| 03/01/07 | わたしを撮って |
| 03/01/08 | 雲をスケッチする女性 |
| 03/01/09 | がんばっています |
| 03/01/10 | 平均で考えていいのだろうか |
| 03/01/12 | 真の構造改革 |
| 03/01/13 | 閉園へのカウントダウン |
| 03/01/14 | そこのけそこのけ自転車様のお通りだ |
| 03/01/15 | 雪のち晴れのち雪のち晴れ |
| 03/01/16 | 急に明るくなってきぞ。ウワッ!!寒い!! |
| 03/01/17 | 春の萌しを探しに嵐山へ |
| 03/01/18 | 息長く、温かく見守ることが最良の支援 |
| 03/01/19 | 国立京都国際会議場入口のデザインコンセプト |
| 03/01/20 | 先見性 |
| 03/01/21 | 思い込み |
| 03/01/22 | 詩のない学問は単なる学習でしかない |
| 03/01/23 | 今年の年賀状 |
| 03/01/24 | お父さんには犬を飼う資格はない |
| 03/01/25 | 人間アメダス |
| 03/01/26 | あやしげな光景 |
| 03/01/28 | 自動車に飲み込まれた社会 |
| 03/01/29 | 自然の浄化システム |
| 03/01/30 | パラダイム・シフト |
| 03/01/31 | 民族大移動 |
| Top | わたしを撮って | |
![]() |
今年一番に目に飛び込んできたのは寒椿でした。 木々で陽がさえぎられている場所の南の端に陽の光を背にした数本の花木が輝いていました。そのなかの一本が『わたしを撮って』と囁きます サザンカと思い込んでいましたが、椿とどこが違うんだろうとヤマケイの図鑑『日本の樹木』で確認したところ葉の形が長細くサザンカではなく、サザンカの園芸品種の立寒椿のようです。こういう機会でもないと思い込みが正されることもなかったのでしょうね。 また、淡交社の『京都 暮らしの大百科』によると花の蜜は、メジロなどの冬を越す鳥の貴重な栄養源で、京都の代表的な寒椿には、左京区鹿ケ谷の霊鑑寺に「八重侘助」という古木があるとのことです。 散歩をしていると目に飛び込んでくるものがあります。まあいいかと通りすごすことが多いのですが、今年は立ち止まって会話をしてみようと思い立ちました。 『わたしを撮って』というテーマでしばらく続けていきたいと思います。よろしければお付き合いください。雨の日や旅行中は更新できませんが。(03/01/07) |
|
| Top | 雲をスケッチする女性 | |
![]() |
我が友ダックスフントの『うめ吉』との夕方の散歩は宇治川左岸の河川敷がメインコース。そこでよく出会うおばちゃんがいます。 彼女は、上空を見上げたまま、まったく手元に目をやることなくひたすらスケッチブックに鉛筆をはしらせます。そうした動作がほぼ毎日、それが数年も続いているのです。なにをしているんだろうと誘惑に駆られることもしばしばです。こんばんわと彼女から声をかけられることもありますが、覗いたことは、これまでありません。 最近は、わたしも空を見上げることが多くなりました。日頃見えている空と雲とは一味違った、股のぞきに似た趣があります。 午後1時過ぎ散歩の途中で出会った清々しい冬空です。葉が落ちて姿を現した繊細なカエデの枝。葉の重みから解放されたためか、澄み切った青空に向かってのびやかに手先を伸ばしています。(03/01/08) |
|
| Top | がんばっています | |
![]() |
1月の木幡池湿原はあけびの赤い実も落果し、一部の雑草を除くとほぼ一面が土色です。週に3,4回散歩に来ているのですが、この時期は『わたしを撮って』と訴えてくるものは見当たりません。そこで『見えてくるまでまとうホトトギス』。じっと観察することにしました。 しばらくしていると背後からゆるやかな風を感じます。振り返り丁寧にかつ念入りに観察していると、風に揺れるススキが目に入ってきました。何か見つけ出さなければなりません。近づいてみることにしました。すると茶色い枝の先に白い花粉が輝いています。 遠目からは黒っぽい茶色で、人目を惹くようなものではありません。周りの草木は寿命が尽きた様子で、頭が地面に着いています。他の草木が寿命を終える時期にも背を伸ばし続けていたようです。ススキの背の高さはゆうに2メートルを超えています。できるだけ遠くへ、できるだけいろんな方向に自分の遺伝子を飛ばそうと頑張り続けているようです。(03/01/09) |
|
| Top | 平均で考えていいのだろうか | |
![]() |
昼の散歩のおり日向ぼっこを兼ねて時々休憩する児童公園の築山から見える風景です。朝夕はかなり混雑する道路ですが、昼間はそれほどでもありません。 すぐ目の前の押しボタン式横断歩道で車が停車したとき、何台ぐらいつながっているのだろうとなにげなしに数えたところ6台でした。次も6台で、何か不思議に思えて、何台ぐらい塊で車が来るのか数えてみました。1〜2台の場合も回数としては少なくないのですが、6台ひと塊の場合がかなり多いのです。 実は、この信号の200Mくらい向こうに信号(40秒、25秒で制御されているようです)が見えているのですが、その影響かなと見ていたのです。しかし、そうではなさそうです。また、その信号の先数kmにわたって信号はありません。 本来、それぞれの車は相互に影響しあっているわけではないので、到着間隔はランダムなわけですが、こうしたクセがあるとなると気になります。 スーパーのレジの状態もこれに似ています。(03/01/10) |
