ダックスフォード航空博物館
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写真提供 「くまさん」
機体解説 「先生」

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BAE ハリアーGR.Mk3
世界初の実用VTOL戦闘機、ハリアーです。
最初見たときはシーハリアーだと思ったのですが、機首レドームがとがっていますので、レーザー誘導爆弾測距儀を搭載した、ハリアーGR.Mk3と思います。
巨大なバイパスファンを持つロールスロイス・ペガサスというジェットエンジンを1機搭載した本機の特徴は、回転する4つの推力偏向ノズルで、上昇/飛行全てを制御している点でしょう。
このため、飛行機のクセにお辞儀したりバックも出来るというスグレモノなのですが、速度を出すにはこの方式は不利なようで、本機も亜音速機として定義されています。
旧ソ連のVTOL機”フォージャー”や、最近の米英共同JSFでは、垂直上昇専用のリフトエンジンを搭載していますので、速度を稼ぐならばリフトエンジン方式の方が正解なのでしょうか。


アブロ バルカンMk2
第二次世界大戦後にイギリスが実用化した、戦略ジェット爆撃機です。
巨大なデルタ翼が特徴の本機は、このデルタ翼内に大量の燃料を搭載できるため、航続距離が長いことが特徴になっています。
まぁまだ空中給油というものが確立されていないころの設計ですので、速度と飛行距離を稼ぐ方法としては、巨大なデルタ翼は優れていると思います。
それよりも本機は、空中発射ICBM「スカイボルト」搭載母機として設計されていますので、核抑止力が主目的であったと言った方が良いでしょう。
フォークランド紛争でも活躍した本機ですが、現在は退役済です。


ブラックバーン バッカニアMk2B と BAC・TSR−2
ロイヤル・ネイビーの艦上攻撃機、バッカニアです。Mk2Bでしょうか。
ちなみに後ろの白い機体は、BAC・TSR−2です。
バッカニアは、戦後に開発された亜音速ジェット艦上攻撃機で、超低空飛行能力に優れた機体です。
しかし、海軍在籍時にはその能力を発揮する場面が無く、結局、海軍機が全てRAFに移管された後に、レバノン紛争でその能力を発揮、現在ではトーネードIDSにその任務を託し、全て退役しています。
こう言っては何ですが、イギリスって海軍大国なのに、自前の艦上機には恵まれていないと思います。大戦中はしかり、戦後も主力は米国生まれのファントムUでしたし、ハリアーは成功作とは言え、小柄な機体で用途は限られてしまいますし・・・。
このバッカニアで、ようやく真の艦上機を得たような気もしますが、それもつかの間。せっかく空母発祥国なのに、もったいない気もします。
TSR−2は、RAFのジェット爆撃機キャンベラの後継機として開発された機体です。
スリムな胴体に小さな主翼を見ても分かるように、マッハ2超を目指した「超音速」爆撃機なのですが、長期開発、膨れる予算で計画は打ち切り。かわりにRAFには手前の「亜音速の」バッカニアがあてがわれので、随分不満が出たそうです(笑)
だから一緒に展示されているのでしょうか(笑)


フェアリー ガネットMk2
ターボプロップの艦上対潜/攻撃機、ガネットです。さしずめロイヤル・ネイビー版 スカイレーダーと言ったところでしょうか。Mk2としましたが、自信ないです。
大戦終了時に開発された機体なので、完全なジェット機でないとこが保守的です。
しかしスカイレーダーと違い、動力がターボ・プロップ(ジェットエンジンのタービン出力をプロペラ回転に用いているもの)なのが目新しいです。
しかも二重反転プロペラときたもんだ。ということは、ターボプロップエンジンを胴体内に2基装備しているワケですね。だからこんなに太っちょなのかっ(笑)
けどカタチ的には私は好きです。


ミコヤン・グレビッチ MiG−21”フィッシュベッド”
もう多くを語る必要は無いでしょう。ライセンス生産も含めて計13,000機以上も生産された、ワルシャワ条約機構軍のベストセラー戦闘機です。
マッハ2級を目指して開発された本機は、軸流式のツマンスキーR−25−300ターボジェットを1発装備し、その推力はアフターバーナを使用して7,100Kgに達し、MiG−17の2倍強のパワーを得ることに成功しています。
機首がエアインテイクとなっており、ここに超音速に対処するためのジェットコーンを装着しているため、米軍機のような大掛かりなレドームを装着することができず、したがってレーダー能力においては同時期の米軍機に一歩譲りますが、独特の三角翼に見られる空力設計は決して悪いものではなく、ベトナム戦争では米空軍のF−4ファントムUと死闘を演じました。
Su−27やMiG−29が登場している現在では、さすがに旧式化は隠せませんが、扱いやすく安価な本機は、今後も改良を加えられて旧東側陣営で使用されることでしょう。


