Cry Cry

泣いている 泣いている

寂れた匂いのする星で 悲しく誰かが泣いている

 

 

科学が進歩して、人の目が遺伝子の隠された能力を発見し始めた、未来。

兵器の上げる絶叫が大きくなり、人の命が安い札束になった、未来。

人が、人と同じ種族を生み出す事が可能になった、病んだ星がある。

星は青く、水の流れが美しい。

街は赤く、血の流れが麗しい。

銃火が、街の一角で鳴いていた。

 

人気のない見捨てられた裏路地に、体格の良い男達が息を切らせて駆け込む。

その手に持っているのは、軍でも採用されたばかりの人殺しの高級ブランド品だ。それさえ持っていれば警察機関でさえ恐れる事はないし、使い手の男達も道具を使えるだけの能がある職業人達。

今も、三人が路地の入り口の所で追撃者に対して弾幕の洗礼を送っている。二人が撃つ間に残りの一人が弾を込めるというローテーションで、間断なく銃撃を見舞っているのだ、これで易々と近づいてこれるような人間はいない。

はずなのだが、脂汗を掻いているのは最新兵器を持つ男達で、強張った表情をしているのも男達。

路地裏の向こうに止めてある装甲車両に必死の視線を向け、周囲の建物からの強襲に警戒しながら近づいていく。

その歩みは早歩きで、路地入り口で戦っている三人とはすぐに距離が離れる。すると、三人が引き攣った悲鳴を上げた。

来たのだ。あの弾幕の壁を野原のように越え、その死神の鎌を惜しげもなくさらす化け物が!

続いた銃声に、ついに男達は駆け出した。

歩いている場合などではない。軍隊に通用するような隊列など組んでいる場合でもない。相手はそんな当たり前のトリックが通じる相手ではないのだ。

「く、くそ!」

一団のリーダーが、大声で怒鳴る。

相手にこちらの居場所や状況を教えてしまうが、もう構うものか。車はすぐそこだ。それに辿りつければ死なず、それに辿りつけねば死ぬだけ。

「戦場を経験した俺達が、こんな、こんな無様に……たった一人に!」

たった一体の持つ戦力が、人類が延々と培ってきた闘争術を凌駕するとは!

装甲車はもうすぐそこだ。

それは、装甲車と名は取っているが実態は砲口のない戦車に近い。大抵の砲撃をものともしない、最硬度の動く要塞。

後一歩。後ろからの追撃者は、あの三人が命を賭けて食い止めたのか、気配は無い。

「今回も、また命を拾ったか……いつも、戦友がオレを守ってくれる」

そう、どの戦場でも、常に生き残ってきた。

多くの仲間を犠牲にして、時にはその死肉を食らった時さえあった。

だが、今までこれほど一方的に叩かれた事はない。

「噂には聞いていたが、これほどまでの化物だったとは……非人道兵器めが!」

荒い呼吸を吐いて、二十人からたった五人に減った生き残りとともに装甲車のボンネットを見上げ――ぎょっとした。

月明かりにわかる漆黒の黒い円。それは影だ。死神の影。

「ッ! 上だ、撃――」

ボンネットに鈍い着地音。

上空から降って来た襲撃者に、悲鳴に似た声は間に合わなかった。

建物の上を流れる空気を纏っての追撃者の行動は単純明快、持っていたスリムなマシンガンで周囲を掃射。途中弾切れしたので、残りはその銃身でただ思い切り殴打。

血が飛び散り、脳漿が散らばり、臓物が壁に這い蹲り、たまに白い歯と目玉が転がる。

真っ赤な血煙の向こう、リーダーの男は見た。

十六歳ほどの少年が荒んだ顔に痛快な笑みを浮かべ、その純白の髪に赤い染料を塗りながらオレンジの瞳から悲鳴の涙を零す様を。

「ホワイトデビルっ(白髪の殺人鬼)!!」

実入りの良いスイカが爆ぜる音が、そっと路地裏を流れた。

 

俯いた少年は、ただただ歩いていた。

被弾した箇所は、右上腕部、左足太股、左脇腹。服が破れ、血に汚れている。

だが、まるで少年は気にしない。荒んだ顔はまるで魂のない人形のように感情の色が落ち、握り締めたマシンガンも力なく垂れ下がり、真っ赤な血だけが垂れていく。頭部と心臓、肘などの関節部を覆っている白いプロテクターも真っ赤な有様を強調させ、より少年をゾンビのように仕立てていた。

