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チェルニー:30番練習曲

 ピアノを弾くには物理的に指が動かなければならなくて、それは基本的にスポーツと同じに日々のトレーニングに依っている。こればかりは洋の東西、時代の古今を問わず同じなので、練習曲という分野に沢山の作品が供給される事になるのである。

 僕も指の鍛錬のため、昔まだピアノのレッスンに通っていた頃に使っていた練習曲を引っ張り出してきて、再開後にまた始めからやり直している。それがチェルニーの30番練習曲だ。
 チェルニーとはピアノの練習曲の代名詞の様になっている作曲家の名前で、30番練習曲は指の運動を目的とする30曲組の曲集のこと、或る程度ピアノのお稽古をした人なら誰でも弾く類いのものらしい。
 らしい、というのは、僕はこうした練習曲はなるたけ避けていたから知らなかったのである。練習曲を弾かずとも容赦してくれた優しい先生は引っ越してしまい、指導の厳しさで聞こえた先生のところへ移ることになり、そこで最初に渡されたのがこのチェルニーの30番練習曲の楽譜だったのだ。

 当時どれ程この練習曲に苦しんだか、今でもそれは先生の書き込みという形で譜面に生々しく刻まれている。そして30曲中半分手前辺りで僕はレッスンを止め、残りは放棄され真っ更なままである。

 そして今、また苦しんでいる。だって、ちゃんと弾けないから。まず全部の音符を音にするのに一苦労である。どうやら全部の音符が鳴っても強弱だのスタッカートだのレガートだのは置き去りである。そしてテンポが遅過ぎる。楽譜に指定の速度と比べると特急と各停くらいの差がある。
 思うに、今も昔もこの練習曲が弾ける程の技術は無かったのではないか。何しろレッスンをしていた当時でもせいぜい準急くらいのテンポでしか弾けなかった筈である。となると、15年近いブランクの後この練習曲を弾くための技術を果たしてこの練習曲で涵養出来るものなのかどうなのか。その答えを導くのは余りに恐ろしい事態である。

(Tsusei, 28 April 2007)

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