ラトル指揮のブラームス交響曲全集が出る
ベルリン・フィルの常任指揮者ラトルが手兵と吹き込んだブラームスの交響曲全集が来月8月の頭に出されるそうだ。ドイツ音楽の集大成の様なブラームスをベルリンのオーケストラが弾くのだから、これは本来ならかなりの話題を集めそうなところではある。あるのだが日本の音楽ファンがこれに飛びつく様なことは、ちょっと無い様に思う。
ベルリン・フィルは昔も今もオーケストラの最高峰と看做されて、近年は今一つ日本では流行らないが、それでもウィーン・フィルと並んで人気のある楽団だろう。フリーに転身したクラウディオ・アバドの後を受けて常任指揮者に着任した英国人サー・サイモン・ラトルは、しかし日本におけるベルリン・フィルの影を一層薄くしてしまった観がある。
日本の聴衆がベルリン・フィルに求めるのは間違いなくドイツ本場のオーケストラ・サウンドであろう。前任のアバドは如何にもドイツ的な低音の響く重厚なベルリン・フィルを、もっとモダンで洗練されたものへ変えた。アバド以外の指揮者では必ずしもそうではなかったが、日本に来演する時は必ず常任指揮者であるアバドが指揮を執ったので、日本で聴くベルリン・フィルは完全に従前のものと違っていたと言って良かろう。
アバド指揮のベルリン・フィルの評判が、日本で真っ二つに割れたのは仕方ない事だった。それでもクラシック音楽の発祥地イタリア出身の指揮者とその発展地ドイツの楽団の組み合わせにはまだ、多くの聴き手を我慢させる能書きがあった。しかし、クラシック後進国イギリスからピリオド奏法という刈り込みバサミを手に乗り込んできたラトルには、流石に追いていかれないという人の方が多くなった様に思う。僕は聴いていないが何枚かベルリン・フィル常任指揮者の肩書きでCDが出ていて、日本では一般的にそれ程褒められていないと思う。
ラトルのCDが評判でないのは、ベルリン・フィルでない頃からではある。それも演奏以前に録音の質に大分疑問が出ている。ラトルはEMIから出ているのだが、このレコード会社は過去の録音におかしな音響効果を加えて何とかマスタリングと仰々しい名前を付けるのを良しとするらしい。だからそうした評判には思い当たるところが十分にある。
但し仮に録音の問題が解決したとして、ラトルが日本のファンに受けるかどうか、これはまた別である。僕はラトルは放送で何度か聴いたことがあるだけだが、少なくとも日本の聴き手に受けるとは思えなかった。
僕自身もそれ程良いとは思わなかった。思い出すのはウィーン・フィルの来日公演のベートーベン「第二交響曲」だ。テレビで見てこれがなんてことはなかったので驚いたのだ。前評判は大変なものだったが実際は全てが中途半端で、ただ精彩が無いだけの演奏だった。その前にロジャー・ノリントン指揮の同じ曲を矢張りテレビで見ていて、その響きの美しさ他強く印象に残っていただけに、余計にラトルの精彩の無さが際立った様に感じた。
それをもってラトルの全てを断じてしまうのは余りにもかわいそうだが、ベルリンの主となる指揮者がベートーベンはいけませんでは洒落にならないだろう。他の放送でも僕は似た印象を持ったし、中でもこの時の「第二」はラトルのCDを買わない大きな理由である。
それで今回のブラームスだが、僕は楽団もこのままでは洒落にならんと思ったのではないかと思う。だから日本向けに豪華特典でDVDを付けたりして、これでこける訳にいかないという並々ならぬ意気込みを感じる。
特に日本の聴き手にラトル指揮ベルリン・フィルを認めて欲しい、ファンになって欲しい、という切実な位の願いがこめられている様に僕には思える。日本人バイオリニスト樫本大進をコンサートマスターに迎え、これで駄目だったらラトル治世が短くなることも有り得るのではないか。今度のブラームスは「凱旋の場」かそれとも「白鳥の歌」か。音楽とは別の意味で注目のCDになるかもしれない。
(Tsusei, 5 July 2009)