豊高12期同窓会
高校の同窓会
私は兵庫県の日本海に面した豊岡市に生まれ、高校までそこで育った。その高校の同窓会を18、19日の2日間にわたり箱根で開いた。兵庫県北部だから同窓生は但馬と京阪神に在住する人が圧倒的に多い。これまで2年おきに但馬3地域と京都、大阪、神戸で開催されてきた。これらの地の人たちには12年に一回幹事の順番が回ってくることになる。私たち首都圏在住者は、それぞれの地の人たちが準備した会に参加するだけだった。
4年前に山陰海岸の日和山での同窓会で、首都圏でも一度くらい幹事となってやろうではないか、という声が上がった。開催地の幹事の苦労を思うと、自分たちも一度くらいそれを体験した方がよいという思いがあったのである。首都圏が幹事の順番に加わると、14年に一回回ってくることになる。今年66-67歳で、14年後となると80歳である。今年しか幹事を引き受ける機会はない。首都圏在住者は、みんなでハイキングをしている。帰京後のハイキングで話し合い、やろうとなったのが3年半前だった。
一昨年6月に神戸の会で正式に発表したら、参会者から大きな反響があった。「費用を積み立てて行くからね」とか「東京の人がやってくれるならぜひ富士山の見えるところでゴルフをしたい」とか、なかには「東京は中学の修学旅行で行って以来だからぜひ行きたい」と言う人もあり、大勢から「必ず行くよ」と声をかけられた。
準備に入ると「さて会場はどこにするか」が問題だった。東京都内にすると、翌日のオプション企画のうち、ゴルフ場は遠くなり、移動の時間がかかる。ディズニーランドや都内観光だけならよいが、ゴルフが問題だった。それにパーティーと宿泊の費用が割高になる。そこで熱海か箱根、伊豆の案が持ち上がった。ほとんどの人が東海道新幹線で関西方面から来るから、便利である。それにゴルフをはじめオプション企画にもさまざまな案が考えられる。熱海や伊豆も捨てがたいが、箱根となった。
次は会場探しである。大阪では帝国ホテル、神戸ではホテルオークラとこれまで高級な会場が多い。箱根といっても広いが、関西方面から来ることを考えると、やはり箱根湯本当たりだろうということになり、箱根湯本の富士屋ホテルに決まった。
さて、何人が参加してくれるだろうかが大きな問題になった。予約するにしても、参加者の見込み数が必要である。私たちの年代の一学年の生徒数は約450人だった。1クラス50人で、9クラスあった。これまでの同窓会の参加者平均は100人前後である。関東は遠いから100人は無理だろうと考えた。私は目標を80人と思った。みんなも異論はなかった。去年の夏に恒例の1泊登山で、草津白根山に出かけた際に、参加者数をトトカルチョで投票した。ほとんどの人が70人台だったが、中に一人だけ90人とした人がいた。私は目標の80人を何とか超えたいとの期待を込めて81人とした。
こうして、1年前から毎月のように集まって準備作業を進めた。翌日のオプションは、仙石原でゴルフ、箱根観光、鎌倉散策の3コースを企画し、箱根や鎌倉には下見と称して、それぞれ数回、出かけた。
昨年末に案内状を作り、年明けに郵送した。全員65歳を過ぎているので、往復旅費はJRのジパングクラブを利用するようにとの案内も書き添えた。ジパングが初めての人が入会金を払っても往復チケットを買えば正規の運賃よりも割安になるからだ。
高校の同窓会達徳会本部で住所が確認できているのが390人だった。物故者が35人。ほかに同期で入学したが、在学中に転校した人も数人いるので、この人たちにも案内状を出した。参加の返事が来たのが112人だった。これには幹事一同驚いた。こんな多くの人が来てくれるとは思わなかったのだ。準備にも熱がこもった。最後の準備打ち合わせは5月10日に行なった。
そして、18日の当日、参加者は107人となった。直前に5人が親の死去や本人の急病などで欠席となった。茅ヶ崎市に住むFさんは目が不自由で夫人が同伴して出席してくれたのもうれしかった。彼はNHKの俳句や川柳にしばしば投句して読まれるので仲間内では有名な俳人だ。彼に会いたがっていた同級生も多かったから、彼の出席はカラオケでの感動的な絶唱とともに、同窓会を盛り上げてくれた。パーティー会場には、東京のハイキング40回分を写真パネルにして展示した。これも会に花を添えた。小田原駅と箱根湯本駅で案内プラカードを掲げて出迎えた。案内係りの人は駅構内に数時間立ち通しでつらかったことだろう。特に女性には申し訳なかったと思う。
7年前に東京の同期会を呼びかけたのが私だったことから、パーティーでは歓迎の挨拶をしたのだが、東京のハイキングで私は「晴れ男」だったので、挨拶で「明日は晴れる」と大見得を切ってしまった。初日は天候もよかったが、翌19日の天気予報は降水確率50%、夕方からは70%だった。夜が明けて空を見ると曇っていた。箱根の山の上の方はかなり雲が厚かった。私はひやひやだった。しかし、次第に明るさが増し、出発時間に近づくと晴れ間さえ出てきた。
私は箱根の案内係りの一人として関所・恩賜公園・杉並木の散策を受け持った。箱根ではほかに山のホテルの躑躅と石楠花の庭園から箱根神社を経て芦ノ湖岸を元箱根まで散策するコースもあった。躑躅がやや盛りを過ぎていたので、入園料が無料になったそうだ。それでもきれいな花を楽しむことができたという。恩賜公園から眺める富士山の姿はなかったが、杉並木の散策は木漏れ日が差して、白いシャガの花が一面に足元を彩ってくれてすがすがしかった。
老鶯に押されて登る箱根かな 山田耕治
午後は海賊船で芦ノ湖を渡り、桃源台からロープウエー、ケーブルカー、登山電車を乗り継いで湯本まで。ロープウエーからは仙石原を眺め「あの辺でゴルフをやっているのだよ」などと話しながら新緑の箱根の風景を楽しんだ。湯本から小田原駅に出て、箱根組の人たちを見送って、JRの改札口を入ったら、鎌倉組の人たちとばったり会った。彼らも見送った。
鎌倉コースは午前中、かなり強い雨に見舞われたそうだが、午後からは雨も上がり、新緑が一層美しかったと聞いて、胸をなでおろした。みなさん、鳩サブレーの大きな袋を提げていた。「東京の幹事さんたちの細やかな配慮で、本当に楽しい2日間だった」と口々にお礼の言葉を言ってもらい、ホスト・ホステスとしてはこの上ない喜びだった。
ゴルフ組は早朝の乙女峠で白雪をかぶった秀麗の富士山を眺められたとは、後で聞いて驚きだった。あの曇り空では、てっきり富士山は姿を現さなかっただろうと思い込んでいたのだ。箱根、鎌倉、ゴルフと、それぞれによき思い出を胸に帰ってもらうことができたのが、幹事としては最高の喜びであった。20日には参加者からお礼のメールや電話をいただいた。
有朋自遠方來。不亦樂乎。
年齢を重ねれば重ねるほど、友情が素直に感じられるようになるもので、今回の同窓会はそんな思いを新たにするものであったとも思われた。
幹事の皆様ご苦労様でした。 (2008/05/20)
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Last Update:2008/05/22
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