|
| Top | 真の構造改革 | |
![]() |
深刻な不況といわれる。それでも日本経済はGDP世界2位、一人当たり5位。一方、国民の生命を守るための農業は?食料自給率は?と考えさせられる。 深刻な構造的不況から脱出するための改革、その痛みに耐えてくれという小泉首相。しかし、インフレターゲット政策を唱え始めたところで、小泉改革の破綻は見えてきた。 世界的なデフレのもとで物価は上がらない。行き着くところは土地バブル、株バブル。だれのためのインフレターゲットなのか。少なくとも庶民のためとは思えない。 国民が安心して、潤いをもって暮らせる21世紀の経済・社会を再構築するための礎を築くこと、そのための創造的破壊が小泉改革ではなかったのか。そうした真の構造改革を期待したからこそ国民の多くが支持したのだと思うが。(03/01/12) |
|
| Top | 閉園へのカウントダウン | |
![]() |
休日夕方の散歩ルートの一つに桃山御陵から桃山キャッスルランドの外周一周があります。およそ1.5時間で坂道も多く運動量としても適当なのですが、1月31日をもって閉園となります。 子供が小学2〜3年生くらいまでは、読売新聞の無料入場券がもらえたこともあってよく来たものです。跡地は京都市が借り受けて運動公園になるとのことで一安心です。 昨日(12日)の京都新聞に丹後リゾート公園の整備計画原案が掲載されていました。自然との共生や環境教育の体験フィールドとしての役割を持たせるとのことで、子どもたちが「秘密基地」を自由につくることもできるとのことです。 秘密基地を作って、戦争ごっこをした、たぶん最後の世代にとっては、キャッスルランドのモーターカーやジェットコースターはワクワクする施設だったわけです。ガタゴトガタゴトと頂上まで上り詰めると少しの間停車し、そして一気に下り落ちるスリルとスピード感にはワクワクさせられました。それもあと10日少しで閉園です。一つの時代の終焉を感じます。ただ一方で丹後リゾート公園に秘密基地をというニュースに接すると、終焉というよりは50年周期の廻りともいえなくはない。(03/01/13) |
|
| Top | そこのけそこのけ自転車様のお通りだ | |
![]() |
わたしの自転車には洒落たベルがついています(10年前には洒落た一品でした)。 今日はその自転車に新年初乗りです。少し買い物をしたあと、以前、市営バスの醍醐車庫があった場所の南側に、京都駅の北東、跨線橋近くにある、行列のできるラーメン店新福菜館と同名のラーメン店があります。そこで肉大目のラーメン(チャーシュウメン)を食べてきました。 最近といっても、ここ10年以上だと思いますが車のクラクションを聞くことはなくなりました。特に、車同士でクラクションを鳴らし合う光景はほとんど見かけませんが、逆に横断歩道では止まるどころか加速する車が多くなりましたね。停車されたりすると恐縮する始末です。横断歩道では減速し、歩行者がいれば停車しましょうというテレビのコマーシャルがあった時代を思い出します。結局は弱いものにしわ寄せをしているんですよね。 自転車も車両という位置づけなのでベルを付けないわけにはいかないようで、数千円の自転車にもついています。自転車のベルを自動車に向けて鳴らしているところに出くわしたことはなく、ほとんどが歩行者に向けて『そこのけそこのけ』と鳴らされます。 ジャラジャラとベルを鳴らされる不快感。『おまえは何様や』と自問することはないのだろうか、『すいませんが』と一声かけることはできないのだろうか。 自転車にベルを付けてはいけない、歩行者に向けて鳴らしてはいけない特区をつくれば、こころ優しい思いやり特区ができると思いますが、いかがでしょうか。(03/01/14) |
|
| Top | 雪のち晴れのち雪のち晴れ | |
![]() |
今日は寒かったですね。わたしの住んでいる伏見では早朝は粉雪が舞うも、9時過ぎには澄み切った青空へ。FM894によると北山地域は雪が降り続いているとのことでしたが。ところが1時すぎには粉雪が舞い始めるや風は強くなり、空は一転掻き曇り、底冷えとなります。 それでも、4時過ぎには陽射しが差し始め、夕方の散歩にはダイナミックな夕焼けが見られるだろうと、カメラを持って出かけましたが、期待とは違って雲は少なく普段の夕焼けと変わりありませんでした。 心に残る夕焼けは薄ダイダイ色の、温かみがあって、一種ノスタルジーと明日への希望を感じさせるものだったように記憶していますが。今日見る夕焼けは化粧の濃い深情けの風情。嫌いではありませんが。 今年の経済もいまのところ粉雪舞う、薄ら寒い状況で、先行きも不透明ですが、不良債権という厚化粧だけは少なくともはがして、寒さは残っても明日に期待できる夕焼けをみたいものです。(03/01/15) |
|
| Top | 急に明るくなってきぞ。ウワッ!寒い!! | |
![]() |
