Lonely Desire

 自室のコンピュータルームから、過去と未来をつなぐ「超時空ネットワーク」にアクセスしながら、鏡・J・ファーウェルは整った顔を歪めた。
「製品(プロダクト)Canonと製品Maco。あの二人を誕生させたのは失敗だったか……」
 鏡は自分が創りあげたソフト『WANNA−BE』を発売禁止にし、鏡を追放したD・W社と、それに荷担した未来人への復讐を目論んでいた。
 そのためには、二十世紀人でありながら、偶然『WANNA−BE』を手に入れてしまった少女、白石みんくを製品Minkとして、思い通りに操る必要がある。
 ところが、白石みんくは鏡の再三のアクセスにも関わらず、彼の意志に従わなかった。それどころか、友人二人と“Minkle”というアイドルグループを結成し、抵抗力を強める始末である。野蛮な現代人の予想外の反抗に、鏡は苛立っていた。
 開かれたWindowのひとつには、夜更けの合宿所で仲良く語らうMinkle三人の姿が写っている。夏休みに入ってからずっと、三人は合宿所で寝泊りしているのだ。
 テーブルには大量のジュースとお菓子が散らばり、連夜のパジャマパーティにも関わらず、少女達は元気いっぱいだった。
「友達……か」
 ふと呟いて、その響きを鏡は嘲笑った。
「くだらない。立場が変われば、こいつらだって平気で仲間を裏切るに決まってる」 
 天才プログラマーである彼が、スクール卒業後に鳴り物入りで引き抜かれたのは、超有名ソフトメーカー、デジタル・ウィザード社だった。そこで彼は社運をかけたプロジェクト『WANNA−BE』製品化に挑んだ。
『君が天才プログラマー、鏡・J・ファーウェルか』
『連邦公認特A級プログラマーと一緒に働けるなんて光栄ですよ』
『子どもたちの夢を叶えるために、頑張りましょうね』
 プロジェクト始動に際して、堅く握手を交し合い、成功を誓いあった同僚たち。
『……はい! よろしくお願いしますっ!』
 頬を染めて、それに答えた鏡。
 ところが、製品発売後、危険性が指摘され、発禁処分が下された途端、彼らは全員、プロジェクトの中心だった鏡に全ての責任を押しつけた。責任を一人で負わされ、会社から追放された鏡には、復讐しかもはや道はなかった。
 鏡は別のWindowに視線を移した。そこには彼を追放した未来都市の映像が映っていた。眼鏡の奥の蒼い瞳が、寂しげに細められる。だが、孤独の色は一瞬で消えた。代わりに燃え上がるのは、憎悪。
「今に見てろ。ボクを追放したことを、必ず後悔させてやる。……そのためにもMinkle、キミたちには、ひと働きしてもらうよ」
 甲高い哄笑が、機械に囲まれた部屋に響き渡った。

