているものを、大天使(アークエンジェル)という。 大天使は、7人いる。 ミカエル(Michael 「神の姿」)、ガブリエル(Gabriel 「神の砦」)、ラファエル(Raphael 「神の癒し」)、ウリエル(Uriel 「神の輝き」)、ゼラキエル(Zerachiel 「神の指令」)、カマエル(Camael「神の仕置き」)、ザドキエル(Zadkiel「神の正義」)である。 大天使は、直接に神から指示を受けることができる。 大天使は、他の天使に比べてはるかに強大な権限を与えられており、司令天使( Commander Angels )ともいう。 大天使は、配下に無数の天使を配備している。 その力は、絶大で、キリストにしかできないこと以外は、すべてなしうる。 終末には、7人の大天使が堕落した宇宙を破壊しつくす。
守護天使(ガーディアン・エンジェル guardian angel )
人間、町、民族、国などを守る天使。 敬虔な信者、社会、国家などに、悪魔の誘惑や攻撃から守るべく、派遣される。
熾天使(セラフ Seraph 複: セラフィム Seraphim)
最も古い天使。
最も古い、したがって、天地創造(ジェネシス)よりも前の、被造物でもある。
神の友人でもあり、神に最も近い天使である。
四人いる。
ラミエル(Ramiel 「神の雷」。愛称は「ラム(Ram)」。)、ラグエル(Raguel 「神の友」。愛称は「ラジー(Ragie)」。)、シャムシエル(Shamsiel「神の太陽」。愛称は「シャム(Sham)」。)、レリエル(Leliel「神の夜」。愛称は「レリー(Lelie)」。)である。
全身に無数の目があり、六枚の翼を持つ。
ヨハネによれば、ラミエルはライオン、ラグエルは人間、シャムシエルはワシ、レリエルは子牛に似ている。
智天使(ケルブ Cherub 複: ケルビム Cherubim)
セラフと並んで古い天使。
神を賞賛するために創られた。
無数の精霊の元締めでもある。
ヨフィエル(Jophiel「神の美」)、エグディエル(Jegudiel「神の称賛」)、バラキエル(Barachiel「神の祝福」)、セラフィエル(Selaphiel「神の分ち」)など。
四つの顔と四枚の翼と四本の手を持つ。
エゼキエルによれば、顔は、人間、ライオン、雄牛、ワシである。
たくさんの目がついた車輪を従えている。
全身が燃え、光っている。
マギ(Magi 単: Magus マゴス)
「東方(三)博士」などと、訳される。
「 KJV 」では、「東方からの賢者( Wise men from the east )」。
バビロニア(カルデア)すなわちパルティア王国(現在のイラク、イラン地方にあったペルシャ系の国)の神官か天文学者とされる。
しかし、東方という漠然とした表現から、アラブ人、インド人、タイ人、インドネシア人、中国人さらには日本人などだった可能性も否定できない。
「ユダヤの王」が誕生したことを星で知り、ヘロデ大王に祝辞を述べた。
ベツレヘムでキリストに礼拝し、黄金と乳香(フランキンセンス frankincense )と没薬(ミュラ myrrh )を捧げた。
なお、聖マタイによるゴスペルでは、人数については明示はなく、伝承で 3 人、 4 人、 12 人などいくつか説がある。
贈り物が 3 つなので、 3 人とするのが最も通用している。
ヨーロッパでは、正月明けの六日をエピファニ( Epiphany )といって記念している。
ガリラヤ(Galilee)
ガリラヤ湖(ギリシャ語で「ゲネサレ( Gennesaret )湖」とも。)を中心としたイスラエル北部の地方。 メシアは、「ガリラヤ人( Galilean )」と呼ばれるというのが、旧約の預言だった。 キリストは、単に「ガリラヤ人」とも呼ばれたことから、初期のクリスチャンの一派(おそらくは、実の親族による宗派であるが、実質は、ユダヤ教団だったようである。)も、ガリラヤ派と呼ばれた。
ヨルダン川(Jordan River)
イエス・キリストが授洗した川。 ガリラヤ湖から流れ出て死海へ注ぐ。
エルサレム(Jerusalem)
ヤッファ(ヨッパ)から死海方面に向かう途中にあり、地中海と内陸とを結ぶ中継地として、また、谷と山に囲まれているために、要害の地 (Sion) として、カナンの政治経済の拠点だった。 そのため、セム系の民族が争奪を繰り広げた。 ダヴィデは、エブス人 (Jebusites) からこの土地を奪い取り、城壁を築き、「ダヴィデの町」とした。 ダヴィデ‐ソロモン時代に、ユダヤ人のヤーウェ神殿が築かれてからは、宗教的な聖地として、特別な意義も付け加えられた。 キリストが活動し、処刑された場所として、 2,000 年にわたり神聖視されてきた。 聖ヨハネは、黙示において、天国をエルサレムとして、表現した。
エルサレム・クロス(Jerusalem Cross)
中央の大きい正方十字(スクウェア・クロス)を 4 つの小さい正方十字が囲むデザイン。 十字軍がパレスチナに樹立したエルサレム王国の国旗に採用されたため、十字軍クロス (Crusader’s Cross) と思われがちだが、デザイン自体は、十字軍の前からあり、キリストと 4 人の福音書記家(あるいはゴスペル)を意味するものであった。 したがって、福音クロス( Evangel Cross )またはゴスペル・クロス( Gospel Cross )と呼ぶべきである。
最後の晩餐(Last Supper)
キリストが磔にされる前の晩に、十二使徒らと共にした夕食。 パンを自分の体、ワインを自分の血と言ったのは、この席でのことである。 これは、なにを食べても、なにを飲んでも、キリストを思い出せと、諭したのである。 また、この席で、キリストは、あらためて愛の尊さを説き、自分が裏切り者によって引き渡され、処刑されることを語った。
磔刑(Crucifixion)
十字架に磔にする処刑方法。イエスは、三三年四月一(三)日の金曜日、ユダヤ・カレンダー(ヘブライ暦)三七九三年ニサン( Nisan )一四日の朝に、 2 人の犯罪者とともに磔にされた。 なお、ニサン一四日がグレゴリウス暦換算で一日なのか三日なのかについては、月齢カレンダーとの整合性の確認のため、結論を留保する。
ヘブライ暦とグレゴリウス暦(西暦)との対比
1. ヘブライ暦では、一日は日没(夜)から始まる。
2. グレゴリウス暦は、16世紀に採用されたので、さかのぼって換算している。
ヘブライ暦3793年ニサンの月
14日(備え日)-----------------------15日(安息日=大祭)-16日
日没-最後の晩餐-オリーブ山-裁判-磔----日没--------------日没-----夜明け-復活
グレゴリウス暦33年4月
-------------1日(金曜日)-------------------2日(土曜日)----3日(日曜日)
クロス(Cross 十字架)
キリストが磔にされたことから、キリストの受難( Passion )と贖罪( Redemption )と復活( Resurrection )のシンボルとなった。
キリスト教といえば、クロスだが、本格的に信仰のシンボルとなったのは、コンスタンティヌス大帝の母ヘレナがエルサレムでゴルゴタを発掘した時からである。
この時発見された「聖なるクロス (Holy Cross) 」の一部は、ローマのサンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメ( Santa Croce In Gerusalemme )にある。
それまでは、キリストのイニシャルである「キー・ロー(ΧΡ)」や「魚( Ichthys )」の図柄が多く用いられていた( Iesous Christos Theou Yios Soter イエス・キリスト・神の子・救世主のイニシャルから)。
クロスのデザインには、多くのバリエーションがある。
1. 正方クロス:同じ長さの軸が直交するデザイン。ギリシャ・オーソドックスが代表的なので、ギリシャクロスとも。正方クロスは、神の完全性を表現する。
2. 長方クロス:長い縦軸に短い横軸が交差するデザイン。最も一般的な十字架のイメージ。カトリックが代表的なので、ラテンクロスとも。縦軸と横軸の長さの比は、決まっていないが、黄金比が多い。長方クロスは、イエス・キリストの受難を表現する。
3. 洗礼クロス:正方クロスを45度に二重に重ねたデザイン。正八角形は、授洗堂によく用いられた。
4.
ゴルゴタ(Golgotha)
ギリシャ語で、「ドクロ」の意味。 ラテン語では、「カルヴァリ( Calvary )」。 キリストの時代は、市外だった。 古代では、処刑場や墓は、城壁の外側にあった。 キリストの磔刑の絵には、ドクロを描くが、ゴルゴタの丘であるという約束事である。 コンスタンティヌス大帝の母のヘレナによって再発見され、聖墳墓教会が建てられた。
復活(Resurrection)
ギリシャ語では、「アナスタシス( Anastasis )」。 イエス・キリストは、三三年四月三(五)日の日曜日(ユダヤ・カレンダー三七九三年ニサン一六日)の朝によみがえり、神であることを顕示した。 なお、キリストの復活から 1,000 年をミレニアム( Millennium )という。 1,000 年は、神にとっての 1 日にあたる。 現代は、第二ミレニアムの末であり、二〇三三年の春に、第三ミレニアムが開始する。
復活祭(イースター Easter Pascha)
キリストの復活を記念する祝い。
「イースター」は、元来ゲルマンの春の祝いだったという。
そのため、「イースター」という訳は、異教的で、不適切だと主張する人もある。
ギリシャ語では、「パスカ」であり、ヨーロッパの多くの地方でも、そのように呼ばれる。
「パスカ」とは、過越しの祝いの「ペサハ」の訳である。
キリストが磔にされたのがちょうどユダヤの過越しの祝いにあたるために、キリスト教では、過越しをキリストによる贖罪を慶び祝う祭りととらえ直したためである。
信仰心を篤くするには、復活祭前の聖金曜日と聖土曜日には、キリストの受難と復活にちなみ、断食をするのがよい。
聖木曜日の晩に「最後の晩餐」をとり、復活祭の朝まで、水以外は口にしない。
(砂糖やミルクなしのお茶やコーヒーはよいだろう。)
普段の金曜日か土曜日にも、断食するのも悪くない。
…やがて、その時が来て花婿が取り去られたら、
そのときは、断食しなければならない。(ルカ 5:35)
過越しの祝い(Passover ペサハ Pesach)
ユダヤ教徒がエクソダスを記念する祝い。 春の祝いでもある。 ニサンの月の一四日(金曜日の日暮)から始まる。 サンヘドリン( Sanhedrin )がキリストの処刑を急いだのは、祝祭が迫っていたからである。
昇天( Ascention )
キリストは、復活後、40日地にとどまり、オリーブ山で天に昇った。
再臨( Second Coming, Second Advent )
ギリシャ語で、「臨在(Parousia)」とも。 キリストは、終末に、この世界にイナヅマのように、雲に乗って戻ってくる。 ヨハネによれば、キリストは、天使の軍勢を引き連れて現れ、邪悪な勢力を撃破する。 そして、その後、地上に千年とどまる(千年王国あるいはミレニアム)。
刷新( Regeneration )
1. クリスチャンになること。洗礼を受けてキリストの恵みにあずかることで、命が改まること。
2. 世界の再生。世の改まり。終末において、キリストによって、天地(宇宙)が新しくなること。不完全な現世が解体され、新たな天地創造 ( New Genesis ) が行われること。世界救済 ( Salvation of the world ) 。福音の成就 ( Accomplishment of the Evangel ) と世界の完成 ( Completion of the Universe )。
福音(Evangel)
英語の Evangel は、ギリシャ語の「よい( eu )知らせ( angelos )」に由来する。
ゴスペル(Gospel)
福音を記した書のこと。 英語の Gospel は、「よい( good )言葉( spell )」に由来する。 福音書とは、新約の最初の 4 つのカノンである。 主イエス・キリストの生涯と教えを聖マタイ、聖マルコ、聖ルカ、聖ヨハネの4人が記した。 4人を福音書記家( Evangelist )と呼ぶ。 イエスの言動は最高の教えである。 なお、福音書は、伝記ではなく、証言( Witness )である。
マタイ(Matthew)