今日の昼間は冬らしいというか、薄曇の少し底冷えを感じる天気でした。1時過ぎに散歩に出るとすぐに目に飛び込んできたのが排気口から噴き出す蒸気でした。最近は空気が乾燥していたせいかかなり久しぶりの光景です。松下電子部品の工場からのもので、365日、24時間操業なので、排出量は変わらないと思いますが、冬の今日のような天気の日や梅雨によく見かける光景です。 この光景に出くわしたとき最初に頭をよぎったのが、シネクティクスという発想法です。シネクティクスという発想法は、考えが行き詰っているときにふと出くわした光景に触発され、解決の糸口を得ることができるという点に着目した方法で、例えば、「わたしは水です。いまボイラーで熱されて温かくなってきました。体が膨らんできたのに軽く感じます。ア!目が回り始めました。壁や隣の人と激しくぶつかります。アアッ!体が消えました。トンネルに入ります。イエー!ジェットコースターだ。Let’Go!.....おや急に明るくなってきたぞ。ウワッ!寒い!!。というようなやり方で進める発想法です。論文構成のポイントとなるアイデアや新製品開発のアイデア探し、隘路打開の発想の転換などに発想法を大いに活用したものです。KJ法やNM法、シネクティクスや等価変換理論など様々な発想法にチャレンジしたころのことが思い出せれてきました。 シネクティクスについては伝統産業青年会のデザイン研修で実施したことが昨日のことのように思い出されます。 その当時、会長をしていた谷口秀二さんは北海道にいます。このHPのPhotoAlbumに、彼の辿工房の様子をアップしていますので一度見てやってください。(03/01/16) |
|
| Top | 春の萌しを探しに嵐山へ | |
![]() |
今日は朝から小春日和の風情で、うめ吉を散歩させた後、久しぶりに嵐山へと自転車を走らせました。鴨川右岸の自転車道(嵐山−木津)へ出るころには薄っすらと汗を感じるほどで、春の萌し(新芽)にひょっとして出会えるかなと思えるほどです。 五条通に架かる西大橋。いつもは左岸に渡る場所ですが、直進できる道ができています。そのまま北上です。松尾橋手前で一般道に出なければなりませんが、左前方に嵐山を見ながらの走行は快適。 まずは秋は紅葉に彩られていた嵐山公園へ。 ほんのりと陽に映える渡月橋と冬景色との対照。そのまま頭をあげれば冬の趣の青空と逆光に映えるカエデのシルエットとの妙。幾分かの肌寒さが加わってこころに染み入る光景です。 春の萌しを探しに、中ノ島公園へ。愛宕山を見ながらポカリを飲んでいると、目の少し上あたりで『わたしを撮って』とささやく声。じっと目を凝らすと桜の枝に小さな蕾。まだまだ固い蕾ですが、今日の目的は達成された気分。帰りはいつもの左岸から。向かい風にペダルが少し重く感じます。全所要時間2時間50分。走行距離39.88km、Max33.4kmh。(03/01/17) |
|
| Top | 息長く、温かく見守ることが最良の支援 | |
![]() |
||
| いつもは考えごとをしながら散歩することは少ないのですが、今日は京都新聞で連載されている「知の種子産の果実」4企業化育成の記事のことを考えながらの散歩です。記事によると新産業の芽を育てているふ化施設に府内で入居している企業は二百社以上になったが、上場はまだゼロだということと、ふ化施設は、ただ床を貸すだけでなく、マネジメントが充実してこそ意味を帯びてくるということです。 まず、上場がまだゼロだということについては論外でしょう。強いベンチャーの登場をというのであれば20年程度の時間が必要なのではないでしょうか。今日ではベンチャーの先生役をしているサムコインターナショナルが半導体製造装置という成長分野にありながら、かつNASAとの最先端の知識と情報と人脈をもちながら上場するまでに何年かかったのかをみても明らかだと思います。投資家的発想でベンチャー育成を論じるのはシンクタンクトと日経新聞に任せておけばよいように思います。 次に、ふ化施設が資金調達、市場調査、事業プラン作成、各機関との連携などのマネジメント機能をもつべきだということがKRPを例に書かれていますが、大手企業の新規事業開発環境そのままではないですか。こんな育成施策を続けていたらベンチャーはそのうち機能不全に陥ってしまうのではないのでしょうか。産業活動のグローバル化を生き抜く経営力を備えた逞しいベンチャーが育つには10年単位の歳月がかかるということ、そして、ふ化施設は機能の拡大を考えるのではなく、大家として息長く、温かく見守ることが最良の支援策なのだということを京都新聞には指摘してほしかった。 木幡池は人の手を借りないと人と共生できなくなってしまっています。(03/01/18) |
||
| Top | 国立京都国際会議場入口のデザインコンセプト | |
![]() |
今日は木幡池湿原の入り口近くに人が数人いたのでその先の宇治市の下水道処理場東にある公園というか目隠しというか、そんな場所に行くことにしました。この場所は夏には木陰ができるためよく行く場所のひとつです。 夏場この場所に来ると思い浮かぶのが『創造性の科学』という本のグラビアページに載っている御所西北部の庭園写真です。国立京都国際会議場入り口のV字型の柱の造形はこれを変換再構成したものといえないだろうかと指摘されています。20年以上前に出会った本でのですが、この光景と等価変換理論(市川亀久彌)という言葉は一組として強く印象に残っています。 本棚を探すとデザイン関連の本といっしょにありました。「京都・国際会場の入り口」という小見出しで書かれている部分を書き写します。 大谷幸夫氏の設計になる、この有名な建物は、日本古来、特に飛騨地方にある大型合掌造りのイメージが強くその骨格に感じられる。けれども、一度、建物の中に入ると、その正面玄関で真っ先に目にするとこの状景が、他ならぬここに取り上げた写真のワンシーンなのである。.....そこにはソフトな緑色系のジュータンによって敷きつめられた広い床の感触が目にはいるが、同時に、その視界にどっしりと重量感をもった、V字型の逞しい柱の造形があい前後して、人々の印象に飛び込んでくる。.....ここを初めて訪れた人々に、ある種の驚きを与えないでおかないだろう。(03/01/19) |
