第三の男

 THE THIRD MAN 

1949

イギリス

90

 

大脱走

 THE GREAT ESCAPE

1963

アメリカ

85

 

大日本人

 

2007

日本

10

 

チキチキマシン猛レース

Wacky Races

1968

アメリカ

70

 

地上最大の脱出作戦

What did you do in the war, Daddy?

1966

アメリカ

80

 

寺内貫太郎一家

 

1974

日本

75

 

デルス・ウザーラ

 DERSU UZALA

1975

ソ連

90

 

天国と地獄

 

1963

日本

90

 

天国と地獄(TV版)

 

2007

日本

30

 

どついたるねん

 

1996

日本

75

 

飛び出せ! 青春

 

1972-3

日本

80

 

友だちのうちはどこ?

 Where Is My Friends Home?

1987

イラン

80

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


いうえおかきくけこさしすせそなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわを
 



第三の男 (THE THIRD MAN)
1949 イギリス


 監督 / キャロル・リード
 原作 / グレアム・グリーン
 脚本 / グレアム・グリーン
 音楽 / アントン・カラス
 出演 / ジョセフ・コットン  オーソン・ウェルズ  アリダ・ヴァリ


 世評通り、モノクロの特性を存分に活かした画面がよい。石畳や石塀に映った踊る影の数々は、その本体よりも活き活きとしている。というより、影を映すことで、本体の質量と存在感をより強く鮮明に観客へ印象づけているのだ。みごとな手腕といえる。
 一見して「なにかありそうな」女、アリダ・ヴァリは魅力的だし、「そのへんにいそうな」男、ジョセフ・コットンも役柄に合っている。そして、オーソン・ウェルズの閃光のような登場シーンは、一瞬で記憶に焼きついてしまうほど鮮烈だ。
 アントン・カラスの音楽については、最初は違和感を覚えた。今でもピッタリとは思っていない。しかし、あの画面、あの音楽ということで、私のなかで二つは強引に溶接されてしまっている。

 余談ながら、初代仮面ライダーで、蟻怪人が出てくる。名をアリガバリ≠ニいった。アリダ・ヴァリをひねったものだったろうと今でも思っている。
 名作です。




大脱走 (THE GREAT ESCAPE)
1963 アメリカ


 監督 / ジョン・スタージェス
 原作 / ポール・ブリックヒル
 脚本 / ジェームズ・クラヴェル  W・R・バーネット
 音楽 / エルマー・バーンスタイン
 出演 / スティーヴ・マックイーン


 脱走モノなら、これと『穴』(1960仏)が好きだ。向こうが室内楽なら、こちらは大編成オーケストラのおもむきがある。
 第二次大戦中のドイツ軍捕虜収容所に集められた面々は、脱走のプロ軍団とでもいうべきクセ者軍団だった。腐ったタマゴはまとめて一つのバスケットへ、というわけだ。
 しかし、それぞれが脱走のプロゆえ、隙あらば逃亡を図ろうとする。このあたり、まさしくバスケットから逃げ出そうとするすばしっこい小動物(捕虜)と、それに手を焼く飼い主(ドイツ軍)のようである。
 まとまりにくい個性の集合体は、強力なリーダー、パートレット(アッテンボロー)を得、その指導の下、軍団は知謀を尽くして本命の脱走計画を水面下で進めていく。250名が収容所にサヨナラするという壮大なプロジェクト。これが実話というから恐れ入る。
 トンネル王、調達屋、偽造屋、仕立屋、測量屋、製作屋、情報屋、それに独房の常連・独房王など、エキスパートがそろい、着々と計画が進行してゆくところをユーモラスかつていねいに描いており、実に愉しい。
 文字どおり役者がそろっている。私的には調達屋ヘンドリーを演じたガーナーがいいと思う。
 無条件で愉しめるすばらしい娯楽映画。ヴォリュームもたっぷり。




大日本人
2007 日本


 監督 / 松本人志
 脚本 / 松本人志  高須光聖
 出演 / 松本人志ほか


 論外。
 1時間ドラマの枠でゆうゆう片付きそうな内容だ。しかもつまらない。それに113分もつっこんでいる。
 これが、「映画界が隆盛をきわめているがゆえの余裕、あるいは冗談」ならいい。予算がないという理由で、映画制作をできない才能ある人たちがすくなからずいるはずだ。ただでさえつくりにくい時代に、監督が有名人だからという理由だけで、こんなもんにカネが集まり、現実化すること自体がおかしい。

