White Devil
誰かがそう呼んだ 誰もがそう呼んだ
白髪の悪鬼が ただただ銃を振るうから
翌日、NNは病院まで光を送り、そのすぐ傍で護衛をする。
無論、敵からのあらゆる攻撃が予想させる外では、気づかれぬよう他のベルセルキール達が配備されていた。
時折、NNに現場の管理者が声をかけてくる。
その中の一つに、NNは眉を潜めた。
昨日の夜、一時だがNNのチップの反応が消えたという。地下室に入ったわけでもないのに、そんな事があるのか。
故障かもしれないので、この任務終了後、検査に回される事が決定したらしい。
激しく気分が欝になった。
その日の護衛は、特にする事もなく過ぎていく。
法術医師としての光の勤務――もっとも、この国の重要人物の特別な希望、主に言い訳という理屈にデコレーションされた我侭によって一週間だけここに来たのだが――は、驚くほど忙しそうに見え、簡単そうに見えた。
まず、一般的な診療。
患者達のカルテを見て、簡単な問診。それから、例のロザリオで持って患者に“光”の治療を施して、はい終わり。
次に、入院患者の診療。
通常の医学治療では、半年もかかる病人。あるいは、絶望的と見られた死を待つ患者の所へ行き、ロザリオで“光”の長めの治療を施す。施された患者の全ては、驚異的な速度で回復へと向かい、半年は一ヶ月に、絶望的は希望的な症状へと早代わりする。
患者は涙ぐんで感謝し、医師達は感嘆の声を漏らし、次々と光の便利な力に集まっていく。
その一方で、NNが見ている光は、明らかに疲労が蓄積している。
便利な能力でも、連続使用出来るはずが無い。いや、便利な能力だからこそかもしれない。
光は、微笑を浮かべている。明らかに疲れた微笑。
集まってくる笑顔の患者や医師が、NNには餌にたかるハエに見え、嫌悪感が芽生える。
疲れているのがわからないほど低能なのか、と。
「光……休んだ方が良いと思うが?」
周囲の患者に悟られない小さなその問いに、光はありがとう――聖母のような微笑。
「でも、私がここにいられるのはたった一週間。出来るだけ多くの人達を助けたいのです……」
「その前に、お前が倒れるという可能性高いと思うのは俺だけか?」
その微笑を見ていられず、NNは顔を逸らして言う。患者の一人と眼が合い、その荒んだ眼光の前に患者は慌てて俯いた。
「大丈夫です」
ただ、光はそう断言する。
「根拠が無い……」
「はい。でも、大丈夫です」
「訳がわからん……」
光は、また患者を癒している。
傍目には、ただ手を当てただけで治し、何もしていないように見えるかもしれない。
だが、その度に光は呼吸を止め、集中し、何かを操作しているような表情をする。呼吸にすら神経を回せないほど、鋭い集中。
NNは、その必死な横顔を少しだけ見て、すぐに眼を逸らす。
「勝手にしろ……」
群がるハエを滅ぼしたそうに、NNは歯噛みした。
勤務を終え、ホテルの部屋に入った途端、光はぐったりと床にへたり込んだ。
「……はあ……」
NNの詰まらなそうな溜息。
言わん事じゃない。
昨日とは反対に、NNがひょいと光を持ち上げ、ベッドの上に横にする。
「俺は忠告したからな」
「ごめんなさい……」
「もう良い。寝るのか? 飯か? それとも少し仮眠してから飯か?」
「そうですね……」
立ったままのNNに、光はだるそうな瞳をむけ、それでも笑った。
「少し、お話してからご飯にしましょう」
「…………」
何を言ってるんだ――そう言おうとした唇を閉じ、NNは光を少しの間見つめ、溜息。
「わかった、何の話だ?」
光は嬉しそうに笑う。
「あのですね? NN君の、お名前の事を少し」
「名前? ……特に聞くほどの事でもないと思うが、ベルセルキールには名前もないしな」
「え、でも……」
眉を潜めた光に、NNは皮肉な笑み。
「“NN”というのが名前だと言えばそうなるだろうが……製造番号が名前とは、人間は思わないのだろう?」
「あ……」
「そんな顔をしても、言葉は取り消せやしない。その呼ばれ方の由来は、“G−FEIO−NN”、“G”世代の“FEIO−NN”番という事だ」
いつもの諦めの顔。
外界の情報を得た時、人間の名前が自分のように“番号”でない事を知った時、どれだけショックを受けた事か。
所詮、ベルセルキールは道具。機械。代用品。実験道具。人権のないものなのだと思い知った時、どんな風な思いを抱いたか。
その少年に対し、光は、ただ涙ぐんで少年の手を握った。
――また泣いているのか。
少年は、どうして良いのかわからない手を見る。
それは、抱擁のように柔らかくて、温かい。
また、安心できる感触。
「NN君……ううん、まだ名前の無い男の子……ごめんなさい、私にはまだ、君を自由にしてあげる事は出来ない――けれど、きっと……っ!」
光は真っ直ぐ少年を見つめている。
その薄青の瞳は、彼女の持つ癒しの力と同じ色。はっきりとした意思を込めた、強い眼差し。
思わず、少年は目を反らそうとして、光は叫んだ。
「逃げないで! お願い……逃げないで……っ!」
「な、なにが……」
情けなく震えた、少年の声。
何がどう逃げるのか。どうして逃げるのか。全くわからない。
それでも、自分が眼を反らせば、それは逃げた事になるという事はわかった。
「君は、肝心な時はいつも私の視線を避けます、どうしてですか……? 私はもっと君と話しをしたい。君達の事を知りたい。君達の力になりたい。なのに、どうして君は……!」
その問いに、少年――NNは、はっきりと答えた。
「知るか」
そのまま、手を振り払い、ソファーに座り込む。
光の方を絶対に見ないと心に決めて、目を固く閉じた。
何もかもがわからない。
あの温もりが何なのか。
あの安堵感は何なのか。
何から自分は逃げ、どうして光の眼を見ないのか。
わからない。
何もわからない。
混濁する思考の中、自虐プログラムにも似た、自分が小さくなっていき、大きな波に飲まれるような感覚がする。けれども、自分がなくなるのではなく、自分というものを客観的に見ているような感触を、僅かばかりだがNNは感じ取った。
光の、少し沈んだ声。
「おやすみなさい……朝ごはんは、一緒に食べましょうね……」
その声にどう答えて良いかもわからず、NNはただ、小さく頷く。
ふっと笑った女性の気配に、NNはほっと、安堵した。
朝起きると、NNはまず、自分の違和感に気づく。
ベッドの上で寝た程ではないが、体に柔らかい感触。けれど、光が抱きしめてくれている訳でもない。
眼を、薄く開けてみる。
「シーツ、か……」
体を包む、上質な布の手触り。思わず抱きしめて、ベッドの方を見れば、小さく上下するベッドの上の体。
こんなホテルで、シーツが一枚きりという事もないだろうに……場所がわからなかったのだろうか?