福音書記家。 第一ゴスペルの著者。 十二使徒。 取税人だったという。 取税人は、当局から徴税を請け負った業者で、ユダヤでは、ローマに魂を売ったとして、蔑まれていた。 マギの礼拝やエジプトへの逃避行は、マタイのみが記しており、貴重な証言である。
マルコ(Mark)
福音書記家。 第二ゴスペルの著者。
ルカ (Luke)
福音書記家。 第三ゴスペルの著者。 ギリシャ系の医者で、画家でもあった。 最初にアイコンを描いた人とされる。 この聖母マリアのアイコンは、「ローマ人の元気( Salus Populi Romani )」と呼ばれ、 . ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ( Santa Maria Maggiore )にある。 ルカのゴスペルには、キリストの誕生に関して詳細な記述があるが、ローマの記録との整合性がないように見えることから、ルカの記述が間違っているとして、ゴスペルの無謬性を否定する意見がある。 しかし、バイブルをよく読めば、ルカの記述が完全に正しいことがわかる。
ヨハネ ( John )(イヨアンネス ヨハネス ジョン イワン ヨハン ジャンなど)
福音書記家。 第四ゴスペルの著者。 十二使徒。 洗礼者ヨハネや後世の同名の聖人と区別するために、神学者( the Theologian )、神聖( the Devine )などの称号を伴う。 イエス・キリストの愛の教えに最も忠実だった。 イエスが「可愛がった弟子」とされ、磔刑の時に、母マリアの面倒を託した。 エーゲ海のパトモス島に幽閉されていた経験をもとに、カノンの最後を占める「黙示」を記したという。 力のペテロに対して、愛のヨハネと称される。 エフェソス(トルコ)に墓がある。
黙示録( Revelation )
ギリシャ語では、アポカリプス( Apocalypse )。 ヨハネがパトモス島でガブリエルから受けた啓示。 終末について、詳細に記述している。 全編がメタファー (metaphor 隠喩 ) で貫かれ、エソテリシズム( esotericism 秘教)的性格が強い。 クリスチャンは、信仰が確立しないうちは、読まないほうがよい。 これは、クリスチャンにとってのいわば「踏み絵」だからである。 黙示を読まなくても、キリストと福音を受け入れることは可能であり、パラダイスに行く恩寵を受けるに必要十分である。 むしろ、黙示を読むことで、キリストへの道を踏み外すおそれがある。 歴史的には、成立時から議論があり、カノンとして採用しない宗派もある。
千年王国( ミレニアム Millennium )
黙示によれば、キリストは、再臨して邪悪な勢力を撃破すると、地上に千年とどまる。
そして、殉教者が復活し、キリストとともに、千年の間、王となる。
なぜ殉教者だけが復活して地上で王となるかだが、信仰を守って殺されたことに対する賞賛であろう。
つまり、現世での受難に対する現世での名誉回復である。
キリストの受難と復活に似たことが、殉教者にも起きるわけである。
千年王国は、この世界のほとんど末期の千年に実現することになる。
千年王国については、ヨハネしか語っていないので、カトリックやオーソドックスや多くのプロテスタントでは、教義として認められていないようである。
しかし、異端的ではない。
キリストは、み使いに選びの民を集めさせるから、クリスチャンの中でも選り抜きの者が結集するのは間違いない。
最後の審判 ( Last Judgment )
世界の終わりに、キリストが再臨して悪を弾劾すること。 この審判を生きながらえるのは、クリスチャンだけである。 最後の審判の後、クリスチャンは、天なる国(新しい宇宙)で、キリストとともに、過越しを祝う。 これをキリスト教的過越し (Christian Passover) という。 終末がいつ訪れるかについては、ダニエル( Daniel) がキリストから啓示され、預言している。 それは、キリストが帰天して、 1,290 日から 1,335 日にかけてである。 もっとも、ヨハネによれば、終末は、42ヶ月(1260日)続く。 なお、神にとって 1 日は、 1,000 年すなわちミレニアムである。
終末( End of the World )
世の終り。
すべての被造物の堕落が極まり、機が熟すると、創造主である神は、万物を裁く。
善と悪が類別される。
ヨハネによれば、終末は、次のような経過をたどる。
1. 終末の宣言
四人のセラフィム(熾天使)が、終末の開始を宣言する。
キリスト(神の子羊)が、判決書の巻物の七つの封印を解く。
ケルビム(智天使)がイスラエル民族から神の僕を選別し、その額に印を押す。
天罰の準備が整う。
2. サタンの出現と邪教の興隆、クリスチャンの受難
七人のアークエンジェル(大天使)が、合図のラッパを吹く。
宇宙の3分の1が消滅する。
底知れぬ穴が開かれ、暗黒天使アバドン(アポリュオン)の手下が解き放たれ、人間を苦しめる。
ユーフラテス川のほとりにつながれていた時の天使、日の天使、月の天使、年の天使が解放され、人間の3分の1が殺される。
サタンであるドラゴンが出現し、獣に権威を与え、人類の多くが獣を崇める。
邪教に改宗しないクリスチャンが殺される(最終殉教)。
七人の大天使が改心の最後のチャンスを与える。
3. 神の怒りの爆発と悪の成敗
七人の大天使が神の怒りに満ちた黄金の鉢をぶちまける。
かつてない天変地異が発生し、人類を痛めつける。
ハルマゲドンに邪悪な者が集結する。
キリストに率いられた天なる軍勢が、邪悪な敵を撃破する。
悪の都バビロンが焼かれ、獣が捕らえられ、火の池に投げ込まれ、邪教者は、すべて殺戮される。
4. キリストの再臨と千年王国の樹立
サタンであるドラゴンが、底知れぬ穴に閉じ込められる。
キリストとすべてのクリスチャンが復活し(第一の復活)、千年王国(ミレニアム)が樹立される。
これは、この宇宙における最後の一日、見納めとなる。
5. サタンの解放と滅亡
最後の一日が終わると、サタンが再び解き放たれる。
サタンは、ゴグとマゴグの民を引き連れて千年王国の都を包囲する。
しかし、もはやサタンに勝ち目はない。
天から降る火によって悪の軍勢が、焼き尽くされる。
サタンの一味は、火と硫黄の池に投げ込まれ、永遠の罰を受ける。
6. 宇宙の消滅と最後の審判
天と地すなわち全宇宙が消滅する。
最後の審判が行われ、すべての死者が裁かれる(千年王国に復活したクリスチャンを除く)。
善と悪が峻別され、善には永遠の命が、悪には永遠の罰が、宣告される。
審判の後は、死と地獄(ハデス)さえもが、不要となり、火の池に投げ込まれる(第二の死)。
7. 新たなる天地創造(ジェネシス)と再生、福音の成就と愛の世界の完成
キリストにより新たなる天地が創造され、世界が完成する。
試練に耐えたクリスチャンの聖域(幕屋)として、新たなるエルサレムが与えられる。
神の愛に包まれて、もはや悪も死も存在しない。
至福が永遠に続く。
預言と布教( The Prophecy and The Teaching )
アマルナ時代
強大な神官勢力に業を煮やしたアメンホテプ( Amenhotep ) 4 世は、アテン信仰に改宗し、イクナートン( Ikhnaton )あるいはアケナテン( Akhenaten )と改名し、首都をアケトアテン( Akhetaten )に移して親政を開始した。 ここが現在のエル・アマルナ( el-Amarna )である。 イクナートン政権は、対外的には平和開放政策をとり、外国人を重用したが、旧勢力の反動を招き、わずか 20 年ほどで終わった。 イクナートンの妻がネフェルティティ( Nefertiti )である。
ツタンカーメン( Tutankhamen )
アメンホテプ 4 世(イクナートン)の後継者。 養子であったという。 旧勢力の圧力に押されてアメン (アモン) 信仰に改宗し、首都をテーベに戻した。 彼の死後まもなくクーデタにより第 18 王朝は崩壊し、ラムセス一族による第 19 王朝に取って代わられた。 王名表から名前を抹消されていたために、墓の略奪を免れていたという。 夭折したので、権力闘争の犠牲になったとの説があったが、最近の調査で、暗殺説は、退けられた。
アテン( Aten )
アトン( Aton )とも。 アテンは、太陽のディスクで表現された。 起源は、バビロニアのシャマシュ( Shamash )であろう。 つまりは外来の神であり、エジプトのラー( Ra )とは異なる。 シャマシュも、太陽を表現するディスクとして描かれる。 また、シャマシュのシンボルは、クロスと強く関係している。 シャマシュやアテンの信仰には、オリエントにおけるキリストへの期待が根底にある。 ちなみに、シャマシュ・クロスは、メソポタミアを拠点にするアッシア・カトリック(カルデア・カトリックあるいは東方教会とも)で使用されている。 アテンは、唯一神として歴史上記録に残るものとしては、最古である。 後にモーセのヤーウェの唯一神化にも影響を与えた可能性がある。
ラムセス二世 ( Ramses ? または the Great )
第19王朝の開祖ラムセス 1 世の後継者。 第19王朝は、国粋色が強く、巨大な神殿やモニュメントを造営するために、外国人を隷属化した。 モーセは、ラムセス 2 世の時代に、ユダヤ人を先導してエジプトを脱出したとされる。
ヘブライ人 (Hebrews)
起源は、メソポタミア地方のセム系の部族であったようである。 前 2000 年ごろに、北半球で寒冷化が進んだ結果、ユーラシア大陸の北方にいたインド‐ヨーロッパ語族( Indo-European )がアーリア人( Arian 高貴な人々の意味)として南下した。 この結果、中東で玉突き的に部族の移動が引き起こされたが、おそらくはこの時に、西に移住した。 エル・アマルナ( el-Amarna )で発見されたタブレットの中に、アピル( Apiru )と呼ばれる部族による略奪に困ったカナン地方の領主からの、ファラオに救援を求める内容の手紙があり、このアピルと呼ばれる部族がヘブライ人なのではないかと推測されている。 アピル人は、奴隷としてエジプトに売られたり、罪人として連行されたようである。 ヘブライ人の中のヤコブの一族がイスラエル人と呼ばれるようになる。
ヤコブ-イスラエル ( Jacob-Israel )
イスラエル人の祖ヤコブ。 イスラエル( Israel )は、ヤコブに神が与えた称号。 部族長イサク( Issac )の子。 一族を率いてレヴァントをメソポタミアからカナンへと移動した。 後に、ヨセフがエジプトで成功すると、エジプトに移った。 イスラエル一族は、ナイルデルタ北部に広大な領地を保有したようである。 第 15 、 16 王朝であるヒクソス( Hyksos )王朝の王に、「ヤコブヘル( Yaqob-her )」や「ヤコブアアム( Yaqob-aam )」という名前が見出されるが、「ヤコブ」という名は、セム系の民族によくある名前だったようなので、同一人物ではないであろう。 彼の 12 人の息子から、十二部族(支族)が出た。
イスラエル十二部族
ヤコブの男子のうち、ルベン( Reuben) 、シメオン( Simeon )、ユダ( Judah) 、イッサカル( Issachar) 、ゼブルン( Zebulun) 、ベニヤミン( Benjamin )、ダン( Dan) 、ナフタリ( Naphtali) 、ガド( Gad )およびアシェル( Asher) の 10 名の子孫と、末っ子のヨセフの男子のエフライム( Ephraim )およびマナセ( Manasseh )の 2 名の子孫をいう。 ヤコブの三男のレヴィ( Levi) の子孫は、祭祀をつかさどることができる唯一の部族で、他のイスラエル人と一緒に登録してはならないとされ、別格とされている。
ヨセフ(Joseph)
ヤコブの子。 第 18 王朝の時代に、エジプトに奴隷として売られた。 ファラオに認められ、立身出世して、父ヤコブや兄弟など一族をエジプトに呼び寄せたという。 しかし、ヨセフが死に、第 19 王朝になると、イスラエル一族は、冷遇されたようである。
ユダヤ人(Jews)
ローマがイスラエルを「ユデア( Judea )」と呼んだことに由来する。 ユダ( Judah )の意味。 ユダの名は、「ヤフ( Yahu )のダレト( Dalet ) ヤフの四番」に由来するという。 ユダは、ヤコブの四男だからである。 なお、「ユダヤ人」という言葉は、「ユダヤ教徒(Judaist)」の意味と同義とされる。 しかし、ヤコブ‐イスラエルの子孫たる純粋な「ユダヤ人」は、ギリシャ‐ローマ‐ビザンツ時代に存在した民族であり、ほとんど分散消滅している。 ユダヤ教徒およびユダヤ的な生活に共感するユダヤ的な人々(Jewish People)が存在している。 これらのうち、イスラエル共和国の国籍を有する者が今日の「イスラエル人」であるが、イスラエル人には、クリスチャンやムスリムもいる。
