011228 (020104 改訂) さらい

 

 

「明後日だって?」
 まるで夕飯の品目を訊くのと変わらないような口調。
「ルルノイエ進攻」
 他人事というわけではあるまいが、スエンの台詞には少なからず勝利の確信という調味が台詞に効いていた。
 僕とてそれは変わりなく、星の巡りを僅かでも知りえるものなら確信そのものをもつことが可能となるわけだけども。
「この期を逃さずといったところだろう…どう?魔兵団長殿」
「役職で呼ぶな」
 どうせ明日には嫌というほど呼ばれることになるのだ。
「はい」
 素直に謝罪をして、スエンは僕の目の端で寝台に寝転んだ。
「戦場で、ルックの傍にいられたらと思うんだけど」
「…聞き飽きたよ、将軍」
「そこで役職で呼ぶか?」
「…」
「聞き飽きたよ」
 投げやりな様子で、でも楽しげに、彼は微笑んで見せた。
 スエンは、望んで大将騎のサポートについている。
 少数の精鋭兵を率いて、殆どの作戦において最前線に位置する。
 つまり、従える人数は大きく違うが、フリックやビクトールとほぼ同列だ。
 だから将軍というのも誰も異存なんか唱えやしないし、唱えられるわけもないのだけれど、
「似合わないったらないよなあ」
 幸い、どうやら自分にも自覚はあるらしい。
「まあ、最前線もいいものだけどね」
 僕は最前線というものを見たことがない。
「殺すのに、生きてる感じがする。すごいエネルギーがあるんだ、そこに。…こっちにも向こうにも。
 僕はそれを、本当に尊く思う」
 この手で人を殺したこともない僕には、それはどうしてもわからない思いではあるけれど。
「戦場で死ぬことが神聖視された気持ちも解るような…」
 急に、彼がこちらを向いて、
「……それでいいんだよ、ルックは」
 僕への言葉を。続いていた空の言葉は途切れた。
 勿論、それくらいは理屈でわかる。
 彼が僕にわざわざ言い聞かせているのは、理屈以外の部分に対してのことだということも。
 理屈以外。あれだけ忌み嫌っていたはずの、理屈の範疇にない事象が、それへの抵抗が、
「僕はルックが好きだからね」
 そのたった一言で、どこかに追いやられていく。
「何度言う気さ…もう頬染めてやったり出来ないよ、僕は」
「別に要らないよ、そんなリアクション」
 寝台に仰向けになったままでからからと笑う、変わらない声は深くて、
 丁度3年前の、やはりあの最後の出陣を、僕は目を閉じて、耳だけで思いかえした。
 鬨の声を聞く。同じ思いで。





 ああ、と思ったとき、風に吹き散らされる自分の前髪が煩わしくて目を開けた。
 僕は眠っていたらしい。
 ごうと吹く風の音に見遣った窓際には、見慣れた立ち姿があった。
「起きた?」
 ただでさえ書類書籍に埋もれた部屋が、夕冷えの風に大きく引っ掻き回されて、
「…確信犯。ごめんね」
 彼の言葉と笑顔と一緒になって、壁もどこもかしこも、ばたばたとせわしくはためいた。
「こういう瞬間、好きなんだよね。
 日が沈む前の…今だけ風が強いような」
 また何か遠いものに憧れるような目をする。
 僕はそれにはちっとも追いつけない。
 だから、とりあえず同じ方向を見る。
 そうしたら少しだけ、わかる気がするから。
 風ははだけられた胸元を通り抜けて、ああして向かい合うその心だけを浄化しているのだ。
「寝せとくのが悔しかったからさ」
 声に顔を上げると、首が痛むのに気がつく。
 椅子に座ったままうたた寝なんかしたからだ、とはすぐにわかるのだけれど。
 スエンはそんな僕の気だるさとは正反対のやけに晴れた表情で、
 まだ強さが消え残る、完全に赤くなってしまう前の夕方の光が、その隆起した頬をやたら明るく照らしていた。
「下に下りない?」
 窓から身を乗り出して、翻るバンダナの裾を左手で押さえつけ、僕を見ないで問いかける。
「…この風の中を?」
 別に、とがめようと言っているわけじゃなくて。
「だからだよ」
 その言葉が、聞きたいだけ。
「…だよね」
 肩をすくめて、手を差し出す。
 掴んだかどうかは見返らず、感触があるかないかのうちに、僕はふわりと、騒めきの空へ飛び出した。