何もする気が起きないのか、顔についた血すら拭おうとしていない。

男達の死体――否、残骸が散らばる路地裏から、どれくらい歩いただろう? ようやく、目の前に人垣が見えてきた。

だが、その人だかりは奇妙だ。大半の人物の影は、屹立したまま僅かにも動いていない。

その動かぬ影の前、幾つか動く影が少年を発見して、勝ち誇るように笑った。

「おい、NNが帰ったぞ。さすが最新モデルのプロトタイプだ、たった“一機”で二十人を返り討ちにしてきたぞ」

「ほお、優秀なようだ」

「当たり前さ、骨格強度、筋肉強度、神経伝達速度、再生能力に闘争本能、どれも従来“製品”よりも倍は性能が良い」

「これで、コストパフォーマンスも良ければ“量産”するんだがな」

「まあ、“単機”の性能を追求したと思えば良いさ」

その会話を聞いて、NNと呼ばれた少年は、はっと小さく笑みを零す。

「おや、NNが笑ったぞ?」

「それはおかしいな、“自虐プログラム”は働いているのかね?」

「まあ待て……」

男の一人が、ポケットから電子手帳を取り出す。ただ、画面に映し出されるのは『NN』と呼ばれた少年の身体状況・精神状況だ。

そこに現れた脳波の乱れをチェックして、男が笑う。

「大丈夫だ、働いてる。ただ、やはりNNだな……精神構造を人に似せようとしたため、反応が“他の機体”と違うようになっているんだ」

「なるほど、自虐による反応が違うと」

その会話を意識から外しながら、NNは溜息を吐いて動かぬ影の群れに近づいていく。

動かぬ影は、どれも人形のように表情が無い少年少女達。

その中では、まだゾンビのように見えるNNは表情があった――諦めである。

それは人生への諦め。

希望への諦め。

変化への諦め。

一切合切への、諦め。

「うむ。まあ、詳しい検証は戻ってからにしよう。麗しの“ハウス(檻小屋)”でな」

「よし、ベルセルキール全機に告ぐ、撤収開始」

了解。

立ち並ぶ少年少女が、一呼吸の誤差もなく一斉に声を上げる。

ただ一人、NNだけはゆっくりと呼吸をし、

「了解……」

疲れたように呟いた。

 

表情もなく、黙々と狭い車内に乗り込む子供達は、ベルセルキールと呼ばれる兵器群。

そう、子供達は、人として認められていない。人権がない。

現代の科学は、人の遺伝子を操作するという技術を神の領域に高めていた。

人の中に眠る遺伝子は、まさに地球生物の歴史。人間という種族よりも遥かに身体的に優れた獣達も眠っている、それを利用したのがベルセルキール(人工生命兵器)だ。

培養槽から産み落とされる名も無きクローン体である彼らの人格は完全に無視され、機械人形そのものとして扱われる。

体内には監視・命令用のチップが埋め込まれ、行動を制限し、さらに常にデータを取り続ける事が可能。脳に直接データを焼き付ける“アクセプタ(信号強制記録)”により、“生後一年に満たない兵士達”は戦闘技術を完全にマスター。他の特徴として、一旦戦闘が終わると、人を殺めた罪悪感(人の命を軽薄に扱わせない人道処置という名目)などが増幅されて感じさせられる、自虐プログラムの発動によって苦しむ事になる。

彼らの多くは軍事目的や治安維持に用いられ、人の遺伝子を持ちながら非人道的な扱いを受ける彼らに寄せられる同情の眼差しは多いが、クローン体である事、獣の遺伝子が顕著である事、なによりも、“便利である事”が理由に彼らに人権が認められる事はない。

ベルセルキールとは何か?

研究者や運用者に聞くと、帰ってくる答えはいたって冷淡だ。

ベルセルキールとは、道具だ。物だ。非人間だ。野獣だ。機械だ。盾だ。武器だ。兵器だ。意思亡き者だ。ホワイトデビル――白髪の悪魔だ。

 

これは、そんな世界の物語。

 

Lady & Boy

止まっていた歩みが 砂時計と共に進み始める

上から下へ 下から上へ

堕ちてゆくのか昇ってゆくのか 結末だけが知っている

 

 

真っ白い髪が、墓標のように並んだポット状の培養槽の中で揺らめいている。

長い白髪。短い白髪。中ぐらいの白髪。細い白髪。太い白髪……。

様々にある中、透明なガラスに映りこむ少し跳ねた白い短髪が、溜息をついた。

短髪の少年、NNと呼ばれる人工生命兵器の最新プロトモデルは、母親の胎内を再現している生温いガラスに手を当て、中に入っているモノを見上げる。

まだあどけなさの残る人――否、あどけなさの残る顔立ちをした、恐るべき生命兵器。戦場へ行けば、人間の兵士を十の束で相手取る事が出来、さらに集団戦闘に置いても脳内のチップが相互の情報を交換、単体の三倍の性能を発揮する事が可能だ。

