沖縄・与那国島サトウキビ刈り援農隊
南南西に進路をとれ 1976与那国島サトウキビ刈り援農報告記 その14
フリープレス「与那国」から
与那国 Vol.1 1976.2創刊
暇乞いと思むて 持ちゃる盃や
目涙泡盛らし 飲みぬらん
−与那国しょんかね節−
"援農"に参加した動機と自己紹介
○…持ち前の好奇心によって。そのためかいまだに職業不定。数年前から毎年北海道の牧場のお手伝いに行っているので、どうも北海道と沖縄を行ったり来たりという事になりそう。
旅が好きだけれど性格的にもっぱら一人旅。今回大勢の同行者の中で何かととまどっているというのが本音。またと無い事として多分忘れませんでしょう。(M・U)
○…いろんな所から、いろんな人が集まり、キビ刈りを援助する事に、いろんな意味があり面白いと思う。また、いろんな経験を積みたい。
自分は、前途に満ちた希望ある青年という事。(K・O)
○…農学部に在籍しながら何をやってよいかわからないという状態の時に、募集広告を面白半分に見て、とにかく動いてみようということから。沖縄の人、特におじいちゃん、おばあちゃんの話をききたい。
趣味…音楽(ギター・バンジョー・ハモニカ)、詩・童話を書く事。子供と遊ぶこと。ス ポーツ(サッカーを八年間やってきた)
自己分析…精神不安定な人間(T・O)
○…失業中にタイミングよく出合ったのが参加の大きなキッカケになったのは確かだが、やはり、今までと異なる経験への興味が、ここまで引っ張ってきたのかとも思う。東京では前職(マスコミ関係)の中から消えかかった充実感が、サトウキビ畑でチラッとでも味わえたら、それで結構。(K・W)
○…何でも見よう、何でもやろうと思っています。(K・N)
○…ラジオを聞いて!!
思ったらとことんやること。
幾分長短がはげしい。(K・A)
○…一番の動機は、農家にはいって一ヶ月足らずの短い間でも、農業というものを体験できるということ。それも沖縄という土地でのキビ刈りという、あまり本土では体験できない貴重なものと思ったからである。又、それを通して、今まで余り知らなかった沖縄というものを、少しでも体で感じたかったし、知りたいと思った。その他、一緒に参加した人との交流・旅とかに魅かれたし、会社をやめてしばらく自由な時間がもて、その間に何かをやってみたかった事もある。(H・K)
○…四月二〇日ごろまで沖縄県内を歩くつもりです。(T・T)
○…自然の中で汗を流して働きたい。(援農体験で得るものがあればと)
現在の生活・日常性を断って転機にしたい。
沖縄に対する以前からのあこがれ。(人・風土・文化)
用意する金額が少額で、援農期間の生活が保障されている。
自分自身にも、海のものとも山のものとも分からない。いつの頃からこんな風になったのやら。現在、学生時代にやったアルバイトを卒業後も続けて、どうにかメシは食っている。本質的には、例えば役所の戸籍係でもやっていた方が向いていると思うのだが、自分を活かせるものが"なにかある"見聞を広め体験を積もうなぁーんていまだに夢を描いているしまらない二六才男性であります。(K・Y)
○…太陽の下で汗を流す喜び。
大学卒業後、二年余り勤めた会社を辞め、短期のアルバイト・パチンコ・麻雀などで食いつないでいる。正直な処、なにをやったらよいのか、いまだわからない。(A・T)
○…"沖縄"に関心を抱いた最初は"若い生活"という月刊誌の編集長をしていた時。今から七、八年前の事である。伊江島出身の謝花悦子さんを知り、沖縄の実情を聞かされた。
そして雑誌を通じて古い本を一般から集め、彼女に贈り、それで"ガジュマル文庫"というのが伊江島につくられたが、それ以来"沖縄"が脳裡にこびりついていた。次が海洋博前の沖縄訪問である。しかし、三泊四日の滞在では、とても深く、魅力に満ちた沖縄を知る事は出来ないと、その時悟った。こうした事が今回の参加の僕の背景をなしているように思う。(A・T)
○…収入が得られ、なおかつ見聞を広げることが出来るし、又この援農舎運動が、自分の青春時代の放浪にピリオドを打つにふさわしいものだと思ったのが参加の動機。紹介しようのない男というのが自己紹介。(E・E)
○…私は東京で石焼芋を売っていました。焼き芋のシーズンは十月頃から二月迄で、それでも二月になると、日に一万五千円稼ぐのがきつくなり、事実、二月に失業してしまいました。そんな訳でこの"キビ刈り"に参加する事にしました。これが終わったら、秋田に帰って農業をやります。私の本職は農業ですから。(S・T)