ヤーウェ( Yahweh )
エホバ( Yehovah )とも。 レヴァント( Levant )のセム系の民族に信仰された神の一つ、ヤフ( Yahu )またはヤウ( Yaw )。 しかし、バアル( Baal )やアスタルテ( Astarte )などと異なり、メソポタミア全域で盛大に信仰された形跡がない。 また、歴史も浅いようで、独自の神話もない。 つまり、おそらくは比較的新しい時代の外来の神である。 最初に記録に現れるのは、前 15 世紀のアマルナ・タブレットで、シャス( Shasu )の神として言及されている。 シャスは、イシュマエル人( Ishmaelites )やミデヤン人( Midianites )などの遊牧民のことである。 レヴァントの遊牧民は、商業に従事し、エジプトやパレスチナを巡回した。 つまり、おそらくは商売や旅行の神でもあった。 ヤフの起源は、ミケーネ人( Mycenean )のゼウス( Zeus )と思われる。 ゼウスは、インド‐ヨーロッパ語族の「神( Dyeu )」に由来する。 これが「 Dyeu>Yeu>Yau>Yaw>Yahu>Yahwu>Yahweh 」と音韻的になまったのだろう。 ヤーウェは、シナイ山で、雷や稲妻とともに現れるなど、山岳神あるいは雷神、天空神としての性格が顕著であった。 なお、ギリシャの商業の神といえば、ヘルメス (Hermes) だが、ヘルメスがオリンポスの神として独立したのは、ドーリア人がギリシャを支配する前 12 世紀からである。 前 1500 年ごろには、ミケーネ人は、クレタ島のミノア人( Minoan )を滅ぼし、東地中海の覇権を握っていた。 彼らは、レヴァントと活発に交易した。 当時のギリシャ人にとって、レヴァントは、エチオピア( Ethiopia )だと考えられており、ミケーネ人が貿易に訪れた。 陸路の通商を担ったのが遊牧民なので、彼らは、商取引を通じてミケーネの文化に接していた。 やがて、利害対立の結果であろう、ヤフとバアルとは、激しく対立したが、主神であったバアルに敗れてヤフ信仰は、カルト化した。 ヤーウェ信仰が一神教化したのは、アンチ‐バアル的な性格から、周辺の多神教システムから孤立した結果といえるかもしれない。 モーセは、ミデヤン( Midian )で、ヤフ信仰のカルトに接したようである。 モーセが妻に迎えたチッポラ( Zipporah )の父は、ヤフ・カルトの祭司だったのだろう。 ちなみに、チッポラとは、「小鳥」の意味である。 天空神ヤフと鳥は、関係があったのだろう。 ヤフは、ゼウスであり、本来は山岳神だから、モーセは、エジプトを出るとき、常に火山に導かれ、十戒もシナイ山で受けた。 ヤフ信仰は、圧倒的に優位なバアル信仰からの迫害に対抗して、秘教 (esotericism) として存続し、神の名は、「 YHWH 」あるいは「 YHVH 」の「テトラグラマトン 四文字( Tetragrammaton )」として秘匿されることになった。 キリストは、ヤーウェの商業神としての性格を嫌悪した。 ヤーウェの山岳神としての性格は、希薄になったが、天空神・商業神としての性格は、現代のユダヤ人にも受け継がれている。
テトラグラマトン( Tetragrammaton )
ギリシャ語で、「四文字」の意味。 ヤーウェの名前である「 YHWH 」あるいは「 YHVH 」。
モーセ( Moses )
ユダヤ教の開祖。 ヘブライ人の男子はナイル川に投げ捨てて殺すようにとのファラオの勅命があったが、パピルスのかごに入れてナイル川のほとりに捨てられていたところをファラオの娘に見つけられ、その子供として特別に養われた。 成人してから、同胞が差別されているのに怒り、エジプト人を殺害した。 エジプトからミデヤンの地に逃れて 40 年後、ヤーウェから啓示を受け、エジプトに戻り、イスラエル人をエジプトから連れ出し、約束の地( the Promised Land )へと導いた。 途中シナイ山で十戒を授かった。 旧約の最初の 5 書(創世記 Genesis 、出エジプト記 Exodus 、レヴィ記 Leviticus 、民数記 Numbers 、申命記 Deuteronomy) を「モーセ五書 (Pentateuch)」あるいは「トラー(Torah)」という。
シナイ山 (Mt. Sinai)
モーセが主ヤーウェから十戒を授かった山。 ふもとに聖カタリナ修道院( St. Catherine Monastery )がある。 実際のシナイ山は、現在のエジプトのシナイ半島の山岳地帯のどの山かわからない。 また、「神が火の中にあった」などの火山的な描写から、アラビア半島の別の場所とする見解もある。 シナイ山は、かつては火山であった可能性もあるが、有史以来、噴火した形跡がないからである。 アラビア半島の紅海沿いや、ヨルダンからシリアにかけては、火山が存在し、噴火の証拠もある。 「ホレブ (Horeb) 」という別称があることも、この見解を示唆する。
十戒( Ten Commandments )
モーセがヤーウェから受けた 10 の戒律。 2 枚のタブレットの両面に記された。 最初のタブレットは、イスラエル人が金の子牛を拝むのに激怒したモーセが怒って打ち砕いてしまった。 二度目のタブレットは、啓約のアーク( Ark of the Covenant )に納められたという。
神殿の丘 (Temple Mount)
エブス人の小麦の脱穀場だった場所。 モリヤー (Moriah) とも呼ばれる。 ダヴィデは、サタンにそそのかされ、神の命に背いて、ユダヤ人民の数を数えた。 そのために、神の怒りを買ってしまったので、償いとして、エブス人の土地に、神の家を建てることになった。 エブス人は、ダヴィデに土地を無償で差し出そうとした。 しかし、ダヴィデは、「タダはダメだ」と言って、銀 50 ( 600 )シェケルで、買い取った。 ヤーウェは、ユダヤ人が非ユダヤ人の所有物を無償で神に捧げるのを、厳禁しているからである。 ダヴィデは、神殿の建設を子のソロモンに託して死んだ。 ソロモンは、ダヴィデの遺言に従い、神殿を建立し、啓約のアークを初めとする宝物を奉納した(第一神殿 First Temple )。 第一神殿は、前六世紀に、バビロニアのネブカドネザル 2 世により、破壊され、略奪されて以来、アークは、行方不明である。 第二神殿 (Second Temple) は、アケメネス朝ペルシャの占領下で、再建されたが、ユダヤ戦争で、ローマにより、破壊された。 ビザンツ時代は、ユダヤ教徒は、市内への立入りを禁じられていたので、市外とされていた。 西の壁 (West Wall) は、ローマ‐ビザンツ時代の市の城壁である。 七世紀にイスラム教徒が占拠し、今日に至っている。
サドカイ派( Sadducees )
パリサイ派( Pharisees )
エッセネ派( Essenes )
熱心党
クムラン教団
修道士
ヨセフスによれば、一世紀のユダヤ地方には、多くの修道士がいた。 ヨセフスも、そのうちの一人のもとで、修行したという。 クムラン教団の「義の教師」や洗礼者ヨハネも、こうした修道士の一人だった。
ユダヤ戦争
ローマ帝国に対するユダヤ人の独立闘争。 第一次( 66-70 )、第二次( 132-135 バル・コクバの乱 Bar Kokhba’s revolt )がある。 キトス( Kitos )戦争( 115-117 )を加えることもある。 44 年にヘロデ・アグリッパ( Herod Agrippa )の統治が終わると、ローマは、ユダヤを併合した。 ユダヤの熱心党員ほかのナショナリストは、ローマの支配に対して暴動を起こしたが、鎮圧された。 第二次の後、ユダヤ人は、エルサレムを追放され、ディアスポラ( Diaspora )として離散したというが、実際には、多くが残っていた。 ユダヤ人がパレスチナを組織的に追放されたのは、ビザンツ帝国の時代、特にキリスト教が国教化された 4 世紀末以降と十字軍の時代のことである。
ミノア文明
ミノア人の築いた文明。 ミノア人は、最初に地中海を制覇した海洋貿易民族。 コーカソイド系(ヨーロッパ人)か、オリエントイド(オリエント人)かは不明。 少なくともギリシャ系ではなかったようなので、おそらくは後者だろう。
ミケーネ文明
ミケーネ人の築いた文明。 ミケーネ人は、アカイア人の一派。 ペロポネソス半島のアルゴス平野のミケーネを拠点に、ミノア文明を征服し、海洋貿易の実権を掌握し、それによって得られた富により、ヘレネスを統率した。
海の民(Sea People)
前一二〇〇年前後に、東地中海一帯を襲撃した海賊民族。 エジプトの記録では、多数の民族の連合だった。 その中心は、ギリシャ人で、他の民族を統率していたようである。 トロイ戦争の後、ミケーネ王朝は、内紛のために求心力を失ってしまう。 ギリシャの各国は、遠征による疲弊から、海賊的な略奪行為と征服的な植民活動に活路を見出したと、考えられる。 海の民の攻撃により、地中海沿岸の民族は、大きな打撃を受け、民族的な大変動が引き起こされた。 モーセによるイスラエル人のエクソダスも、こうした時代背景があったからである。
ヘレニズム(Hellenism)
「ヘレネス風」の意味。 ヘレネスとは、「ヘレン(Hellen)の民」の意味。 ヘレンは、大洪水を生き抜いたデウカリオン(Deukalion)の息子で、その子孫から、ギリシャ三部族、ドーリス人、イオニア人、アイオリス人が発したという。 ギリシャは、ラテン語の「グレキア(Grecia)」に由来し、正式には、「ヘレネス(Hellenes)」という。 ヘレニズムは、一般的に、ギリシャの影響を受けた文明や文化を意味するが、特に、東地中海世界における、アレキサンダー大王による東方遠征後から、ローマによる統一までの300年間を、「ヘレニズム時代」という。 もっとも、ローマ人が非常なギリシャびいきだったため、ヘレニズムは、ローマ帝政期にも受け継がれ、キリスト教の普及で異教として退けられた五世紀まで、存続した。 また、中世においても、ヘレニズムは、ビザンツ帝国で残存し、アラブ圏でも研究され、西ヨーロッパに再流入し、ルネサンスとして復興する。 ヘレニズム時代は、キリストの降臨の直前期であり、イスラエル・パレスチナにも、ヘレニズムが強く浸透していた。 よって、キリストの誕生のバックグラウンドには、ヘブライズムと並んで、ヘレニズムがあったと考えられる。
処女神崇拝(Virgin-Goddess)
現在のトルコのエーゲ海沿岸から、黒海沿岸、ギリシャ、イタリアにかけて、コーカソイドいわゆるヨーロッパ系の住民に信仰された女神崇拝。 代表的な女神として、アルテミス(Artemis)、ディアナ(Diana ダイアナ)、アテナ(Athena)などがある。 オリエントでは、女神は、豊穣と多産の神であり、性格的には淫乱で、男神や人間と次々と交わって出産し、世界を多様化・複雑化していく存在とされていた。 その代表が、イシュタル(Ishtar)、アスタルテ(Astarte)、アフロディテ(Aphrodite)、ヴェヌス(Venus ビーナス)の系統の女神である。 このような相反する二系統の女神崇拝が、両立していたが、ヘレニズムにおいて処女神崇拝が、より優越的に広範化した。
冥界神崇拝
古代のギリシャ人は、死後の世界の存在を信じてはいた。 それは、死ぬと、「幸福の島(マカロン・ネソイ Makaron Nesoi)」あるいはエリュシオン(Elysion エリジウム Elysium)の野で、何一つ不自由なく幸せに暮らすというもので、どちらかというと、来世は、現世の延長であり、現世に対して、来世というものがより上位の世界であるというものではなかった。 しかし、ヘレニズム期になると、来世が独自の存在意義を強め、現世を背後から支配しているという信仰が生じた。 そして、冥界の支配者は、ハデス(Hades)あるいはプルートン(Pluton)という男神だったが、時代とともに形骸化し、大地母神が支配する世界に変質した。
大地母神崇拝
母なる大地の女神が冥界の支配者だという信仰。 元来、大地は、ガイア(Gaia)と呼ばれる女神だったが、具体性を欠いていた。 豊穣の女神であるデメテル(Demeter)が、娘ペルセポネ(Persephone)をハデスにさらわれて冥界に探し求めに行くという縁起によって、冥界と関連づけられ、次第に冥界の支配者としての地位を確立していった。 デメテルは、エジプトのイシスと同一視され、冥界のみならず、万物の支配者に祭り上げられた。 大地母神崇拝の中心が、ギリシャのエレウシス(Eleusis)だった。
両性具有神崇拝