だが、数十本のチューブに繋がれた様は、集中治療室の患者のようでいて、神に罰せられた牢獄の咎人を思わせた。

その自分の兄弟であり、自分の仲間であり、自分の生き写しであるモノを見ながら、NNは小さく唇を動かす。

「生まれて来なければ良かった。そうすれば、こんなに悩む事もない」

平坦な口調に、血反吐を吐き出すような言葉。

『G−FURE−IA』と番号の振られた培養槽に片手をついて、少年は続ける。

「お前も、まだ覚醒する前の今に壊れてしまえば……」

兄のように優しくガラスを掌で撫ぜて、少しずつ、力を注ぎ込んでいく。

割ってしまおう――こんな不幸な卵は、不吉な子供ごと。

小さな微笑がNNの唇を彩り、次の瞬間、脳の中の監視チップに思い至る。

「はっ……ははは……」

微笑みを嘲笑に変えて、NNは笑った。

掌の力を、入れた時同様、少しずつ抜いていく。

背後、NNと同じく嘲笑が聞こえた。

「そんな事、出来る訳ない……殺人人形に、そんな高等な芸当が出来ると?」

見れば、黒いスーツを品良く着た男が、見下ろして立っている。記憶に無い男。

「確かに、戦争をして何度も同族で殺しあうような高等な芸は、人間にしか出来ないな」

NNの詰まらなそうな口調に、男は笑みを止めて培養槽を――その中の少年少女を見る。

「実験だよ。戦争は全て実験だ。より良い技術を生み出すための、壮大な実験。レーダー、ロケット、船や航空機、それらは全て戦争という大実験を経て生み出され、進化したものだ。そして、」

男は周囲のベルセルキールを示して、NNを示す。

「君達はその大実験の末に見出された便利なモルモット……そう言った所かな?」

「お前達がそういうのなら俺は否定しない。作って使うお前達が馬鹿かどうかか、俺が言わないのと同じようにな」

NNの手が一瞬消えたかと思うと、ハンドガンを握り締め、男に突きつけられている。

「ここは機密ランクA級。ライセンスのない人間の立ち入りは許可されていない。十秒以内にライセンスの提示、及び名乗る事を勧告する」

「ほほう? 君はライセンスなしで入っているようだが?」

「ベルセルキールには人権がない。よって、ライセンスなしでもこのフロアに入る事が可能だ。掃除用機械がこのフロアに入っても問題がないようにな……三秒前」

「おっと、これだ」

可笑しそうに笑って、男はポケットからライセンスを取り出す。

視線をそこに送り、確認する。紛れも無い本物のライセンスは、不法侵入者という訳ではなさそうだ。何より、その身分。

「BK(ベルセルキール)シリーズのスポンサーか……ミッドガルドカンパニーは、最も熱心に融資している連中の一つらしいな」

「その通り。そこの特別役員、BKシリーズのより効率的な運用方法が無いか、研究に回された者だ。名前は書いてある通り、ローゲ・スレイプニル、以後顔見知り頂こう。プロトタイプ、NN君」

再びライセンスをポケットに戻し、ローゲは業務用の完璧な微笑み。

「君がここにいると聞いてね、仕事が入ったと呼びに来たんだよ。この眺めも見てみたかった」

「良い趣味をしている。どっちが好みかは知らないが、男も女も、若いのが揃ってるからたっぷり見ていくと良い」

お前の言う、ただの殺人人形だがな。

NNは心中で付け加えて、踵を返す。だが、背後からの声は、NNを逃がすつもりがないらしい。

「ふふ、私も今回の仕事はご一緒するんだ。残念だが、ポットの中の彼女たちの相手は出来ないな」

「ふん……俺の知った事ではない。仕事相手の安全が優先だ、ついてこようがついてこまいが、お前の相手をする事はない」

「おや、仕事に忠実だね?」

何を馬鹿な事を……。

NNは、皮肉気な薄笑みを顔に貼り付け、ローゲを首だけで振り返る。

「そう作ったんだろう? お前達が、俺達を、死を受け止める盾代わりとしてな」

「くくっ、まったくもってその通りだ」

ローゲの押し殺した笑い声が、やけにNNの気に障った。

 

白いプロテクターに身を包み、白髪の少年少女は立ち並ぶ。

手に手に凶悪な銃器を構え、感情のない視線を見える範囲全てに巡らせているのはBKG(ベルセルキール・ガーディアン部隊)、通称“盾部隊”と呼ばれる、要人警護のベルセルキール達だ。

その中で、唯一諦めという感情を顔に出すベルセルキールは、警戒を他に任せ、今回の警護対象を見る。

国立病院の白い建物から出てきたのは、二十歳過ぎの女性、事前に頭に叩き込まれた資料によれば、二十三歳。女性的な体格に薄青色の瞳、黄金色の長髪が腰の半ばで広がっていて、美人という類に入るのだろうとNNは思った。