 その日、Minkleの三人は、それぞれ別のテレビ番組に出演するために、合宿所を出た。
 鏡はコンピュータを操作し、MacoとCanonを電脳空間に呼び出した。
 未来都市の映像の真っ只中に呼び出され、二人は不安そうに寄り添った。それでも抵抗する意志は変わらず、MacoとCanonはそろって鏡をにらみつけた。
「また、あんたね! こんなところに呼び出して、なんのつもり!?」
「こっちだって、いつまでもやられっ放しにならないわよ!」
「そんなこと言っていいのかな? キミたちの正体を“先輩”にバラしちゃうよ。ボクは簡単に、キミたちを元の姿に戻せるんだから」
 鏡がせせら笑うと、二人の動きが固まった。
「あたしたちを呼び出して、何を言いたいの?」
 用心深くCanonがたずね、鏡は命令した。
「正体をバラされたくなかったら、Minkleを解散して、ボクの元に来るんだ。そして、ボクの手足となって働け。友達がボクに従ったら、頑固な製品Minkも考え直すだろう?」
「誰が、あんたの言いなりになるもんですかっ!」
 カッとなったMacoが飛びかかった。だが、鏡に触れるどころか、まっさかさまに急降下して、絶叫した。
「きゃあ〜! 助けて〜!」
「バーカ。この電脳空間はボクのコンピュータシステムに直結してる。ここでは全てがボクの思い通りになるんだよ」
 数メートル下の位置に浮かんだまま、じたばたしているMacoを見下ろし、鏡は鼻で笑い飛ばした。それから、一人立ち尽くしているCanonを見やる。
「製品Canon。キミは製品Macoよりは賢く行動できるだろう? ボクの言う通りにしたほうがいいってこと、分かるよね?」
「Canon! そんなヤツの言うことなんか、聞いちゃダメだよ!」
 足元でMacoが怒鳴ったが、Canonは静かに「……そうね」と答えた。
「Canon!? なに言ってんのよ!? あたしたちが、そいつの言いなりになったら、Minkはどうなるの!?」
「だって、Maco、良く考えてよ。鏡は今すぐあたしたちを、墜落死させることだってできるんだよ?」
 淡々としたCanonの口調は、むしろ現実味に溢れていて、Macoは言葉を失った。
「殺すなんて、そんな野蛮なことはしないよ。……でも、そうだな。このまま電脳空間に閉じこめて、永久に帰さないなんてのも面白いか」
 少女たちが青ざめるのをゆっくり見物した後、鏡は告げた。
「今すぐとは言わないよ。キミたちにも心の準備が必要だろうからね。……三日後、返事を聞きに、またキミたちを呼ぶよ」
 あっさり二人を解放したのは、二人の様子はいつだって監視できるし、電脳空間に引き戻すのは簡単な作業だという自信があったからだ。
 だが、最後に一言付け加えるのは忘れなかった。
「戻ってから、Minkに警告してもいいけど、どうせムダだからね。キミたちはボクの創った製品にすぎないんだから」
 警告ではない。意地悪な気持ちからだった。
「分かってるわよ」
 うんざりしたCanonの返答を、勝利の美酒のように鏡は味わった。

 現実世界に二人を戻した後、鏡はCanonとMacoが言い争うのを、楽しく見物した。
 Windowの中で、MacoはCanonに掴みかかっていた。
『何を考えてるのよ!? 本気で鏡の言いなりになるつもり!?』
『今、この瞬間だって、どうせあいつは高見の見物をしてるのよ? あたしたちじゃ、絶対に立ち向かえやしないわ。それくらいなら、言う通りにしたほうがマシ。Minkleは解散。あたしは鏡のところへ行くわ』
『あたしはイヤだ! 鏡の言いなりになるなんて!』
『ムダよ。あいつがボタンひとつ叩けば、あんただって電脳空間へ引き戻されるのよ』
 雷に打たれたように、Macoは動きを止めた。ひそやかな声で呟く。
『Canon、あんた……』
『ストップ! これ以上、言い合うのは止め。あたしはあたしの思う通りにするわよ』
 大げさな身振りでCanonはMacoの言葉をさえぎった。ムッとして、Macoが言い返す。
『……分かった。だったら、あたしも自分のしたいようにするから』
 二人は顔をぷいとそむけ、反対方向へ歩いて行った。

