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最大級の讃辞

 先日車に乗ってラジオをつけたらブラームスの交響曲第三番が聞こえてきた。第一楽章の途中からである。ああブラームス、と思ってその儘聴いていたら、この演奏が妙に良い。いや実に良い。

 大体交響曲というものはオーケストラの各楽器によるボケと突っ込みなのだが、今カーステレオから聴こえてくる演奏はその応酬が非常に面白いのである。

 まず個別の楽器の音が綺麗である。その一つ一つが絶妙なバランスで積み重なっている。だから誰が何を言っているのか良く聴こえる。どの楽器がボケてどの楽器が突っ込みを入れている、というのが良く分かる。
 そういう流れが全体としてとても良くて澱みが無い。オチの所へ差し掛かるとさっきのボケが絶妙に伏線になって絡んできているのが判って面白いのと同時に感心させられる。そういう弾き方をしている。

 曲が終わって放送の司会者が喋り出した。ブラームスのこの曲を詰まらないと思って聴く前にもそう言ったが(どうやら演奏前にそういうことを話していたらしい)全く認識を改めた、非常に面白い、素晴らしい曲だ。そんなことを言って頻りに曲に感心していた。僕自身はブラームスが好きだからこの曲も好きな訳だが、今度聴いて改めてこの曲は良い曲だ、と思った。

 そしてこれらの手柄は基本的には演奏家のものだろう。アナウンスに拠ればそれは、金聖響指揮東京フィルハーモニー交響楽団だったそうだ。その演奏家を司会者はちっとも褒めてやらない。良い曲でした驚きましたなんてまだ言っている。
 しかし考えてみるとそれは演奏者にとって最大級の讃辞ではないか。ある演奏で嫌いだった曲を好きになった、詰まらないと思っていたものが面白いことに気が付いた――自分の演奏の全国放送でそこまで言って貰って、それを演奏家が聞いたら思わず片頬緩めても不思議でない。

(Tsusei, 17 August 2006)

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裏白