|
| Top | 先見性 | |
![]() |
夕方には雨が降りそうな雲行きなので所要時間1時間のJR木幡駅経由ルートを散歩することにしました。電車が駅を通過するときには、今年初めてということもあってか興奮気味のうめ吉でした。また案の定夕方から雨で、予想は当たり。 校舎の保存問題で揺れる滋賀県豊郷町から出た豪商で綿業王とも呼ばれた薩摩治兵衛は鋭い事業感覚と先見性、加えても彼の刻苦精励によって一時代を築いたということです。(京都新聞03/01/20京近江の豪商列伝) こうした場合必ずといっていいほど先見性が取りざたされます。わたしは先見性を考える上で何か良い題材はないかと意識しつつ散歩をしていました。最近、空を見上げる癖がついてると先日書きましたが、雲間に隙間のような青空があることに気づきます。撮影していて気づかされたのは、34mmの距離でみると雲間の青空が雲の上へとつながる隙間に見えるものの、350mmではそうはみえないということです。近江から多くの豪商が生まれた要因の一つにこの距離感があるのではないか。加えて、現状を突破したいという願いが刺激されるのにも近江は適所であったように思われる。 ただ最大の成功要因は雲間をビジネスチャンスと捉えた先見性よりも、ビジネスチャンスに育て上げた事業感覚であり、刻苦精励にあったことは論を待たないだろう。 岡田節人氏が「私の予測も、そうは的外れのものでなかった。いかに変化が激しくとも、これは科学という枠組みの構造からして当然のことだろう」と述べられているが、ビジネス世界の現状も同様ではないかと思う。予測を越えることが起きるとすれば、それは鋭い事業感覚に発端があるのではないか。 それでは事業感覚はどのようにして獲得されるのかということですが、昨日紹介した『創造性の科学』に次の一文があります。 「古い観点を捨て、新しい観点に立つということが絶対に必要であり、この観点の変革の確立によって、新しい意味と新しい世界が開かれてくる」 これからも<異なったものごとの間に潜んでいる、同一性(等価性)の原理>を見つ出す楽しみを楽しみつつ明日も散歩に出かけよう。 あしたは〜れにな〜れ。(03/01/20) |
|
| Top | 思い込み | |
![]() |
今日は暖かそうだったので1月10日のこの欄で書いた車が6台一塊でくるケースが多いという仮説を検証しようとメモ紙をズボンに入れて出かけました。ところが外に出ると風が強く寒いし、どうしたことかお供のうめ吉までもそちらとは反対の方向に引っ張っていくので今日は止めようと思いながら散歩を始めました。空を見上げると私を撮ってといわんばかりに雲間から太陽が出ようとしています。カメラを向けると、まさにその瞬間です。雲の動きが速いので間一髪でした。 木幡池湿原にいくと人が大勢います。いつもなら自分から行こうとするうめ吉もこだわりをみせません。それなら下水処理場の土手に行こうと歩き始めたところ大きな犬がきます。そっちに行くのも嫌だなということになり、引き返して車の調査をすることに腹を決めました。 観測を始めるとまず第1団が15台です。続いて2台、1台と来て、その次が13台。どうもいつもと違うな、どうしたんだろう。ひょっとして日本海側は雪で、その影響で高速道路が混雑しているためなのかなと思い始めます。そうしているうちにも14台、10台、17台、16台と自分の考えていた6台の集団が多いという仮説を実証できるどころではなくなってきました。しかし、データを取り始めると楽しくなってきます。最初は10分間と思っていたのですが、そうこう考えているうちに15分たち、とうとう寒い中20分観測しました。 帰りも今日は長い集団が多かったな、異常だったなと考えていました。ところがデータを整理してみると20分間に52集団(台数で232台)が通過したのですが、なんと1台で通過した回数が18回、2台の時が9回、3台が5回で60%以上を占めます。10台以上は7回で13%。ちなみに6台は4回で8%でした。他方、通過台数でみると3台以下が51台で全体の22%に対して10台以上の集団で通過した台数は95台、41%という結果でした。これほど3台以下の集団でやってくる回数が多いとは観測中も思いませんでしたし、データを前にしている今もそうだったのかな、しかしそうなんだよなと信じられない状態です。 そういえば工場診断で経営者の日頃感じている数値に近いと、それが良好な値かどうかは別にしてすばらしい診断だったと喜び、そうでないと観測した日が異常だったといっていた経営者が思い出されます。 とりあえず、自分が未だに信じている仮説を検証できる日がくることを願って出かけたいと思います。(03/01/21) |
|
| Top | 詩のない学問は単なる学習でしかない | |
![]() |