○…以前から日本の歴史に民族に興味を持っており、自分なりに日本の各地(主に農村)を廻って、そこの土地の生活から生まれ、昔から変わる事なく今に至っているそんなものを本の上でなく、実際に自分の目で見、肌で感じ取らなくては何にもならないと思い、方々放浪のごとく出歩いていたけれど、時間と金が思うようにならず、あまり遠くへは行けなかったのですが、何の因果か偶然、本で援農舎のことを知り、何のためらいもなく申し込んだのです。
私自身、農家の次男に生まれ、子供の頃からいつも田畑で、土いじりをしてきました。農業のつらさ、苦しさ、収穫時の本島に猫の手も借りたい忙しさは分かり過ぎる程よく分かるつもりです。次男ということで、家で農業をすることもなく、土にまみれ、汗を流し、美味かった水の味を忘れつつある自分に、くさびを刺すためにも参加した訳です。(T・H)
○…珊瑚礁の海の色、澄み切った青い空、真紅に咲き乱れる亜熱帯植物の数々、これが沖縄の強烈な印象であります。又、沖縄特有の文化にも興味をひかれておりました。
しかし、忘れてはならないことに、第二次大戦の激戦地として大きな犠牲を払わされ、その被害のすさまじさ、悲惨さは今なおたくさんの記録が各地に残されております。ところが日本政府は平和条約に名を借りて、その沖縄をアメリカに売り渡し、そのあげく沖縄は巨大な軍事基地と化してしまった。そしてようやく祖国に復帰できた事によって、今後の沖縄にどのような影響が及び、失いかけようとしていた人間らしさがどのように取り戻されようとしているのか、自分自身の目で直接確かめてみたかったのです。(I・S)
○…一九五六年九月三日生まれ、現在に至る。何事も体験したい。旅に出るといろんな人に会って体験できるけれど浅薄なような気がする。生活を共有することによって得られることは多いと思う。ボクも人生を考えなきゃならん年齢になったと痛感する。(Y・T)
○…高校生活というものにみきりをつけて、自主退学し音楽の中に生活を見いだして、アルバイトで金をかせぎながら生計をたて、音楽に精を出しています。今大阪にアルバイトもなく、南の島にあこがれ、この企画に参加しました。(H・K)
○…自由な雰囲気が好きです。様々な考えを持っている人が集まっているのも魅力です。しかし、何か一点で一致するものがあるように思います。体験旅行と最初言われていたのが実現できなくて残念に思っています。キビ刈り以外の農業体験の機会も考えられると面白いのではないのでしょうか。参加した人たちで何かあるテーマについて話し合ってみたい気がします。身体を動かしながらその場に居合わせ、考えてみたかったので。(K・S)
○…農業に関心を持っていて、実際の体験を重ねるべく今回の援農に参加しました。青白きヤマトンチュが浅黒き農業者に成り得るか、運命やいかに! (A・K)
○…家族構成は母一人兄姉七人。そしてぼくはその一番下である。スポーツは剣道二段、スキー二級等々、一応何でもこなしますが、野球だけは見るだけである。音楽も好きで、特にジョン・デンバーのあのメロディのよさにはひかれている。
もう一度参加の動機を述べることにします。一番上の姉がTBSラジオを聞いていて、行ってみてはとすすめられたのです。でもぼくには、その話はピンとこなかった。なぜなら、去年の夏に一ヶ月九州旅行に出かけていたからである。家は会社を経営しており、長男が社長となり、兄たちすべてがそこで仕事をしているわけです。ぼくはそこで楽な立場にいる事になるし、仕事をしては旅行に出るというのがここ二、三年続き、九州旅行でもうやめて仕事に打ち込もうと思っていた。けれど年もまだ若いことだし、与那国なんて所は未だ行ったこともないし、又、遊びに行くわけじゃないので、母や兄たちを口説いたしだいである。だが空港まで見送りに来た母君には今までも心配をかけてすまないと思う。(S・Y)
○…日雇いの山仕事をして生活しています。一月から三月十日頃までは、例年、雪のために仕事がありません。その間の仕事をどうしようかと思っている時、援農舎の計画を知って、喜んで参加しました。一所懸命やるつもりです。(M・N)
○…ぼくは大阪でアルバイトをしながら、麻雀プロをめざして修業しています。車の免許も持っていますが、あまり乗りまわすひまもありません。今度の仕事だけは、すべて忘れてがんばりたいと思います。(K・M)
○…仲良くやりたい。若い女性がいないのは残念? (T・M)
○…友人の藤森民雄さんに話を聞いて。自分がよく解らないので紹介不可能。(A・M)
○…私は"サーフィン"の鬼と言われた大阪人です。未亡人殺しの異名を取り、知る人ぞ知る。与那国へ行ってパパイヤ、パイナップル、サトウキビを食べるのが楽しみです。(Y・K)
