ダックスフォード航空博物館
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写真提供 「くまさん」
機体解説 「先生」

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スピットファイア3枚とホーカーハリケーンとメッサーシュミットBf109E
イギリスのダックスフォード博物館の写真です。
こちらも、RAF博物館に負けず劣らずの展示内容です。いつも写真を提供していただいている、くまさんには感謝感激です。
ということで、とりあえずスピットファイアとハリケーンについては、RAFの方でも書いていますので、こちらの解説は割愛させていただきます。
メッサーシュミットBf109Eについても同様・・・と、思いましたが、こちらのメッサーは撃墜されているのですね(笑)さすが大英帝国。
なにか解説が書かれている模様なので、意味ありな機体なのでしょうか?
傍らに立っている英軍兵士の人形も、気になりますね。
やはりこういう所は、一度実際に行って見てみないといけませんね(笑)


グロスター ミーティア戦闘機
第二次世界大戦では、レシプロに変わる新しい動力として、ジェットエンジンが生まれましたが、このジェットエンジン。ドイツの十八番というわけではありません。
ただドイツが先行していただけの話で、イギリスにおいても研究開発されていました。
このミーティアは、そのイギリスが生んだ連合軍初のジェット戦闘機です。
ドイツのメッサーシュミットMe262同様、双発のエンジンポッド装備形式をとっていますが、これもMe262と同じ理由によるものです。つまり、当時のジェットエンジンは、まだ出力が不十分だったので、1基では性能が得られないこと。また、耐久性も不十分なため、エンジンポッド装備で交換を容易にしたためです。
戦争末期に実戦参加し、ドーバーを飛来するV−1ミサイル迎撃に活躍したそうです。


グラマン F4Fワイルドキャット艦上戦闘機
米海軍初期の主力艦上戦闘機で、私の好きな戦闘機の一つでもあります。
米海軍の次期艦上戦闘機競争試作で、一度はブリュースターのF2バッファローに負けたのですが、米海軍は本機に可能性を見出しており、再度チャンスを与えられ、正式機の座を奪い返すという経歴を持ちます。
米海軍に「先見の明あり」と言ったところでしょう。なにせ太平洋戦争が勃発してみると、バッファローでは全く零戦に太刀打ちすることができず、唯一、本機ダケが零戦に対抗しうる戦闘機となっていたからです。
それでも速度、上昇力、旋回運動性で零戦に劣る本機は、零戦に勝る点、頑丈な機体と急降下速度、火力を生かし、苦戦を強いられつつ善戦しています。
後継機F6Fヘルキャットが登場してからも、自動車メーカーのGM社でFM−1として量産が続けられ、小型の護衛空母で運用されています。


フェアリー ファイアフライ
たぶん単発複座艦上戦闘機のファイアフライだと思うのですが、ファイアフライってアゴにラジエターが付いていたでしょうか?改良型グリフォンエンジン搭載型が、機首ラジエターになったそうなので、おそらくファイアフライで正解だとは思います。
大戦末期には日本本土攻撃にも出現したそうです。それにしてもなんで複座なんでしょう?
やはり艦上機設計というものが、いまいち分かっていなかった証拠だと思います。
歴史にIFは無いですが、もしインド洋配備の空母を小型のハーミズなんかにせず、装甲空母インドミタブルを派遣しており、一度でも良いから無敵南雲機動部隊の零戦と死闘を経験していれば、このような用途が不明確な戦闘機を作ることもなかったでしょうに(笑)
イギリス機ファンのみなさま、スミマセンっ。


グラマン F7F−3タイガーキャット艦上戦闘機
当時、米海軍が計画していた、大型装甲空母「ミッドウェー」に搭載する双発艦上戦闘機として開発された機体です。
空力的に洗礼されたスマートなボディに、P&W「ダブルワスプ」の2,000hp級エンジンを2機搭載し、最高速度700km/hを狙う等、かなり高性能を狙った機体なのですが、その後の世界の双発戦闘機の流れを考えてみますと、おそらくそれほど活躍できなかったのではないか?と思います。
太平洋戦争勃発時点では、まだ空母「ミッドウェー」も出来ておらず、就役しているヨークタウン級空母等では、本機は「デカすぎる」として、最初は米海兵隊にまわされることになりましたが、250機ほど就役した時点で終戦。結局、大して活躍もしないうちに終わってしまいました。
でもおそらく海兵隊にしても、F4Uコルセア戦闘機の方が、扱いやすかったことだろうと思います。


