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第2パルティータ以外の単品無伴奏盤で特筆すべきもの、などをならべてみる。


 

石川静

Shizuka Ishikawa

BWV.1001

1988

 live

 

日下紗矢子

Sayako Kusaka

BWV.1005

2008

 

 

五嶋みどり

Midori

BWV.1003

2005

 

 

辰巳明子

Akiko Tatsumi

BWV.1001

1978

 

 

西江辰郎

Tatsuro Nishie

BWV.1001

1993

 live

 

藤原浜雄

Hamao Fujiwara

BWV.1001

2007

 live

 

堀米ゆず子

Yuzuko Horigome

BWV.1001/03/05

1986

 

 

ゲルハルト・ヘッツェル

Gerhart Hetzel

BWV.1003

1962

 

 

ユーディ・メニューイン

Yehudi Menuhin

BWV.1001

1933

 

 

ダヴィッド・オイトストラフ

David Oistrakh

BWV.1001

1947

 

 

イーゴリ・オイストラフ

Igor Oistrakh

BWV.1001

1950s

 

 

ハンスハインツ・シュネーベルガー

Hansheinz Schneeberger

BWV.1001/03

1979

 

 

トッシー・スピヴァコフスキー

Tossy Spivakovsky

BWV.1001

1975

 curved bow

 

ヴィクトル・トレチャコフ

Viktor Tretyakov

BWV.1001

1965

 


A B C D E F G H I J Ka Kr L M N O P Q R Sa Sk T U V W X Y Z



石川静
Shizuka ishikawa

BWV.1001
1988  live
( BAYERISCHE VEREINSBANK  IMS-230  LP )


 1988年の録音。ドイツ・ニュールンベルグにある聖ゼーバルト教会に於けるライヴ。
 「シャコンヌ」以来の、石川静によるバッハ無伴奏曲の登場。演奏は、その美、その深、その高、その広……すべてで進化しており、その感銘度で比較しても、断然こちらがよい。全6曲の録音が待たれるところである。
 バイエルン社団銀行制作のプライヴェート盤。

(2008/10/08)




 

日下紗矢子
Sayako Kusaka

BWV.1005
Aug 01-03, 2008
( HERB Classics HERB-011  CD-JAPAN )


 日下紗矢子は兵庫県出身。現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(旧ベルリン交響楽団)の第1コンサート・ミストレスとのこと。

 清澄、流麗なヴァイオリンで、音色に艶があり、とげとげしいところがまるでなく、円滑な流れが心地よい。
 正攻法そのものの演奏であり、装飾も皆無。日下紗矢子は無心に音楽をつむいでゆく。若干薄味で、特徴にとぼしいと言えなくもないが、それゆえに魅力を感じるのは、あれこれと恣意的な香りのする(と私個人が勝手に感じる)バッハにぶつかる機会が増えてきたからだろうか。
 力強さには不足するが、そのぶん、安定したテクニックと女性的な優美さ、素直さで聴かせてくれる。私的には好印象だった。

 録音優秀。
 残響豊かだが、出しゃばる性質のものではなく、そのせいか、多少ヴォリュームを上げても聴き疲れしない。
 2008年08月01日〜03日。於山梨市《花かげホール》。


※邦人女性の演奏なので、遠からず手に入れたいと考えていたところ、アマゾンで、どういう理由か、新品が半額以下で出ていたのでオーダー。

(2009/11/17)




 

五嶋みどり
Midori

BWV.1003
Aug 22-23, 2005
( SONY CLASSICAL 82796-97745-2  CD-USA )


 もともと目が離せないひとであるうえ、SONY CLASSICAL のウェブサイトで、この第2ソナタの冒頭が試聴できるようになっていたのを一聴、期待が高まっていた。
 言いつつ、先行発売の国内盤を見送り、より安価で出るはずとの考えから外盤までがまんしたのはなんともなさけない。しかしまァ、予測どおり、ほどなく輸入盤の発売が予告されたので予約注文。来年(2008年)1月中旬入荷の予定が、前倒しになって年内発売となったのはうれしいかぎりである。