彼女は、立ち並ぶ少年少女達、NNの方を見て、眉をしかめる。

それから、女性に歩み寄ったBKシリーズの現場管理者やローゲに向かい、静かな怒りの表情で何事が言い合っているようだ。

ベルセルキールとして兎並の聴覚をもつNNは、その会話を意識的に雑音として断つ。聞く気になれば幾らでも聞けるが、どうせ気持ちの良い話ではない。

『気持ちの悪いベルセルキールの護衛なんて要らない』

もしくは、

『半獣半人のケダモノの護衛なんて御免だ』、『ホワイトデビルの厄介にはなりたくない』

そんな所か。

こんな時、感情を形成されていない他の兄弟が羨ましくなる。感情さえなければ、嫌な思いはしないのだ。

「いや……考えるのはいつもか……」

こんなに悩んでいるのは、感情があるからだ。

呟いて眉を寄せながら、自嘲の笑みを堪える。警護中にこんなサボり行為を見つかれば、身体検査に持っていかれてしまう。

あれは地獄だ。痛覚を持たず人権もないベルセルキールに麻酔は必要ないと言われ、頭を切り開かれて直接脳に装置をつけて反応を調べるのだ。前にやられた時は、あまりの気持ち悪さに吐こうかと思った。

嫌な記憶を反芻しながら時間を潰していると、不意に、目の前に誰かが通る。

はっとなって見れば、先ほどの女性と、ローゲ達。

「知っていますでしょう? 私は、ベルセルキール……彼らの現状の扱いに不満を持っている霊魂主義者ですよ?」

穏やかな声。怒っているようなのに、それは訴えにも聞こえる。

「非科学的な考えと言われようが、どれほど馬鹿にされようが、彼らの扱いは明らかに不当です。そんな彼らに、私を命がけで護衛して下さいと頼めとおっしゃられても困ります……私にそう頼んで欲しいのでしたら、彼らの扱いを改めて下さい」

その硬度と十分な敵意を抱いた言葉に、管理者達は困ったようにあちらこちらに視線を巡らせた。NNの記憶によれば、彼女の警護は政府から直々の依頼のはず、万が一があれば、管理者全ての首が飛ぶ事だってありうるのだ。

うろたえている管理者の姿に、NNは小さく笑む。

嫌味をたっぷりと塗りたくった唇で、

「ざまぁみろ」

呟いた。

だが、NNの嘲笑いなど知らず、ローゲが物腰も穏やかな所作で彼女の前に出る。

「霊魂主義の貴女の……いえ、あなた達申し分はわかりました。そういう事でしたら、こちらに要求を纏めて送ってくだされば、検討会の方で必ずや意見を取り入れるとお約束しましょう」

完全な商業用の笑みに、しかし彼女は気づいた様子はない。その答えに嬉しそうに胸の前で両手を合わせ、不思議な銀光沢の十字架を握り締めた。

「本当ですか! あ、ありがとうございますっ」

「ただし、一つだけ条件が」

喜びを止めるように目の前にかざされたローゲの掌に、女性は若干の不安を交えてみる。

そんな彼女に人の良さそうな、ローゲの仮面の苦笑。

「どうか一人だけでも、ベルセルキールの護衛をつけて下さい。そうして頂かないと、その要求を検討会に提出するようにと進言する前に、私の首が飛んでしまいます」

「え、あ、でも……」

「あまり深くお考えにならないで、要求を纏める時にも役立つと思いますから」

「そう、ですね……わかりました。では、お一人だけ」

良かった、と大仰にローゲは溜息。その周りで管理者達は本気で溜息をついている。

ふと、NNは嫌な予感がした。

話の流れがおかしいと、思ったのだ。

どこがおかしい?

半ば聞き流していた会話を、濡れた紙を手繰り寄せるように慎重に戻す。

一つだけという出した条件がおかしいのか?

いや違う。ベルセルキールは一体で十人のプロに匹敵する。ましてや自分は二十人を軽く蹴散らせるのだ。

その前の段階。

要求を、取り入れる?

ベルセルキールが出来てからNNの世代、“G”から始まるナンバーを持つ七世代の今まで、霊魂主義の主張をずっと無視し続けてきたというのに、今更、こんなあっさりと?

それほど、あのローゲという社員に権力があるというのか……。

いや、そんなはずはない。

「NN君」

「っ!」

勘が危険だと訴えかける思考の中、答えを遮るようにローゲがNNを呼んだ。

唐突な出来事に、一瞬表情が歪みそうになったが、普段からの無表情の恩恵か、NNの顔は変わらなかった。

「何か用が?」

動揺を抑えたぶっきらぼうな言葉に、女性が少しだけ驚いたように口に手を当てる。

ふん、とNNは諦めの濃い表情の笑み。

「こんな喋り方のBKには初めて会ったか?」

「こらこら、NN君。少しだけ黙っていて下さい」

『人形風情は』と途中に付け足してやりたそうに、ローゲは女性に見えないようNNを見る。それから、笑顔で女性を見て、

「驚かれましたか? NN君は……と言っても、私も今日会ったばかりですが。何でも、要人警護の時に、多少なりとも会話をさせようという試みをして、他のベルセルキールよりも感情の波が豊かというか、独特でしてね」