ダグラス AD−1スカイレーダー
大戦中、急降下爆撃機と雷撃機の性能差が少なくなったため、両方の任務を1機種で行えるよう一元化の構想が、海軍大国であった日本とアメリカで湧き上がりました。
日本海軍は愛知航空機が開発した艦上攻撃機「流星」で、なんとか実用化はしたものの、量産が進まないうちに終戦を迎えました。
アメリカはダグラスSB2Dデストロイヤーを生み出しましたが、本機は重量が過大となり運動性が悪く、とても使用できるものではありませんでした。
このデストロイヤーの設計を改め、単座の雷爆撃機として開発されたのが、スカイレーダーです。
結局このスカイレーダーも大戦には間に合わなかったのですが、頑丈で運動性に優れ、大量の爆装が出来る本機は、ジェットの時代となった朝鮮戦争、ベトナム戦争でも対地攻撃に使用されました。レシプロ艦上攻撃機の最終形態と言ったところでしょうか。


FAMA IA58プカラ
この機体は、私はよく知らないのですが、いろいろ調べてみたところ、アルゼンチンで開発されたコイン機だそうです。
フォークランド紛争でも使用されたそうですが、なんと全滅の憂き目にあったそうです。
そりゃコイン機でシーハリアー相手にケンカを売るのは、いささか無理があるというものです。
アルゼンチン軍はミラージュVを所有していたのですから、どうしてコイン機なんか持ち出したのでしょうか。フォークランド諸島の上陸作戦にでも使用したのでしょうか。
練習機利用のコイン機と違い、装甲板や防弾ガラスを装備していたそうですから、易々とイギリスの地上軍に全部落とされたとは思えません。やはり地上攻撃時にシーハリアーに襲われたのでしょうかね(^-^;)


ミル Mi−24D ”ハインドD”
旧ソ連を代表する攻撃型ヘリコプターで、輸送ヘリであるMi−8をベースに開発された機体。
輸送ヘリがベースであるため、後部キャビンに兵員を載せることが出来るのが特徴になっており、このため、同じ攻撃型ヘリである米陸軍のAH−1コブラ、AH−64アパッチに比べてかなり大型な機体となっています。
これは対戦車戦では大柄で不利かもしれませんが、特殊部隊を乗せた前線強襲等には効果的かもしれません。
NATOコードネーム”ハインド”と呼ばれるこのヘリには、2種類の顔があります。
すなわち、C型までの並列複座コクピットと、D型以降のタンデム複座コクピットです。
ハセガワの模型では両方キット化されていますが、やはりハインドと言えば、このタンデム複座コクピットが一番かっこいいですね。


デ・ハビランド ヴェノム
最初この写真を見たときは、「バンパイア」だと思ったのですが、どうも「ヴェノム」だそうです。
「ご隠居X」様から指摘を頂きました。大変感謝です。
バンパイアは大戦終了直後にRAFが実戦配備したジェット戦闘機です。
ヴェノムはこのバンパイアの後継機で、主翼を後退翼にしているのが特徴です。
どちらもエンジンは単発で、P−38ライトニングのような双胴形式をとっています。
エンジンが単発ですと、エンジンは胴体内に収めるしかなくなるのですが、そうするとどのように吸排気するかが問題となります。
バンパイア系は両主翼付け根から吸気し、胴体後部から排気し。この排気を避けるために双胴形式にしたものと思われます。
まぁこれですと機首の自由度が増しますし、正面面積が小さくなる利点もありますが、吸気効率が疑問です。やはり86セイバーやMigの機首インテイクが正解ではないでしょうか。


ミコヤン・グレビッチ MiG−17”フレスコ”
MiG−17は、MiG−15の改良発展型です。
MiG−15のエンジンにアフターバーナーを装着したクリモフVK−1Fを搭載し、パワーアップを図った本機は、ベトナム戦争でMiG−21と共に活躍しました。
余談ですが、このクリモフVK−1というジェットエンジンは、イギリスのロールスロイス”ニーン”遠心式ターボジェットエンジンをコピー生産したものです。
「ジェットエンジン」と言われて、通常みなさんがイメージするものは、巨大なファンと圧縮機のフィンが沢山ついた、いわゆる現在主流の「軸流式ターボジェット」なのですが、「遠心式ターボジェット」とは、乱暴に言うと「車についてる”ターボ”をジェットエンジンにしたようなモノ」で、構造が簡素、信頼性が高いという特徴があり、初期のジェットエンジンにはよく用いられていました。
しかし圧縮/排気が一連の流れにならないので、軸流式に比べて効率が悪く、なによりエンジン径が大きくなる欠点があります。初期のイギリスやソビエトのジェット機が、ぽっちゃりしているのは、この遠心式ジェットを用いているためです。


