私が小さい頃から親しんできた草軽交通。昔は全車がオリジナル色で日産ディーゼル車が主役でした。曲線と直線が創り出す富士重工の美しいボディライン・・・。ボディの美しさとは対照的に2サイクルエンジン車は爆音を周囲に轟かせて活躍していました。このたび、関西在住の草軽ファンであるM様より貴重な画像を戴きました。草軽の古き良き時代の名車の姿をご覧ください。このページの車輌たちは、すべて廃車になっております。(画像をご提供くださった、ねこも様、M様、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。)
軽井沢営業所に所属していた車で、形式はRA50Pと推測されます。この時期は乗合用として使われ、北軽井沢で出発を待つシーン。ボディも美しく保たれています。この車は4サイクルエンジン車でした。(長野22あ609 日デRA50P? 社番:1264)(画像提供:M様)
2サイクルエンジンを搭載した爆音の名車です。私のイメージの中で、「草軽の顔」と言ったらコレ!北軽井沢で出番を待つ姿です。後にはルーセントカラーの新車の姿が見えますが、まだ、この頃はオリジナル色の車輌が多数在籍していたと記憶しています。(長野22あ856 日デ5RA105 1970年式 社番:1267)(画像提供:M様)
草軽は日産ディーゼルが主流でしたが、日野車も在籍しており、特にRVは2台のみの在籍でした(他の日野車はRCだったと記憶しています)。帝国自動車工業のボディを搭載し、傾斜したメトロ窓仕様。軽井沢駅行となって、北軽井沢で待機している姿です。(長野22あ1108 日野RV730P 社番:不明)(画像提供:M様)(情報提供:POSEIDON様、S井様)
ナンバーが群馬ナンバーで、当時あった草津営業所に所属していた車輌です。2サイクル車で、白根火山などへの運用もあったのでしょう。側面にUDのマークとAIRSUSのエンブレムが付いています。(群22あ566 日デ5RA106 1970年式 社番:1251)(画像提供:M様)
草軽交通では平成2年頃まで日産ディーゼルの2サイクルエンジン(UD5エンジン)を搭載した車両が現役で活躍していました。走行音の音源を試験的にアップしてみましたので、お聞きください。轟音を上げながら、力走する姿が思い浮かびます。ウィンドウズメディアプレイヤー用です。携帯から御覧の方は対応しておりませんので、申し訳ありませんが、パソコンからアクセス願います。音源の二次使用は固くお断りいたします。(音源提供:M様)(編集:N様)
この車は私にとって思い出深い車です。確か小学生の時のバス遠足でこの車に乗りました。なぜかナンバーだけは記憶にあります。貸切から路線用に転用されました。日産ディーゼルの2サイクル車としては最終ロッドでしょうか、昭和48(1973年)年式です。この車輌は某所にて廃車体が農家の倉庫として残っています。草津営業所の所属車です(群22あ703 日デ5RA106 1973年式 社番:1258)(画像提供:M様)
草軽交通のメイン区間でもある旧軽井沢から白糸の滝の間では、自然豊かな中を走り抜けます。三笠を過ぎ、白糸ハイランドウェイの急坂に挑む5RA105型の音源です。2分割してありますが、こちらも画像を見ながらお楽しみください。ウィンドウズメディアプレイヤー用です。携帯から御覧の方は対応しておりませんので、申し訳ありませんが、パソコンからアクセス願います。音源の二次使用は固くお断りいたします。(音源提供:M様)(編集:N様)
上の車輌と続き番号ですが、こちらは昭和47(1972年)年式の車輌。日産ディーゼル2サイクル車の末期製造でしょうか・・・。この車は北軽井沢営業所の所属でした。軽井沢に到着し、給油後に入庫といった所でしょうか・・・。この給油所は今も変わりません。(群馬22あ704 日デ5RA106 1972年式 社番:1257)(画像提供:M様)
RA50Pの4サイクル車です。長野原草津口駅で待機するこの車は、ナンバーから推測しますと、1987年頃再登録されたものと思われます(貸切→路線転用?)。旧RA系では最後まで残ったグループでした。(群22あ2019 日デRA50P 社番:1265)(画像提供:ねこも様)