 その日のうちに、インターネット上に奇妙な噂が流れた。
『Minkle解散!?』
 もちろん噂を流したのは鏡だった。最高の仲良しトリオと思われていたMinkleの不仲説に、まず三流紙が飛びつき、マスコミは騒然となった。
 この騒動に一番驚いたのは、Minkとバード・ミュージック事務所の社長代理、モトハルだった。
「一体、どうなってるんだ!? Maco!? Canon!?」
 パパラッチとファンが事務所ビルを囲んでいるのを見下ろしながら、モトハルは二人を問い詰めた。
「今までみんなで助け合って、ここまでやって来れたんじゃないか。どうして、急に解散なんて言い出すんだ」
 だが、MacoもCanonも互いに反対の方向を見たまま、口を開こうともしない。べそべそ泣きながら、Minkも訴えた。
「ねえ、どうしてケンカしちゃったの? あたしに悪いところがあるなら直すから、仲直りしようよ〜!」
 Minkの泣き顔にたじろぎながらも、Canonは冷たく宣言した。
「とにかく、あたしはもともと芸能界に興味はなかったし、今日限り、アイドルは辞めさせてもらいます」
「あたしも辞める。B・M事務所はMinkと有香がいれば、充分にやっていけるんだからいいでしょ」
 Macoも無愛想に言い切り、二人は再びつんっとそっぽを向いた。
 深くため息をついて、モトハルが泣きじゃくるMinkの肩を抱いた。
「分かった。二人の気持ちがそんなに固いなら、オレも無理に引き止めようとは思わない。事務所のことは心配するな」
 MacoとCanonはそのまま事務所を出て行き、振り返ろうとはしなかった。二人がいなくなって、がらんとした空気が残る事務室で、モトハルはMinkの背中を優しく叩いた。
「Mink。今日の仕事はいつものラジオだけど、どうする? 今日は休むか?」
 本当は、この日はMinkleがパーソナリティを勤めるラジオの生放送番組収録の日だった。お気に入りの音楽をかけて、楽しくおしゃべりするこの番組は、三人のお気に入りの仕事のひとつだった。だが、今日はMinkがたった一人でDJを勤めなければならない。気遣いに満ちたモトハルの視線に、Minkは涙を拭った。
「いいえ、あたし一人でやります」

 Mink一人のラジオ放送が始まった。それを真帆子は自宅のベッドの上で、叶花はパソコン机に向かいながら聴いていた。
『Magical Minkle Time! お相手はMinkです。チャンネルはそのままでヨロシクね!』
 CMが終わると、Minkは真面目な口調で話し始めた。
『MacoちゃんとCanonちゃんは今日はお休みなの。色々と噂があって、ファンの皆さんは心配していると思います。本当にごめんなさい。……でも、あたしたちは今まで、どんな辛い時でも三人で助け合って来ました。MacoちゃんもCanonちゃんも、あたしのかけがえのない大切なお友達なんです。だから、あたしは二人を信じています。きっとまた元のように仲良しの三人組に戻れることを。……だから、どうか皆さんも待っていてください』
 そして、Minkは『聴いてください』と言って、彼女の最大のヒット曲『Velvet Angel』を選曲した。ラジオから澄んだMinkの歌声が流れ始める。
『……忘れないで 覚えてて 地上の小さな天国 あたしはたったひとりでもうたう あなたのために そしたら ひとりじゃないよね あなたに届くなら ひとりじゃない 歌がつないでくれる 結んでゆく なんてあったかいネットワーク……』
 それは、そのままMinkからMaco、Canonにあてた信頼のメッセージだった。
「……Mink」
 ベッドから身を起こし、真帆子はしょんぼりと呟いた。
「Mink……あんた……」
 パソコンの画面から視線を外し、叶花もまた表情を苦しげに歪めた。
 それらの有様をWindowを通して見ていた鏡は、「くそっ」と歯軋りした。
「……なにが“信じている”だ!」
 ひとしきり怒りをぶちまけた後、鏡は唇の片端を皮肉っぽく上げた。
「まあ、いい。明日には製品Macoと製品Canonはボクのところに来るんだから。勝手に信じていればいい」
 ほくそ笑む鏡の瞳には、癒しきれない孤独が宿っていた。