「素直に言えば良いだろう――俺は不良品です、とな」

皮肉な笑みを浮かべて、NNは五センチほど高い場所にある女性の顔を見上げた。

女性は、穏やかな笑みを浮かべている。

NNにとって、今まで電子画面や本の絵でしか見た事のないその表情……。

「私の名前は、光・フォレスタ……ひかりって、気軽に呼んで下さい。一週間ですが、警護の方をよろしくお願いします」

「俺じゃなくてそっちの人間に言えよ。俺に任務を勝手に受諾したり却下する権限はない」

「あ、えっと……」

棘のあるNNの台詞に、女性・光は少し困ったように苦笑したが、それでももう一度、

「それでも、よろしくお願いします」

言った。

「……? 俺の言った事が伝わらないとは、資料を見た限り思えないが」

「いえ、危険から私を守ってくれるのは貴方ですから」

「ふん……おい、受けて良いんだろうな?」

光を無視して、NNは自分を管理する顔ぶれに問い、そして肯定を貰う。

光の困った顔を、腕を組んで正面から見返す。

「一週間、俺が護衛させて貰おう。我侭な護衛対象殿」

 

「それで、この後のそちらのご予定は? ショッピングなどに行かれますか?」

NNの礼のなさをフォローするように、ローゲが恭しい口調で聞く。

「いえ、特にありません。ホテルに帰り、今日はもう休もうかと……あら?」

光が何か気づいた風に、ベルセルキールが並ぶ方を見る。つられるようにNNも見れば、何やら赤子くらいの大きさの布を抱えた女が光の名を叫んでいた。

「あれは……その方を通して下さい。きっと赤ん坊が病気か何かなのでしょう?」

「何かそんな事を言っている様だが……」

「なら、私が治療してみますから、通して下さい」

管理者の一人が、その彼女の訴えに通行の許可を出す。それまでは頑なに通さなかったベルセルキール達は、それだけであっさりと通らせ、女性は嬉しそうな表情で駆け寄って来た。

「おかしいな……赤ん坊?」

誰一人として呟かない疑問をNNは呟き、鋭い視線を女性の腕の中の布に向ける。

赤子という、人間にしては妙な匂いが、その中から漂うのだ。そう、機械によく使われるような、無機質の匂い。

犬並みに鋭い鼻をNNがひくつかせると、それは明白だった。

鋼鉄の、良く砥がれた刃の匂い。

気づいた瞬間、女性と光の距離はナイフの間合いになっている。女性は布の中から鉈のようなナイフを抜き放つと、そのまま驚愕に凍った光に振り下ろす。

真っ赤な血が、銃声と交差して響いた。

「なっ、なんで、ベルセルキールが……っ」

困惑した声を捨て台詞に、襲撃者が口から大量の血を吐き出して後退、倒れる。

対して、硝煙を上げるマシンガンを右の手に構え、左手でナイフの刃を握り締めたNNは、鷹と同じ視力を持つ瞳を周囲に巡らせ、索敵。

その結果が、チップを通して素早くベルセルキール全体に行渡り、なんて事のない日常の夜が吼えた。

敵は約十人ほどいたらしい。その顔の全てに驚愕が張り付き、口々に何故ベルセルキールがと言っているようだが、NNには理解不能な言葉だ。

世界的に有名な医師である、光・フォレスタ。その護衛にベルセルキールがつくのは至極当然だと言える。事実、光・フォレスタを狙った襲撃者の彼らがいるのだから――光の価値を知って襲いに来た彼らが、何故そのような問いをするのだろう。

だが、関係ない。

非人道兵器達は、狂喜の表情で銃口を獲物へとセットし、トリガーを引き切る。

少年も、少女も、嬉々として殺していく。NNも、ベルセルキールは誰も彼も。

銃火は僅か二分足らずのうちに消えた。すなわち、敵の全ては殲滅されたのだ。

夜の路地に、真っ赤な化粧が施される。着飾った夜は、しかし、何も語らない。

 

Warmth

それは 地上の生よりも先に与えられる

酸素のようで 水のようで その全てよりも大切なもの

母が子に 必ず与えるもの

 

 