今日は夕方から雨になるという予報だったし、空模様もそんな様子なので平日の散歩としては最長コース(1.5時間)を選択しました。しかし、夕方になっても雨は降らなかったため万歩計は記録をとり始めて初の1万歩を越えることとなりました。しかし、少し時間を使いすぎと反省しています。遠出のときは1万歩1.5時間なのですが散歩ペースだと2.5時間はかかってしまいます。 ついに木幡池湿原でがんばっていたススキは穂だけの姿になっていました。花粉をすべて飛ばしきったということです。よく頑張った。感激した! 今日の京都新聞の文化欄に鶴見俊輔氏の初詩集「もうろくの春」を出版するにあたっての経緯と哲学者である鶴見氏がなぜ詩集なのかということについて『詩は学問の起動力。そこから出発してきた。.....学問は詩のようなものから出発する。発想といってもいい。詩のない学問は単なる学習でしかない』と応えられています。 このホームページは散歩していてハット目に留まる季節の風景や気になる光景を写真と寸評にまとめてみようと始めたわけですが、始めてみると写真から受けるイメージを元に安っぽい考えを述べてみたり、あるいは自分の考えていることを検証するためにこじつけの写真をとっているのではないかと自省していたところでした。 それだけに鶴見氏の言葉は何か勇気を与えてくれるものでした。また、中村桂子氏の『創造性は、自然の中で遊び、想像力をふくらませるところから生まれるものだ。すでに答えが出ているものをいくら頭に入れても、答え以上のものは出てこない』という言葉も追い風に感じます。今度は、安っぽい期待をし始めました。とにかく続けることですよね。(03/01/22) |
|
| Top | 今年の年賀状 | |
![]() |
今日は夕方まで雨で、昼の散歩ができませんでした。うめ吉は濡れることが嫌いで雨の日は散歩を督促する仕草をしません。そういうことで4時過ぎに雨が上がったところでトイレ散歩に出ました。今日はこの欄は休みにしようかとも思いましたが、毎日覗いてくださっている方もいらっしゃいますので、今日も続けることにしました。 今年いただいた年賀状には例年と比べて少し変化を感じます。まず、自分だけが写っている写真入りの年賀状が何通かあったことと、ほとんどに添え書きがあり、2年後には退職です云々といった長い添え書きも少なくありませんでした。サラリーマン人生の節目を迎えている友人の多いことを実感させられます。 その中で強く印象に残ったのが長文を印刷した年賀状が多かったということです。例年は世情を嘆く啓蒙的なものや古典からの抜書き、ピアニストの諏訪内晶子に感動した!といったもので、相変わらず元気がいいな、いい趣味持ってるなと勇気づけられながら読ませていただきましたが、今年は自らを淡々と振り返るものなど、え!?どうしたのと、いただいた方の心象風景を思いやることが多かったということです。 人生の節目を向かえている、近しい人がなくなった、子どもが成長し離れていった、不況の影といったものが感じられます。折り返し点を控えて構造改革の準備に入っているなという印象も受けます。(03/01/23) |
|
| Top | お父さんには犬を飼う資格はない! | |
![]() |
今日の『私を撮って』は木幡池湿原に捨てられているゴミです。釣りができるのは人目につく限られた場所なのですが、人が見ていようが平気で捨てます。そばでそれを拾い上げている人がいてもやります。 お父さんには犬を飼う資格はない! この言葉は7年前うめ吉が家族の一員となって半年たった頃、娘の弥生が私に発した非難の一撃です。妻の正子も同調します。実はその夜、うめ吉を連れてたばこを買いに行ったところ“うんこ”をしてしまったのです。夜、うんこをする習慣はありませんし、夕方の散歩で済ましていたものですから、こうなることは予期していません。うんこを採る用意をしていなかったものですから、気は咎めたのですが、ついまあいいかとそのままにしてしまいました。そのことを帰宅して「うめがうんこをした」と告げたところ「お父さんには犬を飼う資格はない!」と一喝されたというわけです。それ以来、7年間どんなに近くであっても必ず準備をして出かけるようにしています。 こうした前歴のあるわたしが言うのもなんですが、犬のうんこを放置する、ビニール袋に入れたうんこをそのまま通り道に捨てる、公園のゴミかごに捨てる、また、ビニールや新聞紙でとっている人はその後の始末はどうしているのかな?きっと生ゴミと一緒に出しているんでしょうが、生ゴミを収集している人を見るとやるせなくなります。紙おむつもそうなんでしょうが、皆さんどう思われますか。わが家ではトイレットペーパーで採り、トイレに捨てています。 また、具体的な内容は省きますが、飼い主として犬の安全を守る責務を感じているのか、犬が本当に喜ぶことは何なのか、犬にとって本当の幸せは何なのかということを考えてみたことがあるのだろうかと思うことが多いです。すきなようにさせる、首輪をはずして自由にさせることが犬の喜びや幸せだとはわたしには思えません。 犬を飼う資格、釣りをする資格、車を持つ資格などといわれなければならないほどに人の感性は麻痺してしまったのでしょうか。創造性を育む大切な人間力だけに寂しい限りと思っていたら、今日の京都新聞に芥川賞の候補となった女子高生、島本理生さんの選評を題材にしたコラム(座標軸)。一安心です。若き細胞はいくすえを敏感に感じ取っているのですね。 HOMEのこころに残しておきたい言の葉を見ていただければと思います(03/01/24) |
