■「幸せ」〜きらりん☆(4,5,23)
私は、今まで生きてきて今が一番幸せです〜
幸せな、安定した、心配事のない家庭で育たなかったし、
幸せだなぁと、しみじみと実感した事もない生活だったし、
いつも不安と、寂しい孤独な生活だったなぁ。
何かが出来たら、どこかに行けたら、何かが変わったら、
幸せってモノになれるのかなぁって漠然と思ってた。
そう言えば、何年か前に田中先生のテープの中で、
「幸せは今ここにある」って聞いたときに、
どこにあるんだろう〜? と思った。
お金に困らないで、そこそこ健康で、まあまあの生活をしていたら幸せと思
いなさいって事かなぁとも思った。
今、どうして幸せかというと、
幸せと思えるから、幸せなんだなぁと思う。
細かい事は色々ある。
たとえば、もっと痩せたいとか、もっと自分が成長したいとか、
自由な時間がもっと欲しいとか、タバコが止めたいとか・・
腹の立つこともたくさんある。
でも、やっぱり色々あるけど、それでも幸せと感じられる。
当初、幸せな生活に慣れていなかった私は、
不安な材料を探してた。不安がないと不安だった。
不安を見つけると、嫌な気持ちになれて安心した。
今も少し、その傾向は残っているかもしれない〜
今まで生きてきて、本当に幸せだなぁと思った事なかった。
私も、きっと主人も、
欲しかったのは幸せな家庭だったんだと思う。
そのために、だいぶ遠回りをして勉強したけど、やっとここに
来れたんだなぁ。
「神様、安心していていいんですね。
不安な事もすべてお任せしています。ここのところ、あるお友達の事が気にな
って気になって仕方なかったけど、それも神様にお任せします。色々考えてみ
てもわからない事だし、神様の計画に従います。主人、子供たちをいつも守っ
てくれてありがとう。母が毎日幸せに楽しく暮らせますように。私がいつも心
が平安でいられますように」
と、お祈りしたからさっぱりして、
また特別幸せな気持ちになれたのかも知れない〜
わからないけど・・・
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■ 「パッション」〜きらりん☆(4,5,13)
「パッション」を観てから、
何だか気持ちが楽になったと言うか、
堂々としていられると言うか、
クリスチャンとして胸をはれると言うか、
そんな心境です〜。
「これにて完了」という
メッセージが何度も頭の中をめぐりました。
完了したのだから、
何も自分がビクビクしたりおどおどする必要ないんだなぁ〜。
映画を観終わった後、
どういうわけか、すがすがしい気持ちで、
車を走らせました。
いろいろなことを通して神様は私に絶えず、メッセージを
送ってくれていると思いました。
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■ インナーチャイルド〜きらりん☆(4,3,15)
私は運動会とか、発表会とか、ひなまつりとか、
そんなものが嫌いです。
それは、小さい頃きっと寂しかった思い出が
今でもそれらを嫌いにさせているんだと思います。
現在を冷静によ〜く見回してみると、
(私が、運動会とか、発表会を)嫌いになる原因が見当たりません。
子供がうるさくて一人になりたいと言う私ですが、
不思議なことに、
子供たちのお友達が来てくれると、私が嬉しくてはしゃいでしまいます。
それは、きっと、
私が小さい頃お友達も居なく寂しかったから、
インナーチャイルドが喜んでいるんだと思います。
私は小さい頃、本当に本当に寂しかったんだと思います。
孤独だったんだと思います。泣きたかったんだと思います。
今、どうして何年も何年も(10年くらい)
おひな様を出さないのか聞いてみたら、
『私には眩しくて出来なかった』と言いました。
おひな様を出して、ニコニコ笑っている家庭は、
私には似合わないと言うことらしいです。
こんなにもセルフイメージの低い私を認めたくないけれど、
これが、事実なんだなぁ〜と、少しガッカリしましたが、
なんだか、さっぱりしました〜!
あらあら、急におひな様を何で出さなかったんだろうと、
とっても勿体無い気持ちになってきました。
こうして、私に語りかけることは、
正直、時には億劫で、時には苦痛で、時には辛いことです。
しかしずっとしていないと、自分を見失ってしまいます。
この頃ど〜してこんなにも食べてしまうのか謎が解けました。
本当の私は満足していなかったから、
他のもので紛らわしていたのです。
本当の私は他の誰でもない、他の人ではない、
この私の語りかけを待っています。
私が話しかけると、やっと満足します。(^^)
私は私の事が好きなんだなぁ〜
だから、いつも気にかけて欲しいんだなぁ。。
そうだよね〜『愛することは知ること』だもんね。
・ 上の14行、自己分析、すごい
たまりん☆も同じ賞状あるよ〜o(-^^-)/やった〜(症状(^^;)
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■ 「今を生きる」 きらりん☆さん (4,3,11)
私は、ハッキリ言って、
もっと高いところのレベルに居ると思っていました。
しかし、自分の居る位置までわからないほど、
自分を知らなかったんだなぁと、改めてビックリしています。
わかったつもりが一番怖いって田中先生言ってるよね〜
あっ、また今気が付いた。
私は今を見たくなかったんだなぁ。何でだろう〜?
