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横綱相撲とは

 平成21年夏場所九日目、テレビ観戦していると西の花道に派手なピンク色の塊が映り込んでどうも気になって仕様が無い。桟敷席のお客さんだろうが、また西の土俵が映ると良く見える位置にいらっしゃる。よくよく見るとどうやら漫談家でタレントの林家ペーさんだ。
 そう判ってみるとこれがまた相変わらず気になって、西方が映る度に写真撮ってるなとか隣の人と話しをされてるとか、全く何を見ているのか分からなくなった。

 ということを一晩明けて朝刊を開いてから思い出した。結びと結び前の横綱戦二番がそういうことをすっかり忘れさせていたのである。僕は昨日の二横綱の内容は、白鵬は大関・千代大海に全力の、朝青龍は新鋭・把瑠都に全速の、それぞれ非常に充実した実に美しい横綱相撲だと思ったのである。

 それぞれの横綱相撲。僕は横綱相撲とは、その力士が到達した型の究極と解く。従っていわゆる「横綱相撲」という型があるとは思わない。過去現在69人の横綱が、それぞれに辿り着いた至芸こそが横綱相撲なのではないか。
 白鵬の相撲がその「横綱相撲」に近付いたと言われる様だが、それはこれまでの多くの横綱が磨いた型に近い相撲を元々白鵬が取っていたというだけだと思う。だから朝青龍のスピード相撲を横綱相撲でないというのは、大いなる誤解ではないかと思う。

 逆にその意味で白鵬が八日目に力尽くの上手投げで豪栄道を転がした相撲は、必ずしも横綱相撲とは言えなかったかも知れない。またその意味で自らのスピードを犠牲にする張り差しは、朝青龍の横綱相撲とは違うかも知れない。
 何れにせよ横綱相撲とは究極であり、究極とはスマートだ。そういう感慨を多く得た九日目の土俵だった。

(Tsusei, 20 May 2009)

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