皮肉っぽい笑みが、少しだけ可笑しさを踏まえてNNの顔を彩る。
「ふっ……」
ついでに、声も出た。
――馬鹿め。
心の中で呟き、NNはシーツを光にかけ返す。
時計を見れば、まだ起こすには早い。
「寝かせておいてやるか」
今日も、光は疲れ果ててこの部屋に帰るのだろう。
病院では、今日も光に山のような患者が群がってくる。光を推薦した医師も、当然顔で患者を押し付け、さっさと踵を返し――NNが鋭い睨みを一つ、顔を青ざめさせてやった。
すでに、光は昼食も取らずに一時間も連続で診察している。
それでも、人だかりは一定の数を保ち続けているのだ。
――全く、何を考えているんだ、奴らは。
機嫌悪げなNNに、光はちらちらと心配顔を向けてくる。
――昨日の事は今朝、さっぱりと気にしていないと言ったはずなのに……。
そんな光の表情、見ていて気の毒になる。
言いたい事は、言っておくべきか。
NNは、やる気なさそうな声で言った。
「光、お前は昨日の疲れも残っているはずだ。護衛として、少々行き過ぎた所まで口を挟むかもしれないが、いざという時にお前自身の判断が遅いと厄介になる。少し休憩を取れ、患者は元の医師に返せば良い」
今日は音量を抑えない言葉に、周囲の患者の目が敵意を持って少年を見た。
白髪に、白色のプロテクター、まだ少年だというのに完全なる武装姿。ベルセルキールだという事は、人工生命の殺戮道具だという事は、一目で知れる。
「なんだと? 他の奴らは出来て、俺達は出来ないっていうのか?」
誰かが、人影から言った。
「そうだ、そうだ。今更それはないだろうっ」
「もう少し、今ここにいる分だけでもやってくれよ」
「あたしの怪我、法術医師の先生じゃないと完全に治らないって言われたのよ!?」
集団とは、一人が言えば大抵、それが正しい意見だと思い込むらしい。
NNは、銃口を向けて乱射したい衝動を必死で堪え、代わりに鉄のような表情。
「そんな事は関係ない。俺は、自分の任務に必要な事を進言したまでだ」
その冷淡な回答に、また集団の影から。
「“いかにもホワイトデビル(白髪の殺人鬼)らしい答えだ”」
賛同の声。
そうだ。そうだ。人殺しの厄介兵器。ケダモノ。人殺し。殺人犯。犯罪者。無法者。白髪の殺人鬼。
「はっ」
NNはそれらの全てを、一笑に伏し、皮肉に声の調子を整えた。
「“いかにも人間らしい答えだ”。自分が助かるなら、多数の人間を治してくれるだろう法術医師様を使い潰しても良いと思っているらしい」
その笑みに、大多数の人々――ベルセルキール=ホワイトデビルは人格が備わっていない、ただの機械だと思っていた者達は、ぎょっとした。
「地球という環境を好き放題食らい潰し、限りある資源を我が物顔で搾り取る。挙句にそれが足りなくなれば、主に弱者に節約を申し入れ、自分達はその数字を見て頑張ったと正義感に浸れる、我侭なお前達らしい」
嫌味な笑みに、嫌味な声を重ね合わせ、NNは続ける。
「お前達が人間とベルセルキールを区別するなら、それほど俺にとって嬉しい事はない。俺はお前達とは全く別物だ。この太陽系唯一の生命のある惑星、あるいは宇宙全体を見渡しても貴重なこの星を、惑星寿命の到達する遥か前に滅亡させる恐るべき才能を持った人間と違うのは、心の底から嬉しいぞ」
沈黙の訪れたその場を、NNは優越感と共に見下ろす。
誰も彼もが驚いた顔で、小柄なNNを見つめている。
「いかにもベルセルキールらしい答え? 喜んでその褒め言葉を受け取ろう。法術医師を過労で殺してしまいそうなお前達からな」
誰も、白髪の悪魔の責める口調に、反論は出来ない。
ホテルに帰ると光は疲れた溜息を零し、それから満足そうに胸を張った。
その後ろから入ってきたNNに、微笑。
「今日はありがとうございます。おかげで、心地良い疲れですんでいます」
「俺の都合をお前に言ったまでだ。感謝される覚えは無い」
ふい、NNは視線を外す。
昨日の事は気にしていないと言ったのに、目を合せるという行為には抵抗が残ったようだ。
光は苦笑に変えながら、フロントにルームサービスの電話をかける。
今日のご飯は何にしようか?
あの少年は肉関係が好きそうだから、ハンバーグなんかでも良いのかもしれない。チャーハンとセットで旗のついているやつ。そう、名前は確か、お子様ランチ……。
含み笑いをしながら注文を終え、光はNNを見る。少年は相変わらず、武装したままの姿を解こうとはしない。
少年が銃で武装しているという病んだ光景に、光は寂しそうに問う。
「銃とか、下ろさないのですか?」
「下ろさん。護衛としての意味がなくなる」
鋼のような意思を含んだ声。正確には強制されているのだから、含まされた声。
「でも、ここまでは襲ってくる人も……」
「これだけはダメだ。そんな五分五分の可能性で武装を解く事は出来ない、何が起こるかわからないのが世の常だと、長く生きている分お前の方がわかる――」
ドアのノック音が、NNの声を遮った。
「誰だ?」
「あ、きっとルームサービスです、食事を頼みましたから」
光はドアの方へと寄り、はてと首を傾げる。
ルームサービス、昨日・一昨日はこんなに早くやってきただろうか?
同じく、NNも何かを感じ取って鼻をひくつかせた。
そうしながらも、
「護衛をさしおいて安易にドアに近寄るな!」
叫んだ瞬間、ドアが蹴破られる。ドアまで一メートルの場所で、光は硬直。
ドアの向こうに居たのは、二十代後半ほどのすらりとした女性。
身長は百七十を越え、赤い瞳と青白いショートヘア、右手に握っているのはSMG(サブマシンガン)。だが、どのパーツよりも光の目を引いたのは、顔全体だ。眉根を寄せた表情はどこか辛そうで、荒んだ空気を感じさせる。
まるでそう、自分を護衛している少年のような……。
女性は無言で光を見ながら、右手を真っ直ぐ突き出し、無造作にトリガーを引いた――銃弾は光の脇の下を正確に通り抜け、背後で銃を構えた少年が咄嗟に斜め横に身を投げる。
「なんて正確な射撃だ……っ」
舌打ちを一つ、しかしNNも負けていない。
身を投げつつスライディング、光から三メートル離れていた間合いを一瞬で詰め、その足の下を潜り抜けている。同時、女性も銃口をNNにロック。
二人の間を銃火が交差した。
SMGの銃弾が、NNの右肩から左の脇腹まで一線。だが、貫通はしない。BKGの基本装備の一つ、プロテクターと防弾コートが銃弾を止め、獣の筋肉が衝撃を容易くいなす。
SMGのチャチな弾丸で、ベルセルキールは殺せない。
一方、突然の襲撃者はマシンガンを腹部に叩き込まれ、後方に吹っ飛んだ――そう、NNには一瞬見えた。
だが、違う。
襲撃者は、自分から後ろに一歩飛び退き、弾丸の威力を殺したのだ。銃弾は、NNと同じく防弾服に止められている。
だが、そんな事をしたとしても、果たして人間の、それも女の筋肉がマシンガンの大威力を流せるものか。
NNは思考しながら、反射的に光を抱えて部屋の中へ、ドアから見えないベッドに光を放り、振り返り様にマシンガンを構え――目の前に、女性の顔がある。
「っ!?」
女性の決して無骨でない右手が、マシンガンを上に跳ね上げ、左手に握ったナイフをNNの喉元に刺し込む。対して、この間合いでは使い物にならないマシンガンをいち早く投げ捨て、NNは回避行動。
カマイタチすら生じさせようかというナイフの刃が、浅くNNの首筋を斬った。
「このっ!」
プロの軍人二十人を容易く蹴散らせるNNとここまで対等に、いや、今現在はNNを押している女性は、一体何者だ?