 B級SFやカルト作品の蠱惑も隠微もない。あまりのバカバカしさに笑えた……ということもなかった。
 電流だか電圧により巨大化……という仕掛けも使い古されたもので、はずかしげもなく使えたな、とここで多少感心する程度(ひょっとすると、過去の特撮作品へのオマージュか)。
 『パンパイヤ』で、玉子かスイカか、とにかく丸いものをみるとオオカミ化するというのがあったように記憶するが、そっちほうがよっぽどおもろい。
 これまで観た映画のなかでワースト3には入りそう。
 『ひょうきん族』の50分のほうがはるかにマシである。 ( 2009/04/01 )




チキチキマシン猛レース (Wacky Races)
1968 アメリカ



 TVアニメーション。本邦公開は1970年。大阪万博の年である。当時、リアルタイムで観ていた。友人らにも観ているやつが多かった。
 丸ごと日本向けにアレンジしてあり、それがことごとく成功した。なかでも、主題歌は神業と言いたいほどに的中している。
 毎回11台の個性的なマシンが競い合うだけ、というシンプルなものを、野沢那智の実況風のナレーションと声優陣の軽快なしゃべくりで魅せるものにした。レース中、それぞれのキャラが実況アナと会話を交わしたりもする。
 ブラック魔王&ケンケンのゼロゼロマシンvs残りの10台という構図ともとれる。ブラック魔王は優勝よりも、相手のじゃまをすることに生きがいを感じているようだ。もっとも性能のよさそうなマシンに乗っており(※ロケットエンジンを搭載している)、事実、たっぷりと後続を引き離し、 時間を稼いでおき、あれこれと進路妨害工作に着手、連中を待ちぶせるというやり口を常套とする。仮にこれをやめ、ストレートにゴールをめざせば、らくらくと優勝できるはずなのだ。一方、ほかの10台はとくにゼロゼロマシンを警戒しているワケではないようである。
 思うに、ブラック魔王とケンケンのコンビはすでに出場資格を剥奪されているのではあるまいか。しかし、魔王はそれを受け入れていない。だから勝手にレースに参加している。数々の妨害工作は主催者への抗議行動であろう……。

 それぞれのエピソードの原題をみてみると、ワシントンとかミシシッピなどの地名がふくまれている。『てなもんや三度笠』のように、全米各地を転戦しているらしい。
 あのころ、ハンナ・バーベラのアニメはほかにもたくさん輸入されていて、いずれも人気があった。私はこの『チキチキマシン』と『幽霊城のドボチョン一家』が好きだった。『ドボチョン』もDVD化してくれませんかね。ドボチョ〜ン。




地上最大の脱出作戦 (What did you do in the war, Daddy?)
1966 アメリカ


 監督 / ブレイク・エドワーズ
 脚本 / ウィリアム・ピーター・ブラッティ
 出演 / ジェームズ・コバーン  ディック・ショーン  セルジオ・ファントーニ  ジョヴァンナ・ラッリ


