
2003年の援農隊は、1月20日から3月21日まで、北海道などから30人が参加して終了しました。 1976年に行われた第1回サトウキビ刈り援農隊では、終了してから、参加者と援農舎が協力して報告記「南南西に針路をとれ」を編集・発行しました。その内容をここに再録します。特に援農隊員の体験記には、想像以上にきびしい仕事の中で、また本土とは異なる自然風土の中で島の暮らしや自分自身にとまどい、悩み、真剣に格闘する姿が感じられる。援農隊の体験が若者にとって社会や自分の人生を考える場になっていることを知ることができると思います。 1979年に行われた第5回サトウキビ刈り援農隊隊員が、与那国島滞在中に自主的に出したガリ版刷りの文集。その再録です。 1979年3月から1981年10月まで、援農隊の活動のなかで小冊子「ゆうな通信」が6回発行された。A5判のタイプ印刷で、4〜12ページ。その再録です。 感想などをメールでいただければうれしいです。メールはこちらまで。
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第34回与那国島サトウキビ刈り援農隊は、北海道からの参加者32人に他府県からの約34人が1月21日午後与那国島に到着、22日にキビの刈り取りと製糖工場での作業を開始し、3月4日に終わりました。世話人の私は、20日に札幌を出発した北海道組と羽田で合流、与那国入りに同行し、操業が軌道に乗ったのを見届けて帰京しました。本格的な工場の稼働は、原料搬入量の関係で1日遅れましたが、その後は順調で、毎日平均100トン以上が搬入され、糖度も13%を上回る上質のキビになっています。
今年のサトウキビ生産量は去年の台風13号、15号の影響と害虫イネヨトウムシの被害などで当初予想の7000トンから大幅に減り、約3900トンでした。
宿舎は工場組の男性は久部良公民館に合宿、女性は久部良の民宿を利用し、厳しい労働に汗を流しました。農家組はこれまで通り、農家が提供する宿舎に住み込みます。畑の請負刈り取り組は比川の離島総合センターに合宿しました。援農隊の皆さん、ご苦労様でした。農協はじめ島の農家の皆さんお世話になりました。
募集概要はここをクリックしてください。
八重山毎日新聞(2009年1月22日)の記事はこちら。
第32回与那国島サトウキビ刈り援農隊は、北海道からの参加者は32人。1月17日に与那国島入りし、18日に畑の刈り取り作業が、19日に製糖工場の操業が、それぞれ始まり、3月中旬に終わりました。今年のサトウキビ生産量は5000トンでした。皆さんご苦労様でした。
2005年は援農隊30年の記念すべき年で、製糖終了後の3月26−27日、与那国島でJA沖縄与那国営業所が主催、与那国町が協賛して援農隊30周年記念式が盛大に行われました。尾辻吉兼与那国町長、東浜功一与那国町議会議長、赤嶺慶信JA沖縄代表理事専務らJA沖縄関係者らも出席されました。
この記念式に出席するツアーを計画し、北海道から3人、秋田から1人、東京から11人が参加しました。また今年の第30回援農隊の隊員、与那国島在住の援農隊OB・OGの皆さんも参加しました。
記念式の開催にあたり、尽力いただいた与那国町、JA沖縄、与那国町自治公民館、与那国町闘牛組合、島民の皆様に心からお礼を申し上げます。
記念式の報告はここをクリックしてご覧ください。
「援農隊30周年と自立に動き始めた与那国島」「沖縄タイムス」2005年4月18-19日掲載。
「援農隊30周年記念式典を伝える八重山毎日新聞(2005年3月27日朝刊)」
援農隊30周年記念式典・祝賀会ツアーの概要


援農隊が30年を迎えるのを機に、この30年間の活動を回顧する単行本「与那国島サトウキビ刈り援農隊 私的回想の30年」(藤野雅之著)を2004年10月に那覇市のニライ社(電話 098-867-9111) から出版しました。本体価格1800円+税90円=1890円です。ご希望の方はニライ社へお申し込みください。