ロッキ−ド T−33A
P−80シューティングスターに見えますが、複座のようですので、おそらく練習機型T−33Aではないかと思われます。
P−80シューティングスターは、米陸軍(後の空軍)初の本格的ジェット戦闘機で、第二次世界大戦の末期に登場しました。
直線翼な点でも分かるように、まだ後退翼理論が生かされていない頃の設計で、悪く言えば「レシプロ機をそのままジェットにした」ような設計の機体です。
まぁ基本設計が大戦中のものなので、いたしかたないでしょう。
しかし朝鮮戦争でMig−15と対峙すると、その性能不足が暴露されてしまい、順次第一線から退いていくことになります。
しかし操縦安定性が良かったのでしょうか、複座練習機型は以降も生産が続けられ、世界各国で使用されることになります(日本でもライセンス生産が行われました)。


ジェネラル・ダイナミクス/グラマン F−111
並列複座の可変後退翼機。元々は米空軍が、戦闘/偵察/戦術核攻撃機としてジェネラル・ダイナミクスに開発を発注していた、非常に欲張った性能の機体なのですが、そこへ兵器共通化計画(TFX)の横ヤリが入り、空軍/海軍共通の機体としても開発されました。
海軍機の老舗グラマンも迎えて開発した本機は、出来上がったてみると第二次大戦中の重爆の大きさに匹敵する、巨大なものとなってしまいました。(^-^;)
当然、空母の甲板で運用することも出来ず、結局海軍は本機を見切ってしまいます。
また当の空軍も、大きすぎて機動性に欠ける本機を、少数使用して見切ってしまいます(^-^;)
欲張るとロクなことにならないという、良い見本ですね(笑)
しかし、本機に早々見切りをつけていたグラマンでは、本機のエンジンと可変後退翼等を利用して、かの有名な、F−14”トムキャット”を作っていますし、米空軍でも、本機を戦闘機として使用せず、大型レーザー誘導爆弾”ペイブウェイ”搭載の低空侵攻爆撃機として利用したり、レーダージャマーを搭載した電子戦機EF−111”レイブン”としても蘇生させたりしてます。
本来の目的とまったく異なった点で活躍している、不思議な飛行機です(笑)


マクダネル・ダグラス F−4ファントムII
あまりにも有名な飛行機ですので、多くを語る必要は無いと思います。
ベトナム戦争でも活躍し、アメリカはおろかイギリス、日本の自衛隊等、西側自由陣営で幅広く使用されている、ベストセラーのマッハ2級艦上戦闘機です。
・・・けど実は私、あまりF−4は好きくありません(笑)
たしかにマッハ2はエライと思いますが、それは推力8,119Kgを発揮する、ジェネラルエレクトリック社製J79−GE−17ターボジェットのおかげダケだと思います。なんか「強引に引っ張っている」だけのような気がして・・・(笑)
また、翼に上反角がついているのも、解せません。
後退翼は復元性に優れるので、機動性を重視する戦闘機では、反角をつけないか、逆に下反角をつけて復元性を若干相殺させるものなのですが、F−4の上反角は、外翼だけとはいえ異常です。そういえば何かの本で読んだのですが、F−4は、たえず当て舵をしないと、すぐにひっくりかえるそうです。基本的な安定性が欠如している・・・(笑)
垂直尾翼も背が低いですよね。だからでしょうか、水平尾翼も下げて、矢尻のような格好になっている・・・直進安定性も疑ってしまいます。
しかしカッコイイのは私も認めます(笑)F−4ファンのみなさま、すみません。


ノースアメリカン F−100スーパーセイバー
F−86セイバーの正常進化型です。
朝鮮戦争で活躍した86セイバーは、劣勢で苦しむ米空軍の、文字通り”救世主”となったわけですが、アメリカの飛行機らしく重めの機体で、エンジンの推力も若干足りず、機体性能面においては、ライバルのMig−15の方が上でありました。
それでも朝鮮戦争でMigを蹴散らすことができたのは、ひとえにパイロットの技量のたまものなのですが、このF−100で、やっと性能的にもMigを追い越したと言えます。
86セイバーが量産に着手した頃に開発が開始された機体で、飛行試験時からマッハ1を記録し、その機体設計の優秀さを実証します。
そして本機以降の100番台の飛行機、いわゆる「センチュリー・シリーズ」は、超音速への道を突き進むことになるわけですが、私はこのセンチュリー・シリーズの最初の機体、F−100が一番、戦闘機らしくて良いと思っています。


