
- 出発!(2001.6.13)
- 今年も鎌倉旅行の日がやってきました!今日は天気ではありませんが雨も降っていないので、ハイキングにはピッタリかもしれませんね。今回は更に頑張って5時に起きましたよ。そして朝と昼のお弁当も作りました。やっぱり節約をしないとネ。(^_^;
今年も昨年同様、東京駅からは横須賀線のグリーン席に乗り、さっそく手作り弁当を食べました。
- <牧場主の一言>旅の始めに電車でのお弁当。これは良いですね。しか〜し、今ではお弁当を食べる為にはグリーン車に乗る必要があるのが、ちと悲しいです。ワンボックスのゴトゴト電車が懐かしいですね。
- 東慶寺
- 今年も北鎌倉駅で下車しましたが、「あじさい寺」とは線路をはさんで逆側にある「東慶寺」へ。
ここは「駆け込み寺」や「縁切り寺」として知られていますね。開山の覚山尼が悩める女性の救済のために「縁切り寺法」を定めました。江戸時代は夫にのみ離婚の権限が認められていましたが、決められた寺に逃げ込み3年間尼として奉公すれば離婚が認められるというものだったようです。
かつての鎌倉尼五山のうち現存する唯一のお寺だそうです。といっても、明治以降は僧寺になっていますけど...。
参道を進むと本堂の隣に白壁の松ヶ丘宝蔵や隠れキリシタンの遺品の蒔絵など国の重要文化財とともに、縁切り書が多数展示されています。
花の寺としても有名で、「紫陽花」はもちろん、「花菖蒲」や「イワタバコ」が見頃でしたよ!
- 浄智寺
- 東慶寺からすぐ近くにあり、深い谷戸に埋もれるように建つ趣あふれる古寺です。
29才の若さで没した北条宗政の菩提を弔うために、妻とその子師時によって創建されたと言われています。
総門前の小さな池の手前に「鎌倉十井」のひとつ「甘露の井」があります。山門に続くすり減った石段の参道を進んでいきますと...。山門は重層の唐様門で上層が「花頭窓(かとうまど)」になっていて、中の梵鐘(ぼんしょう)が見えるユニークな造りになっています。その先には「曇華殿(どんげでん)」と呼ばれる仏殿があります。仏殿の横にある「コウヤマキ」は鎌倉第一の巨木でビャクシンとともに鎌倉市指定文化財だそうです。
- 円応寺
- ここは「閻魔さまの寺」として知られていますね。本堂の「閻魔堂」には、死後の裁判を司るという「十王像」が安置されています。「閻魔大王」を中心に「秦広王」「初江王」「宋帝王」「五官王」「変成王」「泰山王」「平等王」「都市王」「五道転輪王」の10人が並んでいます。はっきり言ってちょっと怖いですよ...。
そうそう、ここで今まで知らなかったことがたくさんあるんですよ。
「三途の河」は、「奈河津(なかつ)」「葬頭河(そうずか)」「三瀬川(みつせがわ)」とも呼ばれていたようです。
それに「三途の河」には3種類あるんですって!
<第一>山間の水が急流をなしている所です。ほとんどの亡者は此処を渡ります。亡者は水に濡れないように着物の裾をたくし上げて渡ります。
<第二>入り江が深い淵でなしている所で、此処は生前の罪が重い亡者が渡るところです。亡者は泳いで渡るしかないので、着物はぐっしょりと濡れてしまいます。
<第三>橋の渡になっています。生前に罪を犯さなかった亡者が通る所です。亡者は「お地蔵様」に手をひかれて橋の上を渡ります。着物が濡れることはありません。そのまま「天上界」へと行くことができます。
皆さん、知ってました?!やっぱり<第三>が良いですよね〜!
