2人の美術家
2人の美術家
今年も上野の東京都美術館に秋の団体展を見に行った。知り合いの作品を見るためである。新制作展に出品している藤森民雄さんの彫刻と、一陽展に出品している鈴木力さんの絵である。
藤森さんは東京造形大学彫刻科の学生時代に第1回与那国島サトウキビ刈り援農隊に参加してくれたから30年近い付き合いである。島では「ヘラクレス」の愛称で表情は優しいが、若くたくましい力を発揮して仲間から好かれていた。その後、東京芸大の大学院に進み、佐藤忠良や舟越保武に師事し、今では具象派の中堅彫刻家として活躍している。10数年前から新制作展に出品し、私が京都に転勤していた3年を除いて毎年、見に行っているが、これは私の楽しみの一つでもある。
鈴木力さんは新潟市で制作活動を続ける画家で、元博報堂に勤務していた。1989年春にイタリア旅行したときに知り合った。絵の具やキャンバスなどを既成のものを使わず、自分で考案したものを使うというやり方である。知り合ったころは土などを利用した絵の具や和紙をキャンバスにしたりして、素朴で桃山時代の絵画を思わせるようなヨーロッパの風景画が私には懐かしい思いと同時に、新鮮な感じがした。最近は新潟日報の連載小説の挿絵なども描き、活躍している。
こういう個人的な関係もあって、二人の仕事には親近感とともに愛着もわいて、今年はどんな作品を出しているのかなという期待から毎年見に行くのである。
それで二人の今年の作品だが、藤森さんは「風蝕」という題の裸婦の立像。私は彫刻に詳しくはないが、テラコッタというのか赤みがかった色彩の肌ざわりの温かい作品を彼は造りつづけており、今年も同じ素材であった。佐藤忠良や舟越保武ゆずりの均整のとれた裸婦像には、気品のよさが感じられて私は好ましいと思った。
だが、よく見ると均整のとれた裸婦ではあるが、二の腕などに人為的な傷というか、かさぶたのようなものが意図的につけられており、これは何を意図しているのであろうか。私の勝手な解釈であるが、ただ均整がとれているだけでは満足できないものが、藤森さんの中にあるのではないかと思ったのだった。
たとえば、ミロのヴィーナスは二の腕の途中から切断されている。これはギリシャの古代遺跡から発掘されたときに、すでにそのような形に破損しており、その姿で発見されたからだろう。だが、それゆえに私たちはミロのヴィーナスのさらなる美しさを感じ取ることができるという逆説がある。もしかしたら、それと同じような美意識に通じるものが藤森さんの中にあるのではないだろうか、と思い至った。そう考えると、藤森さんの作品に私なりの面白さもわいてくるのである。
鈴木さんの作品は「虹立つオリーブの谷(CORTONA)」という作品だった。コルトナはフラ・アンジェリコの「受胎告知」があるので有名な、フィレンツェにほど近い町である。私が鈴木さんと知り合ったのがイタリア旅行でだったことは書いたが、知り合う前は、イタリアよりスペインが好きで、スペインの風景を描いていたという。そして、一緒になったイタリア旅行は彼の初めてのイタリアだった。16日間で16都市をバスで回るという忙しい旅行だったが、彼は行く先々で寸暇を惜しんでスケッチしていた。当時浪人中という息子さんを連れていた。
帰国後、有楽町の画廊で開いたグループ展では、まだスペインの土の匂いのする作風だった。具象ではあるけれども、具象的な対象物は一種シンボルのような感じに表現されていた。今回の作品もここ数年の作品も、大きくくるめば、シンボル化した具象ということができる。「虹立つオリーブの谷」は、画面の左方3分の2を使って金箔のモザイクのようなタッチで、虹を馬蹄形に描き、その中にオリーブの枝が1本描かれている。そして左下隅には枝を繁らせたオリーブの木が小さく黒っぽく立っている。右3分の1にも、上に黒っぽいオリーブの木が、下には几帳のようなものに描かれたオリーブの枝がある。
鈴木さんの絵を見ていると、桃山時代から江戸時代初期にかけての「南蛮屏風」や「泰西王侯騎馬図」などが思い出されてくる。じかに見比べると、鈴木さんの絵はこれらとは似ても似つかぬものなのだが、そんな歴史の匂いが私の中に滲みこんでいて、あの時代への懐かしい気持ちを呼び起こしてくれるのである。 (2003/09/26)
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Last Update:2004/10/19
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