 建物の裏手へ回ると、デュナン湖に沿ってあまり幅のない平地が広がっている。
 日中完全に建物の影になるあたりは寄り付かないほうが正解だというような状態になっているが、
 今僕らが居る西日の当たるところはきれいに整地されていて、丈の短い下草が土とまだらに群生していた。
「こういうとこ歩くとき、土のうえーって感じがする」
 あの笑顔が、同意を求めているのだろうか、どうか。
 僕がなんて言うかなんて、我が道を行くような性格の彼にはあまり関係のないことのようだけれど、
 同意をすれば、必ず嬉しそうに笑うのだ。
 わかってもらえなくても嬉しい、わかってもらえても嬉しい。
 いつだったか言っていたのは、そんなこと。
 何か、僕には知りえない仕組みが、その目に敵った好奇心の化身を選り分ける何かが、あの頭の中身に詰まっているのだろう。
 光の強い、色鮮やかな空と不似合いに、湖面はかなり大きく波打っている。
 縁に立てば真下に見えるであろう小さな船着場は、今ごろはおそらく大童であるのに違いない。
「風、好きだなあ」
 ざあっと風の流れを見せる草の上に、言うなり彼は胡座をかいて座り込む。
「土も、好きだ」
 きれいな半球に引き伸ばされて映る、いっぱいの視界の中で、
 彼の背は決して小さく見えることはなく、存在感やそういうものの大きさがどこまでもあった。
 どこからかやってくるこの希薄さの、連れて来る不安にためらっている余裕はなかった。
 そのままを言えばいいと、確かな感触が背中を押す。
 見えないものを信じるのは難しい、と踏み出せずいる僕の足元で、無数の小さな声がぼんやりと淡く響く。
 そうしたらやっと気付くから、僕を包むあの優しい。
「あんたは土なんだ」
 常に、足の裏が温かいあの湿り気と繋がっているような。
 ただそこにある安心が。
 還るときがいくら遠ざかっても、
 いつまた牙を向くとも知れない紋章を抱えても、
 かけ離れない。彼の遠さは別のところにあって、ここにはない。
 そういうものにひかれるのは、己が風としてあるからだろうか。
 半身を追う身で、拒絶と虚勢を繰り返しながら、いつか覆いを払い除け裾を引く、降り立つ場所を探していた。
 少しだけ言葉をきめかねてためらうけれど、もどかしさはとうに取り払われていて、
「僕は、あんたと生きてられて嬉しい」
 いつも喉でつかえる言葉が、するりと出た。
 彼がどんな顔をしているか、なんてことは見当もつかなくて、
 正直自分がどんな顔をしているかもわからない。
 でも、瞬きの瞬間にも光の影が目の裏に映るような強い光を理由に、
 見えないのだから、それでもいいのだ、と、なにか、どこか言い訳がましいことを考えた。





 風はまだ時折吹いて、その度髪は大きく撓んだ。
 彼は手袋を外して、素手で土を撫でていた。
 ゆっくりしゃがみこんで、彼に習って土に触れる。
 僕は、さっき言ったことがやけに大それているということや、またいかに正しいことかというようなことを、
 指先から染み入るような温度と共に、感じていた。

 

 

坊ルック。耐え切れなくて後半を改訂しました。
前の読んじゃった方はごめんなさい!(笑)
やっぱり必要なのは余裕。そうね。
少しはうすめたけど、まだ濃いのかも…?といったところ。
(うすめ液が主にモノローグだというのは…趣味ですね<笑)