- <牧場主の一言>皆さんご存知でしたか?閻魔大王には罪と願があることを。罪とは亡者を地獄行きにし、苦しみを与えた事に対する罪です。実はそのことにより日に三度も熱く焼けた鉄板の上に寝かされドロドロに解けた銅を口から流し込まれ、内蔵が焼けただれる罰を与えられているのです。その罰を受けながらも閻魔大王はその責任感から、厳格な審査をして決定するのですから、その職務を全うしている事になります。閻魔大王への罰は地獄行きの亡者の苦しみよりもずっと苦しいと伝えられています。
そして閻魔大王の願とは、もちろん我々人間の中から地獄行きの亡者が減ることなのです...。イメージがずいぶんと違い、なんだか閻魔大王に申し訳なくって...。感動してしまいました。
- 建長寺
- 昨年見学に来た建長寺ですが、ここの奥から今回の最大の目的である「天園ハイキングコース」へ向かいます。ハイキングコースの入り口までには、「河村瑞賢の墓」や「回春院」「大覚池」などがあるのですが、なんせ今回は私の体力が最後までもつかどうかが大問題なので、ちょっとの寄り道も我慢、がまん...。(^_^;
ところがまだハイキングコース入り口にも着いていないのに、いきなり階段の嵐(約250段)!!ヒーヒー言いながら建長寺の境内最奥にある「半僧坊(はんそうぼう)」へ到着。
周囲には半僧坊に付き添う「天狗像」が立っています。火防、厄除け、福寿増長などのさまざまな利益があるとされています。
- <牧場主の一言>昨年はゆっくりした建長寺ですが、今年は大きなビャクシンの木に、青緑色の実のようなものがなっていたのを見つけて、喜んでいました。でも今年のコースはこれからが長丁場!気合いを入れて建長寺の左横を通り、いざ出陣!
- 天園ハイキングコース
- さあ、半僧坊を越えると...やっとここからが「天園ハイキングコース」ですね。ここは全長約3.5キロあり、鎌倉でもっとも距離が長いそうです。しかも「鎌倉アルプス」と呼ばれるほど、起伏の激しい道や滑りやすい岩もあるコースなのです。
先ほどの半僧坊のすぐ上に(といっても、かなりきつい階段が続きますが)、丸太で組んだ展望台があります。ここからは正面に相模湾が一望できる...はずなのですが、曇りだったのでそこまでは見えませんでしたね。でも城壁のように山が三方を囲む鎌倉の地形が手にとるように分かりましたよ〜。
- 十王岩
- 展望台から結構険しい道を10分ほど進むと「十王岩」があります。この岩には、「如意輪観音」「地蔵菩薩」「閻魔大王」の三体の仏像が彫られていますが、現在は風化が激しくてよく分からないです。でも間近で見るとけっこう迫力がありますよ。
ここからの眺めもなかなか良いのです。そこで出会った旅人に「(先ほどの)丸太の展望台が出来る前は、ここが展望台だったんですよ」と教えてもらいました。そういえば旅行雑誌にも、ここからの眺めは「かながわの景勝50選」に選ばれているって書いてあったっけ。
この先、覚園寺の標識の方へ100mほど寄り道すると、「百八やぐら」があるそうです。残念ながら、まだコースの半分も歩いていないので寄り道は...断念しました。(^_^;
この百八やぐらは、鎌倉一のやぐら群として知られているそうです。次回には、ぜひとも挑戦したいですぅー。
- <牧場主の一言>ハイキングコースに入るとのぼり階段地獄に圧倒されてしまいました。ももがなかなか上がらない程の感覚...。なんだか笑いを堪えながら登っているような気分です。日頃の運動不足がでてしまいましたぁ。最初に階段でほとんどの高さを登りきった状態なので、その後は幾分楽ですが、道は険しいものでした。そんな中、「十王岩」が現れてきましたが、足場も悪く一体どうやってここに作ったのだろうと、辺りを見回したくなる場所です。きっと眺めの良い風景が、ここに作らせたのでしょうね。
- 大平山
- 時々休憩をしながら起伏の激しい道を進むと、突然目の前が開けて...。やっと鎌倉アルプスの最高峰「大平山」の頂上へ!なんて眺めが良いのでしょう。ちょうど天気が良くなり陽が差してきたので、風がとても気持ち良かったです。この辺りまで来ると、大体コースの半分は越えたかな?!