それは、今は現実だからかもしれない〜
現実を見たくなかったのかも知れないなぁ
いつも未来に生きているんだよね。
こうしたらこうなるかなぁ・・とか、
こうしてこうなったら気持ちいいのに・・とか。
時々過去にも生きているよね。
あの時こう言えば良かったなぁとか、
こうしておけばよかったなぁとか。
自分を知るって面白いね。
止められない世界だね。
だんだん私が表面から奥へ入っていくような感覚だね。
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■ プロセス主義 きらりん☆ (4,3,07)
みなさま、こんにちは〜(^^)きらりん☆です
自分の気持ちを書くことによって、自分の気持ちが客観的に見えてくる。
私は結果重視だったなぁと思った。
いつになったら、素敵な人になれるんだろう〜?
いつになったら、理想の私になれるんだろう〜?
いつになったら、不満がなくなるんだろう〜?
いつもいつも今を生きてなかったなぁと思った。
この瞬間今が大切、この今がとびきり最高の時、
この瞬間がかけがえの無い時・・・
頭ではわかっていたのかも知れない、
何度も何度も同じようなフレーズが書いてある本を読んだり、
何度も何度も同じ事を言わんとしている講演を聴いているのに、
私は自分のものになっていなかった。
「プロセス(過程、経過という意味)主義」
これも今を生きるという意味。
私は今を生きていなかった。勿体無かった。
今日久しぶりに一人でお風呂に入れた。
一人でゆっくりマッサージをしてパックをして、
ゆっくり湯船につかったら、私が少し見えてきた。
私は今を生きていなかったなぁって。
今を生きていなかったと、わかったって素晴らしいよね☆
たまりん☆です o(-^^-)/成長はプロセス 赦しはプロセス 人生はプロセス
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■ 論理療法 きらりん☆(4,2,28)
今日は幼稚園の保護者会みたいなものがありました。
いつもなら色んな人の態度や自分の取った行動まで、チクチクと後まで考えた
りするのですが、「論理療法」に当てはめたら楽になりました!!
こうあるべきとは自分が決めたことで、その枠の中に長いこと居たのですが外
れて考えると面白いです〜
自分が得になるようにいくらでも考えられるんですね〜(^_^)v
わざわざ気落ちするように、どれだけマイナスにエネルギーを使っていたこと
かと思います。
明日も幼稚園行事があります。気ばらず自然に振る舞えたらいいな〜
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■ (04,2,16)『グラッサー博士の選択理論〜
幸せな人間関係を築くために』
グラッサー著 柿谷正期 訳
発行 アチーブメント出版 発売 星雲社 2000年 3,800円
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書店にて、本文中に、
「コントロールできるのは自分の人生だけ」
という文章を見つけ、
「あ、自分に最適の本だ〜、これで楽になる〜」
と閃いて、買いました。
私は、イネイブラー(世話焼き)の傾向、あります。
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『選択理論』について
私の言葉でほんの一部だけご紹介です。
ご本を手にとられたほうがいいです(^^)
行動、思考、感情(気分、情緒)、あと、生理的働きだったかな、
この四つを「全行動」と名付け、
「全行動を選んでいるのは自分である」
『選択理論』によると、
自分の感情(例えば、「落込み」「怒り」など)も、
自分が選んでいる、だから、
状況や他人のせいにするな、ってことらしいです
標語化すると、例えば、
「幸せは自分持ち」「人生の舵は自分で握る」とか、です。
人によっては、この考え方は、抵抗あるかもしれませんね。
誰のようになりたいか、誰と共にいたいか、
どういう思考、価値観、信仰を持ちたいか、など、
「どうなりたいか」「よくなりたいか」という、
(自分に質問を突き付けるというか)
そういうことは自分で選べる、
神さまとの共同作業ですね
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こんにちは〜、きらりん☆です(^^)(04,2,16)
|■ グラッサー博士の選択理論〜
|幸せな人間関係を築くために
|グラッサー著 柿谷正期 訳
|発行 アチーブメント出版 発売 星雲社 2000年 3,800円
私もこのご本、お友達が貸してくださって(2年ほど前)
チラチラって見ました。とても全部を読みきる力がなかったです〜(><)
あの頃、だいぶ酷い精神状態だったので柿谷先生にはカウンセリングも
受けようと予約を取る算段をしていました。
しかし、治った☆ 今幸せ☆
| 行動、思考、感情(気分、情緒)、あと、生理的働きだったかな、
|この四つを「全行動」と名付け、
|「全行動を選んでいるのは自分である」
| 『選択理論』によると、
| 自分の感情(例えば、「落込み」「怒り」など)も、
|自分が選んでいる、だから、
|状況や他人のせいにするな、ってことらしいです
本当にそう思います。
でも辛い時期、そう言われるとちょっときついかも〜
すべては自分なんだよね〜