男神と女神、あるいは神々と人間との結婚と繁殖による形成という世界観に対して、単一の両性神が単独で世界を形成していくという発想が、ヘレニズム期に生まれた。 豊穣の女神の聖婚と出産による世界創造という神話から、両性具有神による単独の世界創造という説明への脱却である。 ヘルメスとアフロディテが合体したヘルマプロディトス(Hermaphroditos)やプトレマイオス朝が祭ったセラピス(Serapis)、オルフェウス教のミセ(Mise)が、代表である。
自然神崇拝
古代では、人類は、今日でも、多くの場所で見られるように、みな自然を崇拝した。 しかし、古代のギリシャ人は、自然を理不尽なものとしてではなく、元素的で機械的なものとして、観察した。 ヘレニズム時代になると、ギリシャ人は、自然を、単一的で有機的な存在と考えるようになり、単一の神性であるパーン(すべて)を想像した。
牧歌主義
ヒツジ飼いを中心に展開する物語、詩文を、牧歌という。 最初にヒツジ飼いを特別視したのは、バビロニアだった。 バビロニアの遊牧部族は、ウシやブタを飼育する農耕民を軽蔑していた。 この世で、ヒツジほど有益な家畜はない。 おとなしくて従順で、飼育しやすく、多産で、すぐに増えるし、ヤギやブタやウシに比べてずっと少食である。 毛皮は、衣料になり、肉は、食用になり、乳は、チーズになり、無駄にならない。 オリエントのような過酷な乾燥地帯での遊牧には打ってつけだった。 遊牧民の族長は、なによりも「よきヒツジ飼い」であることが求められ、そう評価されることが、最高の名誉でもあった。 ヒツジは、富のシンボルでもあり、多くのヒツジを飼う者は、遊牧民の支配者となった。 このようなオリエントあるいはバビロニアにおけるヒツジ飼い信奉は、ヨーロッパにも伝わった。 ヘレニズム時代には、バビロニア・カルデアのヒツジ飼いに、ゾロアスター教のマギの占星術師の性格も付与された。
ピタゴラス主義(Pythagoreanism)
ピタゴラスが創始した哲学。 ピタゴラスは、哲学という言葉を、最初に用いたという。 最初の客観的観念論である。
プラトニズム(Platonism)
プラトンが創始した哲学。 イデア論が中心である。 イデア論は、観念的な事象の実在性を認める客観的観念論である。 プラトンは、晩年には、単神論に近づいていた。
形而上学(Metaphysics)
アリストテレス(Aristotle)が創始した分野。 物質世界の現象を探求する形而下学に対して、精神世界(イデア界)を研究対象とする。 アリストテレスは、神を唯一の自体的思惟(Thinking Itself)ととらえ、形而上学的に、単神論に到達した。
ローマの平和(Pax Romana)
パックス・ロマーナ。 ローマ帝国が地中海世界を統一していた前一世紀から五世紀までをいう。 特にローマの全盛時代である一世紀から三世紀まで。 キリストが生まれ、教会の基礎が完成された時代でもある。
世界帝国(World Empire)
人種、民族、生活習慣、伝統、信仰、言語など文明文化の異なるグループを包括的かつ統一的に統治する地域国家、すなわち世界国家(Cosmopolis)。 都市国家、領土国家の発展形態だが、単に政治的、経済的な一体性にとどまらず、理念的な一体性のもとに、特別な同胞意識が存在するのが、独自の特徴である。 したがって、バビロニア、エジプト、アッシリア、ペルシャなどのオリエント帝国は、理念的な統一性を欠くので、世界帝国ではなかった。 最初の世界帝国は、アレクサンダー大王によって建設されたヘレニズム帝国だった。 ヘレニズム帝国は、領土的には、ギリシャ貿易圏およびペルシャ帝国を継承したが、理念的には、ギリシャ-マケドニアの価値観を主柱にしていた。 ヘレニズム帝国は、アレクサンダーの死によって瓦解したが、その理想は、ローマに受け継がれた。 ローマは、ローマ市民権を拡張することで、理念的な統一世界すなわちユニバースを形成することに成功した。 ローマの理念は、キリスト教を理念的な中核とするビザンツ帝国に受け継がれた。 オリエントでは、イスラム教の成立によって、アラブ(サラセン)帝国が世界帝国となった。 ヨーロッパでは、ゲルマン人は、中央集権的な統治に対して反発があるので、世界帝国を形成することができなかった。 ナポレオン帝国や第三帝国は、強圧的な軍事的支配による統一で、同胞意識が生まれなかった。 ヨーロッパ連合(EU)は、成功すれば、ヨーロッパにおける最初の世界帝国になりうるが、前途は、多難であろう。 ユーラシアにも、広大な帝国が出現したが、理念的なコアがなかったので、世界帝国ではない。 旧ソビエト連邦や中華人民共和国は、マルキシズムあるいは共産主義(スターリニズム、毛主義)をコアとする世界帝国でもある。 今日では、世界帝国に対する期待は、かつてほど大きくはない。 なぜなら、世界帝国は、中央集権的にならざるをえないが、そのような強力な政府に対する需要がないからである。
使徒 (Apostle)
主イエス・キリストが選んだ 12 人を特に十二使徒 (Twelve Apostles)という。 彼らに付き従った者も含めることがあるが、通常は十二使徒を指す。
こうして、まず福音がすべての民族に宣教されなければならない。(マル 13:10)
ペテロ (Peter) (ペトロス、ペテルス、ピーター、ピョートル、ペトロ、ペーター、ペテルなど)
本名は、シモン (Simon) 。 ペテロとは、「岩」の意味である。 キリストがつけたあだ名が、固有名詞になった。 イエス・キリストの最初の弟子。 一途で、腕力があり、勇猛だった。 使徒の中の筆頭であり、キリストから教会を建て、信者を養うよう命じられた。 ローマで殉教。 キリストと同じ十字架では畏れ多いと、自ら望んで逆さ十字により処刑されたという。 ローマ・カトリック教会の初代法王(教皇)。 天国への鍵を身に着けている。 ヴァチカンのサン・ピエトロは、ペテロの墓の上に建つ。
ローマ法王 (Pope)
聖ペテロの後継者の称号。 「父」の意味で、「パパ( Papa )」と呼ばれる。 世界に 10 億人といわれるカトリック信者の最高指導者。 中世のヨーロッパでは、政治的にも最高権力者であるべきとされたが、絶対君主制の確立にともない、世俗権力との軋轢を引き起こした。 今日では、多くの国で政教分離がとられているので、直接の発言力はない。 しかし、カトリック教徒に与える精神的影響は、依然として絶大である。 日本で、キリスト教が禁止されたのは、法王の権力が及ぶのを恐れてのことではなかったかとも考えられる。 なお、日本では、訳語として、「法王」と「教皇」の二つがあるが、公的な文書や報道では、現時点では、「法王」が用いられている。
アンデレ (Andrew)
ペテロの弟。 ペテロとともに、カペナウム (Capernaum) の猟師だった。 ブリタニア(イギリス、アイルランド)に布教して殉教したという。
ヤコブ ( James ゼベダイの子 Son of Zebedee )
ヨハネの兄。 タダイの兄のヤコブと区別するため、大ヤコブという。 キリストは、ヤコブとヨハネの兄弟を「ボアネルゲ( Boanerges カミナリの子)」と呼んだ。 イスパニア(スペイン)に布教して殉教したという。
ピリポ (philip)
トルコのヒエラポリス(パムッカレの入口の町)に、墓がある。
バルトロマイ (Bartholomew)
アルメニアに布教して殉教したという。
トマス (Thomas)
デドモ(双子)。 話を聞いただけでは、キリストの復活を信じなかったので、キリストがみずからロンギヌス (Longinus) が槍で刺した脇腹の傷跡を示した。 そのため、「疑う人( The Doubter )」というやや不名誉な称号がある。 インドに布教して殉教したという。
小ヤコブ
アルパヨの子( Son of Alpheus )。
タダイ (Thaddeus)
名は、レベアス( Lebbeus )。 ペルシャに布教して殉教したという。
シモン ( Simon )
熱心党員。 「 KJV 」では、「カナン人 (Canaanite) 」。
イスカリオテのユダ ( Judas Iscariot )
銀貨 30 枚で、キリストを司直に売った。 後悔したが、時すでに遅く、首をくくって自殺した。
マッテヤ (Matthias)
クジにあたり、イスカリオテのユダの代わりに、十二使徒に加えられた。
パウロ ( Paul )
本名は、サウロ( Saul )。 パリサイ派の実力者としてクリスチャンを迫害した。 キリストの光線に打たれて改心した。
使徒教父 ( Apostolic Church Fathers )
十二使徒および広義の使徒の直接の弟子。 福音書記家のルカやマルコ、サウロことパウロらは、広義の使徒に加えられ、使徒教父とは言わない。 教会の権威を高めたイグナティウス (Ignatius) 、ヨハネの弟子だったポリカルポス (Polycarp) など。
教父 ( Church Fathers )
二世紀の半ばから五世紀にかけて、キリスト教の教義の確立に寄与した者たち。 ギリシャ哲学に造詣が深く、神学の形成に貢献した。 グノーシス派を論破したエレナイウス( Irenaeus )、トリニティを集大成したアタナシウス (Athanasius) 、キリスト教の国教化に尽力したクリソストムス (Chrysostomus Chrysostom) 、バイブルをラテン語訳したヒエロニムス (Hieronymus ジェローム Jerome) 、教父哲学を完成したアウグスティヌス (Augustinus オーガスチン Augunstine) など。
クリスチャン迫害
ローマ帝国当局がキリスト教を毛嫌いしたのは、クリスチャンが皇帝崇拝をかたくなに拒絶したからだと言われている。
キリストを神とは認めなかった当局にとって、キリスト崇拝は、皇帝に対する侮辱あるいは体制批判とみなしたのだろう。
また、聖餐(アガペー)の儀式は、ワインを用いて行われたが、ローマでは、ディオニュソス(バッカス)崇拝は、風紀を乱すとして禁じられており、乱交や生贄が行われているといった中傷もあったかもしれない。
帝国には、各地にユダヤ人もいたが、熱心党員などのファンダメンタリストを除いては、表向きは皇帝に忠誠を示していたので、迫害を免れていたようである。
むしろ、キリスト教の初期には、ユダヤ教徒(パリサイ派とサドカイ派)にとって、クリスチャンは、激しい憎悪の対象となっており、迫害を支持していたのかもしれない。
公式な迫害は、ネロ帝によって開始された。
ネロは、自己の神格化に熱心だった。
その後、迫害は、二、三世紀にかけて断続的に続けられ、内容もエスカレートした。
コロッセウムで、トラやライオンに食わせる残酷なショーもあった。
聖イグナチウスも、コロッセオで猛獣の餌にされたという。
しかし、これほどまで残虐な迫害が繰り広げられたにもかかわらず、帝国で、高貴な階級にもキリスト教が浸透していったのは、不思議でもある。
日本では、徳川初期の激しい迫害により、少なくとも支配階級では、クリスチャンは、絶えてしまった。
この違いは、日本では、江戸時代に社会的な安定と繁栄が保障されたからであろう。
ローマ帝国は、ゲルマン人やパルティア人との戦いで疲弊し、政治的にも経済的にも混乱し、崩壊しつつあった。
殉教 (Martyrdom)
信仰を守るために死ぬこと。 キリストの磔も一つの殉教で、クリスチャンのあるべき姿を示す鑑である。 ローマ帝国による迫害や既存の宗教との軋轢のもとで、十二使徒、使徒、使徒教父、初期教父ら多くのクリスチャンが殉教した。 信仰に殉ずることは、クリスチャンにとって、最高の使命であり、名誉である。 世の終りにも、最後のクリスチャンは、すべて殉教しなければならないとされる(最終殉教 Final Martyrdom )。 殉教者 (Martyr) には、永遠の恩寵が保証され、棄教者には、永遠の刑罰が確定する。 パリ (Paris) のモンマルトル (Montmartre) は、聖ドニ (Deni ディオニュシオス Dionysius) の「殉教の丘」である。
ディオクレティアヌス帝
ローマ帝国史上、最後にして最大のキリスト教迫害を行った。 しかし、野望は挫折し、引退に追い込まれた。
ミラノ勅令 (Milan Edict)
三一三年、コンスタンティヌス大帝により発されたとされる詔勅。
実際に詔勅という形で発布されたという確証はない。
また、伝えられる記録では、キリスト教のみならず、ユダヤ教なども含めてすべての宗教の信仰の自由を許すという内容である。
しかし、コンスタンティヌスの念頭に、キリスト教があったのは疑いようもない。
ローマ帝国は、急速にキリスト教化されていき、ヨーロッパ文明の方向性を決定づけた。