 第1楽章グラーヴェは、たいへん美しい。まさに祈り≠フ演奏だ。加えて、ほのかな寂寥と温雅がただよう。5分半もかけている。これはかなり遅いほうだろうが、冗長感はない。続くフーガは一転して薫風のような軽快、爽快さで驚かされる。7分を切っている。こちらはそうとう速い部類に入る。アンダンテは風がやんだような寂しさを感じさせ、アレグロでの理性的な疾走感は、雪原を駆けて踊る粉雪の光耀を連想させた。
 これは四季であるな……。
 日本人ならではの詩情あふれる演奏、と思ってみたい。

 2005年08月22&23日。於マサチューセッツ州ウォーチェスター、メカニクスホール。

(2007/12/30)




 

辰巳明子
Akiko Tatsumi

BWV.1001
1978
( TOSHIBA EMI TL-1006  LP-JAPAN )


 辰巳明子は現桐朋学園の教授。活躍する教え子を多く持つ。
 1977年、ベルリンにて、ポール・ズーコフスキーの代役として高橋アキとデュオ・リサイタルを開いた際に、尹伊桑(ユン・イサン)に認められた。現代音楽を得意としたらしい。

 スタートをきったばかりという感じで、まだ個性には欠けるものの、技巧も安定しており、なかなか聴かせる演奏だ。録音は、なにを強調するといったふうもなく、実に素直なもので聴きやすい。
 第1ソナタを1面、2面には得意の(?)現代音楽、尹伊桑大王のテーマ、湯浅譲二マイ ブルー スカイ第3番を刻んでいる。

 1979年制作のLP。たぶんプライヴェート盤だろう。
 現在は指導者に徹しておられるようだが、だからこそ、無伴奏全曲を聴かせてほしい……と思ったりする。

 1978年11月20日&12月23日、於横浜市磯子区のオーレックス・オーディオ・センター。

(2008/02/22)




 

西江辰郎
Tatsuro Nishie

BWV.1001
Apr 05, 1993
( SUN MUSE OFFICE SMO-0001  CD-JAPAN )


 現新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターである西江辰郎は、1976年09月生まれ。
 コレルリ、バッハ、モーツァルト、クライスラー、ラロとならべたリサイタル盤。自主制作盤らしい。16歳での録音である。

 彼はここでバッハの無伴奏ソナタ第1番を弾いている。
 立派な演奏だ。16歳でこのレヴェルなら、会場で聴いた人は、彼の将来に大いなる期待をいだいたものと想像される。
 同時収録のクライスラーやラロもなかなか聴かせてくれた。

 録音は残響を極力抑えた明快なもの。
 アルバムの最後で派手な声援が飛んでいるのがほほえましい。身内の応援団か。

 近年、続けて発表しているデュオ・リサイタル・シリーズCDの評判がいいようだ。
 そろそろ無伴奏の全曲録音を期待していい男であろう。
 彼は↑の辰巳明子、↓の藤原浜雄、ティボール・ヴァルガらに師事している。

 1993年04月05日、於東京都セシオン杉並。

(2009/07/04)




 

藤原浜雄
Hamao Fujiwara

BWV.1001
Nov. 19, 2007  live
( fontec FOCD9374   CD-JAPAN )


 待望の再録音――というにはもの足りなく、第1ソナタのみである。
 1985年の全曲はライヴ・レコーディング、それも一夜の一発録り。演奏も、一聴してそうと感じるほどに挑戦的であり、若さとエネルギーに満ちあふれたものだった。2LPのアルバムのタイトルも、実に、藤原浜雄 バッハに挑む≠ニなっていた。
 今回もライヴを収録。
 前回との比較であるが、今回のほうが圧倒的に上と断言できる。85年盤も魅力的ではあったものの、美と格、そして、言うまでもなく熟成度が違う。歯切れの良さと哀愁が、ふんだんにたたえられており、また一つこの曲の名演奏を得た、というよろこびが胸奥から湧いてくるようだ。音色も、録音のせいか、艶がのり、みずみずしくなったように感じられた。
 テクニックのおとろえはまったくない。