|
| Top | 人間アメダス | |
![]() |
人間アメダスとはNHKの連続テレビ小説『まんてん』の主人公満天が考え出した気象予報システムです。これに鈴木紗里奈扮する先輩の予報士が反対します。予報士は気象データに基づいて科学的に予報すべきだと。テレビを観ている側からすると明らかに満天の方に分があるように見えます。加えて、先輩予報士の専門家然とした、かたくなな態度に反感を抱きます。現地を確認するほうがより正確ではないかと。 ただ冷静に考えると、気象予報はこれからどうなるかを予報することが使命です。現在どうであるかは重要ではないし、かえって判断を間違えかねないともいえます。 ところで、ここ3年間、経営戦略実習の指導を経験して思うのですが、なかなか理解してもらえないことがあります。データや情報から企業の現状を学び理解することは必要だけれども、データを延長したところに、あるいは情報が示唆するところに企業の将来があるわけではない。現状を理解できたら、それから離れて戦略仮説を考えなさい。戦略仮説を立てたら、仮説を検証するために改めてデータや情報を使いなさいと指導するのですが、戦略と計画とを混同しているようで、理解してくれる研修生は少ないのが実情です。経営戦略を考えるときのデータの使い方、戦略と計画との違いがよくわかりましたといってくれる人もいるのですが、少数ですね。 『まんてん」の人間アメダスのアイデアをみていて、人間アメダスとは気象予報を検証するための手段なんだよなと思うのですが、そのことをいまのところ語ってくれません。いつか番組中で語って欲しいと思いながら観ているのですが?(03/01/25) |
|
| Top | あやしげな光景 | |
![]() |
昼の散歩はいつもの木幡池湿原でしたが、いつも目に写っているものですが、シナップスの活性が高かったのでしょう。見るものが次々と響いてきます。 カメラに写し撮り、いざ帰らんと湿原の出口に向かっていると、その近くにクヌギかコナラかの小さな雑木林があるのですが、その中で高校生くらいの女の子が着物を無造作に肩から掛けビデオカメラに向かって無心にポーズをとっている光景に出くわします。画像にカーソルを置いていただくとわかりますが、彼女のバックには布切れが舞い上がったかのように木の枝に掛けられています。あやしげな光景です。カメラを向けていました。見ていると娘のことが想い出され、親しみを覚えて、つい声を掛けようかとも思ったのですが、集中している様子。思い止まりました。 こういった光景に出会えたことを考え合わせると、今日の穏やかな天気が人の感性を興奮させたのかもしれません。春の訪れを待ちわびる飢餓の遺伝子の仕業だったのでしょうか。 皆さんはいかがでしたか。 しかし、気持ちがワクワク、うれしくなりますね。こういう光景に接すると。 ただ、刺激的だっただけに、表題を何と表現したよいのか悩みました。まず思い浮かぶ言葉をそのままにメモしました。最初に浮かんだのが「どう表現したらよいのだろうか」、次が「ファッション」、そして「映像表現」、「感性の表現」、「あやしげな光景」、「孤独な作業」、「感性トレーニング」。 ファッション、映像表現、感性の表現をまず除外。最初に浮かんだ「どう表現したら...」は長すぎるし、手抜き。感性トレーニングはストレート、「孤独な作業」は気になる言葉でしたが女の子の仕草や生き生きとした印象、また今日の天気とはそぐわないなということで「あやしげな光景」に、クリックしていただけそうな表現ということも考慮して、決めました。 今日いくつか写し撮ったアイデアは、またいつかアイデアに詰まったときに新たに写真を撮ってご紹介したいと思います。 なお、『私を撮って』では、当日撮ったものを使用しています。比較したりする場合はその限りではありませんが。(03/01/26) |
|
| Top | 自動車に飲み込まれた社会 | |
![]() |
2,3年前から放置されている自動車です。最初にタイヤが外され、ガラスが割られ、ナンバープレートがそのうち無くなり、ゴミが投げ込まれるというパターンで路上に廃棄される自動車が4,5年前から多くなりましたね。半径1km範囲で10台以上あるのではないでしょうか。路上駐車も常態化し、路面のアスファルトに車の形が残っているところもあります。前の日曜日、その形に合わせて車を止めようとしているのを見て笑えてきました。近くの小学校の東西の道路は駐車禁止になっているのですが、2年くらい前から駐車が多くなりました。妻に聞くとこれまで警察に通報していた人が移転したのだそうです。昼間も駐車しているのですが学校関係者も見て見ぬ振りのようです。 3,4年前、わたしの住んでいる町内で女子高生が痴漢に遭いました。彼女は、恥ずかしいけれどもあえてと、町内会の回覧に路上駐車を止めるように訴えました。わたしの家が防犯委員に当たっていましたので、防犯委員会で路上駐車を取り締まるべきだと出席している警察官に言ったところ、周辺に駐車場が少ないのでしかたないということです。唖然としてしまいます。また、町内会もその当時の会長が数台を路上駐車している人でまったく何もしません。被害にあった女子高生はどんな気持ちだったのだろうと思うと胸が痛みます。 こうした路上駐車がわたしの住んでいる地域で増加し始めたのは、ホンダが火をつけたワンボックスカーブームです。