 作中でクリスチャン少尉(コバーン)が言い、パッケージにも記してあり、また双葉十三郎が『ぼくの採点表』に記しているように、戦争ごっこ≠フひとこと。

 イタリアの小村を占拠しようと、ガチガチの厳格米軍大尉キャッシュ(ショーン)がやる気のない部隊を率いて乗りこむ。
 村に到着すると、いきなりお祭り騒ぎになっている。騒いでいるのはイタリア軍の部隊と村民らだった。「勝てっこない」とすでに勝負を投げている彼らはアメリカ軍を上まわるやる気のなさで、伊軍のオポ大尉(ファントーニ)は、投降するからこのまま祭りを続けさせろ、と交換条件を出した。
 「骨まで軍人」の大尉は「ふざけるな」とばかり首を縦に振らぬが、部下らにうまくまるめこまれてしまう。やる気のない者同士が「戦争なんかアホらしい」とばかりに意気投合。両軍入り乱れてドンチャン騒ぎ。キャッシュ大尉は酒を呑まされるワ、女に誘惑されるワ、でベロベロのデレデレ。骨抜きにされてしまう。
 たまに味方の偵察機が飛来するも、そのときは「やってまっせ」と戦争ごっこをやらかしてみせる。偵察隊は「ガンバっとるな」と上空から写真を撮るなどして上層部へ自軍の健闘を報告する。
 この戦争ごっこの指揮を執るのがクリスチャン少尉で、ホンモノの戦争への意欲は萎えているが、「ごっこ」となるとがぜんやる気が湧くらしく、あれこれと指示を飛ばして、映画の名監督さながらに「演技指導」をする。現実においても、仕事はテキトーであるのに遊びとなると活き活きする人間がいるが、彼もそういうタイプのようだ(※筆者もその系統だった)。
 そのうち、ドイツ軍が乱入し、お祭りムードに水を差される。本来同盟国であるはずのイタリア・チームもアメリカと手ならぬ肩を組んだ咎(とが)で支配下に置かれてしまう。

 あとはアメリカ・イタリアの連合軍でドイツを逆にやりこめてしまうわけであるが、それにしても、戦後もなお、ドイツ軍はあらゆるところでたたかれまくってますなァ……。

 エドワーズ監督は、「パパって、戦争でなにしとったん?」と娘に訊かれて、制作を思いたったそうだ。そして、その問いかけをそのままタイトルとして採用している。最初から最後まで遊びつづけ、戦争のおろかしさ、アホらしさを笑いのめしている。ちなみに彼はジュリー・アンドリュースの旦那。
 気楽に愉しめる痛快戦争コメディ。しかし、この邦題は、ワーストいくらかに入れたいほどサイテー。




寺内貫太郎一家
1974 日本


 演出 / 久世光彦  服部晴治
 プロデュース / 久世光彦
(原案 / 向田邦子)
 脚本 / 向田邦子ほか
 音楽 / 井上堯之  大野克夫
 出演 / 小林亜星  加藤治子  梶芽衣子  悠木千帆(樹木希林)  伴淳三郎  由利徹  西城秀樹  浅田美代子  左とん平  藤竜也ほか


 典型的昭和のTVドラマである。
 ガンコで人情のある石屋のオヤジ、寺内貫太郎とその家族の騒動を描いた一話完結ドラマ。
 役者は全員合格文句なし。どちらかというと、女優陣がリードしている。加藤治子、梶芽衣子、悠木千帆、浅田美代子と、みなさんたいへん魅力的だ。浅田美代子なんて――ちなみに、ワタシはファンであったが――、売り出して間のないアイドルにしてはびっくりするほどいい。久世光彦の手腕だろう。

 最近はTVを観ないので、当然ドラマを観ることもない。
 この『寺内貫太郎一家』のような、魅力的で実力も備えた役者が出そろい、しかも秀逸なストーリー……、現在そんなドラマはつくられているのだろうか。観ないで言うのはマズイだろうが、とてもそうは思えぬ。 (2008/02/20)




デルス・ウザーラ
1975 ソ連


 監督 / 黒澤明
 原作 / ウラジミール・アルセーニェフ
 脚本 / 黒澤明  ユーリー・ナギービン
 音楽 / イサーク・シュワルツ
 出演 / マキシム・ムンズーク  ユーリー・サローミン


 黒澤作品は『赤ひげ』まで、というファンが多い。たしかにそれは否定できない。だが、私には、この『デルス・ウザーラ』をはずすことはできない。どころか、ある意味、この作品を無視して黒澤映画は語れないとすら考えている。
 それまでの黒澤作品とは、文字どおり毛色の違う作品であるが、映像愛、自然愛、人間愛はおとろえていない。いや、むしろ人間讃歌としては、これがもっとも輝きを放っているのではないか。
 マキシム・ムンズークの演技はすばらしい。
 挿入歌の『鷲の歌』がまたいい。

 『デルス・ウザーラ』は当初、原作を、日本の北海道を舞台にしたものに置きかえて制作する予定だった。主演は三船敏郎がやることになっていたと伝えられている。かなり印象の異なるものになっていたはずだ。

 なお、《東宝》がリリースしているDVDの音声はモノラルである。ところが、ロシアのモス・フィルムが発行したディスクはしっかりステレオとなっているという。すでに東宝盤をもっているので、手を出さずにいるが……。
 要するに、それを使用するための手続きを面倒がったのだろう。こういうところに、日本映画衰退の一因をかいまみる気がしないでもない。