 翌日、真帆子と叶花は、再び電脳空間に呼び出された。
 未来都市の映像の真っ只中に呼び出された二人は、無言のまま、たたずんでいる。
「ようこそ。決心はついたかい?」
 鏡が尋ねると、二人は思い思いにうなずいた。
「……あたし達をどうするつもり?」
 叶花の問いかけに、鏡は「しばらく、ここにいてもらう」と答えた。実際、Minkと二人を引き離すことばかり考えていて、具体的に彼女達をどう使うかを、まだ鏡は考えていなかった。
「しばらく、ね。……夏休み中なのが不幸中の幸いかな」
 叶花が肩をすくめる。
「良くないっ! 今週の『ミュージックサテライト夏休みスペシャル』でSMOPとJUGUNNAが出るのに、録画予約してないじゃないっ! どうしてくれるのォ!?」
 真帆子が地団太を踏んでわめいたが、きっちり無視された。
「そのうち、この場所も気に入るさ」
 あっさり言うと、鏡は二人の前から姿を消そうとした。だが、次の瞬間、がっしりと真帆子に腕をつかまれていた。
「何をするっ!? 離せっ!」
 悲鳴を上げてもがくが、真帆子はすっぽんのごとく、食らいついて離れようとはしなかった。
「あたしたちだけ、こんな何もないところに置いてくなんて許さないからねっ! ご飯は!? トイレはどうなるの!?」
 わめき続ける真帆子に加勢して、叶花が武器代わりのように、自作パソコンを頭上に振り上げた。
 パソコンのような硬い物で頭を叩かれてはたまらないと、鏡は不快そうに舌打ちし、空中でマウスを一度クリックした。
「……さあ、離せ! 『超時空ネットワーク』にそちらからもアクセスできるようにしてやったぞ! 要求がある時は、声に出して言え。音声メッセージを受け取って、ネットワークが自動的に欲しい物を届けてくれる」
 疑り深そうに、真帆子が「チョコレートパフェが食べたい!」と言った途端、どこからともなく、パフェが現れる。
 慌てて鏡から手を離し、真帆子はパフェに飛びついた。これに気を良くして、次々に「【SY:A】が飲みたい! テレビが見たい!」と叫び始める。一方の叶花は、「インターネットが見たい」と呟くと、自作パソコンを開いて遊び始めた。
「野蛮人め」
 吐き捨てるように呟くと、鏡は「超時空ネットワーク」へのアクセスを切断した。
 鏡が消えた途端、真帆子の表情が一変した。押しつけがましい態度は影をひそめ、不思議そうに自分の両手を開いたり閉じたりしている。
「どうしたのよ? あいつにひっかかれでもしたの?」
 あまりの変わりように不審を感じたらしく、叶花もパソコンから顔を上げて、ぶっきらぼうに尋ねた。
「ううん。……ただ、鏡の手が温かかったから、ビックリしただけ」
「はあ?」
 訳が分からないと呆れ声を出す叶花に対し、元気なく真帆子は頭を振った。
「あたし、あいつのこと、あたしたちの体を勝手にいじったりして、すごくヤなヤツだと思ってたから、触ってもきっと機械仕掛けみたいにひんやりして、冷たいだろうって思ってたんだ。……でも、鏡の手、すごく温かかった。あんなヤツでも、あたしたちと同じ人間なんだなあって思って」
「あ、そう」
 突き放した言い方をすると、叶花は再びパソコンに向き直った。
「なんで、あいつ、あたしたちを製品(プロダクト)って呼んだり、操ろうなんてするんだろう」
 叶花のそっけない態度を気にも留めず、真帆子はテレビもそっちのけで、両腕を頭の上で組み、深いため息をついた。パソコンを操作しながら、何気なく叶花は呟いた。
「……機械じゃなくて、感情で動く人間だから、……かえって分かり合えなくなってしまったのかもね」
 重苦しい沈黙が電脳空間に満ち、真帆子の呼び出したテレビの音だけが単調に響き続けた。

