沖縄・与那国島サトウキビ刈り援農隊
島の振興に貢献する援農隊 木島登(第24回援農隊員)
与那国町農協が募集した援農隊の入隊式が去る一月十八日、同組合の製糖工場内で行われ製糖操業が本格的にスタートしました。
崎原組合長の歓迎のあいさつや前浜盛工場長の激励、作業上の注意などに、隊員たちは長旅の疲れも見せず決意を新たにしていました。
援農隊は各農家に分宿してサトウキビの刈り取りに従事している者と、島内の民宿などに合宿して製糖に従事している者の二手に分けられています。特に製糖の方は、昨年期を上回る五千八百トンの砂糖生産を目標に、昼夜二交代のフル操業で三月五日までの長丁場に挑戦しています。
今年期の援農隊の総数は昨年より三十五人増の百人で、うち女性が十九人います。出身地はほとんどが北海道で、若干の他県人と地元の人が含まれています。隊員の年齢は十八歳から六十九歳におよび、職業は農業、漁業、製造建築、フリーター、家事手伝い、学生などと多岐にわたり、参加の目的もさまざまで、中には親の負担を少なくしたいと結婚資金が目的で参加しているけなげな若い女性もいます。また、四、五年連続して参加している隊員も少なからずいて、関係者からの信望も厚く、リーダーとして責任ある立場で活躍しています。
隊員たちの初日の宿舎からは、修学旅行かクラブ合宿さながらに深夜まで歓声がもれ聞こえていました。この中から島に対する思いとし、氷点下の札幌と二十数度の島の気温差に戸惑い、ハブとカラスはいないと知って安心し、大物を狙って釣りざおを持ち込んだ等々とともに、地元民は口が重くて初対面者には近寄り難いとの声もあり、島の事情を知り交流を少しでも深めて帰りたいというのが隊員の共通する意見でした。
同時に隊員の心の中には、島内の重要産業に援農隊として従事して、島の振興と経済にいささかでも貢献しているという誇りと自負の念を持っていることを知りました。そして島の農業所得の四〇%がサトウキビに依存しているという事実を知って、農業の方々の苦労の結晶である砂糖のひとかけらでも粗末にしてはならないとみんなで心掛けているのです。
しかし、関係者は別として、沖縄県民の多くが隊員のこのような思いはもちろん、長年続いている援農隊の存在そのものすら知っていない実態を残念に思うのです。
県民の皆さん、特に与那国町の皆さん、援農隊は通り一遍の観光旅行者ではありません。この季節、島内で見なれない顔に出会ったらそれは多くの場合援農隊員です。気やすく声をかけてほしいものです。家族や友人から遠く、しかも長期間離れ不自由な生活をしている隊員にとっては皆さんの笑顔と一声が何よりの励みとなり救われる思いもするのです。
以上、全隊員の思いを集約したのではありませんが、その心意気の少しでも代弁したくあえて拙文を披露することにしました。
(与那国町・ホテルはいどなん内) 「琉球新報」1999年2月9日(火)朝刊「読者の声」欄
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Last Update:2003/11/13
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