自分からすべてが始まって、色んな周波を出してると思う。
イライラ、怒り、の時に私は今怒っているんだなぁ、
怒りたくないんじゃなくて、怒りたいんだなぁって思う。
「あなたが私を怒らせた」って言い方を良くしてたけど、
今は言わないように意識しています。
| 標語化すると、例えば、
|「幸せは自分持ち」「人生の舵は自分で握る」とか、です。
| 人によっては、この考え方は、抵抗あるかもしれませんね。
田中先生のテープを聞かせて頂いたときに、
「すとん」っと私の中に落ちました。
今も古い自分と戦う時あり、言い聞かせる時あり、負けてしまうときあり、
の日々だけど、これでいいんだなぁってあせらないことにしてます。
| 誰のようになりたいか、誰と共にいたいか、
|どういう思考、価値観、信仰を持ちたいか、など、
|「どうなりたいか」「よくなりたいか」という、
|(自分に質問を突き付けるというか)
| そういうことは自分で選べる、
これは、ホント辛い時期、よ〜〜〜く自分にしてた質問です。
「どうなりたいの」「よくなりたいの」って。
だから、いつも言うけど、
今の自分はちょっと前描いてたなりたい自分なの。
また新しい自分を思い描いてるから、そんな自分にきっとなれるよ。
| 神さまとの新共作業というか・・・
|(神学的立場はいろいろあると思いますが)
|「役に立ちそう」と私は感じました
デボーションがとっても効果あり。
神さまは私のワンダフルカウンセラー☆
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■ 伝える きらりん☆さま(04,2,15)
自分がいいなぁ、良かったなぁ、ととてもいいなぁ、
と思うモノを人に伝えるってことをしていなかったなぁと思いました。
それは福音も同じです。
自分はとてもいいと思っている。そのおかげでとてもよい思いをしている。
しかし、私の頭の中には「きっと言ったってわからないだろう」
「言うだけ無駄だわ」「私は特別だけどみんなは違うから」・・・
きっとそのような思いだったと思います。
2年前、美容室へ行ったときに、
「とても痛んでいてパーマもカラーも出来ません、
少し栄養を取ってから髪を休ませてからにしましょう」
そう言われて『あ〜私の心と同じだわ』と思いました。
それから今、美容室に行くと
「とてもカラーをしている髪には思えません、健康な髪です」
と言われます。
私が心の痛みや、身体の不健康や、美容のことなど、
どうして何を使って、どのようにして健康体になったか?
健康的にモノを考えられるようになったか?
そのようなことを少しづつ、伝えていきたいなぁ・・
と最近思うようになりました。もっと読みたい人は→●きら日記
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■ 母との事で気づいたこと(04,2,6)きらりん☆
「私は親不孝の娘でダメな娘だ」と思っていました。
でもそれは、母が私に繰り返し繰り返し刷り込んだメッセージなのです。
母は今でも「私は大変だ」「生活が大変だ」「歳をとって身体が大変だ」
と言います。その度に私は責任を感じていました。
でも、昨日母と久しぶりに電話で言い合ったことから考えました。
はたして、私はどこが具体的にダメな娘なんだろうと・・・
経済的に大変だと言うことから、毎月決まった額は援助している。
それでも「大変だ」と言う。
しかし、母が行きつけのブティックの店員が私の友達で、
「いつも買ってくれて助かってる」とよく言う。
冷静によ〜く考えてみたら、経済的に本当に困っていたら頻繁に洋服なんて
買える筈無い。ようするに私に「ダメな親不孝の娘」と思わせるのが相手の戦
略なのだ。
出来る限りの事をしても「大変だ」その度に責任を感じる私。
よく考えて見た。
なんで責任を感じるのだろう〜? なんで「ダメ」なんだろう〜?
神様の言葉は「ダメなんかじゃないよ」じゃあ、
具体的によく考えてみたら、本当にだめじゃなかった。
田中先生のテープにある。
あるおばあちゃんに「息子さんの所へ行くのは止めなさい、あなたが行って
せっかく幸せにやってる息子さんを引き下げるのなら、『行かない』って事が
息子のためだよ」
子の幸せ七掛け論ともある。
七割幸せならよし。それ以上だと、親でも引き下げたくなる。
そうなんだ。母は私を引き下げる。(潜在意識の中でなんだろうけど)
私が引き下がらないほど強くなるまで母とは本当に距離を置く。
冷たいと思われようが何だろうが、自分を守るためだ!
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■ 私は私。本当に私は私(2004,2,6)きらりん☆
みなさま、たまさま、こんにちは〜(^^)きらりん☆です
渡辺和子さんの「許すと言うこと」を聴いています。
何度も何度も聴いています。 とても共感しています。
渡辺和子さんって私に性格が似ているなぁ〜、なんて思ったりしています。
テープの中で。。。
激しい性格がゆえに、激しいものが内にあるがゆえに見逃せない。
(生きるのに疲れるって言う意味かも〜)って言っている・・
でもでも結局のところ、
バンダリー(境界線)の問題(人の問題を抱え込む)ってことだな〜。
冷めた眼と、温かい心、物事を冷静に見る眼と、それでも許す温かい心。
許すにも段階がある。
こちらが挨拶したのにあちらはしない。
何でだろう?何か悪い事したかなぁ?
