| 不可能を可能にする人間達〜2 | ||
1000億ドルの売上を出したステルス技術は、 だれも知らないソ連の論文から始まった。 すべての始まりは、レーダー技術者であり数学者であった男が、ソ連の科学者の論文から公式によってレーダーの反射率を確実に予測できることを発掘したことだ。これによってどれくらいのレーダーが反射するのか機体の形状から正確に予測できることがわかったのである。スカンクワークスはこの公式を応用しレーダー波をレーダーに対して反射しない(ステルス)形状を作り出すプログラムを開発し、あのステルス戦闘機の形状を設計した。この開発はスカンクワークスのレーダー技術者がステルス技術をを血眼になって探していた結果生まれたものではない。それは偶然レーダー技術者の眼にとまった論文から全ては始まったのだ。 通常アメリカの場合、軍事関連航空機の製作は、空軍がプランを立て、軍需企業に依頼するものであるが、このスカンクワークは自分達でペンタゴンに売りこみに行ったりもする集団なのである。逆を言えば、それだけ斬新なアイディアの航空機を提案しているということである。このステルス戦闘機もそうである。空軍は最初そんなの戦闘機は机上の空論だと言っていたが、実際の模型実験でレーダーから隠れたのだ。だがあんな尖った矢先のような変な形状の戦闘機が飛ぶわけがないと、空軍もスカンクワークスのベテラン技術者も思っていたが、実際にその不恰好な戦闘機は飛んだのである。つまり一番怖いのは、やってみる前からすべてを否定することである。不可能ということは最初から可能性を否定しているのである。不可能とは、あくまで今は実現していないだけなのである。 ホンダの社長であった本田宗一郎氏は「本を読むな」といったことがある。この意味は学校を出ている人間は「本や文献を読んで、本にはこう書いてあるからと、できない理由を探して正当化する。本を読んでも、本にのまれるな」ということである。そして彼は耳を研ぎ澄まし、集めた情報をなんでも試せといっている。新しいことに挑戦するために本を読むのであり、出来ないということを正当化するために読むのではないということである。本田宗一郎氏が本田製作所へ行ったとき、日刊工業新聞や技術雑誌に掲載されていた機械や工具の記事の一部を持参し、現場の人間にこれはどうかと質問した。もし現場の人間が「検討してみます」とでも答えようなら、本田宗一郎氏は「検討とは何事だ」と怒鳴り、なぜ技術レベルを上げるため自分達で新しい技術を収集し検討をしていなかったかと叱咤した。 ステルス戦闘機のコンセプト自体はステルス戦闘機ができる前からの全ての軍事航空機の課題であった。従って、ステルス性を高める努力はされていたが、ステルス戦闘機ほど貫徹したステルス性を設計に組み入れられなかっただけである。ステルス技術の基本的原理がソ連の科学者の生み出した基礎研究がベースになっていることからも、不可能を可能にするには80%以上は今ある技術を応用し、20%は新しく開発することである。しかしこの20%の開発には相当の労力を必要とすることから、できるだけ現在ある技術を応用することが必要である。基本的に実用できるのであれば、あとは何とかなるのである。重要なのは何をどう応用できるかである。 スカンクワークスはステルス戦闘機を突然製造しようとしたわけではない。長年の実績の応用なのである。しかしそれは、全く違った分野への応用なのである。それまでにスカンクワークスの手がけて来たものの多くは、特殊な偵察機の類が多い。彼等は受注される数も戦闘機とは異なり、非常に少ないが、絶対的に必要とされる航空機を多く製作した。7万フィート(2万1400メートル)の高高度を飛ぶU-2も彼等の手によるものである。これはCIAからの依頼であった。冷戦が激化する1960年代前半、ソ連のレーダーが探知できる高度を越えて偵察機を飛ばし、ソ連の軍事施設および軍事力を正確に把握することが急務となっていた。この要請にこたえたのが、スカンクワークスである。 この高高度で飛んだ航空機はほとんどない。エンジンから得られる推進力も、高高度の空気の濃度から考えると、非常に薄い。ではどうするか?そういう過酷な条件で飛ばすことがきたのは、スカンクワークスの発想力のすごさである。不可能と思うことを実現しようとすることが重要なのである。そのためには何を削り何を活かすか。そのガイドラインとなったのは機体を軽くできれば、より高い高度を飛べるという当たり前の事実である。これが高高度で偵察機を飛ばすという今までありえなかったターゲットを成功させるために、まずスカンクワークスが実行したのことである。 スカンクワークスの頭脳はどうやって重量を軽くする方法を見つけ出すことにその労力を費やした。そして彼等が問題を解決するのに用いている考え方は「困難は分割して、一つ一つ対処する」ということである。U-2という7万フィートを飛ぶ偵察機の開発においてもそうである。 重要なのは、何が必要で、何が削れるかを見極めることである。そこには発想の転換も必要とあるのである。次はどのように具体的にスカンクワークスが機体の重量を軽減して行ったか見ていく。 次回は具体的にスカンクワークスがどのように軽量化を実施したか見ていき、「発想の転換」ということを考える。 |
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