 前回とのタイミング比較表である。85年のLPには時間の記載がないため、手動計時による。

 

Adagio

Fuga: Allegro

Siciliana

Presto

1985

4:09

5:24

2:55

1:40

2007

3:52

5:09

2:50

2:27

 前二楽章の時間をみればわかるとおり、今回は前回にはなかったスピードが加わり、スケール感を増した。プレストでの差が大きいのは反復実行の有無によるものである。この2007年録音では前半部のみリピートしている。
 録音は、残響を取り入れ、空間を意識したもの。ゆたかなこの残響には名状しがたい清涼感があり、すばらしい雰囲気を生んでいる。

 私的には、小林美恵盤とならぶ、第1ソナタの名演登場。
 もはや、今の藤原に全曲の再録音をためらう理由はないはずだ。

 2007年11月19日、於東京紀尾井ホール。

(2008/02/14)




 

堀米ゆず子
Yuzuko Horigome

BWV.1001/03/05
1986/1987
( CBS SONY-Japan  32DC-1012  CD-JAPAN )


 このソナタ集を発売と同時に買い、そのすばらしさにおどろき、それこそ繰り返し聴いた。
 以前は、この堀米盤と、逆にパルティータ集しか録音していない漆原朝子盤を組み合わせて全集CDをつくり、聴いていたりした。
 第3パルティータも別で入れているが、なぜかあちらは今ひとつだった。ここらで全曲まとめて録音してくれぬものか。彼女のシャコンヌはすばらしい、と海外サイトで絶賛されている。

 録音データは以下のとおり。
 1986年06月17&18日(no.2&3)、1987年1月08&09日(no.1)。於宮城県中新田バッハホール。

(2007/10/08)




 

ゲルハルト・ヘッツェル
Gerhart Hetzel


BWV.1003
1962
(DGG 004 224)


 不慮の事故で亡くなったゲルハルト・ヘッツェルの残した貴重なバッハ。
 ウィーン・フィルハーモニーの名コンマスとして知られているが、これは1962年の録音。彼は22歳だった。ウィーン・フィル入団の7年前、その前のベルリン放送交響楽団入団の前年の演奏である。そうとうに有望視されていたのに違いない。

 演奏はそれほど完成されたものではないが、なにぶんヘッツェルの無伴奏である。「聴けるだけマシか」と納得せざるをえない。

 52歳で亡くなっている。登山中の転落事故だった。その数ヶ月前に入れたモーツァルトのディヴェルティメント(DENON)を好きでよく聴く。このころに、バッハの無伴奏をもし……と考えてもしかたないことを考えてしまう。

(2007/10/08)




 

ユーディ・メニューイン
Yehudi Menuhin

BWV.1001
1933
(HIS MASTER'S VOICE D.B.2007/8  78s)


 メニューインによる第1ソナタのファースト・レコーディング。
 SPレコードである。12インチ2枚四面。ちなみに、フーガは二面にまたがっている(第2面すべてと第3面の途中まで)。

 1933年の録音であり、最初の全曲セットにふくまれているものとは異なる。あちらは1935年だ。
 彼は1916年生まれであるから、17歳時の演奏。さすがにヤング・メニューインはすばらしく、この歳でこの貫禄とは恐れ入るばかり。

 この33年盤は未CD化のはずで、ひょっとするとLPにもならなかったのではないか。
 35年盤と比較してみて、両者の演奏自体に差異は認められるものの、それは大きいものではなく、再録音せねばならぬほどだったかどうか……。
 録音が気に入らなかったのだろうか。35年盤のほうが直接音に迫力がある。一方、この33年盤はマイクとの距離がやや遠い。が、そのぶん、その場の雰囲気もろとも盤面に刻まれている感じがあり、自然と言える。
 いずれにしても、メニューイン自身、なにかが気に食わないから入れ直したのだろうが、私の判定は、ぶっちゃけ、こちら、33年盤のほうがいいような気がしている。
 ただ、SP復刻というのは、担当者のセンスに負うところ甚大であり、それゆえ復刻CDには警戒を要する。本来の姿を伝えていないケースがむしろ多く、ときとして演奏自体の印象を変えてしまうことすらあるからだ。したがって、ここにおける両者の比較は、35年盤にとってはやや不利な可能性がある、と念のためにことわっておいたほうがいいかもしれない。
 両盤のタイミングを比較表にしてみた。33年盤は実測値(※とりあえず回転数78に設定しているが、アテにはならない)。35年盤はCD(仏EMI CHS 7 63035 2)よりそのまま転載。
 