それなりに豪華なホテルの一室に着くと、管理者達は一礼して帰って行く。ローゲという男も、品の良い挨拶を残して行った。

もっとも、NNの脳内に監視用のチップが埋め込まれている以上はさして変わらないが。

「外出したくなったら言え、俺は少し休む……」

疲労感を込めて言ったNNは、重い体を引きずって部屋の隅に座り込む。何もしたくない。心配げにそれを見る光が、何か言っている。それを聴くのも面倒だった。

何も、何もしたくない。

喋る事も聞く事も、守る事、攻める事、殺す事、全ての事をしたくない……いっそ、呼吸すら止めてしまいたい。

「ねえ、NN君? だ、大丈夫ですか? あの、怪我が……」

怪我なんてどうでもいい。尻尾が丸ごと再生するトカゲ並とまではいかないが、それに準ずる程度の再生能力は寄与されているのだ、死にはしない。

虚ろな表情を光に、感覚的には、そこにあって喋る物体へと向ける。

それだけ――何もしない。

「え、NN君、どうしたの……? もしかして、これが、自虐プログラムっていう……」

少したじろいだ声に、びくん――電気が流れたように、NNの体が跳ねる。

――来た……来た、来たっ、来た!

NNは自分の体をきつく掻き抱き、ぎゅっと握り締める。

戦闘が終了した直後から、これが来るのが恐ろしかった。光が危惧した“自虐プログラム”は、正確には今まで発動しておらず、ただこれが来る事が恐ろしくて滅入っていただけだ。

逆に、考えただけで死にたくなるほど、酷い。

NNの脳内に、ひたすら今まで殺した者達の顔が繰り返し思い返される。脳内のチップが、脳内の情報を操作しているのだ。それだけではない、勝手に脳内麻薬を分泌し、自分がとんでもない大悪党のように思い込ませてくる。

自分は笑顔で人が殺せる化け物。

自分は人を殺してさえいれば満足する獣。

自分は誰の愛も必要とせず、ただただ殺す事だけを好きになる。

――そんなはずはない!

別なプログラムが発動した。

自分は誰も彼もを助ける聖人。

自分は誰かを助けなければならない。

自分は人ではないが、人を守らなければならない。

ひたすら、脳内でそれだけが反芻している。

何が自分の考えで、どれが命令なのか。それすらも混濁し、反芻の霞の中へと消えていく。

自分は酷い事をしたのだ。今まで殺してきたのは、何の罪もない人だったかもしれない――例え、銃口をNNに向けてきた人間でも。

そんな矛盾した思考。

自分が、強制的に自分でなくなる感覚。これのどこが罪悪感を促すものなのか、理解できないが、ただただ恐い。

いつの間にか、体がガタガタと震えている。

自分の腕を握り締めている指が、爪を食い込ませて肉を抉っていく。

痛いとは思わない、痛覚はないのだから。

「っ!?」

ぐるぐると回転する歪んだ視界の中、何か柔らかい感触が全身を覆った。

生まれて初めて感じる感触。

それが起こした効果は劇的だった。

しばらくの自失の後、視界の揺れは収まっている。体の震えも小刻みだ。

ただ、オレンジの瞳からは壊れたように涙が流れ続けているため、最初目の前の像がわからなかった。

「ぁ、あぁ……?」

不思議と落ち着いていく衝動の中で、NNはようやく悟る。

目の前にある白色は服。額に当たる柔らかな感触は鼓動を刻む人の胸。頭の後ろに回って抱きしめているのは女性の手。そして、全身を覆っているのは、光・フォレスタ……。

「しっかり、しっかりして……」

穏やかな声。

額から伝わる鼓動が、やけに心地良い。体を包む温もりが、愛しい。

この感覚は一体なんだろう?