- 天園
- 頂上からはもう下るのみ...。しばらくすると唯一の休憩所があります。ちょうど12時。そういえば、もうお腹ペコペコ!お昼ご飯だぁ〜!
「峠の茶屋」で飲み物を買って、作ってきたおにぎりを...。美味しい〜! 頑張ってリュックで背負ってきた甲斐があった...。しっかりビールを呑んでる牧場主、美味しそうだね〜。ここでは「おでん」が人気メニューのようですよ!
この「天園」は「相模」「武蔵」などの関東6ヶ国を見渡せたことから「六国峠」とも呼ばれています。峠の茶屋のほかにも、「天園休憩所」があります。
- <牧場主の一言>ここでビールなんて呑んだらイカンと思いつつも「ビール冷えてます」には勝てなかった。やっぱり美味しいのですよ、これが...。ここも持参のお弁当を食べましたが、他の旅人もほとんどの方がやはり持ち寄っていました。皆さん旅慣れた方なのでしょうね。
- 貝吹地蔵
- 天園から15分ほど滑りやすい下り道を歩いて行くと、暗い岩場にひっそりと「貝吹地蔵」が立っていました。
このお地蔵様、新田義貞の軍に攻められ、自害した北条高時の首を守りながら敗走する北条氏の部下達を助けるために、ほら貝を鳴らしたと伝えられています。
ここを過ぎると長〜い下り階段が続いています。この階段を降りきったら...天園ハイキングコースのゴールなのです!やったぁ〜、最後まで歩けたんだぁ〜!(^_^)v
- <牧場主の一言>いや〜嬉しいものです。歩ききりました!なんだか自然に溶け込んでしまったかのような錯覚さえ感じます。達成感が疲れも吹き飛ばしますね。さ、お寺回るぞ〜!
- 瑞泉寺
- 山門へと向かう参道は、天を突くような杉の木に囲まれた石段で心洗われる気分になります。山門をくぐると棟反りの二層銅葺き屋根をもつ本堂が見えます。
本堂の裏には、夢窓疎石作と伝えられる庭園があります。岩盤に大きな口をあけた天女洞を中心とした池泉庭園です。石を使わずに、山腹の凝灰岩の岩盤を削って作られた禅宗庭園の傑作として、国の名勝になっているそうです。
また庭の隣の地蔵堂には、「どこもく地蔵」が安置されています。これは生活苦から逃れようとした堂守に「どこへ行っても辛いことはある」という「どこも苦どこも苦」というお告げをした...ということから名付けられた地蔵菩薩なのです。
- 鎌倉宮
- 本当は、この「鎌倉宮」の前に「覚園寺」にも行く予定でしたが、ここから約10分ほど歩くということと、15時までという拝観時間や、1時間ごとの寺僧による境内案内などを考えて...今回は諦めました。今度またゆっくり行こうと思います。
では、気を取り直して...。(^_^;
この「鎌倉宮」は、明治天皇によって創建されました。後醍醐天皇の第一皇子大塔宮護良(もりなが)親王は、建武中興で征夷大将軍になるが、後に足利尊氏と対立し幽閉されたのちに殺害されました。社殿の背後には、親王が幽閉されたと伝えられる「土牢」があります。この土牢、昼間でも光が届かずにかなり真っ暗に近かったのです。しかも覗くとかなり深さもありました。こんなところに9ヶ月間も居たなんて...信じられない。
「宝物館」には、護良親王の筆跡や護良親王土牢読経の図などが展示されています。
- 夕食
- 和食の「峰本本店」へ。大正13年創業の老舗ながら、オリジナルのそばメニューがたくさん!看板メニューは「鎌倉もよう」だそうで、3種類のそばに天ぷらやサラダ、豆腐がつくそうです。
とにかく美味しかった〜!大満足です。\(^o^)/
- <牧場主の一言>天ぷらそばを注文したのですが、天ぷらがそばと分けてありました。そばがこれほど美味しく感じたのは初めてです。そばの味を変えたくなかったので、天ぷらをそばにのせず別々に食べておりました。(^_^; いや〜まんぞくっす。
- 宿泊
- 今年も去年同様、「シティペンションシャングリラ鶴岡」に泊まりました。 やっぱり便利な場所で値段も良心的ですしね...。
ふぅ〜、今日は歩きましたよ!何と20000歩です!自分でもびっくりしちゃいました。(^_^;