よ〜し、今度は私のほうから知らん顔してやれ。
でも、そこまで相手のレベルに落ちることは無い。
あちらがどうであれ、私は私。
きっと気が付かなかったんだわ、ってユニークに考える。
それくらいに思って生きなかったらレベルの高い魂(高貴な魂)は作れない。
私が悩んでいた心痛めていた「お正月挨拶事件」のようなお話だった。
私のお家がここに建っている。この事も神さまの高貴な魂になるための宿題。
そう考えたら、ありがたくこの状況を受け入れる気持ちになった。
私は私。本当に私は私。
どこででも、きれいな花を咲かせる。
---
■ 今日はご機嫌(2004,1,31)きらりん☆
人を助けるつもりでいても
自分の方が何倍も助けられ元気をもらっていることが殆んどです〜(^_^;
人との関係で傷付きまた癒されるとは本当です〜
数少ない友達かも知れないけど私の回りは好い人ばかりだなぁと思います〜
田中信生先生は聞けば聴くほど真理をわかりやすく
実践的なことも含めて語ってるなァと思います
良い情報と良い関わりのお陰で
今の私があります。そしてまだ育っています☆ミ
---
■ 嫌いな人の前で硬直する(2004,1,30)きらりん☆
渡辺和子さんのテープを聞いてとても共感しました。
なるほどなぁ〜と思いました。
心でも頭でも許しているつもりでも身体が反応して動けない時がある。
渡辺和子さんも、嫌いな人の前では緊張して自然に振舞えないそうです。
あ〜、私と同じだ。シスターともなったこんなに素晴らしい人でさえそうなら
私がもしそうでも、仕方が無いこと。
許すとは自分に近い人から難しいって。本当にそうだと思います。
と言うことは、自分を許すことが一番難しいんだなぁ・・・
生きるのに比較的楽な人と、そうでない人が居る。
私は後者のほうです。
いつも人を心の中で批判してしまう。(渡辺さんもそうらしい・・)
こうでなくてはならない、こうであるべきだといつも心の中にある。
そういう人は辛い。人を大目に見れないってことかなぁ。。。
どうしても母が嫌いで仕方の無い時があったとも言っている。
お母様が許せないような何かをしたと言うわけではなく、
すべてが嫌いだったそうです。(あ〜私と同じだ・・)
100%信頼されたら迷惑だとも言っている。。。
100%信頼されたら間違えない、私も間違えるって。。。
生きた体験と言うか、経験したことを語られるって魅力です。
私も生きた体験を語れるような人になりたい。
---
■ 自分育ては拷問!?(2004,1,29)きらりん☆
今日はなんでまた私ってこんなに
辛いものの考え方をするんだろうとしみじみ思いました。
田中先生がよく「やりがいのあること」と表現しておらるけど、
自分育てって
「辛いこと、大変なこと」なんだなぁと実感しています。
毎日 が私との出会いで、
その私との会話にうんざりする時があります〜。
『一つのことをやり抜く拷問に耐えればプロになる』
このフレーズを聞いた時、
今私がしてる事は無駄ではなく、辛くて当たり前だと思いました。
カウンセラーになるためのレッスン。
神様本当に私をカウンセラーにしてくれるのかも知れない。
---
■ 不安(2004,1,22)きらりん☆
今日は本当はエアロビクスに行く日だった。
でも寝過ごしてしまって行けなかった〜
そんな怠惰な自分がどうしても許せなく嫌いだなぁと、
気が付くとチョコレートをいっぱい食べていた〜(><)
本当だなぁ〜
人の心はいつも、不安と安心のどっちかだって、佐々木先生の言葉だった?
不安になって食べなくてもいいもの(チョコレート)を食べてしまう・・
人は安心が欲しくて過食になり、タバコを吸い、お酒を飲む。
本当にすべては安心が欲しいんだなぁ〜と思う・・・
平安な安心な心で居ることは課題だけれど、
そうできない時に、何かを求めるんだなぁ〜
その何かは心を満たすもの。心の変わりに胃袋を満たす時もある。
心を満たす具体的な方法がわからないから、手っ取り早く何かを口にする。
何かを口にすると落ち着く。。
本当に私の欲しかったものは心の平安だったんだなぁ。。。
でも、自分の力では平安になったとしても、一瞬で消えてしまう。
美味しいモノを食べても、素敵な洋服を買っても、旅行に行っても、
その時だけの一瞬で・・・
だから、神様が必要なんだなぁ。。。
そう思っても、そう思っても出来ない自分を知るたびに、
神さまを求めていけるんだなぁ・・・
と言うことは、不安になるのも悪くないなぁ。。。(^^)
---
■ きら日記〜もう一人の私(04,1,21)きらりん☆
私は自分を振り返っていなかったなぁ。
もっと、もっと、と昔の癖が出て走ることばかり気にしていたなぁ。
先に進むことばかり気に留めていたなぁ。。。
本当の私は疲れていたんだなぁ。
褒めることより、「頑張って、頑張って」と自分に言っていたなぁ。
今日はエアロビクスに行く日だったけど、
もう一人の私が「行きたくない」と言った。
どうして行きたくないか聞いてみたら、
「行きたくないから、行きたくない」って言った。
「だってさぁ、ダメじゃない行く日なんだから」って言っても動かなかった!
「いいよいいよ、行かなくても。今日行かなくたってどうって事無いよ。
行きたくないならゆっくり過ごそうか」と言ったら、
きゅうに元気が出て掃除を始めて歌を歌い出した。
そしてテキパキと美容室に電話して予約を入れてカットに行った(^^)
建前だけで生きていると、本当は何をしたくて、何をしたくなくて、
何が好きで、何が嫌いかわからなくなる。
疲れているのか、眠たいのか、機嫌がいいのか悪いのか、
本当の私の声は聞いてあげないと聞こえない。
---
■ きら日記〜主人との思い出(04,1,18)
一年と少し前くらいは、
ときたま主人のしたことを思い出しては、
はらわたが煮えくり返るほどの憎悪で、
殺したい気持ちもよみがえっていたらしい
3年ほど前は本当に殺したいと思っていたらしい
憎悪を心の中心に起き、それを糧に生きていた辛い時期もあった。
でも現在、主人は本当に本当に私の大切な人です。
「大切な人」と書いて、あっ、こんな風に思えるようになったんだなぁと、
感激してしまう〜
主人の女性関係(こう書いて別の世界のことのようだ・・)を、
一生許せないことだと思い、それはなんと辛く苦しいことだと思った。
今、久しぶりに自分に「許せたのか?」聞いてみた〜!