それまで自宅の駐車場に入れることができたのに入らなくなったためです。車高が高いため車庫の屋根がつかえることが一番の原因のようでした。そのうち車庫が物置になり、車は路上です。その後は歯止めがかからなくなります。みんなで渡れば怖くない症候群ですね。駐車場業者も車庫証明をお願いすると駐車料金1年前払いで2か月分が証明書代だといいます。 また、歩道に乗り上げ占拠する行為も多いですね。一度は、乗り上げて車を降りようとしていたので注意したら凄まれました。もう一度は、うめ吉をつれて散歩していたら歩道に乗り上げたまま、わたしの方にバックしてきます。この人も同様の態度で、そのうち近くにマンションが建つということで反対運動が起きたのですが、先頭に立っているのにはあきれ果てました。 今日の京都新聞夕刊に倒産したロンシャンを子会社化して再建している外与のことが載っています。創業300年の近江商人の代表的な企業です。いまも経営に生きる基本思想として『他利・自利』(他人の利益となることが自分にも利益となって返ってくるという相互繁栄の精神)を掲げているそうです。こうした経営思想・理念を掲げている企業は老舗に限らず多いと思いますが、従業者は果たして、こうした思想や理念を担いえるのだろうかと思わず考えてしまいます。駐車場がないのでという声が聞こえてきそうですが、もたない決断もあるのではないのでしょうか。京阪電車の木幡、桃山南口の両駅まで10分足らず、JR木幡駅まで12分。昼も駐車したままの車両が3台に1台はあるように思います。 こうした光景を見るたびに、自動車に飲み込まれてしまった社会だなとつくづく考えさせられます。車が一般家庭に普及し始めてから30年、加えて21世紀は環境の世紀、そろそろ車社会も成熟していいのではないのでしょうか。燃料電池車でなんとかなるとゆうことでしょうか。 一つの提案です。都市部に居住する人の車所有コストを大幅に高くし、その代わりに中山間地域では無税にするといった施策を考えてもいいのではないでしょうか。併せて、ITを活用して車庫証明システムを厳格に運用すればと思いますが、これには警察や自動車会社が反対しそうですね。これも駄目か?(03/01/28) |
|
| Top | 自然の浄化システム | |
![]() |
今日は寒かったですね。高知市も16年ぶりの大雪とのことです。 木幡池湿原に行くと北北東の方向に琵琶湖から水を吸い揚げているかのような竜巻にも似た雲が迎えてくれます(写真1枚目)。見上げると上空の7割程度は青空(2枚目)ですが、雲の流れは速く、北西の方向には真綿をちぎったような、見るからに寒さが伝わってくる雲です(3枚目)。夕方には綿状の雲が、あたかも戦艦が編隊を組んでいるかのようで、南南東に向かって足早に移動していきます。夕日を背にうけて、薄っすらと色づいた様は、イラク攻撃を予感させる光景でした(4枚目)。 近年は趣味が多様化してスキーを楽しむ人は減少の一途ということですが、今日送られてきたメルマガによると韓国ではスキーが大流行とのことです。ただ、韓国では、スキー場のほとんどが人工スキー場で雪質も悪いのだそうです。 雪質もすばらしいということで、2,3年前から青森、秋田、山形のスキー場では、韓国からのスキーツアー客が増え始め、今年は100人規模のツアーもあるということです。 3月16日から世界水フォーラムが京都を中心に開催されるということで、水についての関心も高まっています。関西の水がめである琵琶湖は、最近は外来魚報道で賑わっていますが、水質も富栄養化が進んでいるようです。冬季の降雪量が少ないことも一因とのことです。 京都にいると琵琶湖の水位と降雪量との関係を考えてしまいがちですが、水質にも少なからず影響しているそうです。雪どけ水は琵琶湖に入ると、水温が低いため湖底に沈み、富栄養化した湖底に酸素を供給する役目を果たしているとのことです。川を汚さない努力もさることながら、こうした自然の浄化システムを機能不全に陥れる地球温暖化には、無関心ではすまされない思いです。自然との共生などと理念だけが先行していますが、21世紀に少なくとも負の遺産だけは残してはいけないと考えれば、もっと真摯に受け止めなければならない喫緊の課題のように、わたしには思えます。(03/01/29) |
|
| Top | パラダイム・シフト | |
![]() |
今日も寒かったですね。早朝には、音羽山トンネルのつららが送電線を切ったため新幹線が2時間半にわたってストップしたようです。昨日に比べ風が弱かったので外は幾分ましでしたが、家の中は昨日以上に寒いです。特に、夕方からはひどいですね。 今日はいつもより目線を下げて観察してみました。以前から申し上げているとおり木幡池湿原は茶系一色です。目線を下げ、その中じっと見てみると緑色した葉が見えます。ノイバラです(ヤマケイの『日本の樹木』で確認すると葉の形が楕円形で小さく、地をはって長く伸びていることからテリハノイバラと思われます)。 よく見るとダイダイ色の実がまだ付いたままです。画像にカーソルを重ねていただくとおわかりいただけると思いますが、熟しきっており今にも落ちそうで、『早く鳥さんわたしを運んで』と叫んでいるように観えます。この湿原は小鳥も多く、夏にはヒバリも空高く舞い上がり、さえずります。バードウオッチングをしにくる人がいるくらいです。ただ、ここ1年前くらいカラスが時々桃山御陵から集団でやってきては小さな鳥を追い回している光景を見ることがありますが、それでも鳥はかなりいます。 