行方

020822 さらい

 

 

 

今書かなければいけない気がしたから書いた、と。
いかにも彼らしい一文が、生成り色の便箋の冒頭に踊っていた。
そのとき限り、音読を申し出た青年はやや涸らした声で、もう誰も読めないかもしれなかった手紙を読んだ。


手紙は年に数度、トランからの書簡に混ざってこの魔術師の塔まで届く。
青暗く落ち着いたここに、日光のような、それと僅かな色褪せた匂いをあてて、
少年の、いつも温度の上がらない指先を温めていた。


盲目の星見は、それを丁寧に机の上に置き、
きちんと整頓されたその部屋に馴染む、四角いペーパーウェイトをことりと載せた。
これも少年の持ち物だった。ぽつぽつと増えつづけた存在のうちの、小さな一つだった。
呼ぶから行くのだと、偶の暇に少年は肩を竦めてみせ、そうしていつも、何かを持ち帰った。
外見相応の目を、それには向けていた。

なにも、みえないけれど

知っていた。


それまでそこにあった手紙は、すっかり乾いて茶けていた。
便箋の端が、緩やかな波を描き、
届いたときのように上手には重なり合わないそれは、かさりと音を立てた。
触れるとざらりと紙肌が粗く、インクが滲んでいた。
彼女には見えなかったが、知っていた。
封筒に戻すことを諦めた彼女は、横に長い浅い引出しを開け、重なった手紙の上にそれを重ねた。
便箋はまたかさりと音を立て、風に吹き散らされぬうちにと暗い机の中に仕舞われた。
引出しの中で、小さな明かり取りのような隙間に熱を求めて、次の数月後を待つ一つになった。


置き換えられた新しい便箋には、いつもと同じ大小様々な出来事が綴られ、
そこには数月前に終わりを告げた、北の戦の話もあった。
何でもない風に、それではまた、と結ばれている手紙。
初めての手紙と同じに。でもこれは、誰も読まない初めての手紙。

いや、それでも彼は、知っているのだった。


折角インクは滲んでいないけれど、
手紙はまた数月ここで、日にあたり、色褪せ、乾く。
今度は真っ直ぐのまま、折りたたみ封筒に戻されて、誰も読めない手紙の一つになっても、
あの少年の代りに、星見の指を温めるだろう。

少年の遺した部屋は日当たりがよく、
半永久的な塔の中でただ幾許かの、時間と風化の幸せを教えていた。

 

 

今更ですが、III騒動後初SSになります。
なにやらあたりさわりのない書きかたで微妙さ加減甚だしいわけですが、
それなりに考えてみたりはしていたわけです…どうなのかなあ。
普通ならこそこそ行きの長さで、やたら短いのですが、
長々書いても自分には嘘なので、これで。
それなりの決着は見ています。あとは時間に任せます。
そのうえで戻りたい。まだ坊ルック書きたいですね。少年達、大事です。

BGM:『空を取り戻した日』シャカゾンビ。
シャカゾンビとか云って些か不似合いですが、
放り投げたように真っ直ぐ速度を変える青の大気、
未だある人の世界への執着、
主に坊やルックや、シーナの思いとしてもこんな感じかもしれないような。
このSSの雰囲気というより、信念これぞ、と思っているものです。
結局は皆青いんだよなってな経過です。今はそれぞれの道ですが。