沖縄・与那国島サトウキビ刈り援農隊
南南西に進路をとれ 1976与那国島サトウキビ刈り援農報告記 その2
「南南西に進路をとれ '75〜'76与那国島援農日誌」
1975年
9月 与那国農協から援農要請の手紙。
10−12月 新聞・放送・雑誌・ビラ等で全国に参加を呼びかけ。申し込み約千人。
12月14日 応募者説明会(東京・早稲田の日本キリスト教会館で計2回)。出席者 約500人。
12月16日 説明会アンケートをもとに参加者80人決定、通知。
12月23日 1月11日東京港出発、16日現地入りの日程決定、通知。
1976年
1月 5日 参加者懇談会(東京・市谷の私学会館)
1月 8日 与那国農協より出発延期要請の電報。電報・電話で参加者全員に通知。
1月18日 30日に東京を見切り出発の日程を通知。
1月21日 沖縄の報道機関、与那国農協の"倒産"を報道。援農舎、援農計画を継続を沖縄の新聞にアピール。
1月23日 参加予定者に経過説明資料を発送。
1月25日 石川栄一事務局長沖縄入り。他島での受け入れ可能性を予備的に打診。
1月28日 沖縄県経済連による肩代わり操業決定。操業開始2月16日の予定。
1月30日 援農隊第1陣42人、全日空機で羽田出発、那覇入り。
2月 3日 援農隊49人(途中合流含む)、有村産業フェリーで石垣入り。うち8人が石垣の農家へ。
2月 4日 与那国丸で海路、与那国入り。
2月 5日 与那国町公民館で援農隊歓迎会。
2月 6日 製糖工場操業開始までの(キビの)葉落とし作業開始。
2月 7日 第2陣24人、琉球海運那覇丸で東京を出発。
2月11日 第2陣与那国入り。
2月15日 操業開始のさらなる延期で、公民館にて事情説明と対策の懇談会。
2月18日 旧与那国製糖による肩代わり操業、25日操業開始の方針変更。
2月26日 県経済連による操業に再度決定。
3月 2日 県経済連、農協中央会による地元に対する肩代わり操業の経過説明会。援農隊も一部傍聴。
3月 4日 キビ刈り開始。
3月 6日 製糖工場操業開始(工場要員に援農隊40人)。
3月10日 第1回労賃支給。
3月22日 第2回労賃支給。
4月11日 キビ刈り終了。
4月13日 製糖工場操業終了。公民館にて打ち上げ宴。以後、分散離島。
★ 与那国島とは
与那国島という名を聞いたことがありますか。沖縄の人ならたとえ行ったことがなくても名は知っているでしょう。本土の人で与那国を知っている人はほとんどいないかもしれません。51年の2月から4月まで援農にいった人たちも、この援農で与那国島の存在をはじめて知った人が多かったようです。 そこではじめに私たちがさとうきび刈り援農に出かけて行った、与那国島のプロフィールを紹介してみましょう。
日本列島は北は北海道、南は九州に弓状につらなり、九州の南に奄美群島、そのさらに南に沖縄があることは知っていると思いますが、沖縄はさらに沖縄本島、宮古群島、八重山群島と大体三つに分かれます。与那国島はその八重山群島の西南端に位置します。八重山群島の中心は石垣島で、交通の中心ですが、その西に特別天然記念物イリオモテヤマネコで有名な西表島があります。与那国島はその西表島のさらに西にあり、天気のよい日は台湾が眺められる"国境の島"です。
与那国島への距離は、東京から約2400キロ。といってもちょっと想像がつかないでしょうが、東京・鹿児島間の約2倍です。本土から船で行くと、まず那覇、石垣島を経由して、最低片道で、5日かかる辺境の島です。
島はレモン形で、周囲約27キロ。海岸はさんご礁の浜と険しい断崖で、海岸線の美しさは格別です。3月になればもう泳げるし、釣りは一年中できます。島の人は北側の租納と西端の久部良、南側の比川の3つの集落に住み、島の中央には宇良部岳(231メートル)がそびえています。東端の東崎(あがりざき)は牧場で、水牛や天然記念物の与那国馬、和牛が放牧されており、援農隊員たちは休日にここで野外パーティーを満喫しました。
西端は西崎(いりざき)と言い、ここから台湾が見えます。西崎のそばにはクブラバリといって、深さ7メートルの岩の割れめがあり、これは明治36年まで沖縄の先島(宮古・八重山)に課せられていた人頭税という重税に苦しんだ人々の悲惨な伝説を伝えています。クブラバリは家族がふえるのを抑えるため妊婦に跳ばせ、落ちた女性を死なせたというのです。
そんな与那国島も戦前は台湾との中継地として栄えたこともあり、人口が1万人を超えたこともありました。それが今では2000人という過疎化にこの島も苦しんでいるのです。沖縄には「島ちゃび」という言葉があります。"孤島苦"という意味です。本土から遠く離れた離島の自然は豊かですが、その生活は苦しいものです。そんな島人の生活がこの島にはあります。
与那国島 東経123度0分 北緯24度27分 周囲27.491キロ 面積28.52平方キロ 石垣島から127キロ 那覇から520キロ 台湾まで170キロ
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Last Update:2003/11/01
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