旅は道連れ
笛吹観桃会 2006/04/09
去年の秋、東京与那国郷友会の総会で、与那国出身で山梨県在住の仲里正孝さんから「来年の春、山梨で桃の花見をしましょう」との話があり、それが実現して11人が集まった。援農隊からは本荘さん、大野さん、藤森さんと私、沖縄1坪反戦地主会の上原さん、外間さん、小野さん、東京与那国郷友会の大仲会長、それに仲里さん一家3人である。
天候はよく、10時過ぎに石和温泉駅に集合すると、仲里さんと息子さんが車で迎えに来てくれていた。笛吹川を渡ると、あちこちに桃の畑が広がっている。ピンク色の桃の花が満開である。桃畑の向こうに白い雪をかぶった南アルプスが青い空に映えている。それらを背景に記念撮影していたら、地元のトラックのおじさんが「向こうで花祭りをしているよ」と親切に教えてくれた。
さらに車で南に登って行くと笛吹市八代町の公園に出た。山の中腹で、甲府盆地が一望でき、その向こうには南アルプスや八ヶ岳が眺められる。素晴らしい眺望である。山の斜面を利用して野外音楽堂があり、公園の中は桜も満開である。ここまで来ると、やや標高が高いのか、桃の花は5部咲きぐらいだった。
野外音楽堂のそばは、ちょっと音がうるさいので、少しはなれた眺めのよい場所にブルーシートを広げて宴会場をつくった。仲里さんの奥さんが作ってくださった料理が並べられ、ビールで乾杯。初対面の人もいるので、それぞれ自己紹介して宴会が始まった。奥さん手製の料理もおいしく、お酒はビールのほかに山梨ワインや与那国の島酒「舞富名」もある。すべて仲里さんが用意してくれたのだ。
上原さんとは、私はほぼ30年ぶりの再会である。今年79歳だそうだ。外間さんとは去年の与那国郷友会で20数年ぶりに会って以来だ。1978年に沖縄の劇団「創造」が「人類館」という芝居で初の東京公演をしたときに、彼女が東京でのプロデューサーを務めており、それに私が協力したのが出会いの最初である。演出家の幸喜良秀さん(その後、太田知事時代に沖縄県観光文化局長を務めた)といっしょに前進座などに支援を頼みに行ったりした。上原さんや外間さんらは、普天間基地の辺野古移設反対運動を続けており、このところ稲嶺知事らが上京する機会が多いので、そのたびに防衛庁前に出かけていって、辺野古への移設反対を訴えている。
仲里さんと大仲さんとはいとこ同士である。仲里さんのお母さんが大仲家から来た人である。与那国の話、辺野古の話、彫刻家の藤森さんがいて芸術の話、援農隊の話などで座はにぎわって、楽しい会となった。中座してあたりを散歩すると、朝は5部咲きだった桃の花が午後には満開になっていた。
3時ごろ片付けて、車で「ももの里湯」という日帰り温泉に行った。凄い人である。芋の子を洗うような状態だというので、ちょっとためらったが、せっかく来たのだからと、入ってみると、それほどでもなかった。いきなり露天風呂につかった。明るい日差しの中で露天風呂につかっていると、至福の気分になってきた。
それから、仲里さん宅へ。ここでも窓からは桃の花が眺められる。こういう所に暮らしていたら、毎日気持ちも豊かに過ごせるだろうと思われた。部屋には仲里さんの父上、故正徹さんの写真が飾られていた。正徹さんは私が与那国で出会った忘れられない人である。援農隊の与那国側の生みの親である。久しぶりに正徹さんの顔を見ることができたのもうれしかった。
5時半ごろ、お宅を辞し、車で石和温泉駅まで送ってもらった。各駅停車で高尾で乗り換え、八王子で別れた。1坪地主会の人、大仲さんと八王子駅近くで少し飲み、帰宅したら11時ごろだった。気持ちのよい1日だった。
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Last Update:2006/04/09
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