サーブ J35 ドラケン
スイスのような「永世中立国」という言葉の響きに、ロマンを求める人も少なくないかもしれません。しかし国際社会というのは弱肉強食の世界です。いかなる国からの援助も期待できない”中立”という立場を貫くには、並大抵の苦労ではありません。
スウェーデンもこうした中立国の一つですが、中立国の一番の問題は「国防」という点。
極端な話、NATOやワルシャワ条約等、周辺諸国の軍事援助を期待できない以上、「周囲の国はすべて仮想敵」と見ないと、国防がなりたたないのです。
スウェーデンのスゴイ所は、こうした状況を鑑みて、自前で大国に負けない戦闘機を開発してしまった点。これは飛行機好きには萌える要素満載です(笑)。
ドラケンは、こうした機体の一番手なのですが、高速道路利用を考慮したSTOL性能、各電子装備のモジュール化による整備時間簡略等、より実戦的な設計思想が取り入れられています。
迎撃戦闘機としてはピカ一だったそうです。


ボーイング B−17G フライング・フォートレス
RAF博物館の方でも紹介しています、大戦中の米陸軍を代表する、大型4発重爆撃機です。
ライト・サイクロンR−1820−97空冷星形9気筒1,200hpのエンジンを4機搭載し、最高速度は462km/h、爆弾搭載量は8トン近くにも達し、12.7mm機銃12丁の重武装、零戦の20mm機関銃弾にも耐える重装甲(主にエンジンまわり)、長大な航続距離、良好な高空性能等、同時代のドイツ、日本にはマネの出来ようがない、高性能な爆撃機です。
私はB−29なんかより、本機の方が傑作爆撃機のように思えるのですが、そのワケはB−29の項で述べることにしまして、本機の唯一気に入らない点を一つ。
爆弾倉の開閉扉が、いくらなんでも大きすぎますね。アメリカ的合理主義かもしれませんが、単純な開き下げでは、空気抵抗増加の何者でもありません。機体サイズに余裕があるのですから、もう少しなんとかならなかったのでしょうか(笑)


ダグラス C−47スカイトレイン輸送機
大戦中の米陸軍、いや連合軍を代表する傑作輸送機。
連合軍を勝利に導いた三種の神器、「ジープ」「バズーカ」「C−47」と言わしめるほど大戦全期間を通じて活躍しました。
ダグラス社の民間機DC−3を軍用に徴用したもので、輸送機である以上、性能うんぬんを述べるものではないでしょう、大量生産向きで扱いやすく、信頼性も高い本機は、あろうことか敵国であるハズの日本でも「零式輸送機」の名でライセンス生産されていました。
戦争映画の空挺作戦というと、かならず登場する本機です。マーケット・ガーデン作戦を描いた映画「遠すぎた橋」での、空挺グライダーを曳航して大編隊で飛行するシーンが印象的です。この写真の機体も、映画で使用されたものではないでしょうか。


リパブリック P−47サンダーボルト戦闘機
リパブリック社、後のフェアチャイルド社が開発した、大戦中の大型戦闘機で、総生産機数3,0000機以上は、P−51、P−40を押さえて、大戦中のアメリカ機ナンバーワン生産数を誇ります。
排気タービン加給機(いわゆるターボ)を備えたプラット&ホイットニー R−2800ダブルワスプエンジンは、実に2,540hpに達するバケモノのようなエンジンで、本機はまず「このエンジンありき」つまりエンジンに合わせて機体設計を進められた珍しい飛行機です。
胴体下に排気タービンを装備し、長い配管の間にインタークーラーを装着する等、豪華な設計で、このために巨体となったと言っても過言ではありません。
最初に本機の写真を見た日本軍パイロットは、「こんなトラックみたいな飛行機で空戦できるか!」と馬鹿にしたらしいですが、排気タービンにより10,000メートルの高空性能が良好で、頑丈で急降下速度に優れた本機に、日本機は次第に圧倒されていくことになります。
特に対日戦専用のP−47Nにいたっては、緊急出力2,800hp、757km/hの快速を誇り、これでは逆立ちしても日本機が太刀打ちできるワケがありません。
私にとってはグラマンF6F以上に腹立たしい飛行機であります(笑)