キリスト教の公認以降のローマ帝国をビザンツ帝国という。
帝国の政治機能がローマからビザンチウム(コンスタンティノポリス)に移されていったからである。
また、アレクサンドリア、エルサレム、アンチオキヤ、コンスタンティノポリス、ローマの 5 つの教会に、総主教が置かれたが、ビザンツ皇帝は、政治的のみならず、宗教的にも、総主教の任命権を有した。
ローマ教会は、ビザンツ皇帝を頂点とする教会からの独立性を強めていき、やがて分離することになる。
コンスタンティヌス大帝 ( Constantinus Magnus Constantine the Great )
三一二年、帝国の覇権をかけた戦いを前に、太陽に輝くクロスを見たという。 ローマの北、ティベル川に架かるミルウィオ橋での戦いで、数で圧倒的なマクセンティウス軍を撃破し、ローマに凱旋した。 死の床で受洗した。 遺体は、ハギア・ソフィア( Hagia Sophia アヤ・ソフィヤ)に葬られたはずである。 コンスタンティヌス大帝とシャルルマーニュ(カール大帝)は、ヨーロッパのキリスト教界( Christendom )の確立と防衛の最大の功労者と考えられている。
ラバルム ( Labarum )
コンスタンティヌス大帝がキリストに感謝するために作らせたという黄金のエンブレム。 キリストのイニシャルである「キー・ロー(ΧΡ)」をかたどったもので、以後ビザンツ皇帝の軍旗となった。
ユスティニアヌス大帝 ( Justinianus Magnus Justinian the Great )
六世紀のビザンツ皇帝。 ビザンツ帝国中興の祖。 今日のハギア・ソフィアを再建した。 皇后のテオドラ (Theodora) は、猛獣使いの娘で、娼婦だったという。
修道院 ( Monastery )
「独居」の意味。 エジプトやシリアでは、荒野で修道生活をするスタイルがあった。 ヨーロッパでは、聖ベネディクトゥス(ベネディクト Benedict )が六世紀に創始したモンテカッシーノ( Montecassino )の修道院が嚆矢だとされる。 後に、尼僧院( Nunnery )も発展した。
修道会 ( Order )
修道院の運営母体。 修道院が組織化されて発展した。 尼僧院の運営母体は、尼僧会( Convent )という。
十字軍 ( Crusade )
ヨーロッパのキリスト教界による、聖地奪回のための遠征。 十字軍の直接の引き金になったのは、1009年に、エジプト・ファーティマ朝による聖墳墓教会の破壊である。 アル・ハキムによる暴力行為は、ヨーロッパ社会にイスラム教界(アラブ)に対する恐怖と憎悪を募らせた。 第一回は、一〇九九年にエルサレムを攻略し、エルサレム王国を樹立した。 一二〇四年の第四回は、地中海貿易を独占しようとするヴェネチアの陰謀により、コンスタンティノープルを略奪した。
騎士 ( Knight )
騎士は、「キャバリエ( Cavalier )」ともいう。 十字軍熱の高まりとともに、騎士になることが、理想とされるようになった。 ローマ法王に忠誠を誓い、独身を貫き、信仰に生きる反面、剣術や馬術にも秀で、レディ( Lady )への純愛に身を捧げるというものである。 レディは、高貴な貴婦人が通常で、現実的な色恋というよりは、恋愛ごっこである。 騎士の活躍は、詩や文学で、聖杯伝説と結びつけられたりして、騎士道( chivalry )として理想化された。 現実には、騎士には、無頼漢や与太者や流れ者が多かったことから、一種のピカレスクとしての人気もあった。
聖杯 ( Holy Grail )
キリストが最後の晩餐で使った杯、または、磔にされたキリストの血を受けたとされる杯。 アリマテヤのヨセフ( Joseph Arimathea )がブリタニアにもたらしたとされ、アーサー王( King Auther )伝説と結びつけられた。 聖杯のほかにも、磔にされたキリストを刺したロンギヌスの槍( Holy Spear 聖槍)、キリストが身にまとっていた衣(聖衣)が聖遺物の代表である。 聖遺物は、王侯貴族にとって、永遠の繁栄を約束するものとされ、十字軍遠征の大きなモチーフだった。
アーサー王 (King Arthur)
五世紀末に、イギリス(ブリトン人)の王だったとされる人物。 中世において、聖杯伝説と結びつけられ、現代にいたるまで語り継がれる。 彼の実在性を肯定する説によれば、アーサー王は、?五世紀に、ローマ帝国がブリタニアを放棄して撤退した後に、クリスチャンであるブリトン人の王あるいは指導者だった、?ローマ人の撤退とともに大陸から侵入したアングロ・サクソン人と戦った、?臣下の裏切りによって悲劇的な最期を遂げた、という。
ブリトン人 (Britons)
イギリス(ブリタニア)南部からフランスはブルターニュ地方にかけて住んでいたガリア人(ケルト人)。 ローマ帝国の支配のもとで、ローマ文化を取りこみ、ローマ人との混血も進んだようである。 ローマ人とともにキリスト教化し、アングロ・サクソン人の侵略に激しく抵抗したという。 アーサー王伝説が騎士文学の代表とされるのも、異教徒と戦ったという点があったためである。 アングロ・サクソン人のキリスト教化と支配体制の確立により、吸収された。
騎士団 ( Military Order )
直訳すると、「軍事修道会」である。 修道会のメンバーが騎士( Knight )すなわち兵士であるものをいう。 法王直属の武装修道会という位置づけである。 テンプル騎士団、ヨハネ騎士団、ドイツ騎士団のほか、小規模の騎士団もあった。 今日では、世俗的な騎士団が多数ある。
テンプル騎士団 (The Knights Templars)
聖地の防衛を任務に結成された。 十字軍時代を通じて急速に成長し、莫大な領地と財宝を得た。 一三一二年に、フランス王フィリップ 4 世により廃止された。 その理由としては、王権と法王権との確執、異端の嫌疑、騎士団の財産などがあったとされる。
ホスピタル騎士団 ( The Order of Hospitallers )
聖地巡礼者のための護衛、送金、医療業務に携わった。 聖ヨハネ騎士団( The Hospitallers of St. John of Jerusalem )とも。 聖地が陥落した後も、キプロス、ロードスなどを拠点に、活動した。 マルタ島に拠点を移してからは、マルタ騎士団( Knights of Malta )とも。 ナポレオンにマルタ島を奪われたが、現在は、ローマに拠点を移し、活動している。
ドイツ騎士団 ( Teutonic Order チュートン騎士団)
一一九九年に、ドイツで公認された。 ホスピタル騎士団をモデルに誕生したが、北方の開拓と宣教が主目的となった。 現在も、チャリティを中心に、活動している。
宗教改革 ( Reformation )
歴史的には、一五一七年、ルター( Luther )の「九十五カ条」をもって改革の開始とされる。 カトリック教会のあり方に対する批判( Protestantism )であったが、世俗的な階級闘争と結びついて、戦争や混乱を引き起こした。 プロテスタント( Protestants )の宗派が、カトリックから離反した。
対抗改革 (Counter-Reformation)
カトリック教会が宗教改革に対抗して行った内部改革。
原理主義 (Fundamentalism Fundamentalists)
教義、経典に忠実であろうとする立場。 しばしば過激派と混同されるが、多くの原理主義者は、過激主義を容認していない。
過激派 (Extremism Extremists)
原理主義のうち、暴力や破壊活動を最優先の手段として、自己の主張を実現しようとする立場。
聖戦 (Holy war)
キリスト教では、福音的に正当な戦争。
本来は、福音の原理は、愛なので、争いを含まないはずだが、被造物の世界では、福音が成就する終末までは、争いも避けられない。
つまり、福音を無視し否定する勢力が存在するかぎり、福音は、未成就なので、現世では、福音的な者と反福音的な者の対立と闘争は、不可避である。
キリスト教では、戦争の大義としては、三つある。
一つは、福音(神の法)である。
福音的に正しい戦争を一般的に聖戦という。
次に、法(人間の法)である。
人間が決めたルールに従ってなされることで、正当性が担保される。
最後に、利益である。
国や民族の利益のための戦争は、少なくともその国や民族にとっては、正当化される。
第一の基準は、宗教的な基準であり、第二と第三の基準は、世俗的な基準である。
優先順位は、福音、法、利益の順になる。
したがって、戦争には、八つある。
キリスト教では、無条件な聖戦は、キリストおよびその意向を受けた天なる存在(天使など)にのみ、許される。
たとえば、キリストは、再臨するにあたり、邪悪な軍勢を打ち負かす。
福音は、どんな法にも利益にも優越するので、いかなる意味においても正しく、いかなる被造物も、あらがうことはできない。
無条件な聖戦は、法的、利益的な評価を超越している。
しかるに、人間には、条件付きでしか、聖戦の権限は、与えられていない。
クリスチャンが信仰を守るために行う、反福音的な宗派やアンチキリスト教的な勢力に対する、防衛的な戦争である。
キリスト教は、無抵抗主義ではない。
クリスチャンが福音を自己否定することは決してない。
それでは、信仰の放棄であり、啓約の放棄だからである。
イエスは、「敵を愛せ」と教えたが、「敵」には、反福音的な者は、含まれない。
つまり、サタンや悪魔とその仲間を愛してはならない。
次に、福音的には正しくないが、法的・利益的には正しいかもしれない戦争がある。
たとえば、クリスチャンのクリスチャンの侵略者に対する防衛や占領からの独立のための戦争である。
カトリックとプロテスタントによる対立は、クリスチャン同士の闘争であり、反福音的であるが、法的、利益的には、正当化された。
これらは、「正戦 ( Just war ) 」とも呼ばれる。
法的あるいは利益的には、防衛や独立は、国家や民族にとって、当然の権利だからである。
福音的には罪ではあるが、許されうるものであって、贖罪の機会を失わない。
正戦は、人間の罪深さを示す。
最後に、福音的にも、法的にも、正しくない戦争がある。
たとえば、侵略や略奪や搾取のためのビジネスとしての戦争である。
クリスチャンも、ムスリムも、このような戦争と無縁ではなかった。
戦争は、ないに越したことはない。
しかし、するからには、勝たなければならない。
戦うのは罪だが、負るのはなお罪だからである。
難しいのは、相手が聖戦を主張する場合に、いかに対処するか、である。
このような戦争に対抗すべきか否かは、相手の主張によってではなく、あくまで主体的に決定すべきである。
つまり、相手が聖戦を主張しようがしまいが、いかなる対抗手段をとるかは、自主的な判断である。
なお、戦争にいかなる実力が含まれるかについては、福音ではなにも定めがない。
キリシタン(切支丹)
キリスト教またはキリスト教徒(キリスト者)の古名(ポルトガル語の「クリスタン」から)。 16世紀半ばにフランシスコ・ザビエルらによってカトリックが伝えられた。 (イエズス会) 数十年でキリスト教は、九州を中心に日本全国に広まった。 (キリシタン大名) しかし、16世紀末に豊臣政権によってキリスト教への弾圧が始まった。 (伴天連追放令、二十六聖人殉教) 徳川政権によってキリスト教は、正式に禁止された。 (禁教令) 島原の乱以後には、迫害が激化し、明治時代まで続いた。 (宗門改) およそ300年間、キリスト教徒は、摘発され、拷問で棄教を強制され、半分以上が殉教した。 (くずれ) この長く過酷な迫害は、ローマ帝国時代の迫害に匹敵する。 殉教者は、真に高貴で勇敢な大和魂の持ち主だった。
一方、表向きは棄教し仏教徒を装いながら、密かに信仰を守った者たちも少なからずいた。 (隠れキリシタン) 明治時代になってキリスト教が公認されると、隠れキリシタンの多くは、カトリックに復帰した。 神道や仏教と習合してキリスト教に戻れなくなった者たちもいた。 (離れキリシタン) 今日では、迫害時代の隠れキリシタンとその後の離れキリシタンの両方が「キリシタン」と呼ばれる。 キリシタン文化は、日本でもあまり知られておらず、今後の研究が待たれる。
殉教者バスチャン
長崎の隠れキリシタンが信仰を保てたのは、偉大な伝道者、預言者にして殉教者バスチャン(?−c.1660)のおかげだった。
バスチャン(洗礼名セバスチャン)は、島原の乱後のキリシタン狩りの時代に、山奥に身を潜めながら、信徒を励まし、信仰を伝えた。
バスチャンの予言は、
一. お前たちを七代までは、わが子とみなすが、それから後はアニマ(霊魂)の助かりが困難となる。