NNは考え、腰の後ろからナイフを構える。
防弾繊維を相手も着込んでいる以上、相手がこちらの銃撃よりも早く動ける以上、ナイフという武器をチョイスするしかない。
「ふっ!」
女性の掛け声と共に、ナイフが弧を描いてNNの右肩に――素早く屈み込み、NNは女性の太股を横一線。その時には、女性は飛んでかわしている。
「なんっ」
瞬速であるNNの動きが読まれていたというのか。
頭上から唸り声を上げてナイフが振り下ろされるのを聞き、NNは空を斬るナイフを床に突き刺し、自分の体を横にずらす。
逃げ遅れた白髪が数本、宙を舞い、NNの左瞼が深く切り裂かれた。
「お前……」
距離を取って光を背後に置きながら、NNは気づく。
最新モデルのベルセルキールであるNNより、反応速度、身体能力はかなり劣っているが、常人を遥かに凌駕する動き。独特の荒んだ顔。
そして、青白い髪。
「こんな骨董品が存在してるとはな……思い出すのに時間がかかったが、その青白い髪。ベルセルキールのファーストモデル、第一世代である“A”シリーズだな?」
少しだけ、女性は無表情に沈黙していたが、やがて小さく、首を縦に振った。
そして、廊下の向こうから笑い声が一つ。
「その通り、ご名答だ。“G”シリーズのベルセルキール君」
壊れたドアの向こうから、飢えた獣のような視線を持つ男が、嫌な笑みを投げている。
「何者だ?」
NNの硬質な、それでも若干だるそうな問いかけに、男は極普通に答える。
「そこの法術医師、光・フォレスタを狙う者だ。彼女には大きな価値があるからな」
「なるほど、それもそうだ」
NNの背後で、光が息を呑む気配がした。
だから、NNはすぐに次の問い。
「四日前、空港近くで動いていたのもお前達か?」
NNは、軍でも最新式の装備に身を固めた、二十人の男達を思い出す。
「いや、違う。ここは明言しておこうか。あれは違う。こちらも、同じ事を考えている奴らの多さに驚いたくらいだ。まあ、三日前のあれはこちらの作戦だったが」
NNは、そうか、と流した。
「なぜ、旧式とは言えベルセルキールを?」
「それを君に答えてやる義務か責任、あるいは義理があると思うかね?」
「責任はある。犯罪者捕まれば、自白させられるものだからな」
なるほど、と男は笑った。
「だが、それは捕まえてから言うと良い。どうやら、旧式とはいえうちのベルセルキールの方が優秀なようだ……何せ、彼女――IAには経験がある」
「“A”シリーズが誕生したのは二十年ほど前だったか……」
今度は、NNがなるほどと言った。
「二十年間の戦闘経験は大きいな。俺との差が十八年分はある」
「そういうことだ。“G”シリーズを今まで屠って来た自慢の機体だ。やれっ、IA!」
それまで微かにも動かなかった女性ベルセルキールが、猛然と少年ベルセルキールに踊りかかる。
「残念だったな」
NNは懐から一つの無針注射器を取り出し、不吉な形に唇を吊り上げた。
「俺は“G”シリーズの中でも最新のプロトモデル、単機の戦闘能力を追求された機体だ。他の奴らと一緒にすると、痛い目を見るぞ」
首筋に注射。
次の瞬間、NNが突き出した左の掌に、敵のナイフが突き刺さっている。
「お前、IAと言うのか?」
より深くナイフを掌に食い込ませ、そのまま相手の手を握り、NNが問う。
「……本機は、A−ARES−IA……そう呼ばれた者だ」
「俺は、G−FEIO−NN。主にNNと呼ばれる者だ」
言い終わった瞬間、IAの手が悲鳴を上げる。痛覚のないベルセルキールは、ただそれを“破壊”されたと認識し、目を落とす。
「これが、俺の特殊能力だ」
少年の指から獣そのものの爪が伸び、IAの掌へ食い込んでいる。
認識した瞬間、IAはNNをもう片方の手で殴り飛ばす。NNの体が吹っ飛ぶ際に肉が根こそぎ持っていかれたが、構わない。
もう一度IAが飛び込み、飛んでいるNNの体にナイフを――少年が消えた。
「……?」
IAは、冷静に困惑。真横からの蹴撃に、壁にめり込んだ。
「ぐっ……ぁ……!」
肺から酸素を搾り取られ、血反吐を吐いたIAの眼前。
「はっ!」
NNが肉薄し、一瞬で十発の拳撃がIAを叩きのめす。
「IA!」
IAの主が、幻を見たかのような声で叫ぶ。
まさか、“G”シリーズの襲撃を容易く凌いできた、あの驚異的なファーストモデルがああまで一方的に。
「負ける事は許さんぞ!」
理不尽な命令に、過去のベルセルキールは、骨を軋ませる音共に立ち上がった。
結果は見えている。IAの体はぼろぼろで、NNは片目が血によって見えないだけだ。
決着は、IAの死。
「も、もう止めて……」
震える声が、一瞬、時を止める。
光の声。
「もう……良いから……私が、行けば、もう……」
NNは振り返らなかった。
言葉を無視する。
護衛対象は護衛対象、依頼人ではない。依頼の撤回は、依頼人からでしか受け取れない。
NNが請け負った命令は、一週間、光を無事守り通す事のみ。
残像を残し、NNが掻き消える。
疾風と化したNNに、IAは目を閉じ、頭上のNNの“気配”を蹴り上げた。
「と……!」
その蹴撃を両腕で受け止め、NNは天井に脚をつき、真下へ飛ぶ。全体重と重力による加速を全て込めて振り下ろした拳は、床を叩き割っただけ、IAは回避している。
「驚異的だな。経験がここまで物を言うとは……」
絶対の優位の立場から、なお油断せずにNNが言った。
回避で精一杯の無防備なIAの胸に、手刀を――
ホテル一室の窓が、全て破砕した。
「きゃっ!?」
光の悲鳴に、NNはトドメを刺しに行った体を急制動。
同時、割れた窓から、手に手にナイフを持った“白髪の少年・少女”が五人飛び込んできた。
それは、誰がどう見てもベルセルキールだ。それも、第七世代の“G”シリーズ。だが、NNは身を一層固くし、己の脳に呼びかける。
脳内のチップに対し敵か味方かを問い、一秒にも満たない時間のうち。
「敵か!」
そもそも、味方なら突入前にNNにサインを送って来るはずなのだ。
IAというファーストモデルの仲間か。そう思いながら、NNは光の傍に着地した二人を、一瞬で蹴り飛ばす。だが遅い。残りの三人が、光にナイフを突きたて――NNの後方で、SMGが鳴いた
「IA……?」
振り返らずに撃った人物の名前を呼び、NNは残りの三人も蹴散らす。
IA達の味方ではないのか?