 その頃、Minkはがらんとした合宿所の三人部屋でしょんぼりしていた。
 三人の時は狭く感じる部屋が、一人きりだとひどく広く感じた。
 うつむいたまま、ソファにかけているMinkをオムが心配そうに見守っていた。
 その時、ドアがノックされ、モトハルが顔を出した。
「ごめん。Mink、ちょっと教えてくれ」
 いつも元気なモトハルらしくなく、顔色が冴えない。Minkは驚いて「どうしたんですか?」と聞き返した。
「実はさっき、おふくろから電話があって、真帆子と連絡が取れないって言うんだ。真帆子の友達の白石さんと森山さんも留守にしていて、誰とも連絡がつかないらしい。それで、おふくろが心配しているんだ。Minkも真帆子達とは仲が良かっただろう? だから、何か聞いていないかと思って」
 Minkはギョッとなった。真帆子と叶花は、MacoとCanonをやめると宣言した以上、自宅に戻っているだろうと考えていたのだ。
「いえ、あの……何も聞いていませんけど」
「そうか。それならいいんだ。ありがとう」
 モトハルが再びドアを閉める。Minkとオムは顔を見合わせた。
「真帆子ちゃんと叶花ちゃん、どこへ行っちゃったのかな?」
 心配そうに呟くMinkに、オムが『検索(サーチ)で探してみようよ』と携帯を差し出した。
 ところが、Minkが携帯を掲げる前に、部屋にそなえつけられた等身大のカガミに異変が起こった。
 カガミの中のMinkの姿が揺れ、少年の映像に変わる。冷たい表情で、鏡・J・ファーウェルはMinkを見つめた。ギョッとするMinkとオムに、冷たく鏡は言った。
「製品Canonと製品Macoはボクが預かってるよ。二人はボクのために働くことを承知したんだ」
「なんですって!?」
「製品Mink、キミもボクのために働くんだ。……そうだな、期限を設けよう。一週間後にボクはキミを迎えに行く。それからはキミたち三人に思う存分、WANNA−BEを使って、働いてもらう」
「あなたの言いなりになんかならないもん! 真帆子ちゃんと叶花ちゃんを返して!」
 頬を紅潮させ、拳を固めるMinkを、鏡はせせら笑った。
「もともとキミ達はボクのものだ。先輩に正体をバラされたくなければ、諦めるんだな」
「あたし達は物なんかじゃない!」
 Minkの叫びなど歯牙にもかけず、鏡はそのまま姿を消した。
 オムが情けない顔でMinkを見る。
『ダメだよ、Minkちゃん。真帆子ちゃんと叶花ちゃんの居場所が検索できない。やっぱり鏡に捕まってるんだ』
「……真帆子ちゃんと叶花ちゃんを取り戻すには、あたしが鏡の言う通りにしなくちゃダメなの……?」
 Minkの瞳に大粒の涙が浮かび、頬を伝わった。

 鏡が再び電脳空間へ姿を現すと、真帆子と叶花は同時に顔を上げた。
 真帆子は行儀悪く寝そべって、お菓子を食べながらテレビを見ていたようで、一方の叶花はパソコンを開いて、遊んでいた様子だった。
「製品Minkに会って来たよ。キミたちの親が、キミたちの行方を捜してるみたいだね」
 二人の少女が辛そうな顔になるのを、鏡は意地悪く眺めた。
「一週間したら、製品Minkを迎えに行く。彼女がボクに従うと約束したら、キミ達も家に返してあげるよ」
 満足気に宣言すると、鏡は未来都市の映像を見下ろして、腕組みした。
「『WANNA−BE』を発売禁止にし、ボクを追放したD・W社と未来人達に、キミ達を使って、どう復讐してやるか。一週間かけて、じっくりと計画を練ってやるさ」
 眼鏡の奥の瞳を細め、未来都市をねめつける鏡に、真帆子と叶花は無言で顔を見合わせた。
 それからの数日は、鏡も時折、真帆子と叶花の様子を見に行っていたが、互いに好き勝手なことをしている状態に変わりはなかった。
 野蛮人のすることなど監視する意味もないと判断し、残りの数日は、鏡はすっかり二人のことなど忘れて、Minkを手に入れた後の計画を練ることに力を注いだ。

