「地球は青かった」
子供の頃、そう東西冷戦時代の真っ只中で、宇宙開発競争がスタートした。
ソビエト崩壊後、その勢いはなくなってしまったが、
今でも宇宙開発は続いている。
ボイジャーやバイキングが見せてくれた新しい世界。
僕らは夢見ている。いつかこの眼で、青い地球を見ることを。
独断解説:組長
第一展示場【月とその彼方】
「月世界」Collection 02
月は、まだ空想の世界だった。
「この10年以内に」Collection 03
どうやって月まで行き帰ってくるのか。本当にそんなことができるのか。冷戦の産物である宇宙開発技術が、衛星軌道上での東西大国の握手を可能とするなどと、この時、誰が想像しただろうか。
「赤いロボット」Collection 04
ルノホート。よく知らないけれど、なんとなく見たことあるような機械である。
ルノホートがどの程度の偉業を成し遂げたのか知らないけれど、SFや子供向けの科学イラストのモデルとなっているのは間違いない。
赤い岩だらけの大地や、冷たい氷の世界を駆け巡るルノホートに良く似たそれは、まだ手の届かない遠い世界を想像させてくれた。
何故にこの形なのか。メカメカした車輪。そして何故かドリル(実はアンテナらしい)。リアルな宇宙開発技術は、結構わかりやすい形だったみたいである。
「ロケットの夏」Collection 05
サターンV型ロケット。それは僕の知っている限り最大のロケットである。
世の中はアポロ一色だった。大阪で開催された万国博覧会は、アメリカ館が物凄い混雑で、誰もがアポロ宇宙船の成果が見たかったし、見たことが自慢だった。
それを成し得たのは、このサターンロケットがあったからこそである。月への一歩を記した映像は白黒だったが、それよりもカラー映像で映されたサターンV型ロケットの打ち上げ映像(解説書の写真)や、成層圏での1段目切り離しの映像が、鮮烈だったのである。
宇宙開発は国際宇宙ステーションの開発に移行し、開発に関わる予算も削減され、このような大掛かりなロケットが必要なくなってしまったように見える。
しかし、火星をはじめとする外惑星への有人飛行の夢は、今も途絶えてはいない。
「ザ・ライト・スタッフ」Collection 07
アポロ13号。トム・ハンクス主演の同名の映画を見た人は多いと思う。
それまで文献で語られていた事故の様子が、手にとるようにわかる映画だったと思う。
人類が月に行って帰ってくるのは、当たり前のことではない。
宇宙開発技術は進歩している。それでも、事故は起こり続けている。昔も今も、そのリスクは変わっていないのだ。
「サイエンス・フィクション」Collection 08
火星には生物がいるのではないか。地球に酷似したその天体に、人類は何を求めていたのだろうか。
だが、このバイキングは、そんな我々の希望を消し去った。
真っ赤な岩だらけの大地と真っ赤な空。SF小説で描かれていた世界に、皮肉にも酷似していた。こんなところに生命など存在するのか。SF小説のように地下にいるのか。
まだ、人類は夢を捨てていないのかもしれない。
「鷲は舞い降りた」Collection X1
1969年7月20日、遂に人類は月に降り立った。
写真のフィギュアは、まさにその瞬間を表現しているようで、熱い思いが蘇る。
指令船はコロンビア、着陸船はイーグルと言い、船長:ニール・アームストロング、指令船パイロット:マイケル・コリンズ、着陸船パイロット:バズ・オルドリンにより成し遂げられた。上記の名言は、最初に月面に降り立ったアームストロング船長の言葉である。
月面での有人飛行探査は、1972年まで続けられ、合計12人の宇宙飛行士が月面に立ち、科学的に重要な成果をもたらした。
依頼、人類は月に立っていない。
その時の偉業のおかげで、今でも月と地球の正確な距離を計測することができる。
「王立科学博物館」の先行としてMONOマガジンに付録。オリジナルのセット構成となっている「アポロ11号」。
「新世界」Collection 01
宇宙コロニー。アニメ「機動戦士ガンダム」で有名になったこのシリンダ型コロニーは、シリンダの円筒面を6分割し、交互に居住区と太陽電池パネルを配置する。
難しいことを考えれば、こんなところに生活することも、そのような環境を実現することも、今は絶対にあり得ない。
重力を感じない世界に、地球上と同じように暮らせる空間は作れないのだ。
仮にアニメのような環境が用意されて生活するに問題が無かったとしよう。僕はそこに住みたいと思うだろうか・・・。
宇宙に行ってみたいとは思う。でも、新鮮な江戸前寿司が食べれなくなるのはイヤだな(笑)。僕は小さい人間である。
「久遠」Collection 02
ボイジャー「航海する者」。1977年、木星および土星を探査する目的で、ロケット「タイタン」により打ち上げられた。先に2号、続いて1号。2つの探査機を打ち上げることも画期的であった。