許せたかとか、許せないとかじゃなくて、
「私にとって、どうでもいい事」と答えた。
あ〜、どうでもいい事になったんだなぁ・・・
「パパ、お仕事で疲れてるのにありがとうね」ともう平気で言える。
今では全然嘘っぽくない! 本当の気持ちになった。
「ママ、いつも子供たちの面倒みてくれてありがとうね」と、
主人の言葉もしっかりうけとめられる。
(以前はこんなことを言う主人ではなかったけれど・・)
私は本当に幸せを選べるようになり、
幸せなことが自然になった。(^^)
秘訣は、あきらめない事かもしれない。
---
■ きら日記〜自分も大切 主人も大切(04,1,18)
やっと、安心がやってきました〜
と言うのは・・・
今「不安になるのも悪くない」と書き込みして
そっか〜、不安になってもいいんだ、と思え
不安になってしまう自分でもいいのかと、
認められたからかなぁ〜〜
誰でも、本当にいつも幸せな気持ちでいたいし、
不平や不満な気持ちは心地よくないけど、
それがあるからこそ、「神さま〜」と
求めることができるんだなぁ〜〜
私は今、主人の事を本当に本当に、
『大切な人』と思うことが出来て幸せです(^^)
それは、自分を大切な人だとわかったからなんだなぁ〜
支配したい気持ちや、自分の所有物だと思ってた以前・・・
いつの間にか、私の手の中からは居なくなったけど、
大切な人は心の温かいところに居る気がする。
不安だから、主人を握って居たかったのかもしれない。。
---
■ 三浦綾子さんの文章を読んで〜不満の多い私(04,1,15)
九つまで満ち足りていて、十のうち一つだけしか不満がない時でさえ、人間
はまずその不満を真っ先に口から出し、文句を言いつづけるものなのだ。自分
を顧みてつくづくそう思う。なぜわたしたちは不満を後まわしにし、感謝すべ
きことを先に言わないのだろう。
(引用文献)「明日のあなたへ(愛することは許すこと)」集英社
三浦綾子
三浦綾子さんの、
10のうち9つ満ち足りていて満足していても、
残りの1つの不満を人はまず思う。。
ってまったくもって私です〜!!!
新しい洗濯機が来て洗濯が楽になった。
浄水器をつけてもらって麦茶を作るのが楽になった。
パパは私が楽になるようにいろんな事を考え、
買い換えてくれたり、作ってくれたり・・・
それでも私は不満に思う。。(^^;
これでは私の不満と追いかけっこだ。
どこまで行っても満足の無い世界・・・
便利になったこの世の中で、
人は本当に幸せを失っているんだなぁと思う。
田中先生が言ってた。
人は満足がないから、安心が無いから、
食べなくてもいい物を食べる。
そして、ダイエットする。
(佐々木先生が言ってた。
世界のほんの一握りの人だけがダイエットしているって〜)
いつもいつも幸せな気持ちで居るって難しいね。
本当は本当は私は幸せなのに、
心の中に不満がいつもある。
その不満があるってことが私を曇らせている。。
からっとした青空でいつも居たいのに・・
不満のある自分を見つけるときに、
憂鬱になる・・・
不満をまず先に見つけられる凄い技の私です〜(^^;
どうしたらいいんだろう〜
---
■ 佐々木正美先生講演会(04,1,12)
昨日、佐々木正美先生と田中信生先生の講演会に行ってきました。
佐々木先生は「無痛文明論」(著 森岡正博)を絶賛しておられました。
私の言葉で簡単に言うと、人は昨今嫌なことは避ける、先送りにする、
苦痛を伴うことや、苦しいことから極力避けてきた。
そして、便利で気持ちのよい快適な生活は手に入れた。しかし、
生きている実感が無い、喜びが無い、何かぽっかり穴が開いた感じ、
そんな感触を誰もが確信しているけれど、この生活を手放せない。。。
このような感じだと解釈しました。
ご本はとても厚く読み応えがあるそうです。
私が印象に残った、佐々木先生の言葉をいくつか書きます。
人を幸福にさせられなければ、自分は幸福ではない。
自分を信じる、他人を信じる、この感情は一体化している。
人間の自立は相互依存なしには成りたたない。
まず家族を幸せに、余裕があったら回り周辺(近所、地域)を。
基本は「セルフイメージ」なんだなぁ、やっぱりそうなんだなぁ。
「自己肯定感」「自尊感情」は親子の間でありのままを承認される、という
経験が基本的信頼になり、他人を信じられるようになるらしい。。。
そして、『自分を励ます』と言う田中先生のお話で終わる。。。
つづく・・・
(きらりん☆さま)
---
| あいさつの出来ない(しないのではなく)人は、人に対する恐れがある。
|人の心は「安心」か「不安」のどちらかしかない。「安心」とは「人を信じる
|事」であり、誰か一人でも信じる事の出来る人に巡り会えたのなら、他の人も
|だんだん信じられるようになる。(佐々木先生〜別の講演会)
全くその通りだと思います。信じられる私は幸せだと思いました。
また、良い人に知り合えて(たまりん☆やここでのみなさん〜)
色んな知識をもらい、また励ましや暖かさをいつもありがとうございます。
昨日の講演会、田中信生先生が、
『自分への励まし方』」というところで、
「自分を見出し」「自分を受け入れる」「自分を励ます」「自分を育てる」
「自分を受け入れる」と言うところで、キリストの十字架の姿は、
私たちに『謝っている姿』ですよとおっしゃいました。
(レポートはきらりん☆さま)
■ 頑張りすぎだった〜(03,12,24)
クリスマスイブの今日、気づいた事を書きます。
よく「頑張ってるね」とか「少し頑張り過ぎじゃない?」と言われます。
「少し頑張り過ぎじゃないの」と言われると、正直ムカっとしていました。
その時私はいつもこう思ったのです。
「何言ってるのよ、私が頑張らなくて誰が頑張るのよ!
