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張り手

 以前は相撲で張り手なんか一場所で数えるくらいしかなくて、然もそんな荒業を繰り出すのは大体決まった人―例えば貴闘力とか朝乃若とか、もっと遡ると逆鉾も張り差しから両(もろ)差しということがあったと記憶するが、それだって滅多に見られるものではなかった筈である。
 ところがもうここ数年の相撲で、立ち合い張り手から腕(かいな)を差す張り差しを見ないことの方が珍しくなってきた。

 というか猫も杓子も張り差しの時代である。一番困るのは番付の一番上にいる横綱が毎日張り差しなんかしているところだ。一つのスタイルであるとは思うが、元々張り差しというのは奇襲戦法ではないか。敢えて言えば下位の者が上位の者と当たる時に一発逆転を狙って、個人的な人間関係をも犠牲にしてでも白星をもぎ取ろうとする場合に究極的な選択として採られるものであるべきだと思う。
 張り差しの立ち合いはどうしても動きが止まって見ている方は面白くない。張って出るのが普通の朝青龍でも良い相撲というのは立ち合いで一気に踏み込んで左前みつを取って引き付けて相手の体勢を崩す相撲であって、張り差しの相撲では一見決まり手が豪快であっても実のところそれ程力強さは感じられないのである。

 張り差しで勝てるという印象が力士の間に広まってしまったのだから仕方ない部分はあるが、せめて横綱は立場上張り差し封印位のことをして頂きたい。でなければ今後も張り差しの時代は続いてしまう。それは立ち合いの面白味が減ってしまうということでもあると思う。相撲で立ち合いとはマグロで言えばトロであって、だから由々しき事態だろう。
 今場所では七日目に新入幕の堺澤が垣添の張り手一発で脳震盪を起こし膝から崩れ落ちて、その時に膝を痛めて休場に追い込まれるという一番があった。また先に挙げた朝乃若は立ち合いの張り手が見事に空振りしてその格好のまま相手力士に土俵の外へ持っていかれるという失態を演じた事がある。面白いといえば当座はそうかもしれないが、取り組み後は寧ろ見苦しい部類である。特に張り手を受けた側が失神して膝を痛めるということは随分起きている。張る方は一晩考えて止める位の気持ちでいて貰いたいものである。

(Tsusei, 20 March 2008)

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