東京では次の書店で購入できます。●芳林堂書店高田馬場店 ●ジュンク堂池袋店 ●紀伊国屋書店本店(新宿)●リブロ大森店 ●八重洲ブックセンター地方図書コーナー(東京駅八重洲口)●地方小出版センター書肆「アクセス」(神保町)●いそじま書店(板橋区志村3丁目駅前)
東京以外では、次の書店でも取り扱っています。●神戸・海文堂書店(元町)●兵庫県豊岡市・ブックフォーラム・ジュンク豊岡●沖縄県の各書店および与那国島のJAおきなわ与那国営業所

●新沖縄フォーラム・季刊「けーし風(かじ)」(2005年3月) 「そうだったのか 与那国援農隊!」 筆者=高津章子(織人・与那国島在住)![]()
●シマ-コラムマガジン「Wander」(2005年2月9日) 「援農隊を始めたひと」 筆者=岩本順子(ドイツ・ハンブルグ在住)
●「tekutekunet」(2005年1月15日) 「与那国のサトウキビ刈り」 筆者=長野県飯田市・たまさん
●南風ネット
●東京新聞・中日新聞(2005年1月13日付夕刊) 「自著を語る」島びとの独立心の支えに 筆者=藤野雅之 記事の写真版
●八重山毎日新聞(2004年12月24日付) 「サトウキビ刈り援農隊の思い出」 筆者=友寄英正さん
●八重山毎日新聞(2004年12月21日付・書評) 「キビ刈り援農隊を知っていますか」 評者=仲若直子さん
●読売新聞(2004年12月15日付夕刊)
復帰前一度訪れた沖縄。そして復帰後、取材で訪れた最西端の与那国島のサトウキビ収穫の窮状を知り、援農組織を作り若者を中心に与那国島に送り続ける。来年で援農隊の派遣は30年。その間隊員は延べ2000人以上。復帰後の沖縄の、中でもとりわけ離島の置かれている状況をジャーナリストの目でリポートする。
●八重山文化研究会報(第150号 2004年11月21日) 「援農舎代表の30年の回顧」 評者=三木健さん
●森口豁の沖縄通信 「沖縄日記」2004年11月15日の項
●沖縄タイムス(2004年12月4日付朝刊・書評) 「辺境の島に向き合う若者」 評者=森口豁さん
●情報誌「アクセスt」(2004年12月号)
●カイエ(神戸・海文堂書店通信・2004年12月1日号)
与那国島はサトウキビの島です。サトウキビの収穫は重労働で、なかなか人が集まりません。若き日に共同通信の記者として取材で与那国島を訪れた著者は、その窮状を見て、なんと北海道から(!)サトウキビ刈りの援農隊を送る運動を立ち上げました。
以来30年、現在も毎年援農隊が与那国島を訪れ、島の人々から感謝を込めて迎えられています。池澤夏樹氏も絶賛の本書を、熱くお勧めいたします。
●榕樹(がじゅまる)(2004年11月7日号、兵庫沖縄協会報)
1972年に沖縄の本土復帰・日中国交回復が実現すると、与那国島にサトウキビ刈りに来ていた台湾からの労働者の受け入れができなくなりました。そんな島の窮状を知り、キビ刈り援農隊を思いついたのが新聞記者だった著者と同僚でした。
都会の若者には貴重な体験になり、島の人にも喜んでもらえると始めた「援農隊」でしたが、次々と困難に直面することになります。
今も引き継がれている「援農隊」の歩みと「援農隊」を通して見えてきた沖縄の農業の実情が明らかにされています。
●琉球新報(2004年11月27日付朝刊・書評) 「集約された国家の矛盾」 評者=福地曠昭さん
●北海道新聞(2004年11月21日) 今週の新刊
●共同通信(2004年11月15日配信、11月21日付以降、地方各紙掲載)
日本最西端の島・与那国島にサトウキビ刈りの援農隊を送る団体の代表世話人の著者が、約30年間にわたる活動の足跡をまとめた。