○…現在、三鷹市上連雀に住んでいます。この仕事が終わり次第、長野県飯田市に引越します。是非、皆さん、来飯ください。天竜下り位、招待します。(T・H)
○…太陽の下で思い切り、肉体労働をしてみたかったから。一年の内、半分の六ヶ月だけ働く事を主義にしています。(T・U)
○…変わった体験をしてみたい。サイドカー運転が特技です。内向的な性格です。(N・M)
○…大阪に仕事がないので。無職です。何故に無職でいるかをいえば、働くのが嫌いなのです。一生遊んで過ごせればいいなあ。実は昔、マンガ家志望だったのですが、今ではバイトと麻雀に明け暮れる毎日です。今回、与那国の話を聞いて麻雀のメンバーもそろっているし、もしかしたら女の子とお近づきになれるかも知れないと思い、はせ参じた訳です。それ以外に大した理由はありません。もし麻雀をやる時とか女の子と遊びに行く時は是非おさそい下さい。(K・O)
○…南の国で農業を通して、これからの再出発の基台にしたかった。(A・I)
○…離島へ来たかったので。珍しいことを体験したかった。性格はのんびりで神経質・意志薄弱。趣味はレコード鑑賞、逆立歩行。(Y・U)
○…右に同じ。皆さん、ヨロシク御願いします。(T・K)
○…都会生活に埋没している日常から切り離れたい。北国、雪国の生活体験はあるが、南海の小島、日本の西南端という点に地歴・旅行に興味ある自分は魅力を感じました。大分永い事人間やってますので、イロイロの仕事を致しましたし、その時その時働きがいなども感得し、働き中毒になり、仕事の鬼かといわれた時もあり、その反動で人ぎらいになったり、いわゆるソーウツ症かも知れません。現在は、組織も上司も部下もない、悠々たる遊民の状態です。でもすぐ貧民窮民になる要素も多分にあります。(K・I)
○…旅にもいろいろありますが、ほんとにその旅を自分のものにするには、その土地の中に入り、そこの人たちと労苦を共にしなければいけないのではないかと思い、また、昨年三月に会社をやめて、音楽の勉強を自分ながらやってきましたが、今年はもっと精神的な飛躍を望み、いろいろな事を体験したいと思い応募しました。(N・M)
○…茨城出身、農家の二女として生まれました。学校卒業後、手に職をつけるには東京で学ばなければ進歩しないという事が分り、東京で八年間和裁一筋に歩いてきました。この道について解らない事は多いですが、ある処まできてしまうと、これから生きていく為の心の支えになる事をやってみたいと思っています。私はわがまままで、短気のんびりのようでのんびりじゃないみたいな変わり者です。(Y・K)
○…色んな事を、東京を離れて体験してみたい。コミューンに興味があるので、その延長?として。南国の島暮らしへの魅力。江戸っ子。伯父に言わせると東京弁も話せず日本女性の美徳も忘れている国籍不明の人種なんだそうだ。目下、自分自身と奮闘中。趣味は登山、音楽、エスペラント。(M・K)
○…出身は神奈川県藤沢市。江ノ島のすぐ近くです。かつては大企業で真面目に働いていましたが、退職金を貰ってキューバに行ってからは定住性を失い、専らきままなバイト生活。夏は東京の暑さから抜け出して、八ヶ岳・野辺山高原で高原野菜をいじくって遊んでいます。
キビ刈り援農に参加したのは、@東京の寒さから抜け出したかったこと。A沖縄の人達の生活、習慣、物の考え方を知りたかったこと。B砂糖キビ刈りそのものをやりたかったこと。以上が動機です。キューバでは六ヶ月間、まるでスポーツを楽しむように、キビ刈りをやって、女性の中では一番多く刈った方ですが、沖縄ではやり方も違うようですので、そんな経験が生きるかどうか? あまり自信がありません。今年の九月にはスペインへ行って、スペインの冬の寒さが身にしみる頃に、夏の南米へ行って、そこでしばらく過ごしてみたいと思いますが、どうなる事やら? 南米の原住民は東洋人とそっくりだそうですので、私が一言ケチュア語でもしゃべれば原住民だと思われるかもね。(S・O)
○…去年の十二月迄、プロダクションのカメラマンとしてサラリーマン生活をしていましたが、コマーシャルの分野にいやけがさし、自分の自由なやりたい事をしたいと思い、フリーとなりました。フリーといえば聞こえはいいのですが、現実はこの不況のさなか、おいそれとは仕事はそんなにありません。失業者の一人かもしれません。今年、ひまと金があるかぎり、日本国内を撮影旅行を続けるつもりです。四月下旬に東京銀座(会場未定)ですが、写真展をやる予定です。内容は"ゴドーを待ちながら"といった芝居をモチーフとしたもので、男と女のヌードもあります。ぜひ見に来てください。(T・M)