天国と地獄
1963 日本


 監督 / 黒澤明
(原作 / エド・マクベイン)
 脚本 / 小国英雄  菊島隆三  久板栄二郎
 音楽 / 佐藤勝
 出演 / 三船敏郎  仲代達矢  山崎努  香川京子、三橋達也ほか


 昔から好きで、高校を卒業したころ、リバイバル上映されたときにはオールナイトで観に行った。
 誘拐犯から電話があったあと、河西(三橋)が警察に電話をしようとすると、権藤(三船)は一喝して制止する。犯人からは「警察には知らせるな」とクギを刺されている。バレれば子供の命があぶない、と言うわけだ。ところが、さらわれたのが自分の息子でないとわかると、コロリと態度を変え、即座に警察への電話を命じる。映画館内では、このシーンで笑いが起きていた。黒澤のすごいところは、あのような場面でもユーモアを忘れないことである。

 やはり三船がすばらしい。DVDの特典映像で仲代達矢が言っているように、権藤の「たたきあげた感じ」が実によく出ている。仲代は、靴をバリバリと引き裂くところがいい、と指摘しているが、まったくそのとおりだと思う。
 山崎努も実にいい。ラストの面会場面は言うまでもないが、序盤の電話がよい。子供をまちがえたことを知った直後、権藤邸に電話をかけてくる。そのときにもらすニヒルな苦笑。観ているこちらが思わずニヤリとしてしまう。

 私的に好きなのは、無国籍風食堂《根岸屋》のシーン。竹内(山崎)がヘロインを手に入れる場所である。あの人いきれでムッとするような暑苦しさと喧噪は、直後の麻薬街の不気味な静けさと懈怠とみごとな対比をなしている。この二つがいずれもセットとは、「すごい」のひとことだ。特急こだまでの緊迫、山崎努の演じた犯人の最後の虚勢、その迫真など……みな忘れられない。
 あと、焼却場のおっちゃん役・藤原釜足の名を挙げておきたい。笑ってしまうほどハマっていた。




天国と地獄 (TV版)
2007 日本


 監督 / 鶴橋康夫
 脚本 / オリジナルをベースにしたもの
 出演 / 佐藤浩市  阿部寛  妻夫木聡  鈴木京香ほか


 脚本が基本的に共通なので、まったくの別物とは言えず、比較されても仕方がない。リメイク≠ニいう観点からみれば、大失敗に終わっている。TVとスクリーンとでは違う。しかし、問題はそれ以前に発生しているだろう。

 まず、キャスティングがよくない。適当に選んだ感じだ。スポンサーの言いなりになったのか。
 佐藤浩市が権藤金吾役。この人物に絶対必要なのは、上でも触れたように「叩き上げの風格」なのだが、もともと佐藤サンにそれを求めるのはムリというものだろう。私は、佐藤浩市が出るらしい、と人から聞いたときには、てっきり戸倉警部役だと思っていた。

 妻夫木聡が犯人・竹内銀次郎を演じた。この版ではのっけから犯人の顔を公開している。妻夫木の登場機会を増やすためのようだ。まさに今どきのクールで打算的な若者といったふうであり、最初は、おもしろいかな、と思いつつ観ていた。しかし、慣れてしまうと、いかにもタレント然としているのが気になりだし、最後までそれを払拭することはできなかった。
 カバンに仕込むクスリの説明をする戸倉役の阿部寛は、まるでカプセル薬のCMキャラのようである。
 そのほか、河西役の小澤征悦はひとりよがりな演技で、周りに合わせることをまったくしていない。
 最後の最後で、麻薬売りの女の子が駆け込みのように出てきた。ムリヤリ出演させたような唐突さだった。

 誘拐が発覚してからも、みんないやに落ち着いている。まるで緊迫感がない。
 室内で対策を練るシーンは、窓外から窓ガラス越しに撮影していることが多く、映り込みが盛大で、目が悪くなりそう。
 列車のシーンは、おそらく正視できないだろうと覚悟していたが、案外無難にまとめていた。

