資料:出版の自由 (2004.3.20朝日新聞より転記)
文春側の異議に対する東京地裁決定の主な内容
「週刊文春」が田中真紀子前外相の長女の記事を掲載して出版禁止の仮処分命令を受けたことをめぐり、文春側の異議申し立てに対する東京地裁の19 日の決定の主な内容は次の通り。
【本件における差し止めの可否】
ア 本件においては債権者(長女側)らは公務員ないし公職選挙の候補者ではなく、過去においてその立場にあったものでもなく、これに準ずる立場に ある者というべき理由もないから、債権者らの私事に関する事柄が「公共の利害に関する事項」に当たるとはいえない。
債務者(文春側)は、債権者が2代にわたる著名な政治家の家庭の娘であることをもって、債権者らは常に政治家となる可能性を秘めているという。
しかしながら著名な政治家の家系に生まれた者であっても政治とは無縁の一生を終わる者も少なくないのであり、そのような者の私事が公共の利害に関 する事項でないことは明らかである。
たとえ多数の人々の関心事であるということができても、そのような具体的根拠のない抽象的一般的な理由をもって、「公共の利害に関する事項」であ るということは、法的にはできない。
このことは、たとえ将来において債務者の予測するように債権者らが政治家の道を選択することがあるとしても、現在における債権者らの立場を上記の ようにみるべきことに影響するものではない。そして、他に、本件記事の内容が私人の私的事項に関することであっても特別に公共の利害に関する事項に当たる というべき根拠は見いだしがたい。
イ 前記のとおり、債権者らが私人にすぎないことからすると、本件記事を「専ら公益を図る目的のもの」とみることはできない。この点の判断は、債 務者の主観のみをもって行うのではなく、本件記事を客観的に評価して行うべきである。
そして、本件記事を熟読しても、私人の私事に関する事項であっても特別に専ら公益を図る目的で書かれたものであると認めることはできない。
ウ 債権者らが被る損害が、プライバシーは公表されることにより回復不能になる性質を有するので、著しく回復困難な性質のものであることは、既に 述べたとおりである。そこで、本件においてはその損害が重大であるかどうかが問題となる。
a 他人に知られたくないということに関しては個人差が大きく、出版物の販売等の事前差し止めが表現の自由の制約を伴うことにかんがみれば、単に 当事者が他人に知られたくないと感じているというだけでは足りず、問題となる私的事項が、一般人を基準にして、客観的に他人に知られたくないと感じること がもっともであるような保護に値する情報である必要がある。
そして、出版物の頒布等の事前差し止めを認めるためには、その私的事項の暴露によるプライバシーの侵害が重大であって、表現行為の価値が劣後する ことが明らかでなければならない。
b この点、純然たる私事に属することであって、一般に他人に知られたくないと感じることがもっともであり、保護に値する情報であるというべきで ある。
私生活に関する事実をいつ、どのような形で知らせるのかも含めて本人の決定すべき事柄である上、既に一部の人に知られている情報であっても、他の 人に広く知られたくない情報であれば、なおプライバシーとして保護に値する。
本件記事自体が一般には知られていない秘事の暴露であることを自認している。
c もっとも、本件記事は私生活に触れるところはあるものの、事実と経過を報じる内容にとどまり、具体的に踏み込んだものではない。そして、事実 等の中には、これを公表されるとそのことから直ちに重大な損害を受けることも多いと思われるが、私生活の事実やその経過の公表が、常に重大な損害を生じ、 これを公表する表現行為の価値より優越することが明らかであるとまでいうのは、困難である。
しかし、本件記事は、公務員でも公職選挙の候補者でもなく、過去にこれらの立場であったこともなければ、政治家の親族であることを前提とした活動 もしておらず、純然たる私人として生活してきた債権者らの私的事項について、毎週数十万部が発行されている著名な全国誌を媒体として暴露するものである。 しかも、ことさらに債権者らの私生活自体を主題とし、読者の好奇心をあおる態様で掲載されている。
これらのことからすれば、全くの私人の立場に立って考えれば、上記のような態様により私的事項を広く公衆に暴露されることにより、債権者らが重大 な精神的衝撃を受けるおそれがある。
以上によれば、本件記事は、(1)「公共の利害に関する事項」に係るものとはいえず、かつ、(2)「専ら公益を図る目的のものでないこと」が明白 であり、かつ、(3)債権者らが「重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある」から、いずれの観点からしても、事前差し止めの要件は充足されてい る。
侵害行為によって被る債権者の不利益と差し止めによって債務者が被る不利益性(経済的不利益は、重視すべきでない)とを比較衡量すれば、「表現行 為の価値が被害者のプライバシーに劣後することが明らかである」ということができる。
【保全の必要性】
原決定の法律上の効力としては、取次業者や小売店などの占有下にある本件雑誌が一般購読者に販売されることを直接に阻止しているわけではないとい うべきである。
このように本件雑誌の大部分が原決定の送達前に販売差し止めの対象範囲から流出し、債権者らの損害が拡大することとなった事情は、債権者らの申し 立てが遅きに失したために生じたものであるということはできないが、債務者側において意図的に仮処分の手続きを遅延させたことが明らかであるわけでもな く、前記のとおりの結論はやむを得ないものというほかない。
【結論】
以上によれば、本件仮処分命令の申し立ては、被保全権利と保全の必要性の疎明に欠けるところはない。仮処分により差し止められたのは、本件記事が 含まれた雑誌の販売であり、本件記事以外の部分は、本件記事を削除するならば、販売を何ら妨げられていない。
そのためには、債務者において相当の費用をかけて削除ないし本件記事を含まない雑誌の印刷を行う必要があるが、それは経済的損失に過ぎず、債務者 のその他の記事の表現の自由自体を制限するものではない。多くの発行部数を有する雑誌では、その経済的損失も軽視し得ないが、プライバシーの侵害行為が 伴っていた場合にこれを被ることは、多くの部数を販売することにより経済的利益を得ていることの半面として甘受すべき結果と言わざるを得ない。