誰が掃除して誰が子供の面倒を見て、誰が洗濯するのよ!」って・・・
でもしかし、本当に頑張りすぎだったようです。。
偏頭痛の酷さで病院に連れて行ってもらってから、
多少汚れていても、多少散らかっていても、只今子育て真っ最中、
大目に見よう、「まあ、いいや」と思うようにしようと思いました。
すると、どれだけ今まで自分が頑張って居たかが見え始めたのです!
お友達に今朝メールを送っていて気づいたことです。
お家の中も「まあ、いいや」と思えたら体が楽。
色んな出来事も「まあ、いいや」と思えたら、心が楽。
我力で生きている人の特徴は「自分が我力で生きているとわからない人」
と、よく田中信生牧師が言うけれど、
それは、私だっただなぁ、と何年もそのメッセージを聞き続けて、
『今』わかりました。
それは、勇気が少しいるけど、立ち止まってみて、手を緩めてみて、
わかったことです。
頑張っている人は、自分が頑張っているってわからないの。
だから、「頑張りすぎじゃないですか!」なんて言ってもわからない。
「いつもよくやっていて偉いね、本当に感心する、頑張ることはいいことだよ
ね、頑張れるのはいいことだよね」って言ってあげたい。
暖められて、
始めて自分のことを安心して見ることが出来るような気がする。
■ 褒め上手、聞き上手。(03,11,25)
今日は沢山の人を褒めた。
エアロビクスのお友達、主人、子供たち。
昔私は人を褒めることが出来なかったなぁ。
何だか、ご機嫌とってるようで自分が低くなったようで出来なかった。
でも、お世辞じゃないの、本当に思ったことを、言う。
まだまだ、言い足りなかったのかもしれないなぁと、
主人の反応を見て思った。
友達を褒めれば褒めるほど、
自分のセルフイメージも上がって行くんだよね。
気分良く、時間が経過していくし、気分良く、お別れできる。
褒めるって潤滑油だね。
褒めれば褒めるほど、
人のいい所しか見えなくなっていくような気がする。
まだまだビーイングが揺さぶられる。
揺さぶられるほど、強くなっていくって、誰か言ってたなぁ。
■ 「私のダイエット奮闘記」(03/09/26)
痩せたいから、「痩せる」に変わったとたん、
体の細胞が、「痩せる」に向かって動いている気がします。
「自己宣言」は最終手段。
それが出来ない人は、まだゆとりがあるのかも・・・
と言うようなことをききました。
イメージトレーニングも、どうなりたいかをきっちりインプットして
自分は何に向かって進んでいるのか、それにはどうすればいいのかを、
一日に何度も思い出します。
痩せたかった私は、本当は痩せたくなかったのです。
「痩せる」と自己宣言してしまったら、それに向かっての努力を
しなくてはならないから、したくなかったのです。
痩せたいなぁ、でも食べたいし、でも痩せたいし・・
と毎日過ごしていたほうが楽だったのです。
変化を嫌がる私も居ました。
階段を上がる時に、ふと体が重いなぁ、と思ったときに、
私はこの体がいとおしいような気がしました。
では、このままでいいのか? どこをどうしたいのか?