さぁ、早く休んで明日に備えなくっちゃ。
- <牧場主の一言>さすがに足首あたりが張っております。う〜っ。睡魔が襲ってきた〜。

さあ、二日目です!(2001.6.14)
思ったよりも昨日の疲れが残っていませんよ!でも雨降りだぁー。
- 十二所神社
- バスに乗って「十二所神社(じゅうにそじんじゃ)」へ。
村の鎮守という感じがする、質素な神社です。 社伝によると、かつては光触寺の境内にあって、熊野十二所権現と呼ばれていたようですが、天保9年に現在の場所に移されたそうです。祭神は天神七柱、地神五柱の計十二柱の神。
十二所という地名は、この神社に由来するらしいですよ。
そうだ、今回もいろんな鳥の鳴き声や、可愛い動物たちとの出合いがいっぱいでしたよ!
- 三郎の滝
- 「朝比奈切通し」に向かう旧金沢街道の「朝比奈ハイキングコース」の途中に流れ落ちる、鎌倉の平地の中では唯一の滝です。落差4mという小さな滝ですが、今日は雨降りだったせいか、かなりの水量でした。
この切通しを一夜にして切り開いたという伝説の人、「朝比奈三郎義秀」にちなんで名付けられたそうです。
- <牧場主の一言>あいにくの雨となりましたが、石や岩が雨にぬれて良い感じの色になっております。コケやシダ類がとても元気に光っている感じで、雨の鎌倉も良いですよ。
- 光触寺
- 金沢街道へ戻り路地を入って行くと、「光触寺(こうそくじ)」があります。茅葺きの山門をくぐると、両側に墓石や石仏がずらりと並ぶ参道を通って本堂へ。
本堂には、運慶作と伝えられる「頬焼阿弥陀(ほほやきあみだ)」を中心に阿弥陀三尊像が安置されています。頬焼阿弥陀は、盗みの疑いをかけられた万蔵法師が頬に焼き印を押されて、その印が阿弥陀如来の頬に移ってしまったので、すぐに万蔵法師の罪を許し、阿弥陀の頬を何度も塗り替えたのに、ついにもとに戻らなかったという言い伝えからこう呼ばれているようですよ。
残念ながら、予約をしておかないと本堂内を拝観できなかったので今回はまたまた諦めました。(^_^;
また「塩嘗地蔵(しおなめじぞう)」というお地蔵様も有名です。昔、六浦の塩売り商人が鎌倉に向かう途中、お地蔵様に塩を供えると帰る時にはなくなっているので、お地蔵様が塩を嘗めたからだという言い伝えが残っています。
今回、ちょうど「花菖蒲園」が公開されてました。これはみごとです!
- 明王院
- 鎌倉幕府第4代将軍藤原頼経(よりつね)が建立した古義真言宗のお寺「明王院(みょうおういん)」です。当時は「五大堂」「春日社」「北斗堂」などの堂宇が並ぶ大寺だったようですが、幕府滅亡によって衰退したうえ、江戸時代に入って発生した火災によって焼失し、現在の本堂はその後の再建だそうです。
珍しい冠木門(かぶきもん)を抜けると茅葺き屋根の本堂が見えます。本堂の右には十一面観音が安置される観音堂や、初め弁天祠、水掛不動尊などがあるようです。
- 浄妙寺
- 山門から伸びる石畳の先に銅葺きの屋根が優雅な本堂が見えます。
鎌倉五山第五位の臨済宗の寺で、室町時代には23院の塔頭を有したといわれています。裏手の墓地には、足利尊氏の父貞氏の墓と伝えられる「明徳三年」銘の宝篋印塔があります。
境内には「喜泉庵」という、天正年間に寺の僧達が建てた茶室があります。現在あるものは平成3年に復興したものだそうです。縁側の外には杉苔と白砂を中心にした枯山水の庭が、良く手入れされた庭木に囲まれるように広がっています。その庭を見ながら抹茶をいただく...なんて贅沢な一時...。(#^.^#)
- 報国寺
- 滑川にかかる華ノ橋を渡るとすぐに、臨済宗の「報国寺」があります。本堂には釈迦如来像が祭られています。
本堂の裏には竹の庭があり、「鎌倉一の竹の寺」として広く知られています。この竹林は京都から移したものといわれています。
- 昼食
- 報国寺から「田楽辻子(でんがくずし)のみち」を通り、和食の「竹治」へ。ここのモットーは「おなかいっぱいになるもの!」だそうで、確かにボリューム満点でしたよ。もちろん、美味しかったです!