二.コンヘソーロ(告白を聞く神父)が、大きな黒船に乗ってやって来る。
毎週でも、コンヒソン(告白)が出来る。
三.どこでも、大声でキリシタンの歌を歌って歩ける時代が来る。
四.道でゼンチョ(異教徒)に出会うと、先方が道を譲るようになる。
だった。
7代(250年)後にキリストへの信仰が許され、外国から神父が来て大っぴらに神を賛美することができるようになり、やがて日本も福音化されると予言されている。
これにより、キリシタンは励まされ、信仰を守り抜いた。
悪魔と異端( The Devils and The Heresies )
サタン( Satan )
悪魔のボスと考えられている。 「サタン」の語源は、「歯向かう者」だという。 その正体は、堕落した「天の精霊」である。 この天は、被造物としての天空(エーテル Ether)または宇宙であって、パラダイスとしての天(Heaven)とは異なる。 パラダイスとしての天は、神の領域であって、神とは、不可分一体であるから、堕落しない。 この「天」は、「精霊」としての天であり、中国や日本では、「気」と表現される。 精霊も、意思を持つので、堕落する。 黙示では、「竜(ドラゴン)」と表現されている。 もっとも、これは、あくまでメタファーにすぎない。
ドラゴン( Dragon 竜 )
原型は、ワニである。
ワニは、幼虫であって、成虫になって空を飛ぶと、昔は考えられたようである。
キリスト教が広まったヨーロッパでは、悪魔のシンボルとして嫌悪されたが、インド、中国、日本などアジアでは、聖獣とされた。
日本や中国では、干支(えと)というカレンダーがあり、辰年に生まれると、名前に「竜、辰」などを入れることがあるが、クリスチャンは、避けるべきである。
もっとも、親にそのような名前を付けられても、キリスト教に帰依するにはなんの問題もない。
ヨーロッパでも、一部でドラゴンをよき生き物とする傾向がある。
これは、アジアから移り住んだサルマタイ(サウロマタイ、サルマート)人やマジャール人などの伝説の影響であろう。
ルシファー( Lucifer )
光の精霊ヘレル( Helel )が堕落したもの。 ヘレルは、自分より輝く者を憎む。 だから、被造物の分際で、創造主たるキリストを憎悪している。 「最も輝かしい者に最も用心しろ」という格言がある。 「光=善、闇=悪」という二分法は、正確ではない。 光にも、闇にも、善と悪があるから、現実は、難しい。 なお、「ルシファー( Lucifer 輝く明けの明星)」という称号は、ガブリエルの称号が後世にヘレルと混同されたものである。 つまり、ルシファーは、本当は悪魔ではない。
精霊( Spirit, Ghost )
単に「霊」とも。
意思を有する観念的な被造物。
被造物には、物質的なものと非物質的なものがある。
さらに、被造物には、意思を有するものと意思を有しないものがある。
物質的な被造物には、自然などのように意思を持たない被造物と、人間のように意思を持つ被造物がある。
意思とは、神と契約を交わすに足る能力であって、地球には人間にのみある。
なお、宇宙には、ほかにも意思を有する高等生物が存在している。
しかし、神と契約したのは、人間だけである。
非物質的な被造物には、観念( idea )、概念( conception )、空想( imagination )などとも呼ばれる、意思を持たない被造物と、意思を持つ精霊とがある。
人間が脳によって観念し想像するものは、すべて神が創造したものであり、プラトンが指摘したように、人間は、なにかを思いつくのは、なにかを思い出すことであり、神が創造した観念を探し当てることにほかならない。
精霊は、物質的な被造物に対応して創造された。
神や天使が物質に対して思考的に影響を与えるためである。
精霊は、物質に対応して存在し、また、物質を超えて存在するので、物質的な被造物よりはるかに多いと考えられる。
観念的な被造物も、思考を通じて物資的な被造物に関与する。
たとえば、思考の主体が、よき観念を抱けばよくなり、悪しき観念を抱けば悪くなる。
神がその万能ゆえに観念化した存在が、聖霊( Holy Spirit, Holy Ghost )であり、聖霊がマリヤの思考に入ることによって、マリヤを懐妊させたが、このメカニズムを生理的に説明するのは困難で、奇跡と呼ぶにふさわしい。
また、意思を持たない観念や物質は、精霊によって、変化しうる。
たとえば、ある物質 A が存在すれば、その物質の観念 a が存在する。
そして、観念 a が存在すれば、精霊 #a が存在する。
この精霊#aは、意思を有するが、観念 a を通じて、物質 A の物理構造に影響する。
たとえば、精霊 #a を #a' に変化させると、観念 a も a' に変化し、物質 A も A' に変化しうる。
さらに、精霊 #a を #b に変化させると、観念 a も b に変化し、物質 A も まったく別の物質 B に変化しうる。
キリストが水をワインに変えたのは、この原理を使ったものである。
すなわち、水の精霊をワインの精霊に置き換えることで、水がワインに変じた。
また、キリストがガリラヤ湖の上を歩けたのは、水の性質を、水の精霊を操ることで、一時的に水の性質を変化させた(凍らせたのではない)からである。
もっとも、このように精霊を自在に変化させたり、置き換えたりすることができるのは、神と大天使(アークエンジェル)と呼ばれる天使にしかできない。
精霊は、しばしば霊魂( Soul )と混同される。
しかし、霊魂は、物質であって、ただ、通常の感覚では、知覚できないだけで、観念的存在ではない。
生命体は、霊魂と肉体が結合したものであって、クリスチャンの霊魂は、肉体を失うと、天使によって天国に導かれる。
キリスト教では、いわゆる幽霊は、なんらかの理由で天国に導かれない霊魂であって、空間をさまよい、いずれ、新たな肉体に入るか、地獄へ堕ちるかである。
霊魂が不滅だというのは、このような輪廻転生を意味するが、これは、本当の意味での不滅ではない。
なぜなら、終末には、霊魂も、被造物として裁かれるからである。
霊魂は、昇天して初めて永遠に不滅になる。
命が改まる、あるいは、再生とは、霊魂が創造主の領域すなわちパラダイスに至り、生まれ変わることである。
精霊は、また、「神」とも混同される。
古代では、精霊が神と混同された結果、多神教が主流であった。
創造主である唯一なる神を認識することができなかったからである。
さらに、精霊の中で、神や妖精などがあると、考えられた。
このため、多神教の神話は、複雑で矛盾に満ち、わかりにくい。
また、精霊は、天使とも異なる。
天使は、観念と物質の中間的な被造物である。
なぜならば、天使は、神の意向を被造物の世界にくまなく反映させなければならないので、物質と非物質の双方を自在に行き来しなければならないからである。
だから、天使は、肉体を持つことも持たないことも可能であり、精霊と異なり、思考を通じてのみならず、直接に物質に働きかけることもできる。
精霊は、中国では、「気」と呼ばれて、それを操る業を「気功」という。
これは、思考を通じて霊魂や肉体の健康状態を向上させるもので、精霊の働きを活用したものである。
よき信仰を持つことで、霊魂や肉体の状態がよくなるのも、広い意味での精霊の作用である。
キリストや使徒が病人を癒したのも、聖霊の働きを活用したのである。
神や天使にはとうてい及ばないが、人間も、精霊を通じて物体に影響を与えることができる。
たとえば、熟練の金細工職人は、金の精霊に働きかけることで、優れた細工を施すことができる。
これは、単に技術的なものではなく、精神的な作用の結果である。
古代のケルト人は、とりわけこの業にたけていた。
精霊は、通常は、神や天使の思考によって作用するが、精霊も、意思があるので、堕落することがある。
堕落した精霊は、堕落した天使と同様に、邪悪な被造物となる。
したがって、悪魔には、天使が堕落したもの、精霊が堕落したもの、人間が堕落したもの、の三つある。
文学では、サタンやルシファー(ヘレル)は、堕天使であると描かれているが、本当は堕落した精霊である。
悪霊
サタンや悪魔に犯され、あるいはとりつかれて堕落した精霊。 「汚れ霊」、あるいは単に「穢れ(けがれ)」とも。 サタンや悪魔そのものをひっくるめて「悪霊」と呼ぶのは、間違い。 サタンや悪魔は、不信仰や無信仰につけこみ、精霊を侵食する。 精霊は、悪霊になってしまうと、天国には行けないので、人の死後も現世をさまよう。 そして、悪霊が健全な霊にとりつくこともある。 悪霊は、十字架や教会を嫌がる。
悪魔ばらい
とりついたサタンや悪魔や悪霊を精霊から取り除くこと。
つまり、悪霊の浄化。
「除霊」や「悪霊ばらい」は、悪霊がとりついた場合だが、しばしば混同される。
キリストは、悪霊を豚に乗り移らせてはらった。
キリストが十二使徒に汚れた霊に対抗する力を与えたことから、聖職者には必須の能力である。
つまり、聖職者は、みなエクソシストである。
当然、よい聖職者ほど、強力な悪魔ばらいの力が与えられる。
ただし、この力は、キリストに由来する外的なもので、個人の内的なものではない。
信仰が弱まれば、この力も弱まる。
聖職者でなくても、まれに悪魔をはらうことができる。
エクソシズムは、20世紀に医学や心理学の進歩で衰退した。
しかし、近年、再評価され、カトリックや正教やプロテスタントでも実践されている。
666 ( Χξ* キー・クシー・エクシー )
ギリシャ語では、文字で数字を表した。
「 χ(600) 」、「 ξ(60) 」、「ς (6) 」である。
「6、6、6 (3つの6)」だと誤解されることがあるが、あくまで、「666 (六百六十六)」である。
黙示で、海から現れる獣( 10 本の角に 10 の冠があり、 7 つの頭を持ち、ヒョウ(レパード)に似た姿をしている。)の名を表す数字で、「人間の数字 (The number of a man) 」だという。
世の終わりに、ドラゴン( Dragon )によって力と権威を与えられ、一時的に世界を支配する。
この獣は、サタンではない。
第一の被造物である天の精霊と第二の被造物である地の精霊の堕落したものがあるからである。
すなわち、堕落した天の精霊がドラゴンすなわちサタン、堕落した地の精霊がこの獣である。
いずれにせよ、多くの者がこの獣を畏怖し、崇拝し、この獣の名の刻印を受けるようになる。
つまり、最後の時代には、人間は、天地の精霊崇拝あるいは宇宙霊信仰に明け暮れる。
この獣を崇拝しないのは、救済されることが予定されているクリスチャンだけだが、彼らは、みな殺しにされる。
これは、最終殉教(Final Martyrdom)である。
ゴグとマゴグ( Gog And Magog )
マゴグとは、創世記(ジェネシス)では、ヤペテの子。
ゴメル(キンメリア人)、マダイ(メディア人)、ヤワン(イオニア人=ギリシャ人)、トバル(ティバレノイ人)、メシェク(モスコイ人=ロシア人あるいはウクライナ人)、ティラス(トラキア人)の兄弟。
民族的には、スキタイ人(マッサゲタイ人)ではないかと推測されているが、ティバレノイ人やモスコイ人との並びから、マクロネス人であろう。
ヤペテは、黒海からエーゲ海の沿岸に住んでいた民族の祖という位置づけである。
マクロネス人は、ヘロドトスによれば、エジプトやシリアの影響から、割礼を行っていた。
オリエントと親密な関係があったと思われる。
ゴグとは、エゼキエルによれば、メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地。
地名としても、人名としても、用いられている。
前七世紀のリディアのギュゲス王を指すとも。
ギュゲスがマクロネス系なら、そのとおりであろう。
(クロイソスのことかもしれない。)
リディアが中東に侵攻した記録はないようである。
いずれにせよ、旧約では、ゴグとマゴグとは、別者である。
黙示では、「ゴグとマゴグ」は、ミレニアムの後、サタンに招集される軍勢の名前であり、多様な民族集団とされている。
具体的にどの地方のどの民族を指すかは、不明である。
おそらくは、終末における非クリスチャンのすべてであろう。
なぜなら、クリスチャン以外の被造物は、すべて滅却されるからである。
異端 (Heresy)