そんな事を考えるのはどうでも良かった。

ただ、今はこの温もりが欲しい。ずっとずっと欲しい。

酸素がなくても、水がなくても、これだけは必要だ。

その事を自覚しながら、NNは抱きしめてくれる人の両肩を掴み、

「もう……放せよ……」

静かに引き剥がした。

「だ、だいじょうぶ?」

「ああ……ただ、自虐プログラムは作動しただけだ。こんな事毎度だ……もっとも、ここまで過剰に反応するのは俺だけだが」

言って、瞳に溜まった涙を擦り落とす。

すっきりした視界と、いつもの諦めた顔で光を見上げれば、光は泣き笑いの顔。

「よかったです……どうしたのかと、思ってしまいました……」

本気で、本気で心配した涙が、一筋落ちた。

それをなんとなく見ていられなくて、NNは眼をそらす。

「大丈夫だ。それより、包帯を巻くからフロントに電話させて貰うぞ」

別に巻かなくても良いが、適当な話題でNNは逃げるように立ち上がり、その裾を光が掴んだ。

逃がすつもりが無いらしい。

「あの、私が治しますから、そんな事しなくても良いです」

「金にもならない事だ。放せ」

「お金なんて要りませんよ。良いから、怪我した所を見せて下さい」

ぐいぐいと引っ張る光に、NNは溜息を一つ。

仕方ない、という顔で左手の掌と、両腕の肘の上を見せる。どちらの傷もそれなりの深さだ、特に腕の方は抉った分酷くなっている。

だが、光は何の治療道具も出さず、ただ首に架けた十字架をNNの傷口に当てて眼を瞑った。

すると、十字架が淡い青色に輝き、“光”がNNの全身に移り、体の傷口が消えていく。

「はい、もう終わりましたよ」

「こんなに早いものなのか……」

NNは自分の腕を見る。ついさっきまで、傷ついていたはずの腕、今ではその痕跡も無い。

「法術がこれほどとはな」

『法術』とは、超能力などの不思議な力の事で、昔はまるで超人のように扱われていたが、現在、その術者は特殊な遺伝子覚醒者という事が判明している。

法術医師と呼ばれる光は――曰く、生体電流をコントロールし、聖銀(ミスリル)という超金属に伝える事で何らかの現象を起こす事が出来るらしい。現代の科学・医学者、特にBKの開発者達は、そういった法術使い達の遺伝子を解読しようと躍起になり、法術使い達に協力を求めている。

そんな能力者を量産できれば、莫大な儲けとなるからだ。

もっとも、法術使いの多くは、そんな医学的根拠を必要とせず、

「神様の贈り物ですから」

そういって微笑む事が多い。

また事実として、法術使いの大半は霊魂主義者――神の下で生命は全て平等と信じる者達――である。

例に漏れずその一人である光・フォレスタは、怪我の治ったNNを柔らかい笑顔で見つめた。

「それでは、ご飯にしましょう。NN君は、何か好きな食べ物はありますか?」

その質問に、NNは一瞬考え込み、すぐに口を開いた。

「今まで一種類の不味い物しか食べた事がないから、皆無だ」

そう言って、支給されたのであろうパックを取り出す。それにこう書かれている。

『BK用フード 完全栄養ゼリー』

「……それでお腹一杯になるのですか?」

ベルセルキールの少年は、首を横に振った。

人権のない少年は、満腹感を味わった事すらないのだ。

 

少年は、目の前の湯気を見つめた。

それから、すん、と鼻を鳴らす。良い匂いだと本能が感じ、口の中に涎が溜まる。

「良いのか、本当に?」

目の前の肉厚ステーキを見ながら、テーブル対面の光に問う。

光は苦笑。

「良いですよ、遠慮しないで食べて下さい。おかわりしたって良いんですから」

しばし、NNは思い止まっていたが、初めて食べるゼリー以外の食事の誘惑にはそう長い間はかからなかった。

――まあ、ダメならチップが停止命令を出すだろう。

頭の中の監視者に皮肉な笑いを零してから、NNはナイフを無視してフォークを手に取り、肉を一枚持ち上げ、端っこからかじった。いや、かぶりついた。

「んぅ……」

口の中に広がる肉汁に、幸せそうな吐息を零して、NNは牙に近い歯を使って易々と肉厚ステーキを噛み千切る。

初めての体験を、NNはゆっくりとかみ締めた。

口中に広がる肉の少し焦げた風味、レア独特の血の匂い、肉汁の脂の味、塩と胡椒の味……。

記憶に刻み付けるようにして飲み込んで、NNはその荒んだ表情を、少しだけ歪めて――微苦笑。

「美味いな……こんなに美味しいものだったとは、知らなかった」

その複雑な表情に、光は何を思ったのだろうか。

少しだけ寂しそうに、あるいは哀れそうに目を細め、微笑した。

「一週間……もっと一杯、食べさせてあげますよ」

「……物好きだな、兵器に人と同じ食事を与えるなんて……」

「そんな事はありません。NN君も私も、同じ生き物です」

首に下がるロザリオを握り、光は微笑を引き締める。

「父なる主は仰せられるでしょう。生きとし生ける者、全てがその御名の前に平等だと……そう、NN君も私も――ベルセルキールと今は呼ばれる人達も、人間と自らを呼ぶ人も。誰も彼もが、この地上では平等でなければならないのです」

「はっ……まるで、絵本で見たエデン(楽園)だな」

「おや、知らないのですか?」

光は笑う。

「地上は、楽園として創造されたそうですよ?」

神話のおとぎ話か――NNは声に出しては言わなかった。

馬鹿にする必要はないと思う。

科学万歳主義者の戦争好きよりも、ずっと良い気がしたから。

 