ミコヤン・グレビッチ MiG−15”ファゴット”
写真の機体は、操縦訓練用のMIG−15UTIと思われます。
MiG−15は朝鮮戦争当時の旧ソビエトを代表するジェット戦闘機です。
強い後退角のついた主翼に整流板が付いているのが特徴で、これは気流剥離による翼端失速を防ぐ目的で取り付けられています。
第二次世界大戦の勝利によって、ドイツから得た技術を使い完成させたと言われるだけあって、その外観は、ドイツが計画したフォッケウルフTa183”フッケバイン”にそっくりです。
朝鮮戦争では「ミグ回廊」と恐れられた警戒空域を生み出すほど活躍した本機ですが、事実、朝鮮戦争の初期、米空軍が使用していたレシプロのP−51、ジェットのP−80では、このMiG−15に太刀打ちすることができず、米空軍の制空権の奪取は、”F−86セイバー”の登場まで待たされることになります。


グラマン F6F−5Nヘルキャット
「宿敵グラマン」の言葉に代表される、大戦中の米海軍を代表する艦上戦闘機です。
チャンス・ボート社の野心作である、2,000hp級艦上戦闘機コルセアの開発が失敗したときの「保険機」として開発された本機は、F4Fワイルド・キャットを単純に2,000hp級に拡大した機体であったと言っても過言ではないと思います。
しかし、その堅実な設計が成功を及ぼし、開発にもたつくコルセアを尻目に急速生産され、文字通り米海軍の主力戦闘機となりました。
大柄な機体で運動性が悪いように思えますが、巨大な主翼と大馬力のエンジンのおかげで、上昇性能については零戦に匹敵していたようです。加えて「グラマン鉄工所」の異名通りの頑丈な機体、重武装ですから、零戦にとってはまさに宿敵、かなり落としにくい相手だったようです。
太平洋を席巻した本機ですが、大戦終了後は急速に退役し、コルセアのように朝鮮戦争で使用されることはなかったそうです。これも保険機の宿命なのでしょうか。


ノースアメリカン T−28トロージャン
おそらくトロージャンではないかと思います。米空軍のレシプロ練習機です。
P−51マスタングを生んだノースアメリカン社の機体なので、「貧者のマスタング」というあだ名もあります。えらい言われようですね(^-^;)
練習機なのですが、コイン機としても使用されています。
コイン機というのは、「お手軽に使える対地支援攻撃機」とでも言いましょうか、対ゲリラ戦向きの機体です。こうした用途には、高価なジェット攻撃機などを使用しなくても十分なため、ある程度運動性に優れている練習機が多様されたようです。
大戦中、日本陸軍では、九八式直協というコイン機の走りを生み出しているぐらいですから、戦術的には必須な機体なのでしょう。


ベルP−63Aキングコブラ
ベル社の野心作、P−39エアラコブラは、エンジンをミッドシップにした異色の戦闘機でしたが、実際の性能がカタログスペックに全く達せず、多くの発注がキャンセルされました。
P−63は、これの名誉を挽回すべく、主翼にP−51と同様の層流翼を用い、エンジンも馬力アップして、性能向上を果たした機体です。
先のP−39の失敗の原因は、私は全てエンジンにあると思っています。
搭載していたアリソンというエンジンは、当時のアメリカを代表する液冷V型12気筒エンジンですが、お世辞にも高性能とは言えず、特に一段一速加給機(こう書いた場合は、車のスーパーチャージャーをイメージしましょう)では高空性能は望めません。
液冷エンジンは工業大国アメリカが苦手とする分野なんですね。
P−63では二段二速加給機のアリソンV−1710−93を搭載していますが、P−51と同じ、パッカード・マーリンの方が良かったのでは・・・・(笑)
米陸軍には見放され、敵国日本からは「かつおぶし」と馬鹿にされ、良いとこの無い本機ですが、旧ソ連からは、37mm機関砲を利用した対地攻撃機としてもてはやされたことが唯一の救いですね。


おしまい

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