著者が援農隊を立ち上げたのは1976年。通信社記者として取材で訪れた際、過疎化で人手不足に悩む実情を知ったのがきっかけだった。善意で始めた運動が多くの人々の支援を得、社会的な注目を浴びて広がる。一方で参加者、世話人、受け入れ農家、それぞれの思惑の行き違いも表面化していく…。すべてのボランティア運動が潜在的にはらむ“普遍的な現実”がここには詰まっている。著者の率直な筆致が好ましい。
●毎日新聞(2004年11月21日付朝刊・書評) 「地方発 30年の農業支援に学べ」 評者=池澤夏樹さん
●「月刊新山梨」(2004年11月号) 「援農隊の30年」 評者=備仲臣道さん
●北海道新聞(2004年11月8日付朝刊) 「援農隊が結ぶ南北交流30年 北海道⇒沖縄・与那国島 サトウキビを収穫 島に定住する道産子も」 記事の写真版
●【読者からの感想】
2005年の第30回援農隊の募集説明会は1月8日、札幌市で開催し、約120人が集まりました。説明会には代表世話人の藤野と札幌世話人の高田寿男さんのほか、与那国島製糖工場長の新里泰久さん、それにJAおきなわ農業事業本部経済総合部長の比嘉貞雄さんが出席しました。
説明を聞いた結果、55人の応募があり、面接の結果、27人が決定し、1月31日千歳空港を出発、同日夕、石垣島に着き、翌日午前、与那国島入りました。
今年の与那国島のサトウキビ収穫と製糖は、2月2日に操業が始まり、3月24日に終了しました。51日間の操業中40日が雨天という悪天候のなか、隊員たちはよく最後までがんばりました。隊員の皆さんに心から感謝します。今期の収穫高は、昨年相次いだ台風の影響などでキビの生育が悪く、4300トンと残念ながら例年を下回りました。
第30回援農隊の募集概要
2004年1月からの第29回援農隊は3月14日に無事終了しました。
与那国島の製糖結果は、次の通りです。
製糖操業開始 2004年1月15日
操業終了 2004年3月14日
分散会(慰労会) 3月14日
サトウキビ生産量 6300トン
含蜜糖(黒糖)生産予想 808トン
「沖縄タイムス」 2004/01/21夕刊
第29回援農隊の募集要項(参考)
「琉球新報」 2003年1月21日朝刊
「八重山毎日新聞」 2003年1月19日朝刊
第28回援農隊の募集要項(参考)
「南南西に針路をとれ」 目次
@ 援農日誌
A 援農隊に参加して
B TBSラジオ座談会
C 共同通信記事から
D 与那国島キビ刈り援農隊始末記
E 特別寄稿「ユイの再生は可能か」
F 一呼びかけ人としての私的な総括と提案
G 与那国あらかると
H フリープレス「与那国」No.1、No.2から
I 四つのお願い聞いてよね
J 援農隊員へのアンケート
K 替え歌「アカシアの雨に打たれて」
L 新聞への投書と援農舎への手紙から
M 与那国農協からの援農依頼の手紙
N 「援農舎」同人より 参加申込者へ
O 「出発延期」要請の電報
P 与那国島さとうキビ刈り援農についてのアピール
Q 「援農舎」から沖縄さとうキビ刈り参加者の皆さんへ
R マスコミから 新聞報道
S マスコミから 与那国島キビ刈り援農の募集記事、広告
(21) 報告書作成に対してカンパをしてくださった方々 編集後記
「沖縄タイムス」寄稿 「沖縄農業と援農」 金城朝夫 1976年1月
月刊「青い海」寄稿 「ニライの海を超えて」 藤野雅之 1979年6月号
月刊「青い海」寄稿 「五年間の汗 キビ刈り援農運動が提起するもの」 援農舎世話人一同 1980年5月号
「沖縄タイムス」寄稿 「与那国島サトウキビ刈り援農隊10年」 藤野雅之 1986年2月
「琉球新報」寄稿 「島の振興に貢献する援農隊」 木島 登 1999年2月9日
沖縄・与那国島紀行 2004年1月 藤野雅之
与那国島の案内
JAL美ら島物語・与那国島