島尾敏雄さん、ミホさんのこと
ある“再会” 渡瀬夏彦さん
今日はじつにうれしい日であった。3月の半ばにノンフィクション作家の渡瀬夏彦さんからメールがあった。そのメールには「かつて与那国島サトウキビ刈り援農隊に参加した者です」とあり、以来、沖縄に関心を抱き続け、自分と与那国や沖縄とのかかわりを振り返る作業をしているなかで、拙著を読み、一度会いたいとあった。4月から居を沖縄に移すので、その前に会いたいというのである。名前を見て、すぐに思い出した。1979年の援農隊の隊員たちが現地で出したガリ版刷りの文集に、当時19歳の彼が感想を寄せていて、その文章があまりにすばらしくて、拙著の中で紹介させてもらったのである。そのことが私の頭にずっと残っていたので、すぐに会いたいと思った。
私は、彼にはすでに会ったように思い込んでいたが、じつは今日が初対面だと彼に指摘された。彼の19歳の時の文章があまりに印象深く、てっきり19歳の彼と会ったと思い込んでいたのだ。
午後、池袋で待ち合わせて、5時間ばかり話した。楽しく快い時間だった。渡瀬さんは、18歳の高校3年生で援農に参加したという。富山の足立原貫さんが呼びかけた、山の下草刈りをする「草刈り十字軍」に参加して、そこでやはり第1回援農隊に参加した羽太さんと知り合い、彼に教えられて援農隊に参加したのだそうだ。羽太さんにももう30年会っていないが、優しそうな風貌の美青年だった彼についても印象に深く残っている。
渡瀬さんは、大学を出た後、フリーライターとして書き始め、1992年、『銀の夢 オグリキャップに賭けた人々』で第14回講談社ノンフィクション賞を受賞した。この賞はノンフィクション部門の大きな賞である。私は競馬には詳しくないので、オグリキャップの名を知っている程度だが、援農隊参加者の中から、こんな大きな賞を受賞したライターが出ていたとはうれしい限りだ。本をいただいたのでぜひ読んでみたい。
彼はスポーツ関係のライターとして活躍していて、ボクシングなど沖縄のスポーツについても書いている。スポーツを扱っていても沖縄とのかかわりが続いているのは、その原点に与那国島でのキビ刈り体験があるからだろう。そして、今度は居をも沖縄に移して沖縄を書き続けたいという。
今自立をめざして動き始めた与那国島の話をすると、これにも大いに関心を示してくれて、自分のできることはやりたいと言ってくれた。新しい同志ができたような思いになった。(2006/03/26)
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Last Update:2006/03/26
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