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シュナイト音楽堂シリーズvol.16
「シューマン・シリーズIII

 神奈川フィルハーモニー管弦楽団が音楽監督に招いたハンス=マルティン・シュナイトは一部の音楽ファンにカリスマ視され、特にドイツ=オーストリア音楽への評判が高い。
 僕はこれまで聴いたことがなかったが、しかし高齢のため引退へという噂を伝え聞いて、調べてみるとシューマンの「ライン交響曲」を含んだ公演が近々あることが判った。然もブラームスの「ハイドン変奏曲」も入っている。シューマンもブラームスも僕が愛聴する作曲家なので結局聴きに行くことにして、当日券で入場した。残席は結構少なかった様に記憶している。
 2004年秋以来のオーケストラ演奏会。かなフィルは2003年秋以来。

シュナイト音楽堂シリーズvol.16
「シューマン・シリーズIII

ブラームス:「ハイドンの主題による変奏曲」
シューマン:チェロ協奏曲
(独奏者アンコール)
バッハ:無伴奏チェロ組曲第一番より
(休憩)
シューマン:交響曲第三番

山本裕康(やまもとひろやす、チェロ)
ハンス=マルティン・シュナイト(指揮)
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
神奈川県立音楽堂
2008(平成20)年67日土曜日15時開演

 シュナイトは思っていたよりは大柄でなく、舞台の袖からとぼとぼ歩いて出てきた。指揮台に上がるのも如何にも足下が覚束無い感じである。台上には椅子が用意され、シュナイトはそこに座って指揮をした。指揮振りは比較的明快だったと思う。
 シュナイトはドイツ音楽の体現者、旧き佳きドイツの生き残りと看做されている。なる程それはそうだったかもしれない。オーケストラは各楽器の稜を丸くして溶け合い、とろんとした音色で響いた。きっとこういう音楽がシュナイトの若い頃流行ったのだろう。それを保存し現代へ再現した、という点で、確かにシュナイトはドイツ音楽の体現者であったと思う。

 以上である。

 これだけ回りくどく書いたから勘の鋭い方はお気付きかも知れないが、要するに僕はこの演奏にはうんざりした。最初のブラームスからして何だか怪しくて、巨大な生物が地面をもぞもぞ動いている様な、そういう気配だった。それとかなフィルがこれ程拙(まず)いというのも想定外だった。こうなったらもうとに角「ライン交響曲」まで我慢の子である。
 しかしその前にシューマンの協奏曲という壁が待っていた。これは独奏者が楽団の首席奏者ということもあって優しさ溢れる内容だった。優しさ余って細かいところは目をつぶる、大きいところは聴かぬ振り、とそれはそれは大変なことになってしまった。

 「ライン交響曲」は実演で聴く良さを感じたが、それは演奏というより曲についてであって、最後まで怪しい気配は消えなかった。これは嗜好でもあるから、或いは重厚な演奏と言えない事もない。しかし色々な部材が組み合って綜合して一つの音楽となるという交響曲の醍醐味には幾分譲るところがあったのは事実だと思う。
 全体を印象で聴いて、狂気に満ちたシューマンを求める向きには丁度良かったかも知れない。しかしブラームスの「ハイドン変奏曲」まで一緒におどろおどろしくする必要はなかったと思う。

(Tsusei, 6 July 2009)

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演奏会記録


裏白