光を抱きかかえ、NNはIAを振り返る。IAも主を抱え、NNを見やり。
「訳がわからん……とにかく」
IAと今また立ち上がろうとする“G”シリーズとの繋がりはないと考えても良いようだ。何より、今IAを敵に回しては、脱出の機を逸する。
NNは、ベルトにぶら下がっていた筒を抜き、ピンを抜く。
それをIAが見て、咄嗟に目を覆い――閃光が爆ぜた。
同時に煙幕弾も多量に撒き散らし、NNは窓から身を躍らせ、隣のペナントビルの屋上に着地。隣に、IAが着地した。
IAがNNを、NNがIAをそれぞれ見て、お互い、ふっと笑う。また、それを合図に二人は別々の方角へ、屋上から屋上へと飛ぶ。
NNは、IAの飛んでいった方を振り返る。
A−ARES−IA、“A”シリーズのベルセルキール。“G”シリーズであるNNの根本であり、NNと似た匂いをさせた、女性。
そんな事を思いながら、夜空を駆け抜けていると、NNの体を柔らかい薄青の“光”が包み込んだ。
見れば、NNの腕で光が、涙を浮かべてロザリオを握り締めている。
「怪我、だ、だいじょうぶ、ですか……?」
少し迷い、何か言おうとし、結局、NNはそれから目を反らす。
――また、逃げたのだ。
「大丈夫だが、面倒な事になった。訳がわからん」
ベルセルキールに襲われるベルセルキールなど、聞いた事がない。
ベルセルキールは、全てこの国の政府が……あの研究所が収めているはずだ。
それなのに、もう存在しないと言われている“A”シリーズに襲われ、同じ“G”シリーズにすら襲われた。
何がどうなっているのだか、さっぱりわからない。
ただ、手がかりはある。先程、逃走して来る際に手に入れた、あの“G”シリーズが使っていたナイフ。あれは、四日前に見た記憶がある。空港で襲ってきた、あの二十人からなる男達。
どうやら、ベルセルキールはどこかしこの組織に流されているらしい。
「とりあえず……本部に問い合わせるか。しかし、本部も一体何をしているんだ、俺が襲撃された時点で感知してただろうが……」
脳内のチップから、BK部隊の本部に通信を入れる。
……………………。
「……ど、どうしました?」
急に黙り込んで真面目な顔をしたNNに、光も不安そうに聞く。
嫌な予感は、的中した。
「通信が出来ない……」
そういえば、昨日会った管理者に、チップが壊れたかもしれないと言われている。
「まずいな……電話は盗聴の危険があるから、なるべく使いたくない。本部に直接行くには遠すぎる、待ち伏せを食らう確率が高い」
考えても、さして良い案は出てこない。
「はあ……」
溜息。
今日は、どこかの安宿に泊まらねばならないようだ。
The Bond
銀色の鎖 赤錆びた鎖 茨の鎖
どれもこれもが頑丈で どれもこれもが翼を縛る
それでも人は 鳥とは違って飛び立てる
鳥とは違い 翼を千切る
IAは、“組織”に帰還した後、自分にあてがわれた薄暗い部屋の椅子の上で、ただじっと膝を抱えて座っていた。
食事をたっぷり取り、ただじっとしていれば、動物の遺伝子は素早く傷を塞いでいく。出来れば寝るのが好ましいが、生憎、IAは考え事をしたかった。
この組織に、別の組織の手引きで渡されてから、もう十五年ほど経った。しかし、その前もその後も、ずっとずっと、ただただ人を殺す事ばかりさせられて、いつしかもう、自分には死ぬ事しか意義がないように思っていた。
いや、死にたいと思っていた。
それで多くの命が助かるのだと思うと、凍傷のように胸が痛い。
死にたい。死にたい。死にたい。死にたい――十年くらい前から、そう思っている。
けれども、出会ってしまった。
自分とは六世代も離れた、自分と同じベルセルキールの少年。
そう、自分と同じ少年に……。
IAも、長い活動期間で、自我を持ってしまった兵器。
これほど哀れなものはない。銃のように人殺しに使われ続けねば生きられない兵器に、感情などという悲劇が芽生えるなどという事は。
人を殺した時の、あの自虐プログラム。感情さえなければ、ただ苦しいで済んでいた。
しかし、今は、苦しいだけではなく、それ以上に痛い。
あの少年も、きっと同じ思いをしているのだろう。
少年の、人生に疲れた諦めの表情。無表情に限りなく近く、無表情を装う感情のある顔。
鏡で見たように良くわかった。同じだ……と。
G−FEIO−NNと呼ばれる少年も、自分を見てそう思ったに違いない。
別れ際に交わした、あの笑み。
忘れられない。生まれて二十年、初めて、他人と心が通じた感動。
あの一瞬は、嘘じゃない。絶対に、心と心が通じていた。
お互い辛いな――少年は言い。
そうだな――IAは言った。
出来れば、友達とか、知人とか、そういう関係になりたい。
だが、叶わないだろう。
鎖に繋がれた猟犬は、所詮飼い主には逆らえぬもの。
脳内のチップは絶対の鎖で、飼い主はチップの情報を知り得るもの。
IAは、静かに瞼を閉じる。
もう、寝ようと思う。
考え事の内容は、独りきりには少し、寂しすぎた。
朝が昇ってくる気配に、ベッドの上、NNは僅かに瞼を開ける。
カーテンを閉めた部屋が白んでいるのを感じて、小さく吐息。
夜が明けても、NNのチップは何の反応も示さない。本格的な故障のようだ。一方、昨日のごたごたで、手元にはナイフ一本と、無針注射が一本だけ。銃が無いために用をなさない弾薬は、途中でゴミ捨て場に投げてきた。
盗聴される危険を承知で、電話を本部にかけるしかない。とりあえず、宿から離れた公衆電話からかけるなりすれば、そうそう問題はないだろう。
ただ、こちらの手の内を読まれるのは痛いが。
そう思ってベッドの上から起き上がろうとし、後ろからぎゅっと、引っ張られた。
見れば、寝入ったままの光が、NNを放すまいと抱きしめている。
昨日は確かに別々のベッドで寝たはずなのに、光はNNの所に潜り込んできたらしい。
大体、理由はわかる。
およそ普通の人間は、あんな殺し合いの後、まともには寝れないらしい事くらいは知っている。ホワイトデビル――殺人鬼と呼ばれるベルセルキールには、ほとんど理解できないが。
とりあえず、起きるまで待とう。
NNは溜息を吐いた。
その日の正午ほどになり、ようやくNNは公衆電話に手をかける。
どうしてこう、あの光・フォレスタという人間はやり辛いのか。
溜息だけで嘆きながら、NNは本部への直通の電話番号を押した。
『こちら本部……NNか?』
「ああ、そうだ。チップが壊れたらしくてな、公衆電話からかけている」
良く聞く管理者の声に、少なからずうんざりしながら言う。そういえば、チップが壊れているのなら、いっそ何もかも放って逃げてしまえば良いのかも知れない。
だが、その甘美な妄想を、管理者は容易く砕いた。
『そうか、良かった。チップの反応が昨夜から途絶えがちだ。何か特別衝撃を受けたか? 通信機能は完全に逝ったらしいが』
「……いや、脳に直接くるようなダメージは記憶にない。原因は不明だ」
嘆息しつつ、NNは声を引き締める。
「それより、昨日“A”シリーズ……第一世代のベルセルキールと戦闘した」
『――! 馬鹿な!? あれはもう当の昔に全機破壊されて……』
「俺も驚いたが、どうやら本当らしい。手強い相手だった、倒していないから、まだ確認のチャンスはあるかもな」
『倒せなかった、のか?』
過去の技術者に、現代の技術者が負けたのか?