時は流れ、人々が忘れかけていた1979年、1号が木星に到達。引き続き1980年土星に到達している。先に打ち上げられた2号は、約半年遅れて木星に到達、1981年土星に到達した。
1号はその後、天上への旅に出る。2003年末、太陽系の果てに到達している。
2号は、また記憶から忘れられた1986年、ついに天王星に到達。引き続き海王星に向かい、ついに1989年到達する。
その後2号は太陽を振り返る。歴史に残る、太陽系の全惑星を写した写真を撮影した。
ありきたりのコメントしかできないのがもどかしい。このスペースでは語りきれない功績である。
2号もまた、太陽系の果て「ヘリオポーズ」に向けて航海を続ける。その命の続く限り。
「星都」Collection 03
バイコヌール宇宙基地。東西大国の宇宙開発競争において、最も成功したと言えるロケット「ソユーズ」を打ち上げるための基地である。世界初の有人宇宙ロケットの打ち上げ、世界初の女性宇宙飛行士、そのいずれもこの基地から打ち上げられ、宇宙の歴史をリードし続けて現在に至る。
アメリカのスペースシャトル打ち上げが計画終了となりそうな現在において、国際宇宙ステーションの建設に貢献し続けることは間違いないだろう。
これから先も、ここから始まることに目を向けていよう。
「孤島」Collection 04
人が宇宙空間で生活すること、その凄まじさは想像できない。旧ソビエトの宇宙ステーション「ミール」は、それを現実にしたサバイバルな空間だったに違いない。
長期宇宙滞在における身体機能低下の恐怖。度重なる太陽フレアからのシェルター避難。人が密閉空間で生活するための様々な問題。これらは実際にミールで回避されてきたが、解決していると僕は思わない。
まだまだ、宇宙空間での生活実験は継続する必要があるのだ。
しかし、初期打ち上げモジュールの老朽化のため、2001年に南太平洋へ放棄された。
人が宇宙空間に長期に渡り留まること、それは惑星間有人飛行の可能性だった。
また少しその可能性が遠くなった気がする。子供の頃に夢見た21世紀は、宇宙をもっと近くに想像していたのに。
「侵略」&「異形」 Collection 00 & 06
地球外生命体。その存在は否定できない。我々が存在するからだ。しかし、地球型生命体は地球型惑星にしか存在しないと、僕は思う。
見たこともない、まして存在すらわからない生命体を、勝手に想像するのは人間の面白いところだ。しかも、その想像図は、人間の認識の範囲を越えられないのも、実に面白い。
※白い方は、今回のシークレットアイテムです。
「銀河」 Collection 07
天の川は銀河の断面だと知った時、とても宇宙を近く感じた。
光の速度を学び、恒星の距離も学んだ。
僕らは夜空を見上げながら、過去を見ているのだと認識した。
他の遠い星から見た太陽は、どのくらい前の太陽なんだろう。
そこから見える光の下で、僕らは存在するのだろうか。
「巨神」 Collection 03
初めて木星を探査したパイオニア10号が、2003年最後の通信を終えた。
パイオニアは、木星に輪があることを発見し、木星ガスの複雑な動きを観測して大きな成果を上げたが、打ち上げ前から話題になっていた観測機であった。
そう、地球の位置を示し人間の裸像を記されたプレートが取り付けられているからである。
任務を終え、おうし座アルデバランに向け149光年の旅に出た。冬の夜空、オリオン座の三つ星のならびを右にたどると、赤い明るい星が見つかるはず。そこに向けて漂い続けるパイオニア10号は、果たして地球外生命体に発見されるのか・・・。
1970年代の宇宙開発プロジェクトは、人類の夢も背負っていたのです。
遠い未来でのファーストコンタクト。
その小さな小さな可能性を乗せて、宇宙を漂い続ける。それを見つけるのは、ひょっとしたら技術の進歩した我々かもしれない。それもまた、人類の夢。
「残照」 Collection 05
スカイラブ、「空の実験室」それが名前の由来だったと思う。ここでの実験結果がどれほどのモノなのか、それを語るよりも、その運用自体が全て実験だったように思う。
打ち上げ時には太陽電池パネルを1つ失い、ミッション終了後にも環境を維持し、墜落を如何に制御するか。
それこそが、将来の宇宙開発に向けての成果だったのではないか。
予算削減のため放置され、挙げ句は地球に落下したこのステーションは、まるで失敗作のように語られることが多い。
まだ宇宙ステーションの実現を模索していた時代の早すぎた結末。
「帰郷」 Collection 06
放棄されるミール。それは衛星軌道上の放棄ではなく、大気圏で燃焼させることだった。ミールは一部を太平洋に落下させ、見事に燃焼して消えた。
その様子は世界中で観測され、多くの人々に見守られていた。人々は落下するミールを見て、何を考えだろうか。
陸上に落下する可能性を謳うメディアすらあった。「落ちる」のでなく「落とす」ということを、そのための科学技術がどれだけ高く評価できるかを、理解している人はそぅ多くない。
ダブリあります。