 

Adagio

Fuga: Allegro

Siciliana

Presto

1933

4:10

4:49

3:12

3:36

1935

4:22

5:11

3:01

3:51


 2年後にはやくも再録音とは、よくまあ、あの時代でそんなぜいたくが通ったなと感心するが、当時のメニューイン人気のなせる技だったか。
 しかし私は、「そんな予算があるなら、なぜアドルフ・ブッシュに第1ソナタを、あるいは、クライスラーかティボーにシャコンヌを入れさせなかったのだ」と70数年前のことでブツブツ言いたくなるのである。

(2008/05/07)




 

ダヴィッド・オイストラフ
David Oistrakh


BWV.1001
1947
( MELODIYA D4044/5  LP-USSR )


 大オイストラフの残した唯一のバッハ無伴奏。
 息子のイーゴリも、ソナタ第1番しか残さなかった。

 スケールが大きく、腕力を感じさせる。さすがだ。
 重音奏法やヴィブラートの安定感、ときおり顔を出すポルタメントもハイフェッツのようにケバケバしいものではなく、じゅうぶんに音楽的である。

 HMVのレヴューによれば、1947年の録音という。音は、年代を考えればいいほうだ。
 かつては幻≠ニいっていい録音だった。私も入手に苦労した思い出がある。
 今では海外の廉価メーカーがCD化して販売している。

 全曲でなくても、せめてパルティータ第2番を残してくれていたらと惜しまれる。
 たしかスターンが語っていたと思うが、オイストラフは私的な場所で無伴奏をよく弾いていたとか。
 オイストラフには、まだ発掘の余地はおおいにあると思われるので今後に期待したい。

(2009/09/10)




 

イーゴリ・オイストラフ
Igor Oistrakh


BWV.1001
1950s
( Opera 3404  LP-W.GERMANY )


 大オイストラフJr、イーゴリ・オイストラフの残した唯一のバッハ無伴奏。
 奇しくも、親父もソナタ第1番しか残していない。

 イーゴリは偉大な親父とはだいぶ水があくように思われている節があり、それはたしかかもしれないが、この第1ソナタ(のディスク)に限っての比較では、イーゴリもかなり健闘している。
 この人の演奏をほかに聴いていないが、これは味わい深い好演だ。ポルタメントにも洒脱なセンスが感じられて、鼻につかない。このあたり親子に共通するものを感じる。

 1950年代の録音であるはずで、ひじょうに良好なモノラル。
 Operaは西ドイツのレーベルで、自主企画のほか、他社音源をいろいろとリリースしていたようであり、これなどもその一つである。オリジナルを聴いてみないことにはなんとも言えぬが、なかなかの好復刻ではなかろうか。10インチ盤である。

(2009/09/10)




 

ハンスハインツ・シュネーベルガー
Hansheinz Schneeberger


BWV.1001&1003
P1979
( ACCORD ACC 11 380  LP-FRANCE )


 シュネーベルガーは1987年に無伴奏全曲をスイスのJecklin にアナログ録音(ADD)している(→ )。そこでのシャコンヌは10分半という快速演奏だった。
 これはその約10年前に、フランスのACCORDに入れたもの。第1ソナタと第2ソナタの組み合わせ。このほかにも残しているかどうかはわからない。しかし、今まで見かけたこともない。おそらくこの2曲を入れただけではあるまいか。

