沖縄・与那国島サトウキビ刈り援農隊
沖縄・与那国島紀行 2006年1-2月 その1
2006年1月29日(日)
1月末から沖縄・与那国島に行った。例年なら、援農隊が島に渡るのに同行するのだが、今年は大学の授業と重なって同行できなかった。与那国島の今年の製糖は1月19日に刈り取り作業が始まり、20日に製糖工場が操業を開始した。援農隊は17日に41人が札幌を出発して、同日は石垣島に一泊、18日に与那国島に着いた。すでに工場や畑で援農隊はきびしい仕事に就いていた。
製糖工場は毎年の操業が終わると、9ヵ月間閉鎖される。操業開始前に試運転して機械を検査するのだが、実際にサトウキビ原料が搬入されて、工場の操業が始まっても、思わぬ機械トラブルが発生したりする。順調に動き出すまでに何日かかかる。また、援農隊員の中には、きびしい仕事についていけなかったりする人もたまにいる。それで私は様子を見に行くのである。
与那国島には毎年、北海道で私たちが募集した援農隊のほかに、本土各地から口コミで知った人たちも働きにやって来る。そういう人たちの中にも毎年続けて来る人もいて、もう顔なじみになっている。
今年は操業が始まって3日後に黒糖製品が初めて出てきた。私が島に入ったのは29日。空港から直接、製糖工場に行くと、工場の庭にはうず高いサトウキビの山ができていた。3、4日分の原料である。小さなトラブルが相次いで、ときどき機械が停まるからである。そのために畑の刈り取りは部分的にストップしているとのことだった。この時点では工場は順調に動き始めていたので一安心ではあったが。
島に入った日は、早朝羽田発の石垣島直行便を利用した。前夜は羽田空港近くのビジネスホテルに前泊した。東京はたいそう寒かったが、10時半に石垣島に着くと、雨ではあったが、相当蒸し暑い。午前の与那国島行きには間に合わず、午後の便にした。それまで時間があったので、石垣島平得の東田盛さんに連絡すると、空港まで迎えに来てくれた。
東田盛さんは県農協経済連に勤めていた。31年前の第1回援農隊のときに、与那国町農協が破綻し、製糖操業を経済連が肩代わりしたときに、県経済連から派遣されて、農協再建と製糖事業の指揮を執った人である。そのとき私は33歳、東田盛さんは36歳だった。初めての援農隊で、当時は島の方でもどう対応してよいのか、お互い理解が十分ではなかった。それで私たちと東田盛さんの間で意見が対立し、やり合うこともしばしばであった。しかし、それも今では懐かしい思い出である。1年前に私が出版した援農隊の本を送ったら、当時のことが生々しく思い出されて、その感動を電話で伝えてくれたこともあった。
与那国側の援農隊の生みの親が、当時の組合長や町長であったら、援農隊の受け入れ基盤を築いたのは東田盛さんであるといえるだろう。彼は与那国島には3年ほどいて、那覇に戻り、その後、経済連東京事務所長をした後、経済連で幹部に昇進して、数年前に退職した。いまは郷里の石垣島で牛や馬を飼育している。彼に牧場を見せてもらい、石垣島の和牛のせり市場などを案内してもらった。
1日のせり数は1500頭にのぼるという。与那国島からも月に1回、50頭をフェリーで運んで出品している。今年の初セリは、米国からの牛肉禁輸が解除された直後だったので、せり価格が下がるのではないかと心配していたのだが、むしろ去年よりさらに値が上がって、畜産農家は大喜びだという。八重山諸島は近年、畜産がたいへん盛んだ。黒島では数百人の人口に対し牛は3500頭。ここは独自にせり市場を持っている。与那国島は2600頭。石垣島を中心にした八重山諸島が供給している和牛は沖縄県全体の40%を超えているそうだ。
与那国島の場合、3年前までは子牛の値段は石垣島や黒島の牛に比べてたいへん安かった。子牛は生後7、8ヵ月でせりに出すのだが、以前は1頭10万円前後だった。それが米国のBSEで輸入が禁止された後の1昨年の初せりで高いもので30万円台と値を上げ始め、昨年は50万円台のものも出た。そして今年の与那国産子牛の最高値は60万円を超えたというのである。
与那国島での和牛の飼育は援農隊が始まった30年前頃から行われるようになった。しかし、絶海の孤島で潮風がひどく、塩害でよい牧草が育たないということで、最初はなかなかよい子牛を育てることができなかった。最近は干草や飼料などの改善が進んで、順調に子牛が育つようになってきたのである。サトウキビの葉や穂先も飼料になる。かつては与那国島でもせりを行っていたが、数年前に閉鎖され、石垣島に運んでセリにかけることになった。フェリーの運賃がかかるので不利ではないかということもあったが、今では運賃をかけてもペイするところまできたのはうれしいことである。
このため、近年では島を出た若者がUターンして戻ってきて畜産を始める人が出てきた。これも島にとってはうれしいことである。だが、Uターンで島に戻っても本格的にサトウキビ栽培を始める人はほとんどいない。それほど牛に傾斜しているのだ。和牛の価格と米国牛肉禁輸との間にどのような相関関係があるのかよくわからないが、和牛の将来性はどう見られているだろうかということが、ちょっと心配である。
日本の牛肉消費量は93万トン(2002年)で、このうち国産牛は40%。60%が輸入で、このうちオーストラリアからが29%、米国からが27%である。米国のBSEの影響で国産牛への需要が高まっていることは明らかである。
石垣島のせりには西日本各地からバイヤーが集まる。三重県、滋賀県、広島県などのほか九州各県が多いという。買われていった子牛はこれら各地で肥育されて、それぞれの地のブランドで市場に出て行く。こういう状況に対して、地元で肥育して解体し、最終製品として出荷できないかという考えも出てきている。
(続きへ)
感想などをメールでいただければうれしいです。メールは
こちら
まで。
Last Update:2006/01/29
©2003 Masayuki Fujino. All rights reserved.