ノースアメリカン B−25Jミッチェル爆撃機
大戦中の米陸軍の中型爆撃機で、性能的には凡庸ですが、有名な機体です。
何が有名かというと、東京初空襲を敢行した機体だからであります。
映画「ミッドウェー」の冒頭シーンとか、最近では映画「パールハーバー」のラストでも描かれている通り、陸上爆撃機を空母から発艦させて東京爆撃を行うという、無茶な作戦なのですが、防弾板や機銃を撤去してでも軽量化して、発艦を可能とさせたようです。
尾部機銃なんて「モップの柄」を使ったダミーだったらしいです。泣けますね(笑)
しかし日本の警戒船に見つかり、予定発艦地点より前で全機発進を行ったため、日本を抜けてぎりぎり中国大陸に到達した機体も、燃料が無くて不時着大破が相次ぎ、6名の搭乗員を失ったそうです。
肝心の東京空襲は、16機の500ポンド爆弾ではたかがしれており、大した被害は受けませんでしたが、このことが日本海軍のミッドウェー&アリューシャン両面攻略作戦を生み出し、ひいては日本機動部隊4空母壊滅につながるのですから、戦略的な殊勲機と言えると思います。


グラマン TBFアベンジャー艦上攻撃機
旧式化したダグラスTBDデバステーター雷撃機に変わる機体として、米海軍が採用した機体。
日本海軍の真珠湾攻撃以降に生産が開始されたため、”アベンジャー(復讐者)”というニックネームが付けられました。
年代的には日本海軍の艦上攻撃機「天山」と同時期の機体で、性能面では「天山」の方が優位でしたが、開発にもたつく「天山」とは対照的に、急速生産でミッドウェー海戦時には既に実戦参加しており、兵器としての優秀性とアメリカ工業力の底力を、まざまざと見せつけました。
そのデビュー戦のミッドウェー海戦では、ほぼ全滅の憂き目に合う散々な結果に終わりましたが、その後順調に活躍を続け、沖縄戦では戦艦「大和」撃沈の功を立てる等、”アベンジャー”の名に恥じない活躍をしました。
日本海軍水上艦艇にとっては厄病神のような本機ですが、戦後は自衛隊の哨戒機としても採用されています。


ボーイング B−29スーパーフォートレス爆撃機
我々日本人にとっては忘れることが出来ない、いや、忘れてはいけない飛行機です。
昭和20年3月10日の東京大空襲を皮切とした無差別都市爆撃、「エノラ・ゲイ」「ボックス・カー」による広島、長崎原子爆弾投下等、心情的に許せないものがあります。
機体そのものは、1938年に既にB−17の後継機として開発がスタートしています。
排気タービン加給機を装備したライト「サイクロン」R−3350エンジンを搭載した4発大型機で、B−17より高速重武装、長距離侵攻を狙い、10,000mの高空飛行を可能とするため、与圧キャビンまで備えた豪華なもので、これはもう工業超大国であるアメリカにしか開発できないような、豪華な機体となってます。
と、こう書けば完璧な爆撃機のように思えますが、実際には意外とエンジン周りの故障も多く、機体にも若干の欠陥があったようです。事実、日本本土空襲で失われたB−29も、その大半が故障による海面不時着によるもので、マリアナから鼻歌交じりで日本爆撃というわけにはいかなかったようです。
動力銃座についても、与圧キャビンの関係からリモコン遠隔操作方式となってますが、これも命中精度については疑問が持たれます。10,000mまでヨタヨタで上がって来る日本機には有効だったかもしれませんが、だいたい10,000mからの高空で精密な軍需施設の爆撃など行えるワケもなく、末期には中高度、または夜間低空爆撃に戦術が変更されています。これでは与圧キャビン、リモコン銃座は「無意味」ではないでしょうか?
日本に対抗しうる戦闘機が十分に無かったため縦横無尽に暴れまくりましたが、私には欲張りすぎで金食い虫の「実験機」のように思えてなりません。


デ・ハビランド DH98モスキート戦闘爆撃機
RAF博物館でも紹介しました、全木製のモスキートです。
詳細はRAF博物館の方でも書きましたが、いろいろ調べてみると、このモスキートも随分難産だったのですね。
なんせ全木製でしかも非武装、非武装だから武器は「高速」しか無いのですが、それも当時主力戦闘機の「スピットファイアより速い!」爆撃機だというのですから、RAFの誰もが信じなかったのもうなづけます(笑)
けど結局、このモスキートが祖国の空をドイツから守るのに大活躍するのですから、RAFの反対を押し切って開発したのは間違いじゃなかったのです。
デ・ハビランドも溜飲を下げたことでしょう。


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