 1970年代後半の録音であるはずで、こちらも当然アナログであるが、すばらしい音質だ。残響も質的に豊かであり、レコード≠フよさをあらためて確認させられた。
 演奏も、2曲ともに、87年盤のような、刺激的なものではない。あれもあれで魅力的ではあったが、私的にはこちらを採りたい。
 第2ソナタのアンダンテにおける魅惑の香りは、ちょうど、夏が終わりつつある今の季節にピッタリであり、引きこまれてしまう。
 全曲でないのが残念であるが、ここで全曲をやっていたら、87年のセットは生まれなかったかもしれない。

 以下、新旧のタイミングを比較表にした。10年たたぬうちにかなりスピードアップしているのが歴然である。


   BWV.1001 (※両盤とも、第4楽章のリピートはすべて履行)

 

Adagio

Fuga: Allegro

Siciliana

Presto

1979

3:46

5:43

2:52

3:42

1987

2:59

5:03

2:36

3:34


   BWV.1003 (※両盤とも、第3楽章&第4楽章のリピートはすべて履行)

 

Grave

Fuga

Andante

Allegro

1979

4:12

8:35

5:48

6:08

1987

3:35

7:43

5:05

5:53


(2009/09/10)




 

トッシー・スピヴァコフスキー
Tossy Spivakovsky

BWV.1001
1950s?
( COLUMBIA ML-2089  LP-USA )


 シベリウスの名演奏で知られるトッシー・スピヴァコフスキーが、正規に残した唯一のバッハ無伴奏である。
 これはおそらく、全無伴奏レコードのなかで、もっとも粗っぽくてデリカシーを欠いた演奏ではあるまいか。エエ加減さでいえば、すくなくとも私の知るかぎり、この録音の右に出るものはない。

 第1楽章アダージョの最後では弓を二度も返していたりしておどろかされるが、第2楽章ラストでもそれをやっている。
 そればかりではない。ケッタイ中のケッタイなのが、スピヴァコフスキーはここで湾曲弓を使っているらしいのに、だんだんメンドーになってきたのか、途中からこの弓の特徴である毛を弛緩させての和音一発弾きを放棄してしまうことである。
 「こんなめんどくさいこと、やっとれるかい!」
 そんな声が聞こえてきそうなのだ。笑える。
 裏面はベートーヴェンの第8ソナタ。こちらはさすがの演奏。やる気を出していますね。

 ジャケにはなにも書かれていないので、以上は私の邪推にすぎません。あしからず。
 ただ、彼が湾曲を使っているらしいことは、こちらでも触れられています。
 ケッタイだが、にくめない珍演。モノラル10インチ盤。

(2007/12/10)




 

ヴィクトル・トレチャコフ
Viktor Tretyakov

BWV.1001
Jan 14, 1965
( MELODIYA D 021491/2  LP-USSR )


 旧ソ連の大物・トレチャコフ唯一の無伴奏である。
 最近発売されたトレチャコフ・エディション(10CD)によると、このバッハは1965年01月14日の録音というから、彼がチャイコフスキー国際で優勝する前年だ。これがデヴュー盤らしい。
 確信・自信のようなものが伝わってこず、こちらのアンテナが震えるような一瞬もない。ずいぶんもの足りぬ演奏だ。裏面はパガニーニ集となっているが、こちらも平凡。ゆえに、1年後のチャイコフスキーを聴くと、いったいなにがあったのかと思うほどの成長ぶりに驚愕させられる。
 録音はモノラルのようである。
 彼はこの後、無伴奏を入れていないわけだが、現在62歳(2008年現在)か。まだ期待を捨ててはならないだろう。

 彼が優勝した1966年のチャイコフスキー国際での入賞者は、レヴェルが高かったのか、ほとんどが仕事をしている。
 第2位が潮田益子とカガン、第3位に佐藤陽子とオレグ・クリサ……と、8位までに10名の名があり、8名が無伴奏の録音を残し、うち4人は全曲録音を果たしている。
 興味のある人もおられるだろうから、列挙してみる。全曲は潮田、カガン、チュマチェンコ、ヴィンニコフ。佐藤とフリードマンがシャコンヌ。トレチャコフが第1ソナタ。クリサが第1ソナタと第1パルティータ――となる。

(2008/05/31)





(以下続)



chaconne

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