「北条家のクイズに答えて抽選でハワイ旅行が当たる!」というものがあったのですが...問題が難しすぎて全然分かりませんでしたよ...。(^_^;
- 杉本寺
- 金沢街道からまっすぐで急な階段が続くのが見える「杉本寺」へ。創建年代は不明ですが、鎌倉幕府創設以前から存在し、鎌倉最古の寺院と伝えられています。天台宗のお寺で、坂東三十三ヶ所霊場の第1番札所として信仰を集め、大蔵観音や杉本観音の名で親しまれています。
ここの仁王像は鎌倉髄一といわれる整った顔だちなのです。その仁王門をぬけたところにあるすり減って苔むした鎌倉石の石段が有名ですね。その石段の先には茅葺き屋根の本堂があり、3体の十一面観音像が本尊として安置されています。堂内は公開されていますので、間近で見ることが出来ますよ!
境内には苔むした「五輪塔」や三浦一族の杉本太郎義宗の守り本尊と伝えられる石造りの「地蔵菩薩」などがあります。
- 釈迦堂口切通し
- さきほどの「田楽辻子のみち」まで戻り、「釈迦堂口切通し」へ。この道は住宅街の中を抜ける小さな小道です。かつて、この付近に田楽法師という人の住居があったため、この名前が付けられたそうです。
途中に犬懸ヶ谷の上杉禅秀館跡の石碑がありました。更に進んでいくと道は狭くなり蛇行して、いつの間にか砂利道で登り坂になります。すると突然、目の前に大きな洞門にぶつかります。これって、どうやってくりぬいたのか?!
鎌倉初期に3代執権北条泰時が、父義時の供養のためにこの地に釈迦堂を建てたことが土地の名の由来らしいです。この岩壁の上あたりが北条時政の館跡にあたり、その邸内に釈迦堂があったようです。
この道は、名越方面への主要通行路だったもので、高さ8mを越える素掘りトンネルは迫力満点です。現在は崖崩れの危険があるので、通り抜けは禁止されています。
- <牧場主の一言>想像していたよりもずっと大きいものでした。通行止めの道具として古い看板や枯れ木を置いてあり、また雨で辺りが暗くなっていたので、ますますその怪しさがかもし出されて、近付けない迫力が恐ろしくも感じる程でした。
- 帰路
- あまりに土砂降りになり、リュックに入れていた荷物もびしょ濡れになってしまったので、今回の旅行はここまでにしました。今年の帰りも横須賀線のグリーン席です!乗った途端に二人で爆睡...。
今日の歩数は14000歩!雨の中、頑張って歩きましたぁ〜!もちろんお土産も忘れずに買って来ましたヨ!(^_^)v
おしまい。 byかあこ
- <牧場主の一言>おしまいまで見ていただきありがとうございます。今回は特に、駐車場が小さかったり、また無かったりで、団体ツアーや車を使った観光では行くことの出来ないようなお寺などを中心に回ってみました。それでも鎌倉にはお寺がたくさんあります。またお寺は小さくてもとても綺麗なお寺が多くて、とてもお薦めです。むしろ有名どころよりも発見の多かった旅でした。
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