そんな落胆の管理者を、NNは鼻で笑う。
「途中邪魔が入ったせいでな。あのままやれば俺が勝った」
『そ、そうか……邪魔?』
「ああ、“G”シリーズ、第七世代だった」
今度は、管理者は声も出ないほど驚いたようだった。
『そんな馬鹿な……だ、第七世代は、今ここにいる全機が昨日、別件の警護に当たっていたんだぞ? 他のも、そんな報告は無い!』
NNはあえて、管理者の疑問を無視。
「別件……? 俺に報せは入っていなかったな」
『あ、ああ……突然、ミッドガルド社からの頼みでな。何でも、ミッドガルド社長の友人知人が集めてのパーティだったそうだ……』
「はん、道楽だな。そんなものにベルセルキールを持ち出すとは……まあ、通りで駆けつけてくるのが馬鹿に遅いと思った」
狼狽している管理者は置いて、NNは考え込む。戦術や情報戦などの方法も強制的に脳に記憶された優秀な兵器として、今この場で確かめておかなければならない事は……。
「ベルセルキールが横流れしているらしい……というのは?」
『そ、それはない! ベルセルキールは、仮にも兵器だ。国ぐるみで厳重に管理してある。関係しているのは、大手企業がスポンサーとして親しいくらいだ』
「大手企業は親しいのか……どんな風にだ?」
『どんな風って……もちろん資金を融資したり』
「そうじゃない。技術面では、つながりはあるのか?」
『皆無だ。ありえる訳無い……あ……いや、そうだな、タダで融資して貰える訳ではないから、幾らかは……特別に優先して警護を回されたり……ハウス(檻小屋)に入れたりはするが、それも表層だけだ。肝心の情報部分までは立ち入られない』
「それもそうか……」
結局、わかる事は何も無いか。
NNは多少疲れた風に黙り込んだが、すぐに気を取り直す。
「とりあえず、武器を全部ホテルに置いたままだ。新しい武器を補給したい。応援は……ないんだろうな?」
『残念ながら。さっき言った通り、スポンサーの警護の方が優先だ、何せ金を食うからな、ベルセルキールの研究は』
「了解。なら、なるべく静かに行動した方が良い。俺が単独で警護する事にするから、武器を届けてくれ」
『わかった。どこで受け渡せば良いか言ってくれ』
「そうだな……何分で来れるかにもよるが、この公衆電話の場所で待っている事にする」
『そこなら五分だ』
「十分だ、なるべく急げ」
受話器を置き、雲を浮かせる青空を見上げる。
チップはまだ生きていた。
調子がおかしいだけで、まだこちらの位置はわかるらしい。
まだ、監視されている。
今も、これからも。
昨日出逢ったIAというベルセルキールも、またそうなのだろう。
そうでなければ、とっくに逃げ出しているはずだ――NNと同じく、心があるのだから。
青い空を、白い雲を、一羽の鳥の影が、駆けていった。
薄暗い部屋の、椅子の上。
IAはこんこんと眠っていたが、廊下からの物音に静かに目を開け、ドアを見る。すぐに、そこから光が入ってきた。
自分の鎖を握る主が、嬉しそうに立っている。
「IA、仕事だ。お前をくれた所から、また情報が入った。ほんと、良い相手だよ、感謝しなければならない。まあ、あの病院の強襲の時は、動くはずの無いベルセルキールがいて失敗したが」
「そうか……」
IAは、ゆっくりと立ち上がり、拳を握る。
怪我は、もうない。打撲も、裂傷も、完全に消えていた。
「今度は負けるなよ」
「わかっている……真っ向から行かなければ、何とかなる」
少年の顔を思い浮かべ、IAは静かに息を吐く。
これから、あの少年を殺さねばならないのか。
真の意味で、自分と同族のあの少年を。
……そうすれば、本当に、世界で自分は一人ぼっち?
IAは潜めた眉を、より寄せた。
そうしなければならないほど、寂しかった。
ビルの上からIAは反対の通りを見る。そこにいる、自分と同じ少年を。
少年は装備を受け取り、手早く身を翻して手近なビルに入った。屋上を伝って移動する気らしい。確かに、それならば並の人間は追跡不可能になる。
IAも、同じようにしただろう。だから、予測はついていた。
静かにビルの屋上を蹴り、少年よりも一つ先のビルへ。少年から見えない位置へと常に先に移動すれば良い。そのために、この周囲の地理は完全に把握してある。
どうと言う事はない。こちらはキャリア二十年。あちらはキャリア一年半。
勝ちの見えた鬼ごっことかくれんぼをするだけ。あとは、光・フォレスタを抑えてしまえば、こちらの勝ちなのだ。真っ向から戦う必要は、ない。
気配を消して見張っていると、少年が屋上に出てくる。
予想通り、少年は屋上伝いに移動を始めた。
静かに、静かに、IAは追跡を開始する。
少年の挙動の一つ一つを丹念に見て、移動先を判断し、そして先回り。何と言う事はない、あちらが気づいた様子は欠片とて無いのだから。
十分ほど経った頃、少年は廃ビルの屋上から中へと、入っていった。
そこにいるのか。
警戒しながら同じ廃ビルに移り、軽く見渡す。生き物の気配はない、人気のない場所を選んだのは、敵が接近したのを素早く悟るためか。
無駄な事を。
気配を消す術は二十年のうちに覚えた。体臭を消す事も、特殊な薬品を使えば造作もない。
そして何より、経験の差は明白だ。
静かにビルの中に入り、少年の匂いを追う。ガンオイルと、火薬の匂い。
最上階から三階ほど降りた所で、匂いは階段から廊下へ。窓ガラスの成れ果てが散乱するのを踏まないようにしながら、一つの部屋の前。そっと、ドアの向こうを覗き込む。
狭い室内に、少年の担いできた武器の袋が置いてある。
それだけが。
――どこに?
部屋を見渡す限り、身が隠れるような場所は無い。
だが、匂いは確かにこの部屋に――IAの後頭部に、冷たい鉄が突きつけられた。
「はん、二十年のベテランが、ざまぁないな」
少年の油断の無い声。
「トラップ……か」
「ブービートラップだ。お前が俺と同じで助かった、こちらが馬鹿のフリをすれば、必ず油断をすると思ったぞ」
「まったく、その通りだ……」
IAは唇を自嘲の形に歪めた。
経験の差という言葉は、油断をしていた何よりの証か。
「聞くが、お前のいる組織にベルセルキールはお前一人か?」
「それを、本機が答えるとでも?」
「いや、答えなくても良い」
NNは不敵な笑み。IAの後頭部を強打した。
「お前が一人で来たということは、どちらにせよ、お前の組織で最強の手札がお前だと言う事だ」
IAの目が覚めると、まず、脚が破損の情報が走った。
「……?」
混濁した意識が、その情報で一気に覚醒する。
追跡した事。罠にかかった事。NNに倒された事。
そこまで確認し、次に体の状態を確認。両腕は頭の上でベッドに縛り付けられていて、肌に食い込むほできつい鉄の縄。さすがに千切れそうにもない。足は縛られていないが、どうやら腱を切断されているらしい。
良い判断だ。心中で、IAは少年を褒めた。
「次は、ここはどこかだが……」
首を巡らせ、自分の入るベッドと簡素な調度品しかおかれていない一室、そして、椅子の上からIAを見ている、少年。
「お前に聞いても良いか、NN?」
「ああ、構わんぞ、IA……ここは街の北側、寂れた安ホテルだ」
「そうか……」
IAはしばらく黙り、それからNNを意思の弱い瞳で見る。
少し悲しそうに、責めるように。
「何故、本機をまだ生かしている? 本機のチップが作動していれば、すぐにこのホテルに組織の兵が群がるぞ?」
「理由は二つだ」
NNも、感情をほとんど込めない顔でIAを見る。
「一つ、組織にはお前以上の戦力は無いと判断した上で、その組織がかかってくるならここで完璧に粉砕する事にした」
「二つ目、とは?」
「二つ、お前は何故、犯罪組織にいたか――それを問うためだ」
やはりそれか、とIAは疲れた溜息を吐く。
「また同じ事言うが……本機がそれを言うと……いや、言えると、思うか?」
微かに瞳を潤ませて、IAはNNを見る。
強がっていた今までを、少年には見せても良いと、そう思った。
「本機は、所詮首輪をされた猟犬だ……主には逆らえない。頭蓋の中の首輪が、本機に一切の自由を許さない」
「そうだろうな。だが、お前を確保しておいて後で本部に引き渡せば……チップを交換するなりして、お前から情報を引き出せるだろう」
それだけ言って、NNはその目から視線をそらす。
直視していられない。
そんな事を言われても、どうしろと言うのだ?