「それでは、そろそろ寝ましょうか?」

食事を下げ、風呂上りの濡れた長髪を乾かしながら光は言う。

それに対し、ほぼ強制的に濡れた髪にされた少年は、例の無愛想な表情で勝手にしろと返答。ついさっき、護衛だというのに対象から離れてカラスの行水を慣行したばかりだ。

確かに、血のついた服で部屋を歩き回って欲しくは無いだろうが。

「あ、そうか、ベッドは一つですね……」

「当然だ、俺達にそんなもの必要ない。昔から立って寝るか椅子で寝るかの訓練を受けている……というより、護衛が熟睡できる環境を作ってどうする」

呆れた溜息を隠そうともせず、NNは投げやりな説明。だが、その説明を聞いていないのか、光はNNの容姿を見て、良い事を思いついたとばかりに手を打つ。

「そうですよ、一緒に寝れば良いんですよ。懐かしいです、昔はよく弟と一緒に寝ましたから、久しぶりにその気分を味わえます」

「はあぁっ?」

NNの無愛想な顔が、間抜けに歪んだ。

この目の前の護衛対象は何を血迷った事を、お前が精神科医にかかれ。

「お前、一応これでも体は人間でいう高校生ほどになってるんだぞ? 馬鹿な事を言うな」

思いついた内容を、なるべく、オブラートに包んだ言い回しをしてやる。

「体は?」

しかし、光の意識は違う箇所に。

「それでは、NN君の実年齢は違うんですか?」

「話を聞け……まあ、違うな。大体、俺達の第七世代……“G”ナンバーは、十五歳前後の肉体まで培養槽の中で育てられる、第一世代は十歳前までしか出来なかったらしいが……。とにかく、俺の実質の活動期は一年半ほどだ」

「なら、まだまだ子供なんですね?」

なんだかわからないが嬉しそうな光の笑み。

嫌な予感がする。

「ものの考え方も外見年齢に一致しているはずだ」

「得てして、子供はそう言いますものね」

「………………」

「さ、NN君、一緒に寝ましょう?」

「ダ・レ・がっ!」

NNは忌々しげに光を見上げ、次の瞬間、ひょいと――いうには少し重そうだが、抱きかかえられた。

筋肉骨太ではあるが、所詮小柄な範疇に入る少年が、酷く慌てたように光を睨む。

「は、放せっ!」

「良い子だから、一緒に寝ましょうねぇ」

護衛対象に手荒な事も出来ず、なすがままにベッドの上に――初めてのベッドは、信じられないほど柔らかい。

「く、くそ……わかった……わかったから放せ……」

ついに観念して、NNは自分からベッドの脇に寄り、追うように入ってくる光を見やる。

「とりあえず、ここで寝れば良いんだろうっ」

「ええ、そうすれば良いんです」

半ば自棄の口調にも、光はにっこりと笑う。

その笑顔に背を向けて転がると、光が明かりを消し、照明が落ちた。

――疲れた……。

素直にNNはそう感じた。

通常の護衛任務のように、多数で見張っていないからとか、いきなり戦闘があったからとか、そういうものではない。そんな事なら、一年半の活動時間でも十分あった。

肉体的というより、精神的。今まで逢った事のないタイプの慣れない行動・言動に、こっちは慌ててばかりだ。

――鬱陶しい。

だが、その一方で、疲労感は奇妙な満足を帯びている。

これも、今まで体験した事のない類の感覚。初めて食事をしたとか、ベッドで寝るとか、全く無関係とは言わないが、それとはまた違う何かが満足している。

――心地良い。

そう感じた。

生まれて初めてだと思う。

まあ、鬱陶しいのと疲労感と足して、プラスマイナスゼロで意味は無いが。

そんな事を考えながら、これも心地良いと感じられるうとうととした感触。くすぐったい小波のようなそれを、もう少し感じたいと思う半面で、すぐに瞼は落ちようとする。

これも、ベッドの上で寝るからか……。

シーツに顔を押し付け、ついに寝ようとした時。

「……?」

首筋に、するりという通り抜ける感覚。

何が……と思うまもなく、答えは来た。

「ん……NN君……」

柔らかい抱擁。

気づいた瞬間、何故か息が止まる。

――こいつは、一体何を考えている!?

素顔の思考を誤魔化すような、仮面の拒絶の思考。しかし、振り解こうとも、止めさせようとも思わない。表層では嫌がっているが、深層は欲している事を、NNは理解する。

自分は、これを欲している。さっきと同じように、ずっとずっと欲しいと思う。

光はもう寝ていて意識がないのだろうか、吐息はやけに整っている。

光の鼓動を鋭敏なNNの感覚が聞き取ると、NNの鼓動は同調しようとするように動きを整えた。

なんだろうか?

考える。

自分の体が欲する鼓動を考え、自分の体を抱きしめる温もりを考えた。

伝わる鼓動がやけに心地良く、体を包む温もりが愛しい。

この感覚は一体なんだろうか?

くすぐったくて、どうしようもなくて、居て欲しいと思う。

自分が、他のベルセルキールとは違って与えられた外界の情報について思いを巡らせると、長い時間の後、砂漠で一つの指輪を探すような不毛な作業の終わりは、眠りだった。

意識の無い頭の中、自覚しない思考だけがループする。

酸素のように、水のように必要でいて、ベルセルキールには無かったもの。

それは……一体……――

 


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