キリスト教で「異端」とは、「正統教義(Orthodoxy)」から逸脱した見解または信仰(Heterodoxy)を有する者、連中。 異教とは、区別しなければならない。 しかし、「正統教義」は、かならずしも明確でないため、実際になにが異端とされるかは、確実に定義することができないこともある。 このような状況から、公会議(Council)が開催されてきた。 聖職者のトップが一堂に会して、正統教義を決定し、異端か否かを判定するためである。 キリスト教における異端としては、おおまかに、1.キリストの神性を否定しようとする立場、2.キリストの人性を否定しようとする立場、3.メシア、終末等キリスト教の教義に関する預言を弄する立場、4.その他、がある。 異端は、福音の実現プロセスにおいて、テストあるいは試練として、出現する。 いわば、クリスチャンをふるいにかける試金石である。 異端にくみしたが最後、救済からは、永遠に排除される。 異端化は、信仰における最悪の犯罪であって、異端に寛容な教会は、残らない。 異端の問題は、信教の内部の問題であって、世俗的権力からの信教の自由の問題とは、区別される。 すなわち、異端にも、信教の自由が保障されるが、教会の内部では、異端者に席はあってはならない。
トリニテリアニズム (Trinitarianism)
キリスト教における神の単一性を、トリニティ(Trinity)として、とらえる論者を、トリニテリアン(Trinitarians)という。 ゴスペルにおける「父と子と聖霊」の正統的な解釈として、アタナシウスらによって、確立した。 感覚的に受容するのは難しく、しばしばキリスト教に対する誤解や中傷の原因となる。 ユニテリアニズムやイスラム教の根底には、トリニテリアニズムに対する批判と無理解がある。 トリニティにおいては、父と子と聖霊を弁別することはできても、いずれもトリニティに等しく、トリニティもいずれにも等しい。
異教 (Paganism)
「田舎の、粗野な」の意味。 啓示的な一神教(キリスト教、ユダヤ教、イスラム教)とは別個に発生した宗教で、多神論や無神論であるもの。 非啓示的な宗教。 クリスチャンから異教徒(Pagan)になることを棄教(転び Paganization)という。 なお、ユダヤ教徒から見た異教徒(特にクリスチャン)を「ジェンタイル(Gentile)」という。
プロセライト (Proselyte)
キリスト教からユダヤ教へ改宗した者。 「裏切り者、変節漢」の意味でも使われる。 旧約では、ユダヤに在留する異邦人のことを意味した。
破門 (Excommunication)
異端者や棄教者に、呪われし者の烙印を押すこと。 地獄行き(Anathema)の宣告。
魔女狩り(Witch Hunt)
当初は、聖母崇敬の裏返しとして、女性蔑視的な見地から、女性に対する社会的な迫害として行われた。 やがて、異端の流行や社会不安の増大とともに、裁判的性格を有するものに発展した。 プロテスタンティズムでは、民衆主体の魔女狩りとしての性格が強かった。 被訴追者が無罪となる可能性が低かった。
異端審問(Inquisition)
異端の流行や宗教改革により、ローマ・カトリック教会によって、主導的かつ組織的に行われた、異端に対する弾劾法廷による裁判。
一元論 (Monism)
神の単一性(mononess unity oneness uniqueness)を実体とする論者を、一元論者(Monists)という。 神を認める以上、神の唯一性は、論理的に自明のことである。 なぜなら、極限は、一意に定まるからである。 一元論者は、神の単一性を単なる属性とはせず、それ以上の意義を付加する点で、共通する。 この見解を徹底すると、キリストの神性を否定することになり、キリストのコンプリート性に反する。 現代にいたるまで、多く発生している。
モナルキア派(Monarchians Monarchianism)
「単一支配」の意味。 神の単一性を強調し、神には、実体(ユニティ)しかないとし、位格を認めず、神とキリストの関係を、支配関係と同視する。 イエスの人性を強調する動態論と、キリストの神性を強調する様態論がある。
動態論者 (Dynamist)
「動態」とは、「力」の意味。 モナルキア派のうち、キリストについて、「神が、イエスという普通の人間を、キリストとした」と、主張する論者。 パウルス(Paulus)は、人間であるイエスは、神の意思(思考)によって動かされていたという動態論を説いた。 比喩的に、「神が、イエスという普通の人間を、養子とした」と、説明するのが、養子論者(Adoptionist)。 この見解を徹底すると、ユニテリアニズムになる。
アポリナリウス派(Apollinarians)
アポリナリウスの一派。 イエスは、人間だったが、神の精神(God-Mind)を有していたとする一種の動態論。
アリウス派 (Arians Arianism)
アリウスの一派。 動態論の流れをくむ聖子従属論を唱え、キリスト(子)は、神(父)によって生まれた(創造された)とし、キリストを被造物(人間)として、その神性を否定する。 元来は、様態論がキリストの神性を強調して、その人間性を否定しがちな点に対する批判だった。 異端とされた後も、ゲルマン人の間で根強く、コンスタンティノープル教会も寛容だった。
ネオ-プラトニズム(Neo-Platonism)
一元論の一つ。 「新プラトン主義」とも。 プラトン哲学で示された「一者(One)」を発展させ、ユダヤ教やキリスト教のヘブライズム(Hebraism)とヘレニズム(Hellenism)を統合しようとした。 一者たる神を前提とする点で、単神論だが、神(創造主)と人間(被造物)との断絶を重視せず、連続的にとらえる点で、一種のコスモス主義(世界主義 宇宙主義 Cosmicism)であり、汎神論的でもある。
ユニテリアニズム(Unitarianism)
一元論の一つ。 神の単一性を強調し、トリニティを否定し、イエスの神性を否定する論者を、ユニテリアン(Unitarians)という。 近世にトランシルバニアで復活し、ヨーロッパやアメリカに広まった。
ユニバース主義(Universalism ユニバーサリズム)
一元論の一つ。 神を世界あるいは宇宙と同視する立場。 無神論あるいは汎神論である。 世の終りの時、非クリスチャンは、宇宙崇拝に明け暮れる。
エホバの証人 (Jehovah's Witnesses)
動態論、アリウス派、ユニテリアニズムの流れをくむという。
末日聖徒イエスキリスト教会 (The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints (LDS Church モルモン教 Mormonism)
動態論、アリウス派、ユニテリアニズムの流れをくむという。 キリストは、聖徒ではない。
様態論者 (Modalist)
「様態」とは、「形態」の意味。 モナルキア派のうち、キリストの神性を強調し、キリストについて、「神が、イエスという人間の姿形をしていた」と、説明する論者。 この見解を徹底すると、単性論になる。
天父受苦論者 (Patripassians)
様態論者の代表で、「天なる父(神)が、イエスの姿で受難した」と、主張した。 この見解を徹底すると、「イエスの受難は、神が作り出した幻影にすぎなかった」、というイスラム教的な考えになる。
サベリウス派(Sabellians)
天父受苦論者だったサベリウス(Sabellius)の一派。 単性論と両性論の議論のはざまで、アフリカで大きな勢力を維持した。 イスラム時代まで存続し、イスラム教に吸収された。 イエスの磔は、神によって作り出された幻影とする、イスラム教のイエス観と同じだからである。 啓典の民(People of the Book)の一つである「サビア人(Sabians Sabaeans)」。
単性論(Monophysitism)
キリストに神性しか認めず、キリストの人性を否定しようとする論者を、単性論者(Monophysites)という。 様態論を発展させたもの。
エウティケス派(Eutychianism Eutychians)
単性論者だったエウティケスの一派。
ネストリウス派 (Nestorians)
単性論的だったネストリウスの一派。 様態論の流れをくむアンチ‐アリウス派の立場から、キリストの神性を強調し、人間性を否定する。 キリストの姿をした神を崇拝する。 インドや中国に伝わり、特に大乗仏教に大きな影響を与え、密教の成立のきっかけとなった。
イスラム教 (Islamism)
ムハンマドによって創始された啓示的一神教。 トリニティに対して批判的で、神(アラー)の単一性を強調し、イエス(イーサー)の神性を否定した。 キリスト教からは、モナルキア主義であり、動態論と様態論を統合した主張である。 ユダヤ教と異なり、イエスは、革新的な預言者(改革者)とみなされる。
ムハンマド(Muhammad)
マホメット(Mahomet)とも。 イスラム教の創始者。 神の代理人(エージェント)にして、最終預言者とされる。
コーラン (Koran クルアーン Qur’an)
ムハンマドの言行録。 イスラム教の啓典。
アラー (Allah アッラー)
イスラム教の神の名前。 メソポタミアの神エル(El)から。
メシアニシズム(メシア主義 Messianicism)
キリスト教のように、人類の救済のための普遍的なメシアではなく、特定の民族、宗派、集団のために特別のメシアが訪れると考える論者を、メシア主義者(Messianicists)という。 ユダヤ教がその原型であるが、イスラム教のシーア派なども、この系統である。 宗教ではないが、ボナパルティズム(Bonapartism)、ナチズム(Nazism)、ファシズム(Fascism)などの独裁主義においても、類似の精神構造が見られる。
タルムード派 (Talmudists)
キリスト後のユダヤ教の正統派。 オーソドックス・ジュー(Orthodox Jews)。 律法に関するラビ(Rabbi)の注解をタルムード(Talmud)という。 イエス・キリストは、反逆的な異端者とみなされる。
シーア派 (Shia Shi'ah Shi'ism)
Shi'ites正統派のスンニ派(Sunni元来は、4Aliアリーは、カリフ(ムハンマドの後継者の地位)に選出されたものの、暗殺されてしまう。 (Muawiya)Umayyaアリー派は、アリーの息子フサイン(Husaynその結果、アンチ‐ウマイヤ派、反体制派として、シーア派が分裂した。 シーア派の成立の立役者は、イエメン出身の改宗ユダヤ人、アブドゥラ(Abdullah ibn Sabaだったという説もあるが、シーア派は、でっち上げだとしている。
メシアニック・ジュー(Messianic Jew, Messianic Judaism)
キリストをメシアと認めるユダヤ教徒。 旧約と新約という二つの啓約を折衷する立場。 メシアニシズムの一つ。
世界基督教統一神霊協会(統一教会 Unification Church)
動態論、アリウス派、ユニテリアニズムの流れをくむという。 正統教義をまったく受け入れず、独自の教義を用いる。 キリスト教から派生したというより、寄生的な異端。
多元主義 (Pluralism)
神は、論理的に唯一でなければならないから、二神論(Duotheism)、三神論(Tritheism)、多神論(Polytheism)という場合の「神」は、神ではない。 にもかかわらず、神でないものを、神だと主張する点で、矛盾している。
汎神論(Pantheism)
あらゆる物体に、神が宿っているという原始的なアニミズム(Animism)を発展させたもの。 あらゆる物体が神によって創造され、そこに神の要素が残存しているといった考え方。 一種の遍在論(Ubiquitism)。 あらゆるもの(自然や人間や宇宙や世界)に神の意思が実現している、という意味とも、結びつきやすい。 現状肯定的な立場から主張されやすいが、革新を正当化するのにも用いられる。
無神論(Atheism)
神を否定する立場。 積極的に神を否定する論者と、神の実在性に懐疑主義的な消極主義がある。
唯物論 (Mterialism)
精神的実在を否定する立場。 観念的なものに価値を置かないわけではなく、独自の哲学や思想を有する。 つまり、むしろ実は、それ自体が宗教的、形而上学的な信仰システムである。 よって、それ以外の形而上学や神学や信仰に対して排撃的である。
二元論 (Dualism Dualists)
善と悪という対立を神の世界にもあてはめる考え方。 神は、論理的に唯一でなければならないから、二神論、三神論あるいは多神論という場合の「神」は、神ではない。 二元論の最大の問題点は、善悪の二元性を維持するために、悪にも存在意義を認める点である。 つまり、二元論では、悪を完全に否定してしまうと、善の存在意義も失われてしまう、と考えるために、悪を完全には否定することができない、悪があるからこそ、善に価値がある、とせざるをえないからである。 たとえば、グノーシス派では、ユダがキリストの最愛の弟子だったとか、キリストがマグダラのマリアと肉体関係を持ったとか、主張する。 これらの創作は、ユダの裏切りという悪行に肯定的な評価を与えたい、キリストの完全性を弱めたい、という欲求から生まれた。 この論理では、キリストを試したサタンでさえ、福音に必要不可欠な要素ということになってしまう。 二元論を徹底すると、善即悪、悪即善という、サタニズムになる。 二元論は、キリスト教では、一元論と並ぶ異端だった。
