交遊閑語

文芸評論家森川達也さん逝く




 5月15日の夕刊に、文芸評論家の森川達也さんの訃報が伝えられていた。今月の5日のことで83歳だったとある。森川さんの奥さんは2003年4月24日に亡くなった作家の三枝和子さんである。

 私が通信社の文化部で文芸を担当したのはもう34年も前のことであるが、その時、森川さんはわが通信社が配信していた「文芸時評」の筆者であった。月1回の署名記事で、私が森川さんを担当した。森川さんも三枝さんも兵庫県の人で、私も同じ兵庫県だからずいぶん親しく付き合っていただいた。森川さんは下戸なので、三枝さんと飲むことも多かった。

 森川さんは、兵庫県加東郡滝野町(今の加東市)の光明寺という「太平記」にも出てくる真言宗の古刹の住職であった。現役の僧侶である。だが、彼の文芸評論家としての傾向は仏教的なものとはかなり離れた「反リアリズム」の前衛的な文学に関心があったようだった。埴谷雄高、島尾敏雄、安部公房、倉橋由美子といった作家の前衛性などについて論じていた。晩年は宗教と文学の関係などに関心が向かっていったようだった。

 森川さんの寺に遊びに行ったことがある。ちょうど5月の新緑のころだった。詩人の清水昶さん、私の会社の同僚で、私の前任者である松井秀三さんと西明石から車で北へ1時間ほどの光明寺を訪ねたのである。こんもりとした小高い丘の上は鬱蒼とした森に囲まれており、そこに古色を帯びた寺がどっしりとしたたたずまいで建っていた。

 本堂の戸を開け放つと、初夏の涼風が吹き抜ける。そこで酒盛りをすることになったのである。無名時代の作家、車谷長吉さんが姫路に帰っていた時で、彼を呼ぼうということになり、電話するとまもなくやって来た。酒盛りには三枝和子さんも加わって楽しく盛り上がった。三枝さんは光明寺の大黒さんでもあったのである。

 私が文芸担当を外れてからは、三枝さんも一時、わが社の文芸時評を執筆された。その三枝さんも今はなく、夫君の森川さんも逝った。知己を得た人たちがどんどん消えていく。 (2006/05/15)

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Last Update:2006/05/15
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