音楽夜話

バイロイト音楽祭2005 その1



バイロイトまで

バイロイト祝祭劇場
  バイロイト祝祭劇場の正面

8月7日(日)  今日、成田を出発するのだが、午前8時40分に空港第2ターミナルで航空券を受け取ることになっている。6時には自宅を出なければならないのだが、予定より早く4時に目が覚めてしまった。ワイフはすでに7月29日にザルツブルグへ出かけて行っている。今日、ウィーン空港で落ち合うことになっている。

 10日間、自宅を留守にするとなると、やることがいろいろとある。郵便局には郵便物を帰宅するまで局留めにしておいてもらうように頼んだ。猫は昨日、近所のかかりつけの動物病院に預かってもらった。新聞は帰宅後にまとめて配達してもらう。郵便受けに新聞が溜まると空き巣に狙われる可能性がある。牛乳屋にも配達休止を頼んだ。植木鉢類は浴槽に水をためて、底に並べて枯れないようにした。

 5時半に自宅を出た。今朝も東京は暑い。すでに30度近い。駅まで歩いただけで汗びっしょりだ。日暮里から京成スカイライナー、6時35分発で7時40分成田空港第2ターミナル着。夏休みで海外に出かける人が多いので混雑すると思ったが、それほどでもない。第2ターミナル地下の両替所でユーロに換金した。1ユーロ141円85銭。あとで知ったが、他の両替所では148円というところもあった。HISで航空券を、スカイポーターで昨日託送したスーツケースを受け取り、オーストリア航空のカウンターでチェックイン。カフェ・クロワッサンでパンとコーヒーの朝食。書店で塩野七生の「ローマ人の物語」の最初の「ローマは1日にしてならず」の文庫2冊を買う。その間に出発ロビーはすごい人出になっていた。やっぱり夏休みで海外に出かける人たちが多いのだ。今日はピークなのだそうだ。

 手荷物検査、出国審査を済ませると、免税店で煙草2カートンを買う。おまけにTシャツが付いていた。10時40分発のOS052便に搭乗、11時ごろ離陸した。隣席の男性はASICSの子会社NISHIの社員で陸上競技の器具などを販売しているという40代の男性。ヘルシンキで開幕した世界陸上の棒高跳びの日本人選手(名は忘れた)の応援にフィンランドに行くのだという。ウィーンで乗り換えて深夜11時過ぎにヘルシンキに着く予定だそうだ。

 機内で「ローマ人の物語」を読み始める。著者によると、文庫本(ペーパーバックス)はグーテンベルクの印刷技術発明の20年ほど後にヴェネチアで始まったのだそうだ。もっとも、日本の文庫本のスタイルではなく、それまでの筆写本から印刷本に変わったのだが、そのころの活字はまだ手の込んだ一般人には読みにくい活字であった。そこで新たにイタリック体を開発して小さな誌面でも読みやすい活字にし、活字が小さくても読めるようになった。本の体裁も小さくできるようにしたのだ。

 成田からウィーンまでのフライト時間は11時間50分。この間、食事と眠る以外はほとんど本を読んで過ごした。機内のテレビやビデオものぞいてみたが、じっくりと見たいものはなかった。太陽が西へ行くのを追いかけるように飛行機も西へ飛ぶ。だから日が沈まない。コースは日本海を横切ってシベリアの上空からモスクワ上空、ベラルーシ、ポーランド、ハンガリーなどの上空を過ぎる。ヨーロッパと日本の時差は7時間。ウィーンに着いたのが7日の午後4時である。気温は17度。曇りである。ニュルンベルグ行きの便に乗り換えるのだが、これの出発は19時55分。午後7時すぎにザルツブルグからウィーンへくるワイフと落ち合い、同じ便に乗るのだ。それまで3時間以上もある。

 今回、バイロイトに入るのにルフトハンザでなく、オーストリア航空にしたのは、ウィーンのシュベヒャート空港がフランクフルト空港に比べてはるかに小さく、乗り換えが楽だと考えたからである。3時間以上を空港内のみやげ物店を見たり、レストランでビールを飲みながら本を読んで過ごした。本を読んでいると例のASICSの人が挨拶して行った。彼らのゲートも私と同じBセクションである。7時を過ぎてもワイフが現れない。ニュルンベルグ便のチェックインが始まった。ワイフはザルツブルグから来る予定なのだが、まだ現れないので待ってほしいとグランドパーサーに頼む。手荷物検査所のそばで見ていると7時半を過ぎてやって来た。

 ニュルンベルグ行きのOS0141便は8時20分に離陸した。これでは到着は9時半を過ぎるだろう。バイロイトのラマダホテルには先日、ニュルンベルグ到着時間が遅いので、ホテルのチェックインは11時を過ぎるだろうとFAXしておいた。ニュルンベルグに着いたのは9時40分を過ぎていた。ところが預けておいたワイフのスーツケースが手荷物カウンターに出てこない。バッゲージ・クレイムで係りの人に告げると、空港内のルフトハンザの事務所に言ってくれという。事務所に行って調べてもらうと、ウィーンにまだあり、明朝の第1便で届くから、明朝9時から正午までの間に、バイロイトのホテルに届けるという。それで今夜困るだろうからとオーバーナイトキットというのをくれた。歯ブラシやコスメチック類、それにTシャツが入っている。

 10時半である。空港からはタクシーに乗った。ホテルに着いても食事がないだろうからと、空港ロビーの一軒だけ開いている店でソーセージとピザを買った。タクシーでバイロイトまで約1時間である。2年前の前回は、空港からすぐにアウトバーンに入ったが、今夜の運転手はニュルンベルグの町の中を行った。これでは時間がかかるだろうと心配になった。運転手は人がよさそうだが、英語がほとんど話せないようだ。それで諦めて彼に任せることにした。20分ほどしてやっとアウトバーンに入って、しばらく行くと「BAYREUTH 46キロ」という表示があった。メーターは56EUROとある。これでは130EUROぐらいになるかと心配になった。

 東京を出てから20数時間起きている。睡魔が襲ってきて、タクシーの中では何度も眠りそうになった。バイロイトの町の中に入っても、運転手は地理に詳しくないらしく、車を停めて地図で調べ始めた。メーターは99EUROで切ってしまった。「町の中心に出てくれればあとはわかるから」と言ったのだが、こちらの言うことがわからないらしく、3度ほど停まって地図で調べている。そのうちにロトマインセンターというショッピングモールビルに出たので、そこからは道がわかり、11時40分にラマダホテルに着いた。料金は100EUROでよかった。ホテルのフロントはFAXが届いていたので、待っていてくれた。部屋は広くてなかなかきれいなのでワイフは感激している。冷蔵庫のワインと空港で買った食料で夜食を摂ると、私はいつの間にか眠ってしまった。 (続きへ)

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Last Update:2005/08/07
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