ゾロアスター教 (Zoroastrianism Zoroastorians)
ペルシャ(メディア)起源の宗教。 歴史上知られる最古の二元論。 教祖とされるゾロアスター(Zoroaster)の実在性は、定かではない。 シュメールやバビロニアには、大洪水を生き延びたジウスドラの伝説があり、彼がゾロアスターのモデルだろう。 宇宙を、善神あるいは光明神アフラ・マズダ(Ahura Mazda)と悪神アフリマン(アーリマン アンラ・マンユ Angra Mainyu)との闘争の場ととらえる。 儀式で火を重視することから、拝火教などとも呼ばれるが、誤解である。 アフラマズダの子ミトラ(Mithra)の秘儀は、ローマ帝国後期に、軍人や商人を中心に、流行した。 ミトラ教は、グノーシス派や仏教に影響を与えた。 なお、ゾロアスター教における善と悪の最後の戦いは、キリスト教における最後の審判とは、異なる。 つまり、キリスト教やイスラム教がゾロアスター教から終末思想を受け継いだというのは、誤解である。 なぜなら、終末は、啓示的な一神教では、被造物の有限性、時限性ゆえに、世界に終末がなければならないことからの、論理的な帰結だからである。
グノーシス派、グノーシス主義(Gnosticism)
一般に、神を主知主義的に理解しようとする立場で、特定の宗派ではない。 現実には、ゾロアスター教の影響から、二元論的終末論と結びついて発展した。 マニ教や仏教にも、影響を及ぼした。
マルキオン派 (Marcionites)
二世紀に、マルキオンが結成した、二元論的な一派。 二元論的、グノーシス主義的な教派のはしりだろう。 旧約の神(創造主)を悪(闇)、キリストを善(光)とする。
マニ教(Manichaeism)
三世紀に、マニが唱えた二元論。 キリスト教やグノーシス主義などから、無節操に教義を寄せ集めた。
小パウロ派(Paulicians)
終末主義的二元論。 おそらくは、三世紀に異端とされたアンチオキヤのパウルスの一派の末裔が、グノーシス的な二元論あるいはマニ教と融合したのだろう。 コンスタンティノープル教会が寛容だったことから、アルメニア、トルコを中心に発展した。 九世紀に、ビザンツ帝国によって攻撃された。 しかし、残党がバルカンに残っており、ボゴミル派に受け継がれた。
ボゴミル派 (Bogomils)
パウロ派の教えを受け継いだ。 バルカンからヨーロッパ各地に、貧しい農民(農奴)を中心に、信者が多かった。 経済的地位の向上とともに、消滅した。 バルカンのボゴミル派は、オスマントルコ時代に、イスラム教に改宗した者も多かったという。
カタリ派(Catharis Cathars Catharists)
ボゴミル派の影響で、イタリアやフランスで広まった。 フランス南部のアルビジョワ派(Albigenses)が代表。 一三世紀にアルビジョワ十字軍(Albigensian Crusade)によりほぼ撲滅され、消滅した。
大乗仏教 (Mahayana Buddhism)
シャカ(釈迦)の教えは、人間が出家し、欲望を滅却することで、解脱してブッダ(仏陀)になる、というものだった。 つまり、本来の教義では、仏教は、個人的な修行主義であり、自己救済すなわち「小乗」だった。 一世紀に、聖トマスによってインドにキリスト教が伝えられると、仏教は、贖罪、愛、救済、天国などの教義を取り入れ、世界(衆生)救済すなわち「大乗」に変貌した。 しかし、シャカが、生を苦とし、欲望を悪とし、実体を空としていたにもかかわらず、大乗仏教では、空に特別な意義を与えるという矛盾をきたしている。 「空即是色 色即是空」では、空と色は同値になるから、単なる現世肯定である。 これは、現世を否定しようとしたシャカの思想に反するから、大乗仏教の本質は、すでに本来の仏教(シャカの教え)ではない。
密教 (Esoteric Buddhism)
大乗仏教において、キリスト教、特にネストリウス派の影響で、大日如来の絶対化を奉ずる宗派。 ブッダ(仏陀)にキリストを重ね合わせ、大日如来を永遠不滅の父なる仏とし、ブッダを子なるキリストととらえる。 グノーシス的な大乗仏教よりは、神秘的な体験を重視する点で、秘教である。
虚無主義 (Nihilism ニヒリズム)
現世の価値を否定する立場。否定することに意味があるという点で、自己矛盾している。無価値なものに価値があるというのは、矛盾である。価値があるから、価値があり、価値がないなら、価値がない。したがって、すべてのものに価値がないという主張は、それ自体、価値がない。
反キリスト主義 (Antichristianity)
神であるキリストを否定し、もしくは、キリストの神性を弱めようとする論者を、アンチキリスト主義者(Antichristians)という。 キリストに対する邪悪な挑戦であり、異端の中の異端である。
悪魔主義(Diabolism Diabolists)
悪を崇拝する論者。 単純に善を悪に置き換え、創造主である神を本質的に悪だとする一元論的悪魔主義と、二元論に立って善より悪を偉大だとする二元論的悪魔主義、多元主義あるいは無神論に立って存在の本質を悪と考える多元論的(無神論的)悪魔主義がある。 しかし、善を完全に否定する
サタニズム (Satanism)
サタンを悪の盟主とする二元論的悪魔主義。 サタンは、「敵対者」の意味から、悪魔のボスと考えられるようになった。 ルシファー(明けの明星)と混同された。
三元論 (Trism)
トリニティを、三元的一神教であるとする論者。 父、子、聖霊を位格と呼ぶかどうかは別として、これらは、神とは別の本質だとする点で、間違っている。 これらは、同一であって、神とは別の本質ではない。 ヒンズー (Hindu ヒンドゥー)教の「トリムルティ(Trimulti)」は、三元論である。
アロギ派 (Alogi)
聖霊を否定する派、あるいは、アンチ‐ヨハネ派。 聖霊の働きを認めず、「キリストは、ロゴスである」という、ヨハネのロゴス論に反対していた。
ニコライ派(Nicolaites Nicolaitans)
ヨハネが非難している。 おそらくは、アロギ派。
終末主義(Eschatologism)
終末の預言を具体的に(時、場所、その他を)語る論者を、終末主義者(Eschatologists)という。 「終末は、神の専決であり、神以外は語ってはならない」という原理に反する。 現代にいたるまで、多く発生している。
モンタヌス派(Montanists Montanism)
終末論者の一派。 二世紀後半に、モンタヌスは、トルコにキリストが再臨すると説いた。 ローマ帝国によるキリスト教迫害が強まるにつれ、支持を拡大した。 禁欲主義的で、教会に批判的だった。
男根崇拝(Phallic Worship, Phallicism ファリシズム)
ファルスとは、「男性のシンボル」つまり「ペニス」。 古代では、世界的に行われ、現代でも、生殖および多産への祈念として、日本を含め、多くの地域で見られる。 キリスト教のクロスは、ファルスであり、クロス崇拝は、男根崇拝のシンボルだとする意見がある。 第一に、イエス・キリストのクロスは、崇拝の対象ではない。 キリスト教は、イエス・キリストの崇拝であって、クロスは、補助的なものである。 第二に、クロスの本質は、神の世界の直交性とコンプリート性である。 にもかかわらず、クリスチャンにも、クロスの力をイエス・キリストの「生命力」だと誤解する者がいる。 それで、時として、生命力や生殖力の崇拝という異端になりがちである。
オカルト主義 (Occultism オカルティズム)
オカルト(Occult)とは、「隠されたもの」の意味。 つまり、単なる真実の究明ではなく、神秘的な、あるいは、封印された知識、奥義、秘密を探求する立場。 オカルトとして、神や啓約を対象とすると、エソテリシズムあるいは秘教(mysticism)になる。 オカルティズムへの熱中は、異端に陥りやすい。
カバラ主義(Cabalism カバリズム)
カバラ (Cabala Kabbalah) とは、ヘブライ語で、「受け継がれたもの(伝統、継承)」の意味。 ヘレニズム的な神秘主義の影響で成立した、ユダヤ教における啓約の探求の方法論である。 カバラ主義として、歴史的に知られている最古のものは、クムラン教団である。 カバラが広く知られるようになるのは、中世になってからだが、発展の過程で、ユダヤ教のみならず、 キリスト教、グノーシス主義、ネオプラトニズム等の思想およびゲマトリア、占星術、錬金術等の技法など、 多様な要素が取りこまれ、折衷的なものとなった。 カバラへの熱中は、異端に陥りやすい。
セフィロトの木 (Sephiroth Tree)
ソロモンの封印(Solomon’s Seal ✡)とクロス(✞)を組み合わせた図章。 ユダヤ教とキリスト教の融合あるいは整合的な解釈を図ろうとするものである。 一部のキリスト教的神秘主義者によって、キリスト教にも持ちこまれた。
ゲマトリア (Gematria)
バビロニアで発達した数理術。 バビロニアでは、天体観測や土木測量の目的で、高度な代数学が発展した。 しかし、数学とは別に、世界を数理的に把握する技法として、数理術が、マギによって、開発された。 数字に文字を対応させ、数字に意味を持たせる手法である。 ピタゴラス(Pythagoras)がヨーロッパに紹介したが、ピタゴラス派によって、一種の奥義として、門外不出とされた。 ヘレニズム期に明らかにされ、地中海世界に広まった。 ヨハネの黙示に、悪を表す数として「六百六十六」があり、パレスチナでも、広く知られていたようだ。
錬金術(アルケミー Alchemy)
錬金術がエジプトのアレクサンドリアで発展したことから、「アレクサンドリアの混合」の意味で、「アルケミー」と呼ばれるようになった(「ケミー」には、「キマイラ」と「絞る」の意味が重なっているという)。
(アラビア語では、単に「エジプト産」の意味にもなる。)
錬金術は、さかのぼれば、ピタゴラス派の研究に行き当たる。
ピタゴラス派は、自然に関するさまざまな研究を密かに行っており、その中に、金属の鋳造に関する研究も含まれていた。
この分野でピタゴラス派が特に熱心に追求したのが、「オリハルコン(Orichalcum)」の製造である。
オリハルコンは、ギリシャ語で「山の銅」の意味で、銅と亜鉛、鈴などの合金だと考えられていたが、プラトンが、合金ではなく、希少な自然金属であるとしたことから、復元が企てられた。
後世では、オリハルコンは、真鍮(ブラス)の、黄銅と呼ばれるもののうち、銅と亜鉛の黄金比(約62対38)の合金を指すようになった(仕上がりが、黄金に最も似ている)。
なお、金は、選ばれた金属である。
キリストの生誕にあたり、マギが献上したし、天なるエルサレムは、金でできている。
南イタリアやシチリアにもローマの支配が確立すると、反ローマ的だった(ローマに目の敵とされた)ピタゴラス派は、アレクサンドリアに拠点を移したので、研究がアレクサンドリアを中心に行われるようになった。
さらに、ローマがエジプトも支配すると、ピタゴラス派は、追われるように、中東へと逃れ、錬金術の研究は、パルティア、ペルシャを経由して、アラブ-イスラム世界へと引き継がれ、やがてヨーロッパに再流入する。
錬金術は、精霊の働きを研究することになるため、魔術と結び付きやすく、しばしば混同される。
しかし、本来の目的は、理想的な素材の開発で、魔術のように精霊を自在に操ろうとする試みではない。
魔術(マジック Magic)
マギの術の意味。
「博学」や「熟練」にとどまらず、人々を驚かすようなこと(手品、予言など)をすること。
ヘレニズム時代に、ヘルメス主義または新ピタゴラス主義と結び付いて、東地中海一帯で盛んに行われた。
パウロが盲目にしたキプロス島のエルマ(エリマス)が有名である。
当初から、魔術師は、民衆を魅惑する反面、正しい信仰を妨げる存在として、忌避された。
魔術は、錬金術、占星術、数秘術、予言術、医術、薬術、降霊術、呪術などの寄せ集めであったが、時代が進むと、特に精霊や霊魂を操る術を指すようになる。
呪文や霊薬などの働きで、人間をさまざまな動物に変身させ、死人を生き返らせることができると信じられた。
ヨーロッパでは、とりわけ悪魔との交流術は、黒魔術と呼ばれ、異端的とされた。
単なるエンタテイメントとしてのマジックは、福音に反しない。