 そして、鏡がMinkを迎えに行く日がやって来た。
 白石みんくの姿で、自室にいたMinkを鏡が電脳空間に引きこむと、みんくは早速、真帆子と叶花を見つけ、表情をほころばせた。
「真帆子ちゃん! 叶花ちゃん! 無事だったんだね!」
「みんく! ここ、結構、快適よ! 好きな時に食べ物は出て来るし、チャンネル料も払ってないのに、衛星テレビも見放題!」
 能天気に手を振る真帆子に「……あんた、バカ?」と呆れた口調の叶花。
「なにおう!? そっちだって、インターネットし放題だったでしょうが!」
「……ま、待遇自体は悪くなかったわね」
 叶花はぼそっと認めた。
「良かった。二人とも元気そうで」
 ホッとした様子でみんくが微笑む。
『もう! 心配したんだよ!』
 オムがぷんすかと拳を上げるが、「あー、大丈夫、大丈夫」の真帆子の一言で、片付けられてしまった。
「さあ、ボクの製品たち! 早速、WANNA−BEで変身してもらおうか。そして、三人でお前たちの時代の電波ネットワークを操り、メディアを混乱させるんだ!」
 鏡が命令した途端、叶花と真帆子がにやりと笑った。
「断るわ!」
「あたしだってごめんよ!」
 みんくが驚いた瞳で、自信たっぷりの二人を見つめる。
「何だと!? ボクに逆らうと言うのか!? だったら、無理にでも変身させてやる! “WANNA−BE”STAND BY―……「起動(セットアップ)」!!!」
 鏡が叫び、右手の指をクリックする。みんくが怯えたように身をすくめた。だが、叶花と真帆子は堂々と立っていた。
 そして、鏡が仰天したことに、三人娘は誰一人として、変身しなかった。
「WANNA−BEが起動しない!? どう言うことだ!?」
 叶花は「ふふん」と得意気に笑った。
「この一週間、あんたの電脳空間に放置されて、あたしが何もしなかったとでも思ってるの? わざとそっちの空間に入りこんで、逆にあんたのWANNA−BEをハッキングしていたのよ! もうあんたのWANNA−BEでは、あたしたちを勝手に起動させたり、停止させることはできないわ!」
「あー、やっぱりね。叶花のことだから、そういうつもりじゃないかと思ってたわ」
 ぱたぱたと顔を仰ぎながら、真帆子もまた平然と言ってのける。
「……じゃあ、お前たち、わざとボクに従った振りをして……!?」
「真帆子ちゃんと叶花ちゃん、ケンカしてたわけじゃないの!?」
 呆然と呟く鏡と、瞳を真ん丸にして問いかけるみんくに、二人は大きくうなずいた。
「当然よ。真帆子と本気でケンカなんかしたって、疲れるだけじゃない」
「あたしも、叶花がどういうつもりでいるのか、大体、見当がついたから、お芝居してただけだよ〜ん」
 みんくのスミレ色の瞳が潤んだ。
「良かった。真帆子ちゃんと叶花ちゃんが本当にケンカしたんじゃなくって……」
「畜生! この野蛮人どもめ!」
 吐き捨てる鏡に、真っ直ぐ瞳を向けて、叶花は宣言した。
「もう、あんたはあたしたちを好き勝手に操れない。帰らせてもらうわ」
 叶花がパソコンに手を伸ばす。それを、「待って、叶花」と真帆子が止めた。
「一言、こいつに言いたいことがあるの」
 そう言って、真帆子は足元の未来都市の映像を指差した。
「鏡、あんた、復讐するって言っているけど、本当は故郷の人たちに認めて欲しくて仕方ないんじゃないの? だって、この空間、あんたの故郷の映像が、あんなにくっきり見えるじゃない。大切なんでしょう? あの場所」
 鏡の表情が強張った。
「う、うるさい!」
 次に口を開いたのはみんくだった。
「あたし、真帆子ちゃんと叶花ちゃんをずっと信じてた。あたしたちの仲は決して崩せないよ。……鏡、あの街に、あなたにとって、そういう人がきっといるはずだよ」
「黙れ!」
「とにかく、あたしたちはあなたには絶対に負けないわ。だって、あたしたちには固い絆があるから。もう復讐なんて止めなさい」
 最後に叶花がそう言い放つと、自らのパソコンのEnterキーを押した。三人娘の姿はオムと共に、瞬時に電脳空間から消え失せた。
「くそっ!」
 透明な壁に鏡が拳を打ちつけた鈍い音が、鏡一人きりの空間に木霊した。
 鏡は涙していた。簡単に壊れると思っていた、三人の友情に負けたことが、鏡には信じられなかった。
 眼下に広がる、自身を拒否した冷たい街、未来都市。鏡の涙の雫が未来都市のホログラムに降り注いだ。