それは、答えのわかる問い。NNが望み、またIAも望んでいるだろう事。だが、NNはそれを実行するわけには行かない――チップが実行させない。故に言わない。
だが、その答えをIAは言った。
「殺せ……NN、私を、殺してくれ……」
一瞬、NNは硬直する。外していた視線を、再びIAに向けて、見つめる。
「わかるだろう……? お前も心があるなら、どれだけ辛いか……私は、お前と同じ感覚をもう十年以上味わっている。もう、もう……終わらせてくれ……」
疲れ果て、眉根を寄せた表情で、IAは泣いていた。
赤い瞳からぽろぽろと雫を零して、自虐プログラム以外で泣いていた。
ホワイトデビルと呼ばれる兵器として、それはあり得ないとされた事。
兵器として、削除されたはずのもの。
「それを、俺に、言うな……!」
NNは、吐き出すように言って拳をベッド脇のタンスに叩きつける。あっけなく、木片が散った。
「所詮首輪のついた飼い犬が……出来る訳無いだろう……っ」
しばらく、IAはNNを見つめていたが、やがて、IAも目を反らした。
「そうか……」
疲れ果て、もう死にたいと願う弱々しい声で、ぽつり、呟く。
「そうだな……」
「光、もう良いぞ、出て来い」
沈んだ声で、NNは隣の部屋に呼びかけた。少し間があって、ドアから光が入ってくる。
安宿の薄い壁は先程の会話を聞こえさせていたのか、光はやるせないような顔でNNを見つめ、何事か口の中で空回りさせていた。
それを見て見ぬふりをして、NNは言う。
「光、IAの脚を治してやってくれ」
「え、あ、はい……」
少し残念そうに、光はIAの傍による。その光を見ながら、IA。
「良いのか? 本機をまた戦える状態にして、何をするかわからんぞ……」
「構わん。どうせ、俺が勝つ」
「そうか……」
IAの脚にロザリオを触れさせ、光が集中を始めると、“薄青の光”がIAの体を包み、数秒で怪我は全快する。
「これが法術か、凄いものだな」
驚嘆の表情で体の具合を確かめていたIAは、ふと気づく。
「……? なんだ?」
「え、どうかしました?」
「いや……おかしいな。チップの反応が……」
「チップ……?」
ああ、とNNが頷いた。
「そうか、第一世代は自分のチップに対してチェックを入れれるのだったな……まだ開発段階だった名残か。それで、どうした?」
「通信が出来なくなった……いや、そればかりか……完全に、沈黙した」
「沈黙? それは、つまり……」
微かに、NNが色めく。
「壊れた、そういう事か?」
IAはすぐに答えず、何度も自分の脳内へと走査を入れる。徐々にその顔に笑みを浮かべながら、何度も何度も自分を繋ぐ首輪を確かめ……そして、かみ締めるような笑みを浮かべた。
「あ、ああ……っ、よくわからないが……壊れている」
「え、ええと?」
さっぱりわからない顔で、光はIAの笑顔を見つめ、つられて微苦笑をする。その微苦笑に、IAは彼女自身初めてかもしれない、満面の笑みを向けた。
「ありが、とう……光・フォレスタ……恐らく、貴女のおかげだ」
「ど、どういたしまして……? あ、あの、NN君、何があったか教えてもらえると……」
光が答えを求めた先、NNは口元に手を当てて俯き加減で何やら呟いている。
「そうだ、俺が光から始めて法術を使われた次の日に、チップがおかしくなっていた。その次に使われた時に、完全に誤作動をしていた……そして、今度はIAが……間違いない」
「NN、君?」
「光・フォレスタ、NNは考え事の最中だ……代わりに、本機が教えよう……NNより実感しているはずだ」
光は、IAを見下ろす。繋がれたままというのであれだが、その顔つきは先日会った人物と同一とは思えないほど、晴れやかだ。
一体、何が起こったのだろう?
