第6回の援農隊が終わってはや5ヵ月が過ぎました。みなさん、与那国島での仕事の疲れはとれたでしょうか。与那国町農協はことしのキビ収穫終了後、昭和54年度の決算をし、7年ぶりに単年度で黒字の決算を計上したそうです。金額はわずか170万円余でしたが、5年前の農協の"倒産"いらい、島の農家の血のにじむような努力もあって、ここまできたことに島では喜びもひとしおといったところです。
さて6月に、与那国島の宮良博農協長が上京され、宿舎を訪ねて、来期のキビ刈り援農問題について話し合いました。与那国町農協からは、原則的に次のような申し入れがありました。
@ 来年も本土の援農隊を受け入れたい
A 各農家住み込みの畑作業と製糖工場の2本立て
B 呼びかけの募集主体は与那国町農協とし、県を通じて職安法問題については労働大臣の認可をとる
C 農協で援農隊経験者のなかから臨時職員として1人を10月から援農終了までの6ヵ月間採用し、実際の募集業務に当たり、援農期間中は現地世話係として働いてほしい
D 東京・札幌での募集など事務局業務については援農舎の協力をお願いしたい
大体以上のような内容です。これは今回までの援農舎の状況を、与那国農協なりにとらえてこられた上での提案であり、申し入れであると思います。
援農隊参加者の中には、1年ぐらい援農を休止してみては、というかなり強い意見があることは承知していますが、1日200トンのキビ刈り取りをしなければ成り立たない与那国島の現状では、島外からの援農隊を求めずにキビ刈りをすることは現状では不可能であることは参加者ならよく知っておられることと思います。今度の提案がそういう状況の上に立って、与那国農協が自立的に一歩前進しようとする考え方をもってなされたものと受け止めたいと思います。もちろん、これで援農舎の世話人の責任がなくなるものではありません。