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カルロス・クライバー カルロス・クライバーについて書くのは、全く苦痛以外の何ものでもない事だ。
先日モーツァルトの話を書いていて、先年物故した伝説的指揮者カルロス・クライバーにもモーツァルトの演奏記録があることを思い出した。それは公式にはDVDで出された交響曲第33番と36番で、どちらも名演の誉れ高いものである。
そのカルロス・クライバーの新譜が出た。レパートリーも録音も極めて限られていて、後には演奏会にすら出てこなかった幻の指揮者の、未発表音源という事で多分話題になっただろうと思う。 多くの評論家が、多くのファンが、紙幅を費やしてカルロス・クライバーのことを語ってきた。そういうものを僕も随分読んだ。しかし一番最初の躓きは今に至るまでこの巨匠に対する僕の理解を妨げている。
ある時、ふとつけたFMラジオからベートーベン「運命交響曲」の最後の方が流れてきた。何だか平板な音で、ひゃっくりする様によろめく落ち着かないテンポ、全く酷い演奏だなと思ってしまった。こんなどうにもならん演奏が、と思った時に僕は、その頃まだ聴いていなかったある有名な指揮者の事を直感的に思い出した。
それからラジオがいけないんだと思ってCDを買った。そのCDはマスタリングが悪かったのだと思って買い換えた。ライブ盤の方が真価が分かると思って海賊盤に手を出した。映像が無ければ駄目なのだと思って、テレビで放送されたのをビデオに録って何度も見た。 僕は敢えて、DVDを見なければまだ判らない、と思っていることにしている。99.9パーセント見ないでも構わないと思っているが、一応可能性を0.1パーセント残しておいた。何れにせよカルロス・クライバーを楽しめず、ましてやカルロス・クライバーに熱狂出来ないというのだから、僕は多分に不幸な方だと思う。 (Tsusei, 8 February 2006)
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