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ジーコ・ジャパンとは何だったのか いよいよ数時間後の開幕を待つばかりのサッカーW杯ドイツ大会、日本代表23人の選出は、エースと目された久保の落選と巻の逆転当選という「波乱」はあったものの、それは殆どさざ波程度であって基本的にはベタ凪と言うべき内容だったと思う。
「型」をもってサッカーに日本代表としての主張を盛り込んだトルシエさんに較べると、オシムさんが言うところの「名前のある選手を並べるだけ」に見えるジーコ監督のやり方は、当初僕の様な素人には全く危なっかしく思ったものである。それどころか、負けている局面でタイムアップ間際にバックラインで不毛なパス交換をしたり、決定機を活かせないことより全力を出しているのか疑問に思う様なシーンが増えてきたのを、耐えられぬ思いでいたことも頻りだったのである。
ところで、ジーコ監督が目指すのはW杯に於ける前監督以上の戦績であり、従って前監督が積み上げたものから更に積み上げることこそが監督ジーコの目標だったのだと思う。 ジーコさんは自分に与えられた時間は極めて短いと看做していた、だから効率重視で特定の選手即ち実績のある選手を徹底的に仕込む事にした――代表選考が無風なのは、ジーコさんとしては不本意だが日本の現状からして止むを得なかったのではないか。少ない人材の中から選んだ彼らを伸ばすには信頼して使い続けるしかない。結果を出すためにジーコさんは相当博打を打ったのではないか。
そしてジーコさんが仕込もうとしたのは、簡単に言えば考え方、思想だったと思う。今のところそれはあやふやで形のはっきりしないものだが、今大会中にしっかりとした手応えのある「財産」と呼び得るものに急激に変化する可能性はあると思っている。相手チームの中に見出して気付く部分があるのではないかと思うのだ。 (Tsusei, 9 June 2006)
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