本気で考えたのは、初めてだったのかもしれません。
なりたかった体をキープするためには、
生きるのも、食べるのも、ダイエットするのも、一生です。
いつまでに、どうなりたいか(なるべく具体的に)
それを頭にイメージしなければ、
漠然とでは、いつまでたっても漠然です。
なんとなく、そう思っている人は
なんとなくの人生を歩むそうです。
私達はいつもいつも人生から問われている存在だって、
誰か有名な人が言ってたなぁ〜〜〜
あっ、そうだ『フランクル』だ。
『人間は、人生から問われている存在である。
人間は生きる意味を求めて問いを発するのではなく、
人生からの問いに答えなくてはならない。
そしてその答えは、人生からの具体的な問いかけに対する
具体的な答えでなくてはならない』
フランクルの言っている意味が、
2年経って、ようやく少しづつわかって来た気がする、
きらりん☆であった(^^)☆
■ そのままの感情を(03/09/5)
まじめなクリスチャンが聞いたら怒るかもしれないけど・・・
昨日、「神さまのバカ、大嫌い、どうせ居ないくせに!十字架について死
んでなんて頼んでないもん〜!勝手に死んだんでしょう〜」
と言って泣きました。
始めて、甘えるってこんな感じかなぁと、思いました。
だとしたら、私はこの歳まで本当に甘えたことがなかったのです。
うちの子供たちは「ママのバカ!死んじゃえ!大嫌い!」と言って、
狂ったように泣いては、その後、「抱っこ、抱っこ」と言って甘えてきま
す。私は今まで、「大嫌いも嫌いも、死んじゃえ」も言った事があるわけな
いし、子どもの私の方がいつもいつもいつも気を使っていました。
本当に甘えたことがなかったのです。
「神さまのバカ」の後は、もし肉体を持った神様が居たら、
「抱っこ、抱っこ」や、手をつなぎたくなったり、一緒に添い寝してもらい
たい欲求にかられました。我が家の子供達とおんなじです。
「嫌い」は好き。安心感があるから、そんなこと言っても大丈夫だから言え
る事であるし、最高の甘えの表現です。
それを言った後、とてもすっきりして、今まで「神様が居るなら何であんな
ことを、あんな酷いことを私の身に許したんだろう〜」と思っていたこと
が、許せたような気がしました。(本当の関係はこちらが許されるのです
が・・)
「謝ってよ!」とも何回も言いました。
心病んでいる人は謝ってもらいたいのですよね〜。
「謝ってよ、大嫌い」の後、抱っこして欲しくなったの。
私のインナーチャイルドは、謝って欲しくて、抱っこして欲しくて、
甘えることを知らなかったのですよ。。。
昨日の「神様なんか大嫌い」から私と神さまが凄く近くなりました。
田中先生の説教に、
「イエスさまを槍で刺しなさい。その怨念を晴らしなさい。イエス様を槍で
刺すなんてとても出来ない、とおっしゃる方が居るけど、それでは何の関係
もなくなる、とイエスさまはおっしゃってるんですよ」
と言う、足を洗ってくれる聖書の場面の説教テープでした。
何だか、言ってることはわかるけど、今一ピンときませんでしたが、
こんな感じのことかなぁって、思いました。
神さまが、私の本当のお父さんになってくれた感じがしました。
建前のお祈りをいくら祈っても、ちっとも何ともなかったけど、
今は、「おとうさん」と言うと、本当のお父さんが何もかも聞いてくれる感
じです。私にやっと親が出来たのかなぁ〜
私は甘えたくて寂しくて、謝って欲しくて、ずっとどの人が親なのか探し
てたけど、見つからなくて、
親なんか居ないなら、おままごとのように、自分がお母さんになって、
主人を可愛がってたんだなぁ〜
甘えられなかった、インナーチャイルドと私がひとつになったような感じ
がします。甘えても大丈夫とわからなければ、甘えられないんだよね。
■ 共依存から解放(03/08/10)
共依存から解放された方が、
「自分を知り、ミーティングに参加すると言う事は、もうすでに開放への道を
たどっているのと同じよ」と、2年弱前に教えてもらった。
その時、私はもう必死でそこから抜け出したいと、もがいていたので、
その人の言葉に救われた。
その方は、アルコール依存症の夫を持ち、家族ぐるみで、
この夫をいつ殺そうかと計画を立てていたそうだ。
その方、はや8年。
今はすっかり開放されて、援助側の仕事をしている。
生きるのがとても楽しいのだそうです。
田中信生牧師の講演会のパンフを先日送ったので、
もしかしたら、行ってくれたかなぁ〜と、思っています・・・
どうして今まで、私は共依存だったんだろう〜?
そう思った。。。 そうしたら、やはりメリットがあったのだ!!!
人の問題を自分の事のように重たく感じたり、
人を直そうとしたり、人の世話を焼いたり、
そうすることによって、自分自身に向き合わなくていいからね!!
要するに、自分と向き合うことを避けていた。
『主人の暴力(DV)におびえていた、2年前・・・
ACのご本や、依存関係のご本を送られ、
私は自分がACであり、共依存であり(男性依存)
嗜癖(アディクション)の持ち主であることを知り、
そこから、本気で抜け出したい、私が変われば子供たちも変わる。
世代連鎖の鎖を切る役目はわたしにある。
そう、硬く決心して、子供たちを施設に預けて、私は家を出ました。
もちろん、主人とは別れる覚悟でした。
一度引き起こされたDVは酷くなる、共依存もDVも進行性のものです。
このままここに居たら、命さえも危うい危険も感じていました。』
それから、一言では書きつくせない、色〜〜んな事がありました。
そして、今、
私はもちろんアダルトチルドレンであることは間違いなけれど、
サバイバーであることに自信を持ち、
共依存からも死ぬ思いで抜け出したことを、心から誇りを持っています。
今、別のステージを生きているような感じがします。
とても生きやすく、自分が充実していて、生き生きした感じがします。
そして私は自分のことを、
本当に素敵な女性だと思っています☆(^^)
■ タバコ(03/07/1)
実は最近、3回くらい、タバコを吸ってみた・・・
今日、子供たちのお友達と、お母様がいらして、
その方、灰皿を出したら凄い吸う方で、
頭は痛くなる、吐き気はする、カーテンくさくなる・・
もう、いっぺんで2度と、2度と、タバコ吸いたくなくなった!