答えを、IAは嬉しそうに語った。
「法術医師の治療の話は、本機も何度か聞いた事がある。あれは、生体電流をミスリルという金属を通す事でなんらかの変化を与えるそうだな?」
「は、はい……そういう事だと聞いていますが……」
「つまり、その治療に起因するのは電流。そして、チップも所詮電気製品……通常のスタンガンなどではビクともしないはずだから、その辺りは何故かよくわからない。だが、貴女の法術による電流は、ベルセルキールのチップにとって大敵のようだ」
「は、はあ……」
まだよくわからない生返事。すると、IAは苦笑した。
綺麗な笑みだと光は思う。恐らく、これが彼女の本当の素顔なのだ、押し殺された仮面ではない、素顔。
「いや、小難しい話は端折ろう……。つまり、光・フォレスタ、貴女のその力は、ベルセルキールを命令・監視して縛りつける肝心のチップを、破壊する事が可能だと言う事だ」
「え、じゃ、じゃあ……ひょっとして?」
「ああ……NNも本機も、自由に生きていけると言う事だ。だから、ありがとう……と」
IAは、次いでNNに目を向ける。
「NN、お前の先程の問いに答えよう。それで、本機が嘘を吐いていないと言う証明にすれば、お前の納得を得られるだろう?」
NNは、微かに戸惑いながら、確かに頷いた。
「まず、本機のいた組織についてだが……」
そこまで言って、IAは不器用に――まだ慣れていない子供のように、苦笑した。
「いや、“私の”、いた組織か。私のいた組織については、私以外にベルセルキールは一体もいない。それは確実だ。その私がいなくなった今、あの組織にはもう戦力らしい戦力は皆無だ。もう敵とは思わなくて良い」
「やはりそうか……」
そちらは大体予想通りの答えだ。
そして、そうとわかったからにはもう興味もない。
「では、次だ。お前はどういう経緯でその組織に?」
「それは、私にとっても、少々要領を得ないのだが……十五年前、私達第一世代の廃棄が決まった時、私も他の仲間同様廃棄されるはずだった。しかし、そこをミッドガルド社に引き取られた。正規の書類を通したものでは無かったと思う」
「ミッドガルド社……? まさか……そこで、お前は調べられたのか?」
瞳に鋭さを宿らせ、NNはIAを見つめる。
IAは、静かに首を縦に振った。
「そうか……わかった。そういう事か……そういえば、ミッドガルド社は兵器製造と薬品製造の分野に強かった」
「そうだな、何らおかしくないだろう。正規品以外のベルセルキールが生まれていても」
真剣な言葉を交わす二人を、光はじっと見詰めていたが、あっ、と声を上げた。
「どうかしたか、光・フォレスタ?」
「え、う、ううん。なんでもないです……ただ、ミッドガルド社の社長が、私をここに呼んだなって、思っただけです」
その一言に、NNが息を呑む。
ミッドガルド社の社長が、光を呼んだ。
同じ“G”シリーズと思われた、ミッドガルド社製らしきベルセルキールに襲われた日、ミッドガルド社長は、友人知人の警護をBKGにやらせたいたという管理者の言葉。
おかしい。
光の警護に回す分全てを、同じくミッドガルド社長が持っていったという事は、あってはならない事だ。
まるで、光はどうでも構わないとでも言うかのように。
「そうか……それが狙いか!」
NNは、光を鋭く見据える。
「今日までの事件は、全て光が――いや、光の遺伝子が狙いだったんだ」
「光・フォレスタの……?」
IAも光を見つめ、そうかと頷く。
「ミッドガルドが違法にベルセルキールを製造していると知れたら、研究機関はおろか政府自体黙っていない。しかし、ミッドガルド社の造るベルセルキールの方がより優れていたら……同じく騒ぐだろうが、ミッドガルド社は金儲けが出来る……」
「ベルセルキールの製造法を世界にばら撒くぞ――という脅迫は、中々に強烈だからな」
IAは確信する。
「間違いない。今回、NNの居場所を割り出した際、“私をくれた所から、また情報が入った”、確かに組織の男はそう言った。ミッドガルド社が騒動の元だ」
NNも、同じく確信。
「そうだ。光の警護についたその日から、何故かミッドガルド社のローゲという男が研究所にいた。あいつが内通役か……通りで検討会に霊魂主義の主張を通しても良いというはずだ、肝心の光を手中にするつもりなんだからな」
そして思い至る。まだ、自分の脳内にあって、微かに生きているチップの事を。
「光! 早く俺のチップも壊してくれ! 追跡される!」
「は、はいっ!」
Blue Sky
何処までも 何時までも 青い空は彼方へと
憧れを抱く者を連れて行く 自由の彼方へと
街の北側の寂れた安宿の前に、黒いスーツを品良く着た男が立っている。
男は口元に嫌味な笑みを浮かべながら安宿を見上げ、それから掌に乗ったNN専用の監視ディスプレイを覗く。
その瞬間に、チップが出していた微弱な反応が消えたが、それはもうどうでも良い。
この計画の最初から、チップの様子がおかしい事だけが懸念だったが、すでに王手はかかっているのだ、問題ない。
色々と手を焼かされた。傭兵二十人を使い潰したり、程度の低い組織に資金援助やベルセルキールを回したり……だが、この仕事を成功させれば、将来は約束される。
何せ、この仕事の成功を報告した瞬間、口座に三代遊んで暮らせるだけの莫大な金額が入力されるのだ。
十五年前から、この計画の立案から実行までこなしてきた自分に対する評価に、満足げに男――ローゲ・スレイプニルは笑う。
「終わったら、さっさと別荘でも買ってのんびりしましょうかね。気候の温暖な所が好ましい」
すでに、ミッドガルド社製・ベルセルキールは配置してある。
法術による“光”がチップを黙り込ませたと思った時には、階下から微かな火薬の匂い。
「ちっ、遅かったか」
忌々しげに舌打ちをして、NNはIAの鉄縄を解く。それから、装備の入った袋の中身をばら撒き、
「好きなのを取れ、時間が無い。黒いプロテクターはお前がつけておけ」
「わかった。光・フォレスタ、この防弾チョッキは貴女が」
「は、はいっ」
手早く装備をつけ、次の瞬間、IAは床をマシンガンのストックで強かに叩く。
「何をしているんだ?」
「NN、お前は、真っ向から、戦う、気か!?」
それだけで、NNは何をしようとしているかを理解。同じくストックで床を叩き、一気に穴が開いた。
「IA、先に行け」
「了解。光・フォレスタ、二秒したら来てくれ」
光がぽかんと口を開けてばかりいると、IAはその穴に飛び込み、素早く階下の部屋の安全を確認。
「行け、光」
「え、は、はい……」
そろっと降りようとする光に、NNは溜息。
「落ちろ」
「きゃあ!?」
突き落とした。
「時間が無いというのに……」
瞬間、ドアが蹴破られる。
「ふん……」
流れるような動きで、NNの銃口はドアを蹴破って突っ込んでくるベルセルキールをロック。
「恨むなよっ」
轟然と火を放った。
それに当たった小柄な兵士達は声も無く吹き飛び、後衛を巻き込んで壁に激突。
死んではいないが、強装弾を使用した一発一発は鉄球の直撃に等しい。もつれ合って手間取る一群に、かつん、という音――手榴弾が飛来した。
階下の部屋に着地して爆音を聞いたNNは、すぐにIAと光の姿を探す――足元をすくわれて、その場に転倒。
「なっ!?」
すぐ頭上を、ライフル弾の通過音がかすった。
「狙撃者(スナイパー)だ。最近のベルセルキールは本当に多彩だな、狙撃の技能も習得しているのか」
NNを引きずり倒したIAは、同じく床に這い蹲りながら、静かに褒める。
「そういう場合か? 頭を抑えられたのは厄介だぞ」
「抑えられた? 本当の意味で私達の頭を抑えていたものはもうなくなったぞ?」
IAの淡い、しかし会心の笑み。
「はっ、精神的な面で、だろうが」
NNも薄く、皮肉気に笑った。
IAが、手で床を打った反動で立ち上がる。
「見ていろ」
その手に握られているのは、どこで拾ったのかはわからないが五百円コイン。