 そして、なんといっても音楽である。めずらしいほどひどい。かったるいのが延々と流れつづける。突然ワーグナーが飛び出したりする。ちょっと静かにしてくれないか、と怒鳴りつけたいことしばしば。大事な話をしているときにおしゃべりをやめないガキのようである。こんなひどいの、初めてだ……。

 象徴的なのは犯人・竹内がかけているサングラス。
 この2007年版でもサングラスをかけている。が、ただかけているだけであり、単なるファッションの域を出ていない。オリジナルでは残忍さや狡猾さ、冷酷さを強調するのにすばらしい効果をあげていた。要するに、この差、といえるかもしれない。しかし、埋めようのない差である。

 ――とまあ、オリジナルになじんだ者としては、こういう愉しみ方しかできない、ということになる。ただ、これだけを観られた方は、なかなかおもろいハナシやないか、と思ったかもしれない。知の哀しみ≠ニいうんでしょうか。知っていなければ愉しめるのに、知っているがゆえに愉しめない。それだけリメイクというものはハンデを背負う宿命にあるということでしょう。ましてや相手はクロサワである。蟷螂の斧だったですね。




どついたるねん
1996 日本


 監督 / 阪本順二
 脚本 / 阪本順二
 出演 / 赤井英和  大和武士  相楽晴子  麿赤児  原田芳雄ほか
 主題歌 / 原田芳雄『Don't Worry』


  直情径行型、過激なファイター・安達英志は、試合でノックアウトを食らい、しかも頭蓋骨にヒビが入るという重傷を負う。一命はとりとめたものの、医者からも再起は不可能といわれる。そこで選手はあきらめ、指導者として再出発をはかるべくジムを開く。が、そのワンマンぶりと暴力的な指導、不器用さがわざわいして練習生らは逃げ出し、そうそうにたたんでしまうことになる。しかし、どつくしか能がない男だ。こうなったら選手としてカムバックするしかない。英志はふたたびリングにあがる決意を固める。

 赤井英和が役者デビューを飾ったパワフルな作品。なにわ色濃厚で、地元民としてはおおいに愉しめた。ボクシングシーンは、赤井、大和武士ともども素人ではないだけに迫真的で見応え十分。赤井はまさにエネルギー爆発であり、これがデビュー作とは思えぬほど大きく映っている。やや荒削りも、そのぶん脇役陣が達者で、うまくかみあっている。原田芳雄、麿赤児、相楽晴子、美川憲一……みな、いい。




飛び出せ! 青春 (TVドラマ版全43話&映画版)
1972-73 日本


 監督 / 高瀬昌弘  土屋統吾郎  石田勝心
 脚本 / 鎌田敏夫  上条逸雄  鴨井達比古ほか
 出演 / 村野武範  酒井和歌子  石橋正次  剛達人  青木英美  有島一郎、大田黒久美ほか


 先日、すっかり疎遠になったVTRを整理していたら、これが出てきた。全話を標準モードで録画していたせいもあって、計22本にもなる。

 これだけの人気作かつ名作が未DVD化とは納得できない。リマスター作業に念を入れているのだろうと思いつつ、鶴首しているが、さすがに待ちくたびれてきた。なにか問題でも発生しているのだろうか。
 放映当時は数々の、いわゆる学園ドラマ≠ェ間断なくTVで流されているさなかだったが、これがダントツで好きだったし、内容的にも一番だったと信じている。
 学園ドラマは末期になると、先生と生徒がやたら接近し、両者がじゃれあう、よくわからぬ騒動モノへと変貌し、『ゆうひが丘の総理大臣』や『あさひが丘の大統領』など、ちょっと観てられんものがあった。言いつつ、観ていたが……。
 要するに、録画してまでもっておきたいのはコレのみだったということだ。