ノイバラの実の様をみているとどうしても他の土地に連れて行って欲しいと叫んでいるように聞こえます。それが環境の激変にも生き延びようとする危機管理なのでしょう。 ひるがえって人間の世界、企業経営の世界をみると何年かおきに不況がやってくることを知っていながら対応できません。今日もいつも通り働けば明日は保障される、あるいはもっといい日が訪れると信じきっています。 今日の日本の深刻な不況をもたらしているグローバリゼーションは、ロシア崩壊前後から言われ続けていたのですが、わが国は、わが社は次々と問題解決に取り組み多くの成果をあげている。業績もそれに伴って伸びている。先端産業分野でも着々と備えができている。21世紀はパックス・ジャポニカだ。どうして危機が訪れようかと思い込んでいたのです。危機に直面しても一生懸命働けば脱出できると考え続けています。 スイスの時計業界のことを考えてみてください。1960年代の後半まで圧倒的なリーダーであり、マーケティング、生産、技術すべての面で先端にいました。しかし、1967年をピークに転げ落ちます。その原因はクオーツをいち早く取り入れた日本に市場を奪われたためですが、実は、クオーツの研究でもスイスは先頭を走っていたにもかかわらずです。また、電子時計の到来も予期されていたということです。しかし、スイスは世界に冠たる自国の技術を無用にするような構造転換を図ることはできなかったのです、そのため電子時計の時代が来ることを無視したのです。その結果、10年後には時計産業に従事していた6万人のうち、5万人が失業するという壊滅的打撃を受けます。 今の、これからの日本を見ているようです。成功体験に縛られパラダイムの転換のできない、リストラしか打つ手のない経営者は身を引いてもらいたいものです。本人が一番自覚しているのかもしれませんが、それなら引導をわたすべきなのですが、小泉内閣には多くの国民がそれを期待したのですが。インフレターゲット論を周辺が持ち出しても、自分は言っていないと逃げ回る有様では終わりです。(03/01/30) |
|
| Top | 民族大移動 | |
![]() |
今日は午後4時くらいまでは暖かでした。体にまだ残っている昨日までの寒さと比べるとどこかポカポカしたものを感じます。 そうした陽気のせいでしょう、通りすがりの児童公園にある鉄棒とブランコが目に静に語りかけてきます。この児童公園は、子どもたちが学校帰りによく遊んだようで、『きょうはみどり公園にいってきた』という声が記憶に残っています。 腰掛けてみるとわたしのお尻には窮屈です。鉄棒は苦手で蹴上がりができるようになるまでに手の皮がなんども剥け、たこになったことや、ブランコは得意で何人も肩にのせてこいだり、どこまで飛べるかを競ったりしたことが思い出されます。5年ほど前小学校1年から中学の2年まで過ごした富田村に妹がつれて行ってくれました。道や家並みはほとんどそのままですが、記憶に残っている家の大きさ、大通りから家までの距離は小さく、近いものでした。まるでミニチュアを見ているようです。子どもの体の大きさで記憶に残っているということでしょうか。 わたしの記憶に残っている家系は祖父からですが、祖父はいまダム建設の是非でマスコミにも取り上げられている熊本県の球磨川上流の坂本村生まれです。結婚するまでわたしの本籍はそこにありました。その当時は八代郡球磨村大字坂本だったと思います。父は樺太生まれです。祖父が樺太にあった王子製紙の真岡工場に勤務していたからです。祖母は函館生まれです。わたしが生まれたのは山口県下関だと聞かされています。父が戦地から引き上げてきたのが下関だったからと記憶しています。わたしの記憶に残っているのは日南市吾田です。祖父が日本パルプ日南工場にいたからです。その後、小学校にあがるということで父親の住んでいた、富田村に、そして宮崎市で高校卒業まで過ごしました。母は鹿児島市、妻は京田辺市です。大正・昭和の激動そのままに移動を繰り返してきたかのようです。 わたしは1947年生まれですが、中学を卒業すると半数は農業か、集団就職。金の卵といわれた時代です。高校卒業後就職するのが半数で、銀の卵といわれました。就職といっても大半が県外という時代です。大都市へと若者は大移動しました。 ところで、京都府の森林組合に新規就業した人たちを対象とした意識調査をしたことがあります。地元から就業した人は、「都会から時々やってきては田舎はいい、自然はすばらしいというが、じいさんの時代から森がどうの、木がどうのといわれてきた自分のとっては、そんなことはどうでもいい。飽き飽きしている。都会へ出たい」と。都会から新規就業者した人は多くは30代以上なんですが、10代の若者だったのですが「こんなすばらしい働く場所があるなんて知らなかった。下宿先での生活も毎日が楽しい。都会へは友達に会いに休みの日にいけるのでそれでいい」とのことです。10代から20代前半の新規就業者の生き生きとした声。地元からの、都会からのどちらの声にも共感できます。これは民族の大移動しかないと思いました。ただ、子どもの教育の問題をお金の面、環境の面でどう解決するか、これだけが大きな課題だと思います。 しかし、政治の動きを見ていると子どもの教育コストはますます親の肩にのしかかってきます。教育と中山間地域の再生は21世紀日本の重要課題だと思うのですが。(03/01/31) |
|