甲高い金属音と共に、IAの親指が五百円玉を打ち出した。同時、IAが首を傾げると、ライフル弾の衝撃が行過ぎる。
対し、向こうのビルから狙撃していたベルセルキールは、後方に弾かれたように飛んだ。
「ヒット」
「でたらめな……」
NNの銃口が、ついさっき落ちてきた穴にポイント、今しも飛び降りようと構えたベルセルキールを弾いた。
「さっさと行くぞ。キリがない」
「ああ、だが、どうするんだ? ベルセルキールを全て破壊しないと、逃走は難しいと思うが?」
IAが光を担ぎ上げながら、再び床を突き破る。
「なに、指揮官を倒せば良いだけの事だ。現行のベルセルキール通りなら、一旦本拠地に帰る」
「なるほど。あてになるかどうかはわからないが、それが一番確実そうだな」
「一気に外に行くぞ。大抵、屋内作戦時、管理者は外に居る」
「それは、私の時と変わっていないな」
ドアの向こう、階段を回ってきたベルセルキールに手榴弾を投げつけ、NNとIA、おまけで光はさらに下りていく。
三人は廊下に飛び出し、NNを先頭に突っ込んでいく。
通常タイプの倍ほどの筋力を秘めたNNの体は、マシンガンの豪雨にも耐え切るのだ。無論、多少のドーピングはさせて貰っているが。
「ってぇなぁ……!」
二枚に重ねた防弾スーツの上を強かに鉛球が叩けば、稀に骨がひび入る音。だが、次の瞬間には、IAに担がれた光が法術を発動させて再生。
「だが、これが最も有効な戦術だ。我慢しろ」
「わかっ、てるっ、さっ!」
敵が焦れて突っ込んでくれば、それを好機とNNの姿が幻のように掻き消える。
現存する者のうち、NNにのみ搭載された恐るべき能力――ヴェルズンク。
濃縮されたタンパク源を摂取する事で、身体能力の全てを完全起動、獣を超えた獣としての活動を可能とする。体に多少の負担はかかるが、それも光の法術で解決できた。
群がる敵の眼前に忽然と現れ、銃口を眼球の中にまで押入れ、轟音。
一通り蹴散らした向こうで、他のベルセルキールが何かしている。
NNが目を凝らして確かめようとするのと同時、IAが叫ぶ。
「伏せろ!」
「了解っ!」
何があったかわからない。しかし、NNは咄嗟に体を倒し、交錯するようにIAのナイフが飛んだ。
空中、ナイフが弾かれる――否、ナイフが、何かを弾いた。
「危ないな……手榴弾か」
冷静なNNの呟きに、真逆の方向に跳ね返った爆弾が、投擲手達を爆散させる。
「す、凄い、ですね……」
連続する生死の交錯に、今にも戻しそうな表情で光が言う。
元来優しい性格の彼女には、この現場は酷というものだが、それでも光は気丈に笑った。
「ここを突破したら、そのまま空港に行きましょう……私の名前を出せば、すぐに飛行機に乗れますから……ね?」
それを聞いてNNとIAは顔を見合わせ、小さく笑う。
「まあ、悪くないな」
「早く行く事にしようか」
すでに、出口はもうすぐそこだ。
宿の出口を蹴破ると、そこには手の上のディスプレイを見つめる黒いスーツの男。
「ローゲ・スレイプニル、だったか?」
NNの問いに、ローゲは少し驚いた顔を上げる。
「おやおや……ミッドガルド社が誇るベルセルキール達を突破してきたとは」
「お前が、現場の管理者だな?」
IAの鋭い問い。
「いかにも……さらに言えば、IA君、キミを組織に渡したのもこの私だ。しかし、おかしいな、予定ではキミ達が私の前に現れる事はないはずだったのだが……いやはや、人生とはままならない」
芝居がかった口調の最後に、マシンガンに弾が込められる音が重なった。
「気にするな、そのままならない人生は、今、終わる」
「NNと同じ言葉を、私からも」
二人の特別なベルセルキールから向けられる殺意に、ローゲは嘆かわしげに首を振り、両手を上げた。
それを見て、NNの皮肉気な笑み。
「降参はないぞ」
「降参?」
くっ、とローゲの押し殺した笑いが、その肩を震わせた。
「ははっ、これは面白い、このローゲ・スレイプニルが降参?」
光が、はっとなって気づく。
「き、気をつけて! 法術使いです!」
「舐めるな、人形風情が……」
紅蓮色が、男の両手からほとばしった。
「炎使い!?」
驚愕に引きつった声と共にNNはトリガーを引き絞り、同時に横に飛ぶ。
だが、弾丸に手ごたえは無い。
「無駄だ無駄だ、この爆炎の前では照準もろくに出来まい」
「やろう……っ」
苦い物を噛んだように顔を歪め、NNはでたらめに撃つのを止める。IAの方に目をやれば、毒蛇のような炎から光を担いで逃げ回るのが精一杯といった風だ。
つまり、NNの独力で炎をどうにかしなければならないと言う事。
「ならっ」
腰元から手榴弾を抜き取り、炎に向かって投げる。
「これならどうだ!」
一瞬でも炎が爆風で散ったなら、ヴェルズンク発動中のNNは十分に狙撃できるはずだ。
手榴弾が炎に巻かれた瞬間、轟音と閃光――そして、手榴弾の爆風は火を弾いた。
「貰った……!」
足を止め、マシンガンを焔の中、男の影にロック。
だが、その光景を遠巻きに見ていたIAが、絶叫した。
「避けろ――っ!」
「っ!?」
慌て、NNは己の周囲を見直す――四方の地面から這い登ってくる炎。
手榴弾の風は確かに炎を退けた。しかしその一方で、炎を広げる役目もしていたのだ。
「くそっ!」
逃げ道を探して見回せば、頭上に広がる、綺麗な青空が見えた――まるで自由の象徴のように、両腕を広げているかのように。
だが、それは逃げる事だ。
その後、情けない背中をあのローゲの炎に打ち落とされるかもしれない。
それくらいならば――!
アスファルトの地面を蹴り砕いて、NNは飛び出した。
手榴弾の影響で炎の密度が僅かに薄い、ローゲの方向に。
「NNっ!」
「NN君!」
炎の中を飛び出した矢のような空気の流れに、IAと光は叫ぶ。
だが、視覚速度を越えるNNの動きは、その声が届いた瞬間にはローゲに肉薄。
「人形が……!」
「死ね」
広大な空の下、射撃音と炎の収束は、ほぼ同時だった。
White Angel
誰かがそう呼んだ 誰もがそう呼んだ
白髪の天使が ただ人を守るから
ごめんなさい それが言えずに
誰かがそう呼んだ 誰もがそう呼んだ
それから、青い星では二年の月日が流れた。
相変わらず、その星の水の流れは美しく。
街は血の流れが麗しく。
鉄火が街の一角で鳴り響く。
だが、それでも、二年間で変わり始めた事は多い。
大きな要因は、ミッドガルド社がベルセルキールの製造を秘密裏に行っていた事。
それが世界に知れると、ただちに世界はミッドガルド社を叩き潰し、軍事企業として名を馳せた会社は呆気なく、終わった。
その終幕の影響を受けたのは、ベルセルキールの研究所――通称、ハウス(檻小屋)と呼ばれる施設だった。
最も融資していた企業からの供給がなくなると、資金的に経営が不可能となり、ベルセルキール――人間の戦闘代行者達にして、ホワイトデビルと恐れられた者達は、地上から消え去る事になる。
代わり、その国の大都市には白髪の警官が多く見られるようになったという。
彼らは、誰も彼もが強制されてそこにいるのではない。
彼らは、誰も彼もが自分の意思でそこにいるのだ。
自由を手に入れた少年・少女達は、それでもなお、自分の持てる技術を使って人の代わりに傷つこうとしてくれている。
その報道は世界を駆け巡り、彼ら、元・ホワイトデビル達は世間から愛される存在となった。
もう誰も、彼らをケダモノとは呼ばない。
人殺しとは呼ばない。
非人道兵器とは呼ばない。
ホワイトデビルと、罵らない。
ただ、人々は彼らの事こう呼ぶ。
満腔の敬愛と、僅かな後ろめたさを込めて、ホワイトエンゼル――白髪の天使達、と。
もう誰も、彼らを仲間外れにしたりしない。
青い星の何処かで、誰かの穏やかな、責めるよりは訴えるような柔らかな声が、寝ている誰かを呼んでいる。
「二人とも、朝ですよ? 起きて下さい! アレシアさ〜ん? フェイオンく〜ん?」
世界の何処かで 今日も 誰かが泣いている
世界の何処かで 今日も 誰かが支えている
世界の海は そうして潤い
世界の土は そうして育つ