○…昨年会社をやめフリーな身であった時ラジオから流れて来た援農舎の話を聞いて未知な所へのあこがれや好奇心から参加した。(Y・S)
○…右へフラフラ、左へフラフラ、流れ流れてヨナグニ島へやってきました渡り鳥。尻の軽さじゃ負けないが、実行力に少し欠ける。大阪のスーパースターとは、はい私です。(T・Y)
○…日本最南端にあこがれたという事が第一。四〇迄は自由に生きたいと思っています。今回の参加で、事情に精通すれば来年は、友人もつれてくるつもりです。(K・W)
○…真のロマンを求める男? 池田 (A・I)
○…南の暖かい所で働いてみたかったので。(酒と女と麻雀とヌンチャクが好きな私です)(T・H)
○…農業に関心を持っている。(T・H)
○…沖縄方面に行きたかった。仕事につく前の気分転換。いろいろな人に会ってみたかった。(N・M)
○…生まれて初めて雪というものに接した沖縄の友人が、素直に感激するサマをまのあたりにした時、考えさせられる処があった。私自身をふりかえってみると、子供の頃に持ち合わせた感受性というものを、すり減らすことによって「成長」してきた部分を感じることがままある。いわば、そういった感受性と引き換えに"大人"への切符を手にしたのでは−という、うしろめたさがつきまとって離れないのである。今回の援農の過程において、私自身がこの地で、何か一つでも、いわば友人にとっての「雪」を感じることが出来うるならば−と思っている。(E・K)
○…来たかったら来た。東京ではアクセサリーを作っている海のスキな男。(M・T)
○…本土とは違う文化を残し、そして差別を受けてきた沖縄の県民感情や風土を知るには、労働を通してこそ本当だと思った為。又、重労働の経験がない為、どこまでやれるか試してみたい。(M・S)
○…フランス語、哲学を勉強しています。東京生まれの東京育ち。毎日、旅に出る機会を楽しみに、忙しく動き回っています。ふるさとを求めて流れています。二年前、石垣まで来た時、歴史的、地理的沖縄の成り立ち、民衆とその小さな文化、限りなき興味、そして、本土とのつながり…。(S・K)
○…私も農家の生まれで、人ごとのように思えなかったから。そして島での人達と生活を通じて色々な風土、又、社会の認識を広く知りたいため。私はあまり話をするのが好きではありません。皆さん、よろしくおねがいします。(N・O)
○…@とにかく来たのです。A大した者ではないです。(H・T)
○…未知の土地で、はじめての人と話し、その生活の中に溶けこんでみたかった。特に沖縄は以前から行ってみたかった。僕は旅が好きで、詩を少しですが書いていますので、ほとんどアルバイトです。(T・S)
○…与那国の主な産業である砂糖キビだけでなく、ほかの農産物が出来ないものかどうかというような事を研究したいと思い、参加した次第。(M・K)
○…南国で働いてみたかった。(S・K)
○…東京生まれの東京育ち。大学を卒業して以来、一度定職についただけで、あとはバイト生活。今年こそ天職をみつけようと、少々あせっているのんびり屋で、果たして今年は凶か吉か。南の島の農業は半か丁か。ムグムグ…。(A・S)
○…なんとなく南の島にアコガレて来た。普通の十九歳の男性です。(U・K)
○…この機会をひとつの転機に、これまでの生活から新しい出発を考え、そしてやはり一人で参加するより二人で同じ経験をして、一歩一歩新しい歩みを始めたい。(M・S)
○…主人の勤めで急に参加が決まりました。将来農業を目指していますが、まだどんな事から始めたらよいか、主人の考えもあり、はっきりしません。現在二歳の子供が一人、農業でもちゃんと生活できる範囲のものをと、頑張っていきたいと思っています。(M・S、E・S)
○…去年までバスの運転手をしていました。仕事は一応去年いっぱいまでやって今回の参加を希望致しました。連絡が遅れて少し心配でしたが、自分自身の為に、又現地の人に、と思いまして本日やっと着きました。働いたあとはオヤジが商売をしているので、それをやるつもりです。(K・Z)
○…未知なる所へのあこがれ。仙台市の近辺で稲作+露地野菜を作っています。(I・H)
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Last Update:2004/01/07
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