 生徒らは「(大人びていて)とても高校生には見えぬ」というツッコミの声がしばしば聞かれるものの、小学校3年とか4年のときに、リアルタイムで観ていたわれわれにとって、高校生とはじゅうぶん大人に分類されていた。ゆえに当時は不自然でもなんでもなかったのである。
 ただ、河野先生(村野)をはじめ、サッカー部員たちの、どうも運動神経の今イチらしいのは気にはなった。そこそこ動けていたのは高木(石橋)と片桐(剛)ぐらいではなかったか。
 役者陣も多彩。村野武範や石橋正次、剛達人、頭師佳孝、穂積ぺぺなどの主要メンバーのほか、酒井和歌子さん(※当時から特別なオーラを感じていたゆえ、どうしてもさん≠付けずには呼べぬ)はきれいだったし、高校生を超越したような青木英美もあれはあれでよかった。校長役の有島一郎、教頭とその腰巾着役、穂積隆信と柳生博のコンビ、学園理事長の佐藤慶、寮のおばちゃん・菅井きん、ラーメン屋の名古屋章もハマっており、単発出演の火野正平(二瓶康一)、玉川良一、寺田農、地井武男、藤田進……とゲストも豪華。北海道ロケの回で登場した亀石征一カもインパクトがあった。
 しかし、私にはなんといっても、生田みどり役の大田黒久美さん(※こちらもさん≠付けずには呼べぬ)である。あとにもさきにも、ブラウン管にカメラのレンズを向け、その姿を写真に撮った女優は、大田黒さんただ一人。オードリー・ヘップバーンやグレース・ケリーに対してさえ、そこまではやっていない。
(※ネット調査で判明したのだが、酒井さんと大田黒さん、大田黒さんのほうが一つ年長であるとは意外。)

 映画化もされた。しかし、ほとんどドラマのダイジェスト版であり、上記の美女二人が出演していないなど、どう見ても不完全だった。数度しか観ていない。
 最初に観たのは映画館。東宝チャンピオンまつり≠ノおいてであった。ゴジラ映画(※対メガロらしい。まったく記憶がない)目当てだった。ところが、メインのゴジラよりも、そのときに併映された、この『飛び出せ! 青春』と『パンダコパンダ』(宮崎駿作品)のほうが印象に残っているのは皮肉である。

 主題歌と挿入歌はそろって名曲。主題歌『太陽がくれた季節』は大ヒットした。挿入歌『青春の旅』も負けず劣らず魅力的。いずれも山川啓介作詞、いずみたく作曲、松岡直也編曲。歌は青い三角定規。

 ASAPDVD化熱烈希望!




友だちのうちはどこ? (Where Is My Friend's Home?)
1987 イラン


 監督 / アッバス・キアロスタミ
 脚本 / アッバス・キアロスタミ
 出演 / ババク・アハマッドプール  アハマッド・アハマッドプールほか


 主演者たちは全員素人。シンプル・イズ・ベストの典型的な例であり、まったく愛すべき作品である。

 舞台は小学校。だが、日本のそれとはまったく事情が異なる。教師と児童の関係は、主従が明確で厳格であり、そこまでしたらんでも、と日本人としては児童に同情したくなるほどしつけはきびしい。教師はどことなく独裁者的ですらある。これは親子関係にも当てはまるようだ。
 毎日のように宿題が出る。忘れれば大目玉を食らう。
 ある日、主人公が帰宅し、宿題にとりかかろうとカバンを開けると、自分のと一緒にクラスで隣の席の子のノートも入っていた。届けてやらなければ、と思うがその子の家がわからない。とにかく、ノートを持って家を飛び出した。学区は広大だ。丘を越え、林を抜けてやっと隣町という具合。あちこちに訊ねてまわるが、なかなか行き着かない。そのうち日が暮れてきた……。

 10年以上前、深夜テレビで放送された。新聞の番組欄に載っていた紹介文に惹かれ、ビデオに留守録りして観た。ところが、いよいよ最後というあたりでプツン。Gコード予約を利用しての録画だった。それ以前の時間帯で放送されていたプロ野球中継が延長されたために、時間がずれていたのである。
 かなり愉しんで観ていたので、その欲求不満度というのはそうとうに高かった。ビデオ屋にも置いていない。調べてみたら、商品化されていることがわかった。レーザーディスクを買うことにした。
 日本橋の大型店に注文した。ひと月ほどたったころ、店から電話が入った。廃盤で入手不可能とのことだ。ないとなれば余計にほしくなる。東京の店にも電話してみた。さすがは東京だった。秋葉原の《石丸電気》に在庫があり、送ってもらって、ようやくエンディングまでを観ることができたのである。

 ラストの一輪の花は、イランでは「忘れないでね」という意の名をもつとか(キアロスタミ著『そして映画はつづく』晶文社刊)。忘れな草のことらしい。



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