良かった!
最近のビールといい、タバコといい、
やってみたけれど、私にはもう合わなくなってる。
良かった!
飲みたいなぁとか、やりたいなぁとか、そんな欲求があったら、
やってみるのもいいかも〜?
禁止すると、余計にやりたくなる。
そう言えば、過食症ほど食べていた食欲、
すっかり収まっている。
■「どんなときも大丈夫」(03/06/1)
一年3ヶ月くらい前の事でしょうか。
車のドアを開け閉めする音でさえ、怖くて眠れない夜が続きました。
車のエンジンの音、ブレーキの音、足音、それらが
私を襲ってくるかのように思えました。
神経症で、睡眠薬や、安定剤に頼らなくては眠ることも出来ませんでした。
その頃、覚えたばかりの自分への語りかけ
『大丈夫、何も心配することないよ、すべてうまくいく』
を、口に出し、また心の中で何度も言っていました。
その実態がないのに、「大丈夫」はとても心細く感じました。
しかし、今こうして本当に大丈夫になると、
その大丈夫に自信がついて、もっと大丈夫になっています。
「どんなときも大丈夫が奇跡を起こす」とありました〜!
本当にそう思います。
反対に言うと、ダメな事なんかないって事なんだなぁ〜。
日々の生活や世の人々の価値観で、
少しずれてしまっていた、私の大丈夫。
大丈夫には実態があることをまた思い出しました。
■ すなわち(03/04/26)
>愛する人と暮らすには一つの秘訣がいる。
すなわち相手を変えようとしないことだ。
一一シャンドンヌ(フランスの小説家)
う〜ん。と、声が出てしまった。
かっこいいー。すなわち・・・。
なるほろなるほろ〜。
本気で生きていると、相手のことが気にならなくなる。すなわち・・・(^^;
自分のことで、精一杯だからである。
■ 実感(03/04/26)
説教テープを聴いたり、本を読んだり、お勉強に行ったり・・・
頭がわかって、体がわかる。
体がわかったら、しめたもの。 身についたものはなくならない。
って、言ってたなぁ〜〜(説教テープで)
「こんな人になりたい、あんな人になりたい、こうなりたい、ああなりたい。」
以前なりたいと思った、そのように、描いたように今なってる。
今の自分は、私がずっとなりたかった、自分。
なりたいと思ったように本当になる。
「感謝です、感謝です。」感謝な事じゃなくても、
まず「感謝」って言ってみる、って言ってたなぁ〜(説教テープで)
嘘っぽくても言ってみる。
すると・・
本当に感謝な事に思えてくる〜・・ 感謝だなぁって。
ああしてください、こうしてください、のお祈りから、
「神様感謝します、ありがとうございます、たくさんの祝福を感謝します」
に、変わっていったーー(^^)
嘘じゃなくて、本当に感謝だから!
■ 親がまず幸せになる(03/04/08)
昨日、小学校入学の時に小冊子(家庭教育ノート・文部科学省)を頂きました。
その家庭教育ノートを見て感じた事。
心の時代なんだなぁ、精神的な時代なんだなぁ、と思いました。
長女は短大に入学したので、12年ぶりの小学校ですが、
その家庭教育ノートには、お勉強のことは一つも書いてありませんでした。
気になった箇所を少し書きます。
家庭とは?
『自分を大切にできないならば、子供を大切にする事もできない』
子育ては大事ですが一日中わき目もふらずに集中しては疲れます。
親のイライラは、子供にも伝わっていくものです。
大変な子育てだからこそ、自分の時間を作り、心をリフレッシュする時間を作
りましょう。
親が幸せで笑顔でいる家庭でこそ、子供も幸せを感じられます。
「親がまず幸せになる」と最後にありました。
あたりまえの事のようですが、今そうなんだ、と改めて感じました。
「親がまず幸せになる」
子供のため、子供のため、と理由を作って、自分を顧みなくて良い時間を、
作っているような気がしました。
楽をしてはいけない、親は大変な思いをしなくてはいけない、
などの、禁止令は正しいものに変えていかなくてはいけないと思いました。
親が幸せでいる事、自分を大切にする事。
が、子供をも大切に、幸せにできる、とはなんと、素晴らしい事だなぁと思いま
した。
昔からの育児、親はいつも我慢して、苦労するのが当たり前、
からは、開放されつつあるのだと思いました。
■ 仲直り(03/04/06 )
みなさまこんにちは〜。
昨日主人と喧嘩をしました。
いやはや、腹のたつこと。
殴ってやりたいほど、離婚してもいいよと、言ってやりたいほど、頭にきまし
た。
どうにかして、相手を負かしたい。 相手をぎゃふんと言わせたい。
どうすれば、参りましたと、言わせられるだろう〜。
エスカレートしたい気持ちを抑えて、お風呂に入りました。
お風呂から上がる頃には、喧嘩してる事がバカらしくなりました。
お風呂の中で、思いっきり、神様相手にぶちまけました。
今までの自分だったら、お風呂から上がって2ラウンドを始めたでしょうが、
少し、嫌だいぶ、おりこうになってきたのでしょうか〜?
心配そうにしていた子供たちも、仲直りのしかたを覚えたかな?と、
前向きに考えました。
お風呂から上がって、夏みかんをむいてあげました。
その頃にはすっかり冷静になって、そうできる自分がまた好きになりました。
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