 現実世界に引き戻されたみんくは、真帆子と叶花に思い切り抱きついた。
「真帆子ちゃん! 叶花ちゃん! すっごく心配したんだよ!」
 ポロポロと涙を零すみんくに、「だからこの子はほっとけないのよ、もー」と、ぶつくさ言いながら、叶花は優しく頭を撫でた。
「叶花とあたしが、みんく一人を放り出して、Minkleを辞めるわけないじゃん。あたしたち、親友なんだから」
 真帆子も笑顔でみんくの肩を抱く。
「うん。信じてた。帰って来てくれるのを、待ってたよ」
 戻って来た二人の親友の温もりに、みんくは泣き笑いの表情になる。
「これからも三人で頑張ろうね」
 みんくの言葉に、元気良く叶花と真帆子がうなずく。
「当然よ」
「当たり前じゃん!」
 真帆子が「モッくんに謝らないとね」とぼやき、叶花が「それより、あんたとあたしは家に電話しないとね。家出したと思われてないといいけど」と言う。
「あ、真帆子ちゃん家と叶花ちゃん家には、あたしとしばらく旅行に行くってことにして、ごまかしておいたからね!」
 慌ててみんくが言い、「みんく、ありがとう!」と真帆子と叶花が笑顔になる。その三人の様子を『良かった、良かった』と言いながら、オムが笑顔で見守っていた。

 開かれたWindowに、喜びに手を取り合うみんくたちが映っている。その姿を見ながら、鏡は拳を握り締めた。
「ボクは……復讐するんだ。ボクを追放したあの都市に……。WANNA−BEがブロックされたのなら、今度は新しくて、より強力なWANNA−BEを作ってやる。あいつらを製品として操れないのなら、他の人間をサイバロイド化して操ってやる。……ボクは絶対に諦めない!」
 悔し涙を零しながら、鏡は宣言した。これが、鏡が『WANNA−BE ver.2』を生み出すきっかけとなった出来事だった。
 どこまでも孤独な鏡の心を癒してくれるものは、いまだ存在しなかった……。

<おわり>

この創作を、キリ番と1個違いの999HITを取って下さった怪盗安母尼亜さんに差し上げます♪
リクエストは「鏡しゃま☆小説」ということで、鏡が何故、復讐を目論んだのか&『WANNA−BE ver.2』誕生秘話を書きたくて、
少しずつ書き続けていたんですが、実際に完成するまでに、ものすごく時間がかかってしまいました。
怪盗安母尼亜さん、長らくお待たせして、本当にごめんなさいm(_ _)m
鏡しゃま☆が可哀想な扱いになっている気もするんですが、Minkleの友情と対比する、鏡の孤独感を感じ取っていただければと。
こういう時期の鏡もあったからこそ、原作の鏡が改心するシーンがより美しくなるということで、勘弁して下さい(平身低頭)
さて、最後になりましたが、怪